低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
心臓炉を後にしてからも、ロックはすぐには戻らなかった。
保守通路の分岐へ腰を下ろし、帳面を開く。
見たものを書く。
考えは、そのあとだ。
心臓炉は大気中のマナを取り込む
液状化・固体化を行う
魔力電動線へ送り出す
大型保守体が絶えず調整している
出力は安定していない
そこまで書いて、筆が止まる。
「……なぜ、安定していない」
施設は今も動いている。
保守体も働いている。
部材も補充されている。
それなのに、心臓炉だけは大型保守体が付き切りで調整しなければ鼓動を維持できない。
それが引っ掛かった。
◇
ロックは通路の壁へ背を預け、耳を澄ませた。
――ゴゥン。
少し間が空く。
――ゴゥン。
また響く。
最初は規則正しく聞こえていた鼓動も、意識して数えてみると僅かな違いがある。
早い時。
遅い時。
ごく短い停止。
完全に一定ではない。
「何かが負荷を掛けている……?」
それとも、炉そのものが摩耗しているのか。
◇
再び心臓炉を遠くから観察する。
大型保守体は環状機構を調整し続けている。
その四本の腕は休まない。
一つを締めれば、別が緩む。
一つを戻せば、また別を動かす。
まるで漏れ出る水を必死に堰き止めているようだった。
「修理じゃない」
応急処置。
その言葉が頭に浮かぶ。
◇
その時。
――ゴゥン。
鼓動と同時に、一本の導線が赤く明滅した。
白ではない。
赤。
大型保守体がすぐさま振り返る。
二体。
三体。
周囲で待機していた保守体が一斉に動き始めた。
全員が同じ方向へ走る。
「故障か」
ロックは反射的に壁の陰へ身を隠した。
保守体たちは彼に目もくれない。
目的はただ一つ。
異常の起きた区画だった。
◇
十分ほど待ってから、ロックも距離を取りつつ後を追う。
導線の途中。
分配器の一つで保守体が集まっていた。
一本の魔力電動線が、黒く変色している。
焦げたようにも見える。
大型保守体が腕を差し込むと、変色した部分だけを慎重に切り離した。
すぐに骨人夫が新しい導線を運んでくる。
交換。
接続。
固定。
最後に大型保守体が魔法陣を展開すると、白い光が戻った。
「交換部品……」
継ぎ足している。
最初から修理を前提に造られている構造だ。
◇
ロックは帳面へ追記した。
魔力電動線は交換可能
部品単位で保守される
大型保守体が交換作業を担当
保守体の目的は施設維持
ここまで来て、一つの確信を得る。
この巨人は、生き物ではない。
しかし、ただの建物でもない。
自らを維持し続けるために設計された人工生命。
だからこそ、部品を交換しながら千年以上も動き続けている。
◇
交換作業が終わると、保守体は再び持ち場へ戻っていく。
黒く焼けた導線だけが、その場に残された。
誰も回収しない。
ロックはしばらく様子を窺う。
誰も戻らない。
ゆっくりと近付く。
しゃがみ込み、導線を観察した。
銀白色だったはずの表面は艶を失い、細かな亀裂が無数に走っている。
魔力を通す力を失ったのだろう。
軽く指先で触れる。
冷たい。
もう何の反応もない。
「寿命……か」
部材にも限界がある。
だから交換する。
その繰り返しで、この巨人は今日まで延命してきた。
◇
ロックは焼損した導線を元の場所へ戻した。
持ち帰ることも考えた。
だが、今はまだ早い。
一本なくなっただけで保守体が回収に来る可能性もある。
無用な警戒は招きたくない。
「今日は十分だ」
収穫は大きかった。
心臓炉。
魔晶石工房。
魔力電動線。
そして、保守体による交換修理。
人工始原の巨人は、止まってはいない。
だが、完全でもない。
巨大な身体を、幾度となく部品を交換しながら、辛うじて生かし続けている。
ロックは静かに帳面を閉じ、来た道を引き返した。