低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第59話 再生の臓

 《墓標喰らい》事件から数日。

 

 ロックは再び王都地下水道の奥へと足を踏み入れていた。

 

 湿った石畳。

 

 古代王国の扉。

 

 そして、その先に広がる人工始原の巨人。

 

 もう見慣れたはずの光景だったが、その巨大さだけは何度訪れても慣れることがない。

 

「さて……続きを始めよう」

 

 今回の目的地は決まっている。

 

 循環器系。

 

 そのさらに先。

 

 腎臓部だった。

 

     ◇

 

 ロックは古代の整備図を広げる。

 

 何度も読み返した肝臓区画の資料。

 

 そこへ自分で書き加えた注釈が、以前より遥かに増えていた。

 

「肝臓が物資の補給所なら……」

 

 指が配管をなぞる。

 

「循環器には、不要物を処理する器官が必要になる。」

 

 人体の知識。

 

 それは前世の常識だった。

 

 生き物は血液を巡らせるだけでは生きられない。

 

 老廃物を濾し取り、

 

 体液を調整し、

 

 必要なものだけを体内へ戻す器官が存在する。

 

「人工始原の巨人も、生物を模して造られている。」

 

 ならば。

 

 腎臓に相当する施設が存在しても不思議ではない。

 

     ◇

 

 探索は慎重だった。

 

 前回見つけた分解系統へは向かわない。

 

 今回は循環系統を辿る。

 

 巨大な管路は、ゆるやかな勾配を描きながら奥へ続いていた。

 

 途中ですれ違う保守体も以前と変わらない。

 

 骨人夫が荷車を押し、

 

 骨戦士が巡回し、

 

 竜牙兵が重量物を運搬している。

 

 彼らはロックへ一瞥を向けるだけで、

 

 すぐに自分の仕事へ戻っていく。

 

「完全に保守施設だな……」

 

 誰も襲ってこない。

 

 だからこそ不気味だった。

 

 主人のいない城だけが、

 

 千年経っても律儀に仕事を続けている。

 

     ◇

 

 数時間後。

 

 通路の様子が変わり始めた。

 

 壁一面へ、

 

 白く半透明な結晶が生えている。

 

 魔晶石にも似ている。

 

 だが光り方が違う。

 

 淡く脈打つように明滅していた。

 

「これは……」

 

 ロックは触れない。

 

 未知の魔法装置へ不用意に触れるほど無謀ではない。

 

 代わりに帳面へ写生する。

 

 結晶。

 

 配置。

 

 周囲の配管。

 

 全て記録する。

 

     ◇

 

 さらに奥。

 

 今度は音が変わった。

 

 どくん。

 

 どくん。

 

 心臓区画ほど力強くはない。

 

 しかし規則正しい振動が足元から伝わってくる。

 

「水車?」

 

 違う。

 

 水流でもない。

 

 もっと細かく、

 

 絶え間なく何かが流れている。

 

 やがて視界が開けた。

 

 巨大な円筒形の部屋。

 

 幾百もの透明な管が集まり、

 

 中央の白い結晶柱へ繋がっている。

 

 結晶柱の内部では、

 

 淡い光を帯びた液体がゆっくり循環していた。

 

     ◇

 

「……綺麗だ。」

 

 思わず言葉が漏れる。

 

 戦うための施設ではない。

 

 殺すための装置でもない。

 

 ここは生命を維持するための場所だった。

 

 結晶柱の周囲では、

 

 見慣れない保守体が働いている。

 

 背丈は子供ほど。

 

 身体は細く、

 

 腕は四本。

 

 その先端には指ではなく、

 

 繊細な鉗子が付いていた。

 

 彼らは配管から結晶へ何かを移し替え、

 

 また別の配管へ送り返している。

 

 まるで熟練職人だった。

 

     ◇

 

 ロックは柱の台座を観察する。

 

 古代文字。

 

 完全には読めない。

 

 それでも以前より理解できる単語が増えていた。

 

「循……還……」

 

 違う。

 

 その下。

 

「再……生?」

 

 もう一文字。

 

「再生炉……?」

 

 首を傾げる。

 

 炉ではない。

 

 熱源も見えない。

 

 だが古代人は、この設備をそう呼んでいたらしい。

 

 再生。

 

 その言葉が意味するものは何か。

 

     ◇

 

 その時だった。

 

 一体の保守体が、

 

 小さな灰色の結晶を運んできた。

 

 結晶柱へ入れる。

 

 しばらくすると。

 

 透明だった結晶が、

 

 ゆっくりと淡い蒼色へ変わった。

 

 そして別の配管へ送られていく。

 

「……浄化?」

 

 いや。

 

 それだけではない。

 

 何かを失わせるのではなく、

 

 別の性質へ作り変えている。

 

 ロックは目を細めた。

 

「ここは腎臓じゃない。」

 

 人体に例えるなら、

 

 もっと複雑だ。

 

 不要物を捨てる場所ではなく、

 

 不要になった魔力や物質を、再び利用できる状態へ戻す施設。

 

 だから「再生炉」。

 

 人工始原の巨人は、

 

 ただ巨大な生物を模しただけではない。

 

 古代王国は、

 

 生命の仕組みそのものを魔法で拡張し、

 

 一つの世界として完成させようとしていた。

 

 ロックは帳面へ大きく書き記した。

 

腎臓区画発見。

 

古代名称《再生炉》。

 

老廃物の廃棄ではなく、再利用・再構成を目的とする施設の可能性大。

 

 未知は、まだ尽きない。

 

 人工始原の巨人は、その内部に古代王国魔術の到達点を静かに秘めていた。

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