低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

62 / 63
第57話 狩りを覚えたもの

 街道の土を割り、首なし騎士が立ち上がる。

 

 泥にまみれた鎧。

 

 錆びた片手剣。

 

 前に倒したものと同じに見えた。

 

 だが、右膝も左膝も壊れていない。

 

 胸元にも、切断したはずの革紐はない。

 

「別の個体……」

 

 ロックは後退しながら、騎士の全身を観察した。

 

 墓地にいた首なし騎士が運ばれ、修復された可能性もある。

 

 だが、昨日までに付けた傷が一つも残っていない。

 

 鎧の形もわずかに違う。

 

 同じ種類ではあっても、同じものではない。

 

 ならば、首なし騎士は少なくとも二体いる。

 

 あるいは、それ以上。

 

     ◇

 

 騎士が剣を振り下ろす。

 

 ロックは街道脇へ跳び、刃を避けた。

 

 地面に深い溝が刻まれる。

 

 力任せに見える。

 

 しかし、次の動きは速かった。

 

 振り下ろした剣を引き戻さず、そのまま地面を擦るように横へ薙ぐ。

 

 ロックはブロードソードで受け流した。

 

 腕へ重い衝撃が走る。

 

「っ……!」

 

 正面から何度も受けるのは危険だ。

 

 相手には痛みも疲労もない。

 

 こちらだけが削られていく。

 

 ロックは騎士の周囲を回り、背後を取ろうとした。

 

 ちりん。

 

 鈴が鳴る。

 

 騎士が即座に向きを変えた。

 

 ロックの剣を籠手で受け、片手剣を突き出してくる。

 

(やっぱり、見えているわけじゃない)

 

 声の怪異が位置を伝えている。

 

 しかし前回とは精度が違う。

 

 昨日よりも指示が早い。

 

 こちらの動きを読んでいる。

 

     ◇

 

 尾根の上では、リュンクスが声の主を探していた。

 

 木々の間。

 

 崖の影。

 

 地面の窪み。

 

 どこにも姿がない。

 

 鈴は鳴っている。

 

 だが、その位置が絶えず変わる。

 

 右から一つ。

 

 左から二つ。

 

 背後から三つ。

 

 どれも本物らしく聞こえる。

 

(全部を追ったら駄目)

 

 前回、声の怪異は枝の上にいた。

 

 しかし今回は、同じ場所には現れない。

 

 敵もそれを知っている。

 

 リュンクスは音ではなく、森の動きを見た。

 

 鳥が飛ばない。

 

 枝も揺れない。

 

 草も踏まれていない。

 

 怪異が実体を失ったまま移動しているなら、痕跡そのものが残らない可能性もある。

 

 だが、案山子は勝手に作られない。

 

 枝を集め。

 

 藁を束ね。

 

 泥を塗り。

 

 外套を着せた何者かがいる。

 

 声だけの亡霊に、それができるのか。

 

「できないわよね」

 

 口元だけで呟く。

 

 首なし騎士も、細かな作業には向かない。

 

 剣を振るうだけの不死者に、旅人そっくりの案山子を作る器用さがあるとは思えない。

 

 ならば。

 

(まだいる)

 

 狩りの仕掛けを作る第三の存在。

 

     ◇

 

 ロックは街道を離れ、雑木林へ入った。

 

 首なし騎士が追ってくる。

 

 木の根へ躓くこともない。

 

 鈴の指示に従い、迷わず最短の道を進んでいた。

 

 前回の騎士よりも連携が洗練されている。

 

 ロックが木を盾にする。

 

 騎士は回り込まない。

 

 片手剣を幹へ叩き付けた。

 

 樹皮が裂け、木全体が揺れる。

 

「それは無茶だろ……」

 

 もう一撃。

 

 幹が軋む。

 

 倒すつもりだ。

 

 木ごとロックを押し潰そうとしている。

 

 ちりん。

 

 鈴が頭上で鳴った。

 

 ロックは咄嗟に横へ走る。

 

 直後、背後で太い枝が落ちた。

 

 首なし騎士が切ったのではない。

 

 最初から途中まで切り込みが入れてあった枝だ。

 

「罠まで……!」

 

 敵は、この場所へロックを追い込むつもりだった。

 

 案山子で注意を引き。

 

 地下から騎士を出し。

 

 林へ逃げ込ませ。

 

 落とす枝まで用意していた。

 

 偶然ではない。

 

 明らかに道筋を組み立てている。

 

     ◇

 

 ロックは走りながら腰のジャヴェリンを一本抜いた。

 

 騎士へは投げない。

 

 前方の地面へ突き立てる。

 

 そのまま進路を変えた。

 

 首なし騎士は真っ直ぐ追ってくる。

 

 ジャヴェリンの柄に足を取られ、僅かに体勢を崩した。

 

 転びはしない。

 

 それでも十分だった。

 

 ロックは木の陰へ回り、騎士の背後へ移る。

 

 胸元。

 

 鎧の隙間から革紐が見えた。

 

 同じ仕組みだ。

 

 内側に鈴がある。

 

 ロックは剣を差し込もうとした。

 

 その瞬間。

 

「後ろ!」

 

 リュンクスの声が響いた。

 

 ロックは振り返らない。

 

 声は信用しない。

 

 だが、背後から何かが風を切った。

 

 ロックは勘だけで身を沈める。

 

 短い槍が頭上を通過し、木へ突き刺さった。

 

「……」

 

 首なし騎士とは別の攻撃。

 

 ロックは地面を転がり、距離を取った。

 

 槍が飛んできた方向を見る。

 

 木々の間に人影がある。

 

 小柄。

 

 外套をまとい、顔を布で隠している。

 

 手には、もう一本の槍。

 

 首がある。

 

 生者のようにも見える。

 

 だが呼吸がない。

 

 構えも、人間のそれとは少し違った。

 

 腕の関節が不自然に深く曲がっている。

 

「三体目……」

 

     ◇

 

 尾根から見ていたリュンクスも、その姿を確認した。

 

(あれが罠を作った?)

 

 細い手。

 

 長い指。

 

 槍を投げられるだけの身体。

 

 首なし騎士とは違い、道具を扱える。

 

 案山子を作ることも。

 

 枝へ切れ目を入れることも。

 

 地面を掘って騎士を隠すこともできるだろう。

 

 リュンクスは短剣を握った。

 

 声の怪異。

 

 首なし騎士。

 

 罠を作る人型の不死者。

 

 三つが役割を分担している。

 

 誘うもの。

 

 殺すもの。

 

 狩場を作るもの。

 

「賞金首一体じゃないじゃない」

 

     ◇

 

 罠師らしき不死者が、二本目の槍を投げる。

 

 ロックは木を盾にして避けた。

 

 首なし騎士も迫ってくる。

 

 二方向。

 

 さらに鈴の音が周囲を満たす。

 

 ここで戦い続ければ包囲される。

 

 敵の数も分からない。

 

 ロックは指を口へ当て、鋭く息を吹いた。

 

 声ではない。

 

 事前に決めた退避の合図。

 

 リュンクスが尾根から小石を落とす。

 

 一回。

 

 合図を確認した。

 

 ロックは腰の袋から、小さな陶器の容器を取り出した。

 

 地面へ投げる。

 

 容器が割れ、油が広がった。

 

 すぐに火を付けるつもりはない。

 

 林を燃やせば、自分たちも逃げられない。

 

 だが不死者は、それを知らないかもしれない。

 

 ロックは松明を取り出し、火口箱へ手を伸ばすふりをした。

 

 罠師の動きが止まった。

 

 首なし騎士への鈴も、一瞬だけ鳴らなくなる。

 

(火を警戒した)

 

 声の怪異が理解している。

 

 森を焼かれることを嫌っている。

 

 ロックはその隙に走った。

 

     ◇

 

 二人が合流したのは、街道からかなり離れた畑の跡だった。

 

 追ってくる音はない。

 

 鈴も聞こえない。

 

 ロックは膝へ手をつき、息を整えた。

 

 リュンクスも隣へ座り込む。

 

「三体いた」

 

「見たわ」

 

「声」

 

「騎士」

 

「罠を作る奴」

 

 二人は同時に森を振り返った。

 

 《墓標喰らい》という一体の怪物はいない。

 

 少なくとも、今まで見た限りでは。

 

 複数の不死者が、一つの狩猟集団として動いている。

 

「それだけじゃない」

 

 リュンクスが言った。

 

「あの案山子、人間の服を着てた」

 

「被害者の?」

 

「たぶんね。大きさも合わせてあった」

 

「僕が警戒する姿を作った」

 

「ええ」

 

 リュンクスは頬の傷を指で拭った。

 

「声の怪異が考えてるだけじゃない。あいつら、役割ごとに別々のことを覚えてる」

 

 ロックは返事をしなかった。

 

 考えているのは誰なのか。

 

 声の怪異か。

 

 罠師か。

 

 あるいは、まだ姿を見せていない何者か。

 

     ◇

 

 王都へ戻った後、ロックは情報を整理した。

 

首なし騎士は複数存在する

鎧の中の鈴を介して指示を受ける

罠を設置する人型不死者がいる

声の怪異は作戦の変更を理解する

火、または森の焼失を警戒する

敵は一体ではなく、役割分担した集団である

 

 最後に、通称を大きく横線で消した。

 

《墓標喰らい》

 

 その下へ書き直す。

 

墓標喰らいたち

 

 名前が変わっただけではない。

 

 討伐方法そのものを変えなければならない。

 

 一体を倒して終わる仕事ではなかった。

 

 相手の巣を探し。

 

 指揮するものを見付け。

 

 狩りの仕組みを丸ごと壊す必要がある。

 

 ロックは懸賞金一万二千ガメルと書かれた紙を見た。

 

「……割に合わないな」

 

 それでも、諦めるつもりはなかった。

 

 この集団を放置すれば、次に作られる罠はもっと巧妙になる。

 

 街道だけでは済まない。

 

 やがて人里の近くまで、狩場を広げるかもしれない。

 

 ロックは地図へ、荒らされた三つの墓地を記した。

 

 それぞれから骨粉の跡を伸ばす。

 

 三本の線は、森の奥で交わり始めていた。

 

 敵の巣は、そこにある。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。