低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
ロックは、魔力の奔った導線を追った。
導線は壁の中へ沈み込み、すぐに姿を消している。
だが、完全に見失ったわけではない。
一定の間隔で、壁面に細長い水晶板が埋め込まれていた。
低い唸りが響くたび、水晶板の内側を光が走る。
「道標にはなる」
光の向かう先を辿ればいい。
問題は、その先に何があるかだった。
◇
通路は次第に広くなっていった。
壁の中を通っていた魔力電動線も、やがて剥き出しになる。
銀白色の細い線が何百本も束ねられ、石造りの支柱に沿って奥へ延びている。
髪の毛ほど細いもの。
指ほどの太さがあるもの。
ロックの胴ほどもある束。
それらが複雑に枝分かれし、巨人の各部へ向かっていた。
ロックは手を触れず、床へしゃがみ込む。
「こっちは送り出す側だ」
光は一方向へ流れている。
再生炉へ。
保守区画へ。
消化区画へ。
そして、まだ見ていない奥深くへ。
人間の血管を模してはいる。
しかし、中を通るのは液体ではない。
魔力そのものだった。
◇
ロックは帳面へ導線の分岐を書き込んでいく。
太い線ほど重要な区画へ繋がっているとは限らない。
広い場所へ送るための線もあれば、一瞬だけ大量の魔力を必要とする装置へ繋がる線もある。
だから、太さだけで判断してはいけない。
「光る間隔も違う」
ある導線は絶えず淡く輝いている。
別の導線は、一定の間を置いて強く光る。
保守区画へ向かう線は細いが途切れない。
奥へ向かう最大の束は、長い沈黙の後にだけ激しく明滅した。
眠っている巨大な何かへ、最低限の力だけを送っている。
そんな動きだった。
◇
さらに進むと、通路を塞ぐように巨大な輪が現れた。
輪の内側を、無数の魔力電動線が通っている。
石でも金属でもない。
黒く滑らかな材質で造られた輪には、細かな古代文字が刻まれていた。
ロックは距離を取り、読める文字を探す。
「……収束」
その下にも文字が続いている。
送り出し。
調整。
分配。
断片的に拾える言葉だけでも、この輪の役割は想像できた。
心臓炉から放たれた魔力を束ね、各区画へ振り分けるための装置。
いわば、魔力の分岐点だ。
◇
輪の手前には、骨戦士が二体立っていた。
巡回ではない。
左右に分かれ、同じ場所から動かない。
「警備か」
これまでの保守区画では、竜牙兵も骨戦士もロックを積極的には排除しなかった。
しかし、ここは違う。
正面から近付けば、どう判断されるか分からない。
ロックは壁際へ寄り、二体の動きを観察した。
首は動かない。
だが、胸骨の奥に埋め込まれた赤い石が、周期的に輝いている。
光は心臓炉へ向かう導線の明滅と重なっていた。
「自分で見張っているわけじゃないのか」
心臓炉か、それに近い制御機構から命令を受けている。
そう考えた方が自然だった。
◇
ロックは警備を避け、横へ延びる細い保守通路を探した。
太い導線の点検を行うための道なら、必ず迂回路がある。
程なくして、支柱の裏側に狭い隙間を見つける。
人が横向きになれば通れる幅しかない。
床には骨人夫の足跡が残っていた。
「ここだな」
荷を背負ったままでは通れない。
ロックは必要な道具だけを腰へ移し、荷物を物陰へ隠した。
水筒。
帳面。
細い縄。
明かり。
そして剣。
身軽になって隙間へ入る。
◇
保守通路の中は暑かった。
魔力電動線が壁のすぐ向こうを通っている。
光が奔るたび、肌がひりつく。
熱ではない。
全身の産毛が逆立ち、歯の奥がむず痒くなる。
「長くいる場所じゃない」
マナが強すぎる。
魔術師でなくとも、それくらいは分かる。
ここで導線へ触れれば、火傷では済まないだろう。
ロックは歩調を速めた。
◇
狭い道を抜けた先で、音が変わった。
それまで聞こえていた低い唸りが、腹の底まで響く重音へ変わる。
――ゴゥン。
床が震えた。
壁の水晶が一斉に輝く。
――ゴゥン。
間を置いて、再び震える。
鼓動に似ていた。
だが、生物の心音ではない。
巨大な炉が、一定の周期で力を収束させている音だった。
◇
ロックは保守通路の出口から、そっと顔を出した。
その先には、これまで見たどの区画よりも巨大な空洞が広がっていた。
中央に浮かぶのは、黒い球体。
城館ほどもある。
球体の表面には幾重もの環が巡り、その隙間から白い光が漏れている。
上方からは、幾本もの巨大な管が球体へ繋がっていた。
開口部の向こうでは、淡い霧のようなものが渦巻いている。
大気から吸い上げられたマナ。
それが球体の内部へ引き込まれていく。
球体の下部には、透明な管が並んでいた。
内部を流れるのは、光を含んだ液体。
さらに奥では、固体化した魔力が結晶として運び出されている。
「ここで、全部やっているのか」
集める。
濃くする。
液体にする。
固める。
そして、全身へ送る。
魔晶石を作る区画が独立しているのではない。
すべてが、この巨大な炉の機能の一部だった。
◇
ロックは震える指で帳面を開く。
大気中からマナを吸収
炉内で収束
液状化したマナを蓄える
固体化したものを魔晶石として搬出
魔力電動線を通じて全身へ送出
最後に、場所の名を書く。
心臓炉
◇
黒い球体の下で、何かが動いた。
竜牙兵ではない。
骨人夫でもない。
四本の腕を持つ、大型の保守体。
その身体には魔力電動線が直接繋がっている。
大型保守体は炉の表面へ腕を差し込み、環の位置をわずかに調整した。
次の瞬間。
心臓炉の光が乱れた。
――ゴ、ゴゥン。
鼓動が途中で詰まる。
全身へ伸びる導線の一部が明滅し、遠くで何かの止まる音がした。
大型保守体はすぐに別の環を動かす。
光は元へ戻った。
だが、ロックは見逃さなかった。
「安定していない」
心臓炉は動いている。
しかし、正常ではない。
保守体が絶えず調整しなければ、鼓動を維持できないほど傷んでいる。
◇
ロックはそれ以上近付かなかった。
心臓炉そのものを調べるには、今の知識では足りない。
それに、ここで何かを止めれば、巨人の全区画が沈黙する可能性がある。
逆に出力を戻せば、眠っている器官まで動き始めるかもしれない。
「触れていい場所じゃないな」
少なくとも、今は。
◇
引き返す直前、ロックは球体から伸びる最大の導線を見上げた。
他の線とは比べものにならない。
束ねられた魔力電動線が、天井を貫いて上方へ延びている。
光る間隔は長い。
だが、一度光るたび、心臓炉全体の輝きが大きく弱まった。
巨人の中で、最も大量の魔力を必要とする場所。
その行き先は、身体を動かす四肢ではない。
方角から見れば、頭部だった。
「次は、上か」
ロックは導線の位置を地図へ記し、静かに保守通路へ戻った。