低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
地下水道の点検依頼が終わって三日。
ロックは『古代王国の扉』亭の片隅で、冷めたスープを口へ運んでいた。
所持金は七百二十ガメル。
食うには困らない。
だが、冒険者として先へ進むには心許ない金額だった。
その一方で、地下深くには莫大な価値を持つ戦利品が眠っている。
自分では運べない。
堂々と持ち出すこともできない。
「……結局、一人じゃどうにもならないか」
ロックはため息をついた。
必要なのは腕力ではない。
秘密を守れる協力者だった。
◇ ◇ ◇
昼下がり。
ロックは貧民街へ足を向けた。
表通りとは違い、石畳は欠け、建物は肩を寄せ合うように建っている。
洗濯物が頭上を横切り、細い路地には昼間でも薄暗い影が落ちていた。
目的地は一軒の古道具屋。
看板は色褪せ、窓には埃が積もっている。
一見すれば、潰れかけた店だった。
ロックは扉を開けた。
鈴が鳴る。
奥で帳簿を読んでいた老人が顔を上げた。
「何か御用で?」
「鼠が巣を替えた、と聞きました」
老人の目が細くなる。
「……誰に聞いた?」
「古代王国の扉亭で」
数秒の沈黙。
老人は帳簿を閉じると、店の奥を顎で示した。
「付いて来な」
裏口を抜け、さらに狭い路地を二度曲がる。
地下へ続く石段。
重い扉。
その先には酒場とも集会所ともつかない広間が広がっていた。
賭博に興じる者。
荷を運ぶ者。
情報を売り買いする者。
誰もが一度だけロックへ視線を向け、すぐ興味を失う。
場違いな少年。
そんな評価だった。
「灰鼠の旦那。客だ」
老人が声を掛ける。
奥の卓で書類を読んでいた男が、静かに顔を上げた。
四十代後半。
灰色が混じった短髪。
痩せても太ってもいない体格。
派手さはない。
だが、その目だけは獲物を値踏みする猛禽のようだった。
「初めまして」
ロックは頭を下げた。
男は椅子を勧める。
「私はヨアヒム・ベルガー。ここでは《灰鼠》と呼ばれている」
ロックも腰を下ろした。
「ロックです」
「それで?」
ヨアヒムは微笑む。
「君は何を売りに来た?」
「物じゃありません」
「ほう?」
「情報です」
その一言で、周囲の空気がわずかに変わった。
ヨアヒムは指を組み、静かに頷く。
「続けて」
「古代王国の遺跡を見つけました」
誰も息を呑まない。
だが、酒を飲んでいた男の手だけが止まった。
ヨアヒムの表情は変わらない。
「証拠は?」
「ありません」
「なら噂だ」
「証拠は持ってこられません」
「理由は?」
「持ち出せないからです」
ヨアヒムは初めて笑った。
「面白い答えだ」
ロックは続ける。
「地下深くです。魔法の武器、防具があります」
「いくらくらいだと思う?」
「剣が二振り。鎧が二領。盾が一枚」
ヨアヒムは帳面へ何かを書いた。
「それで?」
「僕一人じゃ運べません」
「そうだろうな」
「だから盗賊ギルドへ相談に来ました」
ヨアヒムは椅子へ深くもたれた。
「相談?」
「秘密を守れる相手が必要です」
「それだけか?」
「違います」
ロックは真っ直ぐヨアヒムを見る。
「買い取ってください」
部屋が静まり返る。
「全部です」
「全部?」
「運び出しも含めて」
ヨアヒムは笑わなかった。
「君は相場を知っているか?」
「知りません」
「なら教えよう」
彼は帳面をロックへ向けた。
「仮に、状態が極めて良好だった場合だ」
一本目の剣。
「八千九百ガメル」
二本目。
「同じく八千九百ガメル」
盾。
「六千ガメル」
鎧。
「二万一千ガメル」
もう一領。
「二万一千ガメル」
ヨアヒムは帳面を閉じた。
「合計」
わずかに間を置く。
「六万六千八百ガメル」
ロックは思わず息を止めた。
今の所持金の、百倍近い。
冒険者が一生かけても手にできるか分からない額だった。
「もちろん」
ヨアヒムは穏やかに続ける。
「これは市場価格だ」
「……はい」
「運び出す危険」
「口止め」
「故買の手間」
「売却先の確保」
「もし王家の財産だった場合の責任」
一つずつ指を折る。
「その全部をこちらが負う」
ロックは黙って聞いていた。
「だから」
ヨアヒムは微笑む。
「六万六千八百ガメル、そのまま払うことはない」
「当然です」
即答だった。
その返事に、ヨアヒムの目が細くなる。
「ふむ」
「利益がなければ、盗賊ギルドは動きません」
「分かっているじゃないか」
「僕が欲しいのは、最高額じゃありません」
「ほう?」
「信用です」
ヨアヒムは声を出して笑った。
「面白い少年だ」
卓へ肘をつき、ロックを見つめる。
「君は金より信用を選ぶ?」
「信用があれば、また稼げます」
「信用を失えば?」
「何も残りません」
ヨアヒムはゆっくり立ち上がった。
「契約しよう」
ロックも立つ。
「ただし条件がある」
「何でしょう」
「まず、遺跡を私自身が見る」
「はい」
「危険なら降りる」
「構いません」
「そして」
ヨアヒムは人差し指を一本立てた。
「この件を知る者は、今日この部屋にいる者だけだ」
周囲の男たちが静かに頷く。
「口外した者は?」
ロックが尋ねる。
ヨアヒムは淡々と答えた。
「盗賊ギルドの掟で裁く」
その言葉に冗談はなかった。
ロックも静かに頷く。
「分かりました」
ヨアヒムは右手を差し出す。
「ようこそ、ロック」
「君の遺跡は、今日から我々の仕事でもある」
ロックはその手を握り返した。
小さな握手だった。
だが、その瞬間。
孤児の少年一人では手の届かなかった古代王国の遺産へ、盗賊ギルドという巨大な組織が動き始めた。