低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第6話 灰鼠のヨアヒム

 地下水道の点検依頼が終わって三日。

 

 ロックは『古代王国の扉』亭の片隅で、冷めたスープを口へ運んでいた。

 

 所持金は七百二十ガメル。

 

 食うには困らない。

 

 だが、冒険者として先へ進むには心許ない金額だった。

 

 その一方で、地下深くには莫大な価値を持つ戦利品が眠っている。

 

 自分では運べない。

 

 堂々と持ち出すこともできない。

 

「……結局、一人じゃどうにもならないか」

 

 ロックはため息をついた。

 

 必要なのは腕力ではない。

 

 秘密を守れる協力者だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 昼下がり。

 

 ロックは貧民街へ足を向けた。

 

 表通りとは違い、石畳は欠け、建物は肩を寄せ合うように建っている。

 

 洗濯物が頭上を横切り、細い路地には昼間でも薄暗い影が落ちていた。

 

 目的地は一軒の古道具屋。

 

 看板は色褪せ、窓には埃が積もっている。

 

 一見すれば、潰れかけた店だった。

 

 ロックは扉を開けた。

 

 鈴が鳴る。

 

 奥で帳簿を読んでいた老人が顔を上げた。

 

「何か御用で?」

 

「鼠が巣を替えた、と聞きました」

 

 老人の目が細くなる。

 

「……誰に聞いた?」

 

「古代王国の扉亭で」

 

 数秒の沈黙。

 

 老人は帳簿を閉じると、店の奥を顎で示した。

 

「付いて来な」

 

 裏口を抜け、さらに狭い路地を二度曲がる。

 

 地下へ続く石段。

 

 重い扉。

 

 その先には酒場とも集会所ともつかない広間が広がっていた。

 

 賭博に興じる者。

 

 荷を運ぶ者。

 

 情報を売り買いする者。

 

 誰もが一度だけロックへ視線を向け、すぐ興味を失う。

 

 場違いな少年。

 

 そんな評価だった。

 

「灰鼠の旦那。客だ」

 

 老人が声を掛ける。

 

 奥の卓で書類を読んでいた男が、静かに顔を上げた。

 

 四十代後半。

 

 灰色が混じった短髪。

 

 痩せても太ってもいない体格。

 

 派手さはない。

 

 だが、その目だけは獲物を値踏みする猛禽のようだった。

 

「初めまして」

 

 ロックは頭を下げた。

 

 男は椅子を勧める。

 

「私はヨアヒム・ベルガー。ここでは《灰鼠》と呼ばれている」

 

 ロックも腰を下ろした。

 

「ロックです」

 

「それで?」

 

 ヨアヒムは微笑む。

 

「君は何を売りに来た?」

 

「物じゃありません」

 

「ほう?」

 

「情報です」

 

 その一言で、周囲の空気がわずかに変わった。

 

 ヨアヒムは指を組み、静かに頷く。

 

「続けて」

 

「古代王国の遺跡を見つけました」

 

 誰も息を呑まない。

 

 だが、酒を飲んでいた男の手だけが止まった。

 

 ヨアヒムの表情は変わらない。

 

「証拠は?」

 

「ありません」

 

「なら噂だ」

 

「証拠は持ってこられません」

 

「理由は?」

 

「持ち出せないからです」

 

 ヨアヒムは初めて笑った。

 

「面白い答えだ」

 

 ロックは続ける。

 

「地下深くです。魔法の武器、防具があります」

 

「いくらくらいだと思う?」

 

「剣が二振り。鎧が二領。盾が一枚」

 

 ヨアヒムは帳面へ何かを書いた。

 

「それで?」

 

「僕一人じゃ運べません」

 

「そうだろうな」

 

「だから盗賊ギルドへ相談に来ました」

 

 ヨアヒムは椅子へ深くもたれた。

 

「相談?」

 

「秘密を守れる相手が必要です」

 

「それだけか?」

 

「違います」

 

 ロックは真っ直ぐヨアヒムを見る。

 

「買い取ってください」

 

 部屋が静まり返る。

 

「全部です」

 

「全部?」

 

「運び出しも含めて」

 

 ヨアヒムは笑わなかった。

 

「君は相場を知っているか?」

 

「知りません」

 

「なら教えよう」

 

 彼は帳面をロックへ向けた。

 

「仮に、状態が極めて良好だった場合だ」

 

 一本目の剣。

 

「八千九百ガメル」

 

 二本目。

 

「同じく八千九百ガメル」

 

 盾。

 

「六千ガメル」

 

 鎧。

 

「二万一千ガメル」

 

 もう一領。

 

「二万一千ガメル」

 

 ヨアヒムは帳面を閉じた。

 

「合計」

 

 わずかに間を置く。

 

「六万六千八百ガメル」

 

 ロックは思わず息を止めた。

 

 今の所持金の、百倍近い。

 

 冒険者が一生かけても手にできるか分からない額だった。

 

「もちろん」

 

 ヨアヒムは穏やかに続ける。

 

「これは市場価格だ」

 

「……はい」

 

「運び出す危険」

 

「口止め」

 

「故買の手間」

 

「売却先の確保」

 

「もし王家の財産だった場合の責任」

 

 一つずつ指を折る。

 

「その全部をこちらが負う」

 

 ロックは黙って聞いていた。

 

「だから」

 

 ヨアヒムは微笑む。

 

「六万六千八百ガメル、そのまま払うことはない」

 

「当然です」

 

 即答だった。

 

 その返事に、ヨアヒムの目が細くなる。

 

「ふむ」

 

「利益がなければ、盗賊ギルドは動きません」

 

「分かっているじゃないか」

 

「僕が欲しいのは、最高額じゃありません」

 

「ほう?」

 

「信用です」

 

 ヨアヒムは声を出して笑った。

 

「面白い少年だ」

 

 卓へ肘をつき、ロックを見つめる。

 

「君は金より信用を選ぶ?」

 

「信用があれば、また稼げます」

 

「信用を失えば?」

 

「何も残りません」

 

 ヨアヒムはゆっくり立ち上がった。

 

「契約しよう」

 

 ロックも立つ。

 

「ただし条件がある」

 

「何でしょう」

 

「まず、遺跡を私自身が見る」

 

「はい」

 

「危険なら降りる」

 

「構いません」

 

「そして」

 

 ヨアヒムは人差し指を一本立てた。

 

「この件を知る者は、今日この部屋にいる者だけだ」

 

 周囲の男たちが静かに頷く。

 

「口外した者は?」

 

 ロックが尋ねる。

 

 ヨアヒムは淡々と答えた。

 

「盗賊ギルドの掟で裁く」

 

 その言葉に冗談はなかった。

 

 ロックも静かに頷く。

 

「分かりました」

 

 ヨアヒムは右手を差し出す。

 

「ようこそ、ロック」

 

「君の遺跡は、今日から我々の仕事でもある」

 

 ロックはその手を握り返した。

 

 小さな握手だった。

 

 だが、その瞬間。

 

 孤児の少年一人では手の届かなかった古代王国の遺産へ、盗賊ギルドという巨大な組織が動き始めた。

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