低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第7話 灰鼠の値踏み

 翌日の夜。

 

 ロックは王都オランの貧民街にある古道具屋を、もう一度訪れていた。

 

 昼間は埃を被った壺や欠けた食器ばかりが並んでいた店内も、日が落ちると別の顔を見せる。

 

 表の扉には鍵が掛けられ、窓にも厚い板が下ろされていた。

 

 店番の老人は無言で棚を動かした。

 

 床に現れた隠し戸を開くと、下へ続く狭い階段が姿を現す。

 

「降りな」

 

「はい」

 

 ロックは提灯を手に、地下へ降りた。

 

 昨日通された道とは違う。

 

 階段の先には、煉瓦で固められた細い通路が続いていた。

 

 古道具屋は、盗賊ギルドの入口の一つにすぎない。

 

 王都の地下には、表の住人が知らない道が幾つも張り巡らされている。

 

 地下室同士を結ぶ通路。

 

 廃棄された井戸。

 

 古い排水路。

 

 崩れた地下倉庫。

 

 それらを少しずつつなぎ合わせ、盗賊たちは自分たちだけの道を作っていた。

 

 通路の先では、ヨアヒム・ベルガーが待っていた。

 

 灰色の外套。

 

 腰には短剣。

 

 昨日の事務仕事をしていた姿とは違い、今夜は自ら地下へ入る準備を整えている。

 

 その後ろには三人の男がいた。

 

 一人は肩幅の広い大男。

 

 一人は細身で、腰に工具を幾つも下げている。

 

 最後の一人は、年齢の分かりにくい小柄な男だった。

 

「時間どおりだな」

 

「遅れる理由がありません」

 

「結構」

 

 ヨアヒムは後ろの三人へ視線を向けた。

 

「紹介しておこう。荷運びのバルド。錠前と仕掛けを見るセヴ。後ろを警戒するニコだ」

 

 三人は軽く顎を引いただけだった。

 

 名乗り返す様子はない。

 

 ロックも余計なことは聞かなかった。

 

「今日は品物を見るだけですか」

 

「見て、運べるなら運ぶ」

 

「地下水道の入口には役人がいます」

 

「役所が管理している入口には、な」

 

 ヨアヒムは通路の先を指した。

 

「地下水道は役人が造ったものじゃない。昔からあった水路を修理し、継ぎ足し、塞ぎ、また掘り直したものだ。役所が知っている入口がすべてだと思わない方がいい」

 

 そう言って歩き始める。

 

 ロックは素直に後へ続いた。

 

 通路は次第に狭くなった。

 

 途中からは煉瓦ではなく、むき出しの土壁になる。

 

 天井も低い。

 

 大男のバルドは首を縮め、窮屈そうに歩いていた。

 

 やがて先頭のヨアヒムが足を止めた。

 

 壁に見えた場所へ手を掛ける。

 

 木枠を外すと、その向こうから汚水の臭いが流れ込んできた。

 

「ここから地下水道だ」

 

 開いた穴は、人が一人ずつ屈んで通れる程度だった。

 

 ロックが先に抜ける。

 

 見覚えのない支路だった。

 

 だが、水の流れる方向と壁の造りから、おおよその場所は分かる。

 

 点検で歩いた区画より、かなり下流側だ。

 

「ここから遺跡まで行けるか」

 

「行けます」

 

「先導しろ」

 

 ロックは提灯を布で覆い、光を絞った。

 

 役人の見回りがない時間帯とはいえ、油断はできない。

 

 水路の角へ差しかかるたびに立ち止まり、耳を澄ませる。

 

 足音。

 

 水音。

 

 鼠の気配。

 

 風の流れ。

 

 何もないことを確認してから進む。

 

 後ろの四人も、急かすことはなかった。

 

 特にヨアヒムは、ロックの歩き方を黙って観察している。

 

 やがて例の崩れた壁へ着いた。

 

 ロックは白墨の印を確認する。

 

 誰かが入った様子はない。

 

「この奥です」

 

 狭い隙間を抜け、古代王国の通路へ入る。

 

 途端に、空気が変わった。

 

 汚水の臭いが薄れ、乾いた埃と古い石の匂いが鼻をくすぐる。

 

 ヨアヒムは壁を撫でた。

 

「地下水道とは年代が違うな」

 

「分かるんですか」

 

「地下の仕事を長くやっているとな」

 

 彼は壁の継ぎ目へ指を這わせる。

 

「この精度は今の職人には難しい。少なくとも、ただの地下倉庫じゃない」

 

 セヴも横から壁を確かめた。

 

「継ぎ目に漆喰を使ってない。石そのものが噛み合ってる」

 

「古代王国の仕事で間違いなさそうか」

 

「おそらく」

 

 ヨアヒムはロックを見る。

 

「案内を続けろ」

 

 竜牙兵を倒した部屋へ近づく。

 

 ロックは入口の手前で止まった。

 

 いつものように小石を拾い、部屋へ投げ込む。

 

 乾いた音が響いた。

 

 反応はない。

 

 もう一つ投げる。

 

 倒れた竜牙兵の骨へ当たり、軽い音を立てた。

 

「毎回やっているのか」

 

「昨日動かなかったからといって、今日も動かないとは限りません」

 

 ヨアヒムの口元が僅かに緩んだ。

 

「正しい」

 

 ロックは慎重に部屋へ入った。

 

 後ろの四人も続く。

 

 二体の竜牙兵は、倒された時のまま床へ横たわっていた。

 

 一体は盾を持ち、もう一体は長い剣を握っている。

 

 砕けた骨。

 

 傷ついた鎧。

 

 床へ落ちた武器。

 

 戦いの跡は、昨日から何も変わっていない。

 

 ヨアヒムは、まずロックではなく部屋全体を見た。

 

 入口。

 

 天井。

 

 床。

 

 奥の扉。

 

 退路。

 

 それから、ようやく竜牙兵へ近づく。

 

「こいつらを、一人で倒したのか」

 

「二体を戦わせました」

 

「どうやって」

 

「片方だけを先に起こして、もう片方の背後へ回りました」

 

「それだけじゃ、互いに斬り合わないだろう」

 

「盾を持った方へ攻撃して、僕を敵だと認識させました。そこへ、長い剣を持った方が僕ごと攻撃しました」

 

 ヨアヒムは倒れた盾兵の位置を見る。

 

 次に、床へ残された斬撃の跡を見た。

 

「お前は盾を持った方の後ろに隠れた」

 

「はい」

 

「長い剣を持った方は、お前を狙うたびに味方を斬った」

 

「最後まで僕だけを狙っていました」

 

 ヨアヒムはしばらく床を眺めていた。

 

 やがて、短く息を吐く。

 

「力で勝てないなら、命令の穴を突くか」

 

 褒めるような口調ではなかった。

 

 事実を確認しているだけの声だ。

 

 それでも、ロックには十分だった。

 

 ヨアヒムはセヴへ合図する。

 

「品を見ろ」

 

 セヴは革手袋をはめ、床へ落ちた剣を拾った。

 

 刃へ提灯の光を当てる。

 

 柄。

 

 鍔。

 

 刃。

 

 剣先。

 

 順番に確認していく。

 

「錆なし。刃こぼれもほとんどない」

 

「魔法の品か」

 

「たぶんな」

 

 セヴは腰から小さな石を取り出し、剣の腹へ軽く当てた。

 

 澄んだ音が響く。

 

 彼は何度か角度を変え、同じことを繰り返した。

 

「眠ってはいない。今も魔力が通ってる」

 

 次に長い剣。

 

 それから盾。

 

 鎧。

 

 一つずつ状態を確かめていく。

 

 バルドは竜牙兵の身体を横倒しにし、鎧の留め具を調べ始めた。

 

「外せるか」

 

 ヨアヒムが尋ねる。

 

「外すだけなら。ただし、ここで全部ばらすと時間がかかる」

 

「骨ごと運べるか」

 

「一体ずつならな」

 

「地下水道を歩いて?」

 

「無理だ。音が出る」

 

 バルドは鎧の胸を軽く叩いた。

 

「こいつを背負って歩けば、曲がり角のたびに壁へぶつける。夜でも響くぞ」

 

 ヨアヒムは頷いた。

 

「なら、ここで外す」

 

「工具が足りん」

 

「必要なものを挙げろ。次に持ってくる」

 

 ロックは口を挟んだ。

 

「今日は運ばないんですか」

 

「剣だけなら運べる」

 

 ヨアヒムは二振りの剣へ目を向けた。

 

「盾も工夫すればいける。鎧は別の日だ」

 

「役人に見つかりませんか」

 

「見つからない道を使って来ただろう」

 

「外へ出た後は?」

 

「それを考えるのが我々の仕事だ」

 

 ヨアヒムは、ロックへ向き直った。

 

「さて、値段の話をしよう」

 

 セヴが二振りの剣を床へ並べる。

 

 次に盾。

 

 鎧は竜牙兵へ付いたままだ。

 

「剣は一振り八千九百。二振りで一万七千八百」

 

 ロックは黙って聞く。

 

「盾は六千」

 

 ヨアヒムは盾の縁へ目を向けた。

 

「鎧は一領二万一千。二領で四万二千」

 

 合計は、すでに計算してある。

 

「六万六千八百ガメルだ」

 

「それが、盗賊ギルドでの買取額ですか」

 

「そうだ」

 

「ここから運搬代を引きますか」

 

「引かない」

 

 ロックは少し意外に思った。

 

 ヨアヒムは、その反応を見逃さなかった。

 

「この値段は、最初から我々が卸しを受ける額だ。表の市場で売る値段じゃない。運ぶ手間も、隠す手間も、売る危険も込みで、この額になる」

 

「では、全部運び出せたら六万六千八百ガメル」

 

「品物に偽りがなく、売れる状態ならな」

 

「分かりました」

 

 ロックは迷わず答えた。

 

 値切るつもりはなかった。

 

 自分一人では、持ち出すことすらできない品だ。

 

 盗賊ギルドなら運べる。

 

 隠せる。

 

 買い手も探せる。

 

 何より、秘密を秘密のまま金へ変えられる。

 

「条件が一つある」

 

 ヨアヒムが言った。

 

「遺跡の場所は売買に含まれない」

 

 ロックは顔を上げた。

 

「どういう意味ですか」

 

「我々が買うのは、ここにある武器と防具だけだ」

 

 ヨアヒムは黒い扉へ視線を移した。

 

「遺跡そのものを奪うつもりはない」

 

「信用していいんですか」

 

「するかどうかは、お前が決めろ」

 

 ヨアヒムは淡々と続ける。

 

「ただし、我々にも都合がある。お前が奥で何かを起こし、王都の地下へ魔物を放てば、こちらも無関係ではいられない」

 

「危険なものを見つけたら報告しろ、と?」

 

「少なくとも、地下水道へ被害が出そうならな」

 

 遺跡の所有権を認める代わりに、王都へ危険を持ち込むな。

 

 盗賊ギルドとしては当然の条件だった。

 

「分かりました」

 

「よし」

 

 ヨアヒムはバルドへ合図した。

 

「剣を包め。盾は背負えるように縄を通せ」

 

 男たちが動き始める。

 

 二振りの剣は、油を染み込ませた布で包まれ、その上から汚れた麻布を巻かれた。

 

 外から見れば、古い鉄材か壊れた工具にしか見えない。

 

 盾には縄が掛けられ、バルドの背中へ固定された。

 

 その上から大きな麻袋を被せる。

 

 形は不自然だったが、暗い地下道なら十分に誤魔化せる。

 

「鎧はどうしますか」

 

「明日の夜だ」

 

 ヨアヒムは答えた。

 

「骨から外し、分けて運ぶ。鎧だけでも相当な重さだ。急げば音を出す」

 

「僕も来ます」

 

「来てもらう」

 

 ヨアヒムは黒い扉を見た。

 

「それと、次はあれも調べる」

 

「開けるんですか」

 

「開けない」

 

 即答だった。

 

「少なくとも、価値も危険も分からないうちは触れない。今夜運ぶ品だけで、十分すぎる利益だ」

 

 ロックは少し安心した。

 

 ヨアヒムが欲に目を曇らせる人間なら、この話を持ち込んだのは失敗だった。

 

 だが、この男は違う。

 

 利益を欲しがる。

 

 同時に、利益を得るために危険を避ける。

 

 盗賊ギルドの幹部として、長く生き残ってきた理由が分かる気がした。

 

「帰るぞ」

 

 ヨアヒムの言葉で、一行は部屋を後にした。

 

 ロックは最後に振り返る。

 

 二体の竜牙兵は、武器と盾を失って床へ横たわっていた。

 

 残っているのは二領の鎧と、奥の黒い扉。

 

 昨日まで手の届かなかった財産が、少しずつ動き始めている。

 

 来た道を戻り、盗賊ギルドの地下通路へ入る。

 

 古道具屋の地下室へ着くと、運んできた品は別の男たちへ引き渡された。

 

 セヴが受取書を作る。

 

 紙には、剣二振りと盾一枚の値段が記されていた。

 

 二万三千八百ガメル。

 

「現金で受け取るか」

 

 ヨアヒムが尋ねた。

 

「全部ですか」

 

「今夜運んだ分はな」

 

 ロックは少し考えた。

 

 所持金は七百二十ガメル。

 

 急いで金が必要なわけではない。

 

 大金をそのまま宿へ持ち帰る方が危険だった。

 

「盗賊ギルドへ預けられますか」

 

 ヨアヒムの眉が僅かに上がる。

 

「預かり証を出す。必要な時に引き出せる」

 

「では、二万ガメルを預けます」

 

「残りは?」

 

「三千八百ガメルを現金で受け取ります」

 

「理由を聞いても?」

 

「急に金持ちになると、目立つからです」

 

 ヨアヒムは低く笑った。

 

「本当に十五歳か、お前は」

 

 ロックは答えなかった。

 

 ギルドの金庫へ二万ガメル。

 

 手元へ三千八百ガメル。

 

 これまでの七百二十ガメルと合わせれば、現金は四千五百二十ガメルになる。

 

 十分だ。

 

 装備を整えることもできる。

 

 必要な道具を買うこともできる。

 

 それでも、他人から見れば少し羽振りが良くなった程度にしか見えない。

 

 ヨアヒムは銀貨の入った革袋と、一枚の預かり証を卓へ置いた。

 

「なくすなよ。再発行はするが、面倒な確認が増える」

 

「気をつけます」

 

 ロックは預かり証を服の内側へしまった。

 

 革袋は荷物の底へ隠す。

 

「明日の夜、同じ時間だ」

 

「はい」

 

「二領の鎧を運べば、残り四万二千ガメル」

 

 ヨアヒムは念を押すように言った。

 

「それで今回の取引は完了だ」

 

 ロックは頷いた。

 

 初めて地下水道へ入った時、手元にあったのは七百ガメルだけだった。

 

 四日間の点検で稼いだのは、二十ガメル。

 

 それが今、遺跡から持ち出した三つの品だけで、二万を超える金へ変わった。

 

 だが、不思議と浮かれた気分にはならなかった。

 

 金は目的ではない。

 

 金は、次の手を打つための道具だ。

 

 ロックは古道具屋を出た。

 

 夜の王都には、昼間とは違う冷たい風が吹いている。

 

 懐には預かり証。

 

 荷袋には銀貨。

 

 そして地下には、まだ二領の魔法の鎧と、開かれていない黒い扉が残っている。

 

 ロックは足を止めず、『古代王国の扉』亭へ向かった。

 

 ようやく、遺跡を攻略するための資金ができた。

 

 だが、金を得たからこそ、次に何を買うかは慎重に決めなければならない。

 

 無駄に使えば、ただの成金で終わる。

 

 正しく使えば、今まで届かなかった場所へ手が届く。

 

 ロックの頭の中では、すでに次の買い物が始まっていた。




計算を確認すると、総額は六万六千八百ガメルではなく、六万五千八百ガメルです。

第7話終了時点の収支表

項目 収入 支出・預入 手元現金
第7話開始時所持金 ― ― 720ガメル
魔法の剣一振り売却 +8,900 ― 9,620ガメル
魔法の剣一振り売却 +8,900 ― 18,520ガメル
魔法の盾売却 +6,000 ― 24,520ガメル
盗賊ギルドへ預金 ― -20,000 4,520ガメル

現在の財産

区分 金額・内容
手元現金 4,520ガメル
盗賊ギルド預金 20,000ガメル
未回収の魔法の鎧二領 42,000ガメル相当
総資産 66,520ガメル相当

全品売却後の予定

品物 卸値
魔法の剣二振り 17,800ガメル
魔法の鎧二領 42,000ガメル
魔法の盾一枚 6,000ガメル
売却総額 65,800ガメル

初期からの現金七百二十ガメルを加えると、全品売却後の総資産は六万六千五百二十ガメルです。
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