低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
街道の土を割り、首なし騎士が立ち上がる。
泥にまみれた鎧。
錆びた片手剣。
前に倒したものと同じに見えた。
だが、右膝も左膝も壊れていない。
胸元にも、切断したはずの革紐はない。
「別の個体……」
ロックは後退しながら、騎士の全身を観察した。
墓地にいた首なし騎士が運ばれ、修復された可能性もある。
だが、昨日までに付けた傷が一つも残っていない。
鎧の形もわずかに違う。
同じ種類ではあっても、同じものではない。
ならば、首なし騎士は少なくとも二体いる。
あるいは、それ以上。
◇
騎士が剣を振り下ろす。
ロックは街道脇へ跳び、刃を避けた。
地面に深い溝が刻まれる。
力任せに見える。
しかし、次の動きは速かった。
振り下ろした剣を引き戻さず、そのまま地面を擦るように横へ薙ぐ。
ロックはブロードソードで受け流した。
腕へ重い衝撃が走る。
「っ……!」
正面から何度も受けるのは危険だ。
相手には痛みも疲労もない。
こちらだけが削られていく。
ロックは騎士の周囲を回り、背後を取ろうとした。
ちりん。
鈴が鳴る。
騎士が即座に向きを変えた。
ロックの剣を籠手で受け、片手剣を突き出してくる。
(やっぱり、見えているわけじゃない)
声の怪異が位置を伝えている。
しかし前回とは精度が違う。
昨日よりも指示が早い。
こちらの動きを読んでいる。
◇
尾根の上では、リュンクスが声の主を探していた。
木々の間。
崖の影。
地面の窪み。
どこにも姿がない。
鈴は鳴っている。
だが、その位置が絶えず変わる。
右から一つ。
左から二つ。
背後から三つ。
どれも本物らしく聞こえる。
(全部を追ったら駄目)
前回、声の怪異は枝の上にいた。
しかし今回は、同じ場所には現れない。
敵もそれを知っている。
リュンクスは音ではなく、森の動きを見た。
鳥が飛ばない。
枝も揺れない。
草も踏まれていない。
怪異が実体を失ったまま移動しているなら、痕跡そのものが残らない可能性もある。
だが、案山子は勝手に作られない。
枝を集め。
藁を束ね。
泥を塗り。
外套を着せた何者かがいる。
声だけの亡霊に、それができるのか。
「できないわよね」
口元だけで呟く。
首なし騎士も、細かな作業には向かない。
剣を振るうだけの不死者に、旅人そっくりの案山子を作る器用さがあるとは思えない。
ならば。
(まだいる)
狩りの仕掛けを作る第三の存在。
◇
ロックは街道を離れ、雑木林へ入った。
首なし騎士が追ってくる。
木の根へ躓くこともない。
鈴の指示に従い、迷わず最短の道を進んでいた。
前回の騎士よりも連携が洗練されている。
ロックが木を盾にする。
騎士は回り込まない。
片手剣を幹へ叩き付けた。
樹皮が裂け、木全体が揺れる。
「それは無茶だろ……」
もう一撃。
幹が軋む。
倒すつもりだ。
木ごとロックを押し潰そうとしている。
ちりん。
鈴が頭上で鳴った。
ロックは咄嗟に横へ走る。
直後、背後で太い枝が落ちた。
首なし騎士が切ったのではない。
最初から途中まで切り込みが入れてあった枝だ。
「罠まで……!」
敵は、この場所へロックを追い込むつもりだった。
案山子で注意を引き。
地下から騎士を出し。
林へ逃げ込ませ。
落とす枝まで用意していた。
偶然ではない。
明らかに道筋を組み立てている。
◇
ロックは走りながら腰のジャヴェリンを一本抜いた。
騎士へは投げない。
前方の地面へ突き立てる。
そのまま進路を変えた。
首なし騎士は真っ直ぐ追ってくる。
ジャヴェリンの柄に足を取られ、僅かに体勢を崩した。
転びはしない。
それでも十分だった。
ロックは木の陰へ回り、騎士の背後へ移る。
胸元。
鎧の隙間から革紐が見えた。
同じ仕組みだ。
内側に鈴がある。
ロックは剣を差し込もうとした。
その瞬間。
「後ろ!」
リュンクスの声が響いた。
ロックは振り返らない。
声は信用しない。
だが、背後から何かが風を切った。
ロックは勘だけで身を沈める。
短い槍が頭上を通過し、木へ突き刺さった。
「……」
首なし騎士とは別の攻撃。
ロックは地面を転がり、距離を取った。
槍が飛んできた方向を見る。
木々の間に人影がある。
小柄。
外套をまとい、顔を布で隠している。
手には、もう一本の槍。
首がある。
生者のようにも見える。
だが呼吸がない。
構えも、人間のそれとは少し違った。
腕の関節が不自然に深く曲がっている。
「三体目……」
◇
尾根から見ていたリュンクスも、その姿を確認した。
(あれが罠を作った?)
細い手。
長い指。
槍を投げられるだけの身体。
首なし騎士とは違い、道具を扱える。
案山子を作ることも。
枝へ切れ目を入れることも。
地面を掘って騎士を隠すこともできるだろう。
リュンクスは短剣を握った。
声の怪異。
首なし騎士。
罠を作る人型の不死者。
三つが役割を分担している。
誘うもの。
殺すもの。
狩場を作るもの。
「賞金首一体じゃないじゃない」
◇
罠師らしき不死者が、二本目の槍を投げる。
ロックは木を盾にして避けた。
首なし騎士も迫ってくる。
二方向。
さらに鈴の音が周囲を満たす。
ここで戦い続ければ包囲される。
敵の数も分からない。
ロックは指を口へ当て、鋭く息を吹いた。
声ではない。
事前に決めた退避の合図。
リュンクスが尾根から小石を落とす。
一回。
合図を確認した。
ロックは腰の袋から、小さな陶器の容器を取り出した。
地面へ投げる。
容器が割れ、油が広がった。
すぐに火を付けるつもりはない。
林を燃やせば、自分たちも逃げられない。
だが不死者は、それを知らないかもしれない。
ロックは松明を取り出し、火口箱へ手を伸ばすふりをした。
罠師の動きが止まった。
首なし騎士への鈴も、一瞬だけ鳴らなくなる。
(火を警戒した)
声の怪異が理解している。
森を焼かれることを嫌っている。
ロックはその隙に走った。
◇
二人が合流したのは、街道からかなり離れた畑の跡だった。
追ってくる音はない。
鈴も聞こえない。
ロックは膝へ手をつき、息を整えた。
リュンクスも隣へ座り込む。
「三体いた」
「見たわ」
「声」
「騎士」
「罠を作る奴」
二人は同時に森を振り返った。
《墓標喰らい》という一体の怪物はいない。
少なくとも、今まで見た限りでは。
複数の不死者が、一つの狩猟集団として動いている。
「それだけじゃない」
リュンクスが言った。
「あの案山子、人間の服を着てた」
「被害者の?」
「たぶんね。大きさも合わせてあった」
「僕が警戒する姿を作った」
「ええ」
リュンクスは頬の傷を指で拭った。
「声の怪異が考えてるだけじゃない。あいつら、役割ごとに別々のことを覚えてる」
ロックは返事をしなかった。
考えているのは誰なのか。
声の怪異か。
罠師か。
あるいは、まだ姿を見せていない何者か。
◇
王都へ戻った後、ロックは情報を整理した。
首なし騎士は複数存在する
鎧の中の鈴を介して指示を受ける
罠を設置する人型不死者がいる
声の怪異は作戦の変更を理解する
火、または森の焼失を警戒する
敵は一体ではなく、役割分担した集団である
最後に、通称を大きく横線で消した。
《墓標喰らい》
その下へ書き直す。
墓標喰らいたち
名前が変わっただけではない。
討伐方法そのものを変えなければならない。
一体を倒して終わる仕事ではなかった。
相手の巣を探し。
指揮するものを見付け。
狩りの仕組みを丸ごと壊す必要がある。
ロックは懸賞金一万二千ガメルと書かれた紙を見た。
「……割に合わないな」
それでも、諦めるつもりはなかった。
この集団を放置すれば、次に作られる罠はもっと巧妙になる。
街道だけでは済まない。
やがて人里の近くまで、狩場を広げるかもしれない。
ロックは地図へ、荒らされた三つの墓地を記した。
それぞれから骨粉の跡を伸ばす。
三本の線は、森の奥で交わり始めていた。
敵の巣は、そこにある。