低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第52話 囮

 翌日の夕刻。

 

 西日が街道を赤く染め始める頃、ロックは一人、旧街道を歩いていた。

 

 背には普段どおりの荷。

 

 腰にはブロードソード。

 

 歩幅も速さも変えない。

 

 昨日と同じように墓地へ向かう。

 

 違うのは――。

 

(もう一人いる)

 

 リュンクスは、すでに別ルートから谷筋へ入っている。

 

 互いに姿は見ない。

 

 それが約束だった。

 

     ◇

 

 墓地へ着く頃には、辺りは薄暗くなっていた。

 

 風が止む。

 

 虫の音も遠い。

 

 ロックは墓石を一つ一つ眺めながら歩く。

 

 探しているように見せる。

 

 本当に探しているわけではない。

 

 見られるためだ。

 

 やがて、一羽の烏が鳴いた。

 

 カァ――。

 

 普通の鳴き声。

 

 リュンクスではない。

 

 ロックは気にも留めず歩き続けた。

 

 その時だった。

 

 ちりん。

 

 小さな鈴が鳴る。

 

 昨日と同じ音。

 

 今度は右後方。

 

 墓地の外れだった。

 

「ロック」

 

 女の声。

 

 昨日と同じ。

 

 リュンクスの声だった。

 

 ロックは立ち止まらない。

 

 視線だけを墓標へ向けたまま歩く。

 

「こっち」

 

 声は近付いた。

 

 だが足音がない。

 

(やっぱりだ)

 

 風向きも変わらない。

 

 なのに声だけが移動している。

 

     ◇

 

 その頃。

 

 谷筋では、リュンクスが岩陰へ身を潜めていた。

 

 谷は狭く、両側を切り立った岩壁が囲んでいる。

 

 音がよく響く。

 

(声が飛ぶなら、ここ)

 

 耳を澄ます。

 

 鈴。

 

 女の声。

 

 どちらも聞こえた。

 

 だが――。

 

「違う」

 

 声は谷からではない。

 

 谷で反響しているだけだ。

 

 本当の発生源はもっと高い。

 

 リュンクスはゆっくり岩壁を見上げた。

 

 崖の中腹。

 

 木の枝が揺れた。

 

 風ではない。

 

 何かがいる。

 

 黒い影。

 

 人ほどの大きさ。

 

 輪郭がぼやけている。

 

 次の瞬間。

 

「……ロック」

 

 今度は男の声。

 

 若い。

 

 落ち着いた口調。

 

 リュンクスは思わず鼻で笑った。

 

「似てない」

 

 本人より少し低い。

 

 抑揚も違う。

 

「減点ね」

 

     ◇

 

 墓地では、ロックがしゃがみ込んでいた。

 

 墓石の根元。

 

 昨日は無かった土が落ちている。

 

 湿っている。

 

 掘り返して間もない。

 

 その時。

 

 ちりん。

 

 鈴。

 

 今度は真後ろ。

 

「ロック」

 

 老人の声だった。

 

 知らない声。

 

「助けてくれ」

 

 ロックは剣の柄へ手を掛ける。

 

 振り返らない。

 

「お願いだ」

 

 声は震えている。

 

 老人。

 

 子供。

 

 女。

 

 次々に変わる。

 

 まるで市場の雑踏のように。

 

 そして最後に。

 

「……僕だ」

 

 自分の声。

 

 ロックは目を閉じた。

 

(記憶した声を繋ぎ合わせてる)

 

 会話ではない。

 

 単語を並べているだけだ。

 

 本当に自分なら、

 

「僕だ」

 

では終わらない。

 

     ◇

 

 その瞬間。

 

 森の奥で。

 

 カカッ。

 

 石が二度鳴った。

 

(リュンクス)

 

 二回。

 

 事前に決めた合図。

 

 敵を見付けた。

 

 ロックは何事もないように歩き出す。

 

 囮は気付いてはいけない。

 

 相手に悟られないことが第一だ。

 

 ちりん。

 

 鈴。

 

 今度は左。

 

 完全に包囲するように動いている。

 

(まだ本体は出ない)

 

 声だけ。

 

 ずっと声だけだ。

 

     ◇

 

 谷筋。

 

 リュンクスは木へ飛び移った。

 

 枝から枝へ。

 

 音一つ立てない。

 

 黒い影も移動している。

 

 速い。

 

 地面ではなく、枝を伝っている。

 

(猿?)

 

 違う。

 

 二本足だ。

 

 腕が異様に長い。

 

 肩へ何かを提げている。

 

 細長い棒。

 

(墓標?)

 

 影は立ち止まり、枝へ腰掛けた。

 

 そして。

 

 口が開く。

 

「ロック」

 

 そこから聞こえた声は、谷全体へ反響した。

 

(あれが……)

 

 リュンクスは息を呑む。

 

 声を出している。

 

 間違いない。

 

 だが。

 

 影は武器を持っていない。

 

 剣も。

 

 槍も。

 

 何もない。

 

 襲撃役には見えなかった。

 

     ◇

 

 その時だった。

 

 墓地にいたロックの首筋へ、冷たいものが走る。

 

 気配。

 

 殺気。

 

 反射的に前へ飛ぶ。

 

 風を裂く音。

 

 ごっ。

 

 背後の墓石へ、何かが叩き付けられた。

 

 石が砕ける。

 

 振り返る。

 

 誰もいない。

 

 だが。

 

 墓石の影が、ゆっくり伸びた。

 

 違う。

 

 影ではない。

 

 全身を黒い外套で覆った騎士が、音もなく立ち上がっていた。

 

 錆びた片手剣。

 

 朽ちた鎧。

 

 そして――

 

 首が、無かった。

 

 ロックは静かに剣を抜く。

 

「……そう来たか」

 

 声を真似る怪異。

 

 そして、墓標の陰へ潜んでいた首なき騎士。

 

 《墓標喰らい》は、一体ではなかった。

 

 少なくとも二つの脅威が、同じ獲物を狙っていた。

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