低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
《墓標喰らい》事件から数日。
ロックは再び王都地下水道の奥へと足を踏み入れていた。
湿った石畳。
古代王国の扉。
そして、その先に広がる人工始原の巨人。
もう見慣れたはずの光景だったが、その巨大さだけは何度訪れても慣れることがない。
「さて……続きを始めよう」
今回の目的地は決まっている。
循環器系。
そのさらに先。
腎臓部だった。
◇
ロックは古代の整備図を広げる。
何度も読み返した肝臓区画の資料。
そこへ自分で書き加えた注釈が、以前より遥かに増えていた。
「肝臓が物資の補給所なら……」
指が配管をなぞる。
「循環器には、不要物を処理する器官が必要になる。」
人体の知識。
それは前世の常識だった。
生き物は血液を巡らせるだけでは生きられない。
老廃物を濾し取り、
体液を調整し、
必要なものだけを体内へ戻す器官が存在する。
「人工始原の巨人も、生物を模して造られている。」
ならば。
腎臓に相当する施設が存在しても不思議ではない。
◇
探索は慎重だった。
前回見つけた分解系統へは向かわない。
今回は循環系統を辿る。
巨大な管路は、ゆるやかな勾配を描きながら奥へ続いていた。
途中ですれ違う保守体も以前と変わらない。
骨人夫が荷車を押し、
骨戦士が巡回し、
竜牙兵が重量物を運搬している。
彼らはロックへ一瞥を向けるだけで、
すぐに自分の仕事へ戻っていく。
「完全に保守施設だな……」
誰も襲ってこない。
だからこそ不気味だった。
主人のいない城だけが、
千年経っても律儀に仕事を続けている。
◇
数時間後。
通路の様子が変わり始めた。
壁一面へ、
白く半透明な結晶が生えている。
魔晶石にも似ている。
だが光り方が違う。
淡く脈打つように明滅していた。
「これは……」
ロックは触れない。
未知の魔法装置へ不用意に触れるほど無謀ではない。
代わりに帳面へ写生する。
結晶。
配置。
周囲の配管。
全て記録する。
◇
さらに奥。
今度は音が変わった。
どくん。
どくん。
心臓区画ほど力強くはない。
しかし規則正しい振動が足元から伝わってくる。
「水車?」
違う。
水流でもない。
もっと細かく、
絶え間なく何かが流れている。
やがて視界が開けた。
巨大な円筒形の部屋。
幾百もの透明な管が集まり、
中央の白い結晶柱へ繋がっている。
結晶柱の内部では、
淡い光を帯びた液体がゆっくり循環していた。
◇
「……綺麗だ。」
思わず言葉が漏れる。
戦うための施設ではない。
殺すための装置でもない。
ここは生命を維持するための場所だった。
結晶柱の周囲では、
見慣れない保守体が働いている。
背丈は子供ほど。
身体は細く、
腕は四本。
その先端には指ではなく、
繊細な鉗子が付いていた。
彼らは配管から結晶へ何かを移し替え、
また別の配管へ送り返している。
まるで熟練職人だった。
◇
ロックは柱の台座を観察する。
古代文字。
完全には読めない。
それでも以前より理解できる単語が増えていた。
「循……還……」
違う。
その下。
「再……生?」
もう一文字。
「再生炉……?」
首を傾げる。
炉ではない。
熱源も見えない。
だが古代人は、この設備をそう呼んでいたらしい。
再生。
その言葉が意味するものは何か。
◇
その時だった。
一体の保守体が、
小さな灰色の結晶を運んできた。
結晶柱へ入れる。
しばらくすると。
透明だった結晶が、
ゆっくりと淡い蒼色へ変わった。
そして別の配管へ送られていく。
「……浄化?」
いや。
それだけではない。
何かを失わせるのではなく、
別の性質へ作り変えている。
ロックは目を細めた。
「ここは腎臓じゃない。」
人体に例えるなら、
もっと複雑だ。
不要物を捨てる場所ではなく、
不要になった魔力や物質を、再び利用できる状態へ戻す施設。
だから「再生炉」。
人工始原の巨人は、
ただ巨大な生物を模しただけではない。
古代王国は、
生命の仕組みそのものを魔法で拡張し、
一つの世界として完成させようとしていた。
ロックは帳面へ大きく書き記した。
腎臓区画発見。
古代名称《再生炉》。
老廃物の廃棄ではなく、再利用・再構成を目的とする施設の可能性大。
未知は、まだ尽きない。
人工始原の巨人は、その内部に古代王国魔術の到達点を静かに秘めていた。