低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
ロックは墓地を駆け抜けた。
背後では無数の鈴が鳴っている。
ちりん。
ちりん。
ちりん。
一つではない。
風が運んでいるのでもない。
森全体が鳴いているようだった。
四回。
鳥の鳴き声。
リュンクスの退避合図だ。
ならば迷わない。
今は討伐ではない。
生きて情報を持ち帰ることが最優先だった。
◇
谷筋へ入ると、木の陰からリュンクスが飛び出した。
「こっち!」
二人は並んで走る。
後ろは振り返らない。
十分ほど走ったところで、ようやく谷を抜けた。
街道が見える。
そこで初めて足を止めた。
互いに息を整える。
「無事?」
「かすり傷だけ」
リュンクスは頬を指差した。
浅い切り傷。
命に関わるものではない。
「そっちは?」
「首なし騎士は止めた」
「倒した?」
「いや」
ロックは首を振る。
「動かなくなっただけ」
◇
二人は街道脇へ腰を下ろした。
ロックは帳面を開く。
戦闘直後に記録する。
忘れる前に。
「まず確認」
リュンクスが言った。
「声を出してたのは別だった」
「うん」
「枝を移動してた」
「武器は?」
「持ってない」
「身体は?」
「……あれが困るのよ」
リュンクスは腕を組んだ。
「布を斬ったら、中が空だった」
「空?」
「靄みたいなものしか無かった」
ロックは書き留める。
声を発する怪異
武器なし
実体が極めて希薄
「首なし騎士は?」
「鎧の中に鈴があった」
「鈴?」
「革紐で胸に固定されてた」
「それを壊したら?」
「止まった」
リュンクスの目が細くなる。
「つまり」
「命令を受けるための道具だった可能性がある」
◇
二人は地面へ簡単な図を書いた。
ロックが枝を描く。
リュンクスが谷を書く。
「ここに声」
「ここに騎士」
「騎士は声の指示で動く」
「鈴が壊れると止まる」
ここまでは確定。
問題はもう一つだった。
「鈴が急に増えた」
ロックが言う。
「最初は一つ」
「最後は森中」
「増援?」
「分からない」
リュンクスは首を横へ振る。
「でも、あれ全部が本物とは思えない」
「どういうこと?」
「鈴の音にも反響があった」
ロックは少し考えた。
「谷で響いた?」
「ううん。」
リュンクスは森を見た。
「あの怪異、声だけじゃなく鈴も真似してる。」
◇
ロックは思わず帳面を閉じた。
「声だけじゃない……」
「音そのものを真似してる。」
そう考えれば説明が付く。
最後に聞こえた大量の鈴。
本当に何十個もあったとは限らない。
一つの鈴を何十にも聞かせていた。
「だから位置が掴めなかったのか」
「そう。」
リュンクスは苦笑した。
「私も途中で騙された。」
ロックは静かに息を吐いた。
敵は声だけではない。
音そのものを操っている。
これは既知の不死者には無い能力だ。
◇
王都へ戻る頃には夜になっていた。
盗賊ギルド。
ヨアヒムは二人の顔を見るなり煙管を置いた。
「帰ってきたか」
「討伐失敗です」
ロックが言う。
「いや」
ヨアヒムは首を振った。
「それで十分だ。」
「え?」
「生きて帰った。」
それだけ言う。
「初見で正体も分からねぇ賞金首へ突っ込んで、死なずに情報を持ち帰る。」
ヨアヒムは笑った。
「一番難しい仕事だ。」
◇
ロックは帳面を差し出した。
ヨアヒムは最後まで読み終えると、
ぽつりと言った。
「面白ぇ。」
「面白い?」
「普通の賞金首なら剣が強ぇとか、毒があるとかで終わる。」
帳面を閉じる。
「だがお前の敵は違う。」
「……」
「情報戦をやってやがる。」
ロックは無言で頷いた。
敵はただ強いのではない。
観察する。
学習する。
誘導する。
役割分担までしている。
「盗賊みてぇな魔物だ。」
ヨアヒムのその一言が、一番しっくりきた。
◇
帰り道。
リュンクスがぽつりと呟いた。
「ねえ。」
「何?」
「あの声。」
「うん。」
「私、本当に一回だけ返事しそうになった。」
ロックは歩みを止めなかった。
「僕も。」
自分の声。
知人の声。
助けを求める声。
あれは心を狙ってくる。
剣術では防げない。
経験だけでも足りない。
だからこそ危険なのだ。
「次は。」
ロックは夜空を見上げた。
「耳を塞いで戦う方法も考えないといけない。」
剣だけでは勝てない。
敵の仕組みを暴き、その能力そのものを封じる。
それが《墓標喰らい》を討つための、本当の戦いの始まりだった。