低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第63話 心臓炉への道

 ロックは、魔力の奔った導線を追った。

 

 導線は壁の中へ沈み込み、すぐに姿を消している。

 

 だが、完全に見失ったわけではない。

 

 一定の間隔で、壁面に細長い水晶板が埋め込まれていた。

 

 低い唸りが響くたび、水晶板の内側を光が走る。

 

「道標にはなる」

 

 光の向かう先を辿ればいい。

 

 問題は、その先に何があるかだった。

 

     ◇

 

 通路は次第に広くなっていった。

 

 壁の中を通っていた魔力電動線も、やがて剥き出しになる。

 

 銀白色の細い線が何百本も束ねられ、石造りの支柱に沿って奥へ延びている。

 

 髪の毛ほど細いもの。

 

 指ほどの太さがあるもの。

 

 ロックの胴ほどもある束。

 

 それらが複雑に枝分かれし、巨人の各部へ向かっていた。

 

 ロックは手を触れず、床へしゃがみ込む。

 

「こっちは送り出す側だ」

 

 光は一方向へ流れている。

 

 再生炉へ。

 

 保守区画へ。

 

 消化区画へ。

 

 そして、まだ見ていない奥深くへ。

 

 人間の血管を模してはいる。

 

 しかし、中を通るのは液体ではない。

 

 魔力そのものだった。

 

     ◇

 

 ロックは帳面へ導線の分岐を書き込んでいく。

 

 太い線ほど重要な区画へ繋がっているとは限らない。

 

 広い場所へ送るための線もあれば、一瞬だけ大量の魔力を必要とする装置へ繋がる線もある。

 

 だから、太さだけで判断してはいけない。

 

「光る間隔も違う」

 

 ある導線は絶えず淡く輝いている。

 

 別の導線は、一定の間を置いて強く光る。

 

 保守区画へ向かう線は細いが途切れない。

 

 奥へ向かう最大の束は、長い沈黙の後にだけ激しく明滅した。

 

 眠っている巨大な何かへ、最低限の力だけを送っている。

 

 そんな動きだった。

 

     ◇

 

 さらに進むと、通路を塞ぐように巨大な輪が現れた。

 

 輪の内側を、無数の魔力電動線が通っている。

 

 石でも金属でもない。

 

 黒く滑らかな材質で造られた輪には、細かな古代文字が刻まれていた。

 

 ロックは距離を取り、読める文字を探す。

 

「……収束」

 

 その下にも文字が続いている。

 

 送り出し。

 

 調整。

 

 分配。

 

 断片的に拾える言葉だけでも、この輪の役割は想像できた。

 

 心臓炉から放たれた魔力を束ね、各区画へ振り分けるための装置。

 

 いわば、魔力の分岐点だ。

 

     ◇

 

 輪の手前には、骨戦士が二体立っていた。

 

 巡回ではない。

 

 左右に分かれ、同じ場所から動かない。

 

「警備か」

 

 これまでの保守区画では、竜牙兵も骨戦士もロックを積極的には排除しなかった。

 

 しかし、ここは違う。

 

 正面から近付けば、どう判断されるか分からない。

 

 ロックは壁際へ寄り、二体の動きを観察した。

 

 首は動かない。

 

 だが、胸骨の奥に埋め込まれた赤い石が、周期的に輝いている。

 

 光は心臓炉へ向かう導線の明滅と重なっていた。

 

「自分で見張っているわけじゃないのか」

 

 心臓炉か、それに近い制御機構から命令を受けている。

 

 そう考えた方が自然だった。

 

     ◇

 

 ロックは警備を避け、横へ延びる細い保守通路を探した。

 

 太い導線の点検を行うための道なら、必ず迂回路がある。

 

 程なくして、支柱の裏側に狭い隙間を見つける。

 

 人が横向きになれば通れる幅しかない。

 

 床には骨人夫の足跡が残っていた。

 

「ここだな」

 

 荷を背負ったままでは通れない。

 

 ロックは必要な道具だけを腰へ移し、荷物を物陰へ隠した。

 

 水筒。

 

 帳面。

 

 細い縄。

 

 明かり。

 

 そして剣。

 

 身軽になって隙間へ入る。

 

     ◇

 

 保守通路の中は暑かった。

 

 魔力電動線が壁のすぐ向こうを通っている。

 

 光が奔るたび、肌がひりつく。

 

 熱ではない。

 

 全身の産毛が逆立ち、歯の奥がむず痒くなる。

 

「長くいる場所じゃない」

 

 マナが強すぎる。

 

 魔術師でなくとも、それくらいは分かる。

 

 ここで導線へ触れれば、火傷では済まないだろう。

 

 ロックは歩調を速めた。

 

     ◇

 

 狭い道を抜けた先で、音が変わった。

 

 それまで聞こえていた低い唸りが、腹の底まで響く重音へ変わる。

 

 ――ゴゥン。

 

 床が震えた。

 

 壁の水晶が一斉に輝く。

 

 ――ゴゥン。

 

 間を置いて、再び震える。

 

 鼓動に似ていた。

 

 だが、生物の心音ではない。

 

 巨大な炉が、一定の周期で力を収束させている音だった。

 

     ◇

 

 ロックは保守通路の出口から、そっと顔を出した。

 

 その先には、これまで見たどの区画よりも巨大な空洞が広がっていた。

 

 中央に浮かぶのは、黒い球体。

 

 城館ほどもある。

 

 球体の表面には幾重もの環が巡り、その隙間から白い光が漏れている。

 

 上方からは、幾本もの巨大な管が球体へ繋がっていた。

 

 開口部の向こうでは、淡い霧のようなものが渦巻いている。

 

 大気から吸い上げられたマナ。

 

 それが球体の内部へ引き込まれていく。

 

 球体の下部には、透明な管が並んでいた。

 

 内部を流れるのは、光を含んだ液体。

 

 さらに奥では、固体化した魔力が結晶として運び出されている。

 

「ここで、全部やっているのか」

 

 集める。

 

 濃くする。

 

 液体にする。

 

 固める。

 

 そして、全身へ送る。

 

 魔晶石を作る区画が独立しているのではない。

 

 すべてが、この巨大な炉の機能の一部だった。

 

     ◇

 

 ロックは震える指で帳面を開く。

 

大気中からマナを吸収

 

炉内で収束

 

液状化したマナを蓄える

 

固体化したものを魔晶石として搬出

 

魔力電動線を通じて全身へ送出

 

 最後に、場所の名を書く。

 

心臓炉

 

     ◇

 

 黒い球体の下で、何かが動いた。

 

 竜牙兵ではない。

 

 骨人夫でもない。

 

 四本の腕を持つ、大型の保守体。

 

 その身体には魔力電動線が直接繋がっている。

 

 大型保守体は炉の表面へ腕を差し込み、環の位置をわずかに調整した。

 

 次の瞬間。

 

 心臓炉の光が乱れた。

 

 ――ゴ、ゴゥン。

 

 鼓動が途中で詰まる。

 

 全身へ伸びる導線の一部が明滅し、遠くで何かの止まる音がした。

 

 大型保守体はすぐに別の環を動かす。

 

 光は元へ戻った。

 

 だが、ロックは見逃さなかった。

 

「安定していない」

 

 心臓炉は動いている。

 

 しかし、正常ではない。

 

 保守体が絶えず調整しなければ、鼓動を維持できないほど傷んでいる。

 

     ◇

 

 ロックはそれ以上近付かなかった。

 

 心臓炉そのものを調べるには、今の知識では足りない。

 

 それに、ここで何かを止めれば、巨人の全区画が沈黙する可能性がある。

 

 逆に出力を戻せば、眠っている器官まで動き始めるかもしれない。

 

「触れていい場所じゃないな」

 

 少なくとも、今は。

 

     ◇

 

 引き返す直前、ロックは球体から伸びる最大の導線を見上げた。

 

 他の線とは比べものにならない。

 

 束ねられた魔力電動線が、天井を貫いて上方へ延びている。

 

 光る間隔は長い。

 

 だが、一度光るたび、心臓炉全体の輝きが大きく弱まった。

 

 巨人の中で、最も大量の魔力を必要とする場所。

 

 その行き先は、身体を動かす四肢ではない。

 

 方角から見れば、頭部だった。

 

「次は、上か」

 

 ロックは導線の位置を地図へ記し、静かに保守通路へ戻った。

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