低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
翌日の夕刻。
西日が街道を赤く染め始める頃、ロックは一人、旧街道を歩いていた。
背には普段どおりの荷。
腰にはブロードソード。
歩幅も速さも変えない。
昨日と同じように墓地へ向かう。
違うのは――。
(もう一人いる)
リュンクスは、すでに別ルートから谷筋へ入っている。
互いに姿は見ない。
それが約束だった。
◇
墓地へ着く頃には、辺りは薄暗くなっていた。
風が止む。
虫の音も遠い。
ロックは墓石を一つ一つ眺めながら歩く。
探しているように見せる。
本当に探しているわけではない。
見られるためだ。
やがて、一羽の烏が鳴いた。
カァ――。
普通の鳴き声。
リュンクスではない。
ロックは気にも留めず歩き続けた。
その時だった。
ちりん。
小さな鈴が鳴る。
昨日と同じ音。
今度は右後方。
墓地の外れだった。
「ロック」
女の声。
昨日と同じ。
リュンクスの声だった。
ロックは立ち止まらない。
視線だけを墓標へ向けたまま歩く。
「こっち」
声は近付いた。
だが足音がない。
(やっぱりだ)
風向きも変わらない。
なのに声だけが移動している。
◇
その頃。
谷筋では、リュンクスが岩陰へ身を潜めていた。
谷は狭く、両側を切り立った岩壁が囲んでいる。
音がよく響く。
(声が飛ぶなら、ここ)
耳を澄ます。
鈴。
女の声。
どちらも聞こえた。
だが――。
「違う」
声は谷からではない。
谷で反響しているだけだ。
本当の発生源はもっと高い。
リュンクスはゆっくり岩壁を見上げた。
崖の中腹。
木の枝が揺れた。
風ではない。
何かがいる。
黒い影。
人ほどの大きさ。
輪郭がぼやけている。
次の瞬間。
「……ロック」
今度は男の声。
若い。
落ち着いた口調。
リュンクスは思わず鼻で笑った。
「似てない」
本人より少し低い。
抑揚も違う。
「減点ね」
◇
墓地では、ロックがしゃがみ込んでいた。
墓石の根元。
昨日は無かった土が落ちている。
湿っている。
掘り返して間もない。
その時。
ちりん。
鈴。
今度は真後ろ。
「ロック」
老人の声だった。
知らない声。
「助けてくれ」
ロックは剣の柄へ手を掛ける。
振り返らない。
「お願いだ」
声は震えている。
老人。
子供。
女。
次々に変わる。
まるで市場の雑踏のように。
そして最後に。
「……僕だ」
自分の声。
ロックは目を閉じた。
(記憶した声を繋ぎ合わせてる)
会話ではない。
単語を並べているだけだ。
本当に自分なら、
「僕だ」
では終わらない。
◇
その瞬間。
森の奥で。
カカッ。
石が二度鳴った。
(リュンクス)
二回。
事前に決めた合図。
敵を見付けた。
ロックは何事もないように歩き出す。
囮は気付いてはいけない。
相手に悟られないことが第一だ。
ちりん。
鈴。
今度は左。
完全に包囲するように動いている。
(まだ本体は出ない)
声だけ。
ずっと声だけだ。
◇
谷筋。
リュンクスは木へ飛び移った。
枝から枝へ。
音一つ立てない。
黒い影も移動している。
速い。
地面ではなく、枝を伝っている。
(猿?)
違う。
二本足だ。
腕が異様に長い。
肩へ何かを提げている。
細長い棒。
(墓標?)
影は立ち止まり、枝へ腰掛けた。
そして。
口が開く。
「ロック」
そこから聞こえた声は、谷全体へ反響した。
(あれが……)
リュンクスは息を呑む。
声を出している。
間違いない。
だが。
影は武器を持っていない。
剣も。
槍も。
何もない。
襲撃役には見えなかった。
◇
その時だった。
墓地にいたロックの首筋へ、冷たいものが走る。
気配。
殺気。
反射的に前へ飛ぶ。
風を裂く音。
ごっ。
背後の墓石へ、何かが叩き付けられた。
石が砕ける。
振り返る。
誰もいない。
だが。
墓石の影が、ゆっくり伸びた。
違う。
影ではない。
全身を黒い外套で覆った騎士が、音もなく立ち上がっていた。
錆びた片手剣。
朽ちた鎧。
そして――
首が、無かった。
ロックは静かに剣を抜く。
「……そう来たか」
声を真似る怪異。
そして、墓標の陰へ潜んでいた首なき騎士。
《墓標喰らい》は、一体ではなかった。
少なくとも二つの脅威が、同じ獲物を狙っていた。