低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第54話 鈴の主

 ロックは墓地を駆け抜けた。

 

 背後では無数の鈴が鳴っている。

 

 ちりん。

 

 ちりん。

 

 ちりん。

 

 一つではない。

 

 風が運んでいるのでもない。

 

 森全体が鳴いているようだった。

 

 四回。

 

 鳥の鳴き声。

 

 リュンクスの退避合図だ。

 

 ならば迷わない。

 

 今は討伐ではない。

 

 生きて情報を持ち帰ることが最優先だった。

 

     ◇

 

 谷筋へ入ると、木の陰からリュンクスが飛び出した。

 

「こっち!」

 

 二人は並んで走る。

 

 後ろは振り返らない。

 

 十分ほど走ったところで、ようやく谷を抜けた。

 

 街道が見える。

 

 そこで初めて足を止めた。

 

 互いに息を整える。

 

「無事?」

 

「かすり傷だけ」

 

 リュンクスは頬を指差した。

 

 浅い切り傷。

 

 命に関わるものではない。

 

「そっちは?」

 

「首なし騎士は止めた」

 

「倒した?」

 

「いや」

 

 ロックは首を振る。

 

「動かなくなっただけ」

 

     ◇

 

 二人は街道脇へ腰を下ろした。

 

 ロックは帳面を開く。

 

 戦闘直後に記録する。

 

 忘れる前に。

 

「まず確認」

 

 リュンクスが言った。

 

「声を出してたのは別だった」

 

「うん」

 

「枝を移動してた」

 

「武器は?」

 

「持ってない」

 

「身体は?」

 

「……あれが困るのよ」

 

 リュンクスは腕を組んだ。

 

「布を斬ったら、中が空だった」

 

「空?」

 

「靄みたいなものしか無かった」

 

 ロックは書き留める。

 

声を発する怪異

 

武器なし

 

実体が極めて希薄

 

「首なし騎士は?」

 

「鎧の中に鈴があった」

 

「鈴?」

 

「革紐で胸に固定されてた」

 

「それを壊したら?」

 

「止まった」

 

 リュンクスの目が細くなる。

 

「つまり」

 

「命令を受けるための道具だった可能性がある」

 

     ◇

 

 二人は地面へ簡単な図を書いた。

 

 ロックが枝を描く。

 

 リュンクスが谷を書く。

 

「ここに声」

 

「ここに騎士」

 

「騎士は声の指示で動く」

 

「鈴が壊れると止まる」

 

 ここまでは確定。

 

 問題はもう一つだった。

 

「鈴が急に増えた」

 

 ロックが言う。

 

「最初は一つ」

 

「最後は森中」

 

「増援?」

 

「分からない」

 

 リュンクスは首を横へ振る。

 

「でも、あれ全部が本物とは思えない」

 

「どういうこと?」

 

「鈴の音にも反響があった」

 

 ロックは少し考えた。

 

「谷で響いた?」

 

「ううん。」

 

 リュンクスは森を見た。

 

「あの怪異、声だけじゃなく鈴も真似してる。」

 

     ◇

 

 ロックは思わず帳面を閉じた。

 

「声だけじゃない……」

 

「音そのものを真似してる。」

 

 そう考えれば説明が付く。

 

 最後に聞こえた大量の鈴。

 

 本当に何十個もあったとは限らない。

 

 一つの鈴を何十にも聞かせていた。

 

「だから位置が掴めなかったのか」

 

「そう。」

 

 リュンクスは苦笑した。

 

「私も途中で騙された。」

 

 ロックは静かに息を吐いた。

 

 敵は声だけではない。

 

 音そのものを操っている。

 

 これは既知の不死者には無い能力だ。

 

     ◇

 

 王都へ戻る頃には夜になっていた。

 

 盗賊ギルド。

 

 ヨアヒムは二人の顔を見るなり煙管を置いた。

 

「帰ってきたか」

 

「討伐失敗です」

 

 ロックが言う。

 

「いや」

 

 ヨアヒムは首を振った。

 

「それで十分だ。」

 

「え?」

 

「生きて帰った。」

 

 それだけ言う。

 

「初見で正体も分からねぇ賞金首へ突っ込んで、死なずに情報を持ち帰る。」

 

 ヨアヒムは笑った。

 

「一番難しい仕事だ。」

 

     ◇

 

 ロックは帳面を差し出した。

 

 ヨアヒムは最後まで読み終えると、

 

 ぽつりと言った。

 

「面白ぇ。」

 

「面白い?」

 

「普通の賞金首なら剣が強ぇとか、毒があるとかで終わる。」

 

 帳面を閉じる。

 

「だがお前の敵は違う。」

 

「……」

 

「情報戦をやってやがる。」

 

 ロックは無言で頷いた。

 

 敵はただ強いのではない。

 

 観察する。

 

 学習する。

 

 誘導する。

 

 役割分担までしている。

 

「盗賊みてぇな魔物だ。」

 

 ヨアヒムのその一言が、一番しっくりきた。

 

     ◇

 

 帰り道。

 

 リュンクスがぽつりと呟いた。

 

「ねえ。」

 

「何?」

 

「あの声。」

 

「うん。」

 

「私、本当に一回だけ返事しそうになった。」

 

 ロックは歩みを止めなかった。

 

「僕も。」

 

 自分の声。

 

 知人の声。

 

 助けを求める声。

 

 あれは心を狙ってくる。

 

 剣術では防げない。

 

 経験だけでも足りない。

 

 だからこそ危険なのだ。

 

「次は。」

 

 ロックは夜空を見上げた。

 

「耳を塞いで戦う方法も考えないといけない。」

 

 剣だけでは勝てない。

 

 敵の仕組みを暴き、その能力そのものを封じる。

 

 それが《墓標喰らい》を討つための、本当の戦いの始まりだった。

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