低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
竜牙兵を倒した翌朝。
ロックは《古代王国の扉》亭の自室で、持ち帰った戦利品を床へ並べていた。
ミスリル銀製のブロードソードが二振り。
ラージシールドが二枚。
チェインメイルが二領。
どれも、あの二体の竜牙兵が身につけていたものだ。
朝の光を受けたミスリル銀は、磨かれた鋼よりも柔らかな銀色を返している。長い歳月を経ているはずなのに錆はなく、刃にも盾にも鎧にも、戦いに使われた傷こそあれ、致命的な損傷は見当たらなかった。
ミスリル銀で作られた武具には、それだけで魔力が宿る。
この六点も例外ではない。
ロックはブロードソードの一本を手に取った。
片手で持ち上げ、周囲へ刃を向けないよう注意しながら、ゆっくりと振る。
重い。
だが、持てない重さではなかった。
腕力だけを考えれば、十分に扱える。
刃を振り下ろし、止めることもできる。両手で握れば、さらに安定するだろう。
次に、ラージシールドの革帯へ腕を通した。
こちらも構えるだけなら難しくない。身体の大半を覆える大盾は、正面から矢を浴びるような戦いでは頼もしいはずだ。
チェインメイルも、鉄製の鎖帷子とは比べものにならないほど軽かった。
問題は、持ち上げられるかどうかではない。
ロックは盾を構えたまま、狭い部屋の中で身体の向きを変えてみた。
卓へ盾の縁が当たりそうになる。
反対へ回れば、寝台との間を通れない。
大きな盾を持ったまま、壁際を擦り抜けることはできない。足元の異変に気づいても、すぐに身を翻すのは難しい。
剣も同じだった。
力を込めて振ることはできる。
だが、振り終えた刀身を素早く引き戻し、身体を入れ替え、相手の脇を抜けるには長すぎる。いつも使う剣よりも、刃の重さが手首と肩を引いた。
鎖帷子を着れば、刃を受けた時の安心は増すだろう。
その代わり、身体を屈め、跳び、音を殺して歩く動きが鈍る。
ロックの戦い方は、敵の攻撃を正面から受け止めるものではない。
敵の視線を外し、死角へ回る。
足場の悪い場所を先に取り、罠や障害物も利用する。
危険を感じた瞬間には、攻撃を諦めてでも身をかわす。
大きな武器と盾、全身を覆う鎧は、その戦い方には向いていなかった。
「持てるけど、僕が持つ物じゃないな」
ロックは盾から腕を抜いた。
剣を振れる者が、必ずしもその剣を使うべきとは限らない。
優れた武具だからといって、自分の身のこなしを捨ててまで使えば、かえって危険になる。
使わないなら、売った方がいい。
その金で火晶石や爆裂弾、縄、釘、油、食料を揃えた方が、次の探索で生きて帰れる可能性は高くなる。
問題は、売り先だった。
ミスリル銀の魔法武具が一組だけでも、普通の武器屋には手に余る。
それが二組もある。
価値を理解できる者は限られ、理解できたとしても、買い取るだけの金を用意できる者はさらに少ない。
何より、これほどの品を表の店へ持ち込めば、どこで手に入れたのかを必ず尋ねられる。
人工始原の巨人について、まだ外へ広めるつもりはなかった。
あれが何のために作られ、内部に何を抱えているのか、ロック自身にも分かっていない。
分からないまま人を集めれば、調査よりも先に略奪が始まるかもしれない。
「ヨアヒムさんに相談しよう」
ロックは六点の武具を厚布で包んだ。
剣は二振りを一つにまとめ、盾は背負えるよう縄を掛ける。鎖帷子は別の荷袋へ収めた。
持ち運べない重さではない。
だが、王都の通りを歩くには、あまりに目立つ荷物だった。
◇
王都オランの地下には、表の地図に載らない場所がいくつもある。
使われなくなった貯水槽。
建て替えられた屋敷の下に残された古い地下室。
塞がれたはずの下水道へ通じる横道。
それらを使い、人や品物を人目につかせず動かしているのが盗賊ギルドだった。
ロックは教えられた扉の前に立ち、決められた順番で叩いた。
三度。
間を置いて二度。
最後に一度。
扉の小窓が開く。
暗がりの向こうから、片目だけが覗いた。
「誰だ」
「ロックです。ヨアヒムさんに相談があります」
「何の相談だ」
「武具を売りたいんです」
小窓の向こうの目が、ロックの荷物を見た。
「そこで待て」
小窓が閉じる。
しばらくして、内側からいくつもの錠が外された。
ロックは中へ通され、狭い地下通路をいくつか曲がった。
案内された先は、ヨアヒム・ベルガーが仕事に使う部屋だった。
中央に机と椅子。
壁際に棚。
火の入っていない暖炉。
飾り気はないが、机の位置から入口と奥の扉を同時に見渡せる。棚も椅子も、人が急に動いた時の邪魔にならない場所へ置かれていた。
ヨアヒムは帳簿から顔を上げた。
「大荷物だな」
「売れるか見てほしい物があります」
「そこへ置け」
ロックは床へ厚布を広げた。
まずブロードソードを二振り。
次にラージシールドを二枚。
最後にチェインメイルを二領並べる。
銀色の鎖が触れ合い、澄んだ音を立てた。
ヨアヒムの目が細くなる。
「……二組か」
「はい」
「どこから持ってきた」
「竜牙兵が身につけていました」
帳簿へ置かれていたヨアヒムの指が止まった。
「竜牙兵を二体倒したのか」
「落とし穴へ落として、火晶石と爆裂弾を使いました」
「正面から戦わなかったわけだ」
「正面から戦う理由がありませんでした」
「正しい」
ヨアヒムは椅子から立ち上がった。
最初のブロードソードを手に取る。
刀身を灯りへかざし、刃先から柄元まで目を走らせた。指先で峰を弾くと、高く澄んだ音が室内に響く。
続いて二本目を手にする。
長さと厚みを比べ、柄の形と鍔の意匠を確認する。
「同じ作りだな」
「竜牙兵も同じ姿でした」
「同じ工房で、同じ用途のために作られた物だろう」
ヨアヒムは剣を布へ戻した。
次に盾を調べる。
二枚とも表面には細かな傷があったが、歪みはない。縁にも割れはなく、裏側の革帯も使える状態だった。
チェインメイルも一領ずつ広げ、銀環の継ぎ目を確かめる。
「六点とも、すぐに使える」
「売れますか?」
「売れない方がおかしい」
「いくらくらいになります?」
「それは簡単には言えん」
ヨアヒムは一振りの剣を机へ立て掛けた。
「普通の鉄剣なら、形と重さと出来を見れば、おおよその値は決まる。だが、ミスリル銀の魔法武具は違う」
「同じ物が市場に並ばないからですか?」
「そうだ」
ヨアヒムは椅子へ戻った。
「欲しがる者は多い。だが、実際に買える者は少ない。買える者が一人しかいなければ、その一人が値を決める。二人いれば競り上がる」
「盗賊ギルドで買い取ることはできますか?」
「できる」
「では」
「勧めん」
ヨアヒムは即答した。
「故買人が買い取るなら、次に売れるまでの危険を見込んで安く買う。これほど高価な品を長く抱えれば、その間ずっと盗難や横取りを警戒しなければならない」
「僕がかなり損をする?」
「そうなる」
「なら、どうすればいいですか?」
「競売へ出す」
ロックは六点の武具を見た。
「表の競売ですか?」
「表へ出せるなら、最初から武器商人へ持っていけばいい」
ヨアヒムは口元を歪めた。
「盗賊ギルドが仕切る競売だ」
「参加者は?」
「こちらが信用できると判断した者だけだ。貴族の代理人、大商人、騎士団や神殿へ武具を納める商人。品物を買える金があり、落札できなかったからといって出品者を探し回らない連中だ」
「僕の名前は伏せられますか?」
「当然だ」
「手に入れた場所は?」
「竜牙兵二体から得たとだけ伝える。それ以上は知らせない」
それなら、人工始原の巨人まで辿られる可能性は低い。
「盗品ではないことは?」
「盗賊ギルドが保証する」
ヨアヒムは淡々と言った。
「出所に問題がある品を、問題がないと偽って売れば、次から誰もこちらを信用しない。信用を失った競売には、金を持つ客も、品物を持つ売り手も来なくなる」
「分かりました」
「まだ手数料を言っていない」
「いくらですか?」
「落札額の一割」
「高いですね」
「品物の保管。鑑定人の手配。買い手の選別。会場の警備。出品者の名を隠す費用だ」
「値下げは?」
「ない」
「では、その条件でお願いします」
ヨアヒムは僅かに眉を上げた。
「迷わないんだな」
「自分で売れば、一割以上安くなります」
「よく分かっている」
ヨアヒムは引き出しから羊皮紙を取り出した。
羽根筆へインクを含ませ、預かる品を書き記していく。
ミスリル銀製ブロードソード、二振り。
ミスリル銀製ラージシールド、二枚。
ミスリル銀製チェインメイル、二領。
いずれも魔力を宿した武具。
盗賊ギルドが保管と競売を引き受け、売却が成立した場合は手数料を差し引いた代金をロックへ渡す。
売却が成立しなければ、品物を返却する。
保管中の紛失や破損については、盗賊ギルドが責任を負う。
「競売はいつですか?」
「買い手を集めるのに一週間ほどかかる」
「二組まとめて売るんですか?」
「それは買い手の希望を見て決める」
ヨアヒムは二組の武具へ目を向けた。
「一人の騎士が二組欲しがることは少ない。だが、騎士団や貴族なら、護衛二人へ揃いの装備を与えるためにまとめて買うかもしれん」
「別々に売った方が高くなることも?」
「ある」
「まとめた方が高くなることも?」
「ある」
「だから競売なんですね」
「そういうことだ」
ヨアヒムは書類の下へ一文を書き加えた。
「安く売らないために、最低額を決めておく」
「どのくらいがいいですか?」
ヨアヒムはしばらく考えた。
剣二振り。
盾二枚。
鎖帷子二領。
一つずつ視線を移し、最後にロックを見る。
「六点すべてを売り、手数料を引いたあとで六万五千ガメル」
「六万五千ガメル?」
「最低でもな」
「二組あるのに、それだけですか?」
「最低額は、必ず売れる額ではない。これより安ければ売らないという線だ」
ヨアヒムは指を一本立てた。
「実際には、もっと上がる可能性が高い」
「一組ずつなら?」
「片方だけ欲しい者が複数いれば、競り合うだろう。二組まとめて欲しい者がいれば、その者は別売りを嫌がる」
「その辺りも任せます」
「任された」
ロックは書類を受け取った。
六点の数。
手数料。
最低額。
売れなかった場合の返却。
書かれている内容を一つずつ確認する。
今の所持金は九千三百ガメル。
火晶石を一つ、爆裂弾を三発買ったため、二万ガメルあった現金は大きく減っている。
爆裂弾は二発を使い、残っているのは一発だけだ。
競売が成立すれば出費を補って余りあるが、まだ売れてはいない。
受け取っていない金を当てにするつもりはなかった。
「これでお願いします」
ロックは羊皮紙へ署名した。
ヨアヒムも内容を確認し、印章を押す。
呼び鈴が鳴らされると、奥の扉から四人の男が現れた。
二人は布手袋をつけ、六点の武具を一つずつ確認する。
残る二人は、番号を刻んだ木札と木箱を用意していた。
剣二振りには、それぞれ別の札がつけられる。
盾二枚と鎖帷子二領にも、同じように札がつけられた。
品物は二組に分けて木箱へ収められた。
蓋が閉じられ、金具へ封蝋が垂らされる。
最後にヨアヒムが印章を押した。
「これで預かりは成立だ」
ヨアヒムは控えをロックへ差し出した。
「競売が終われば知らせる」
「一週間後に来ても?」
「構わん。だが、途中の値を聞いても意味はないぞ」
「最後まで変わるからですか?」
「最後の一声で、倍になることもある」
「なら、終わるまで待ちます」
「その方がいい」
ロックは控えを荷袋の内側へしまった。
来た時には背中を塞いでいた盾も、肩へ食い込んでいた剣もない。
荷物は急に軽くなった。
「ところで」
ヨアヒムがロックを呼び止める。
「競売までの一週間、何をする?」
「仕事を探します」
「また、竜牙兵がいた場所へ行くのか?」
「行きません」
ヨアヒムの目が細くなる。
「入口の守りは倒したんだろう?」
「倒したのは入口の二体だけです」
ロックの脳裏に、巨大な口を模した空間が浮かんだ。
石造りの唇。
並んだ歯。
その奥から、下へ向かって続く暗い通路。
「あの先は、一度入ったら戻れないかもしれません」
「なぜそう思う?」
「何かを呑み込み、奥へ送るための場所に見えました」
「見えただけだ」
「はい」
ロックは頷いた。
「だからこそ、確かめる前に備えます」
「戻れないと分かってからでは遅いか」
「戻れない場所へ入って、帰る方法を探すのは順番が逆です」
ヨアヒムはしばらく黙っていた。
やがて椅子の背へ身体を預ける。
「魔術師ギルドへ行ってみろ」
「魔術師ギルドですか?」
「レックス遺跡の調査へ参加する者を募っているはずだ」
「レックス遺跡には行ったことがありません」
「なら、ちょうどいい」
ヨアヒムは言った。
「王都の魔術師たちが長く調べている遺跡だ。すでに何度も人が入り、危険の多くも知られている」
「そこで何をすれば?」
「魔術師たちが、遺跡をどう調べるのか見てこい」
ロックは少し考えた。
「壁の文字や魔法の仕掛けを?」
「それだけじゃない。何を記録し、何を触らず、何を危険と判断するのかだ」
人工始原の巨人を、これまでロックはほとんど一人で調べてきた。
発見した物を自分なりに考え、危険を避け、必要な時には退いた。
だが、魔術師たちが組織として遺跡を調べる方法は知らない。
内部へ進む前に、学べることは多いはずだった。
「僕でも参加できますか?」
「古代語魔法を使えて、遺跡の中を歩けるなら断られんだろう」
「紹介状は?」
「必要ない」
「ヨアヒムさんの名前は出しても?」
「盗賊ギルドの幹部に勧められたと言えば、出発前に三日は事情を聞かれるぞ」
「出さないことにします」
「賢明だ」
ロックは立ち上がった。
「競売代金を受け取るまでは死ぬなよ」
「心配するところは、そこですか?」
「死んだ者へ金を渡す手続きは面倒だからな」
「なるほど」
「冗談だ」
ヨアヒムの顔には、笑み一つなかった。
◇
地下区画を出ると、王都は朝の喧騒に満ちていた。
石畳を荷車が通り、露店の商人が声を張り上げている。焼きたてのパン、炭火、家畜、香辛料。
様々な匂いが混ざり、王都の通りを流れていた。
六点の武具を預けたため、荷物は来た時よりもはるかに軽い。
代わりに荷袋の内側には、一枚の預かり証が収まっている。
二組のミスリル銀製武具が、薄い羊皮紙一枚へ変わったようで、少し心許なかった。
だが、競売が終わるまでは待つしかない。
ロックは王都の中心へ向かって歩いた。
魔術師ギルドの建物は、王宮や大神殿のように大きくはない。
長い年月を経た石造りの建物で、正面入口の上には、杖と開かれた書物を組み合わせた紋章が掲げられている。
扉を開くと、紙とインク、乾燥させた薬草、古い革の匂いが流れてきた。
冒険者の店とは、まるで空気が違う。
酒を飲む者も、大声で笑う者もいない。
長衣をまとった者たちが書板や本を抱えて歩き、壁際では年配の魔術師たちが小声で議論している。
受付の奥には、束ねられた羊皮紙と、番号をつけられた木箱が並んでいた。
ロックは受付前の列へ並んだ。
やがて順番が来る。
「ご用件を伺います」
受付係は年配の男性だった。
「レックス遺跡の調査へ参加したいのですが」
「これまでに参加したことは?」
「ありません。今回が初めてです」
受付係は手元の書類へ目を落とした。
「レックス遺跡へ入ったこともない?」
「はい」
「他の遺跡を調べた経験は?」
「あります。ただ、魔術師ギルドの調査へ加わるのは初めてです」
受付係がロックの姿を確認する。
魔術師の杖。
身体の動きを妨げない軽い防具。
腰の剣。
「古代語魔法は使えますか?」
「初歩だけですが」
「戦いになった場合は?」
「剣で戦えます」
「では、調査団の補助として申し込めます」
受付係は別の書類を取り出した。
「初参加者は、責任者の指示に従うこと。勝手に別の部屋へ入らないこと。扉、箱、壁の文字、魔法の仕掛けには許可なく触れないこと」
「分かりました」
「見つけた品を勝手に持ち帰ることも禁じます」
「はい」
「こちらへ名前を」
ロックは差し出された羽根筆を手に取った。
名簿には、すでにいくつもの名前が並んでいる。
その末尾へ自分の名前を書こうとした時だった。
背後で何かが崩れる音がした。
「きゃっ」
振り返る。
石床へ何冊もの本が散らばっていた。
分厚い古代語辞典。
魔法陣を写した書板。
革紐で束ねられた羊皮紙。
その中心で、大きな木箱を抱えた少女が立ち尽くしている。
年齢は十二歳ほどだろうか。
栗色の髪を後ろで束ね、青い長衣を身につけていた。幼い顔立ちに似合わないほど大きな箱を抱え、困ったように床を見下ろしている。
「また落としてしまいました……」
箱の隙間から、さらに一冊の本が滑り落ちた。
ロックは羽根筆を置き、その本を拾い上げた。
「これもレックス遺跡へ持っていくんですか?」
「はい」
少女は迷わず答えた。
「全部です」
ロックは床へ散らばった本を見回した。
「一人で運ぶんですか?」
「何度か往復すれば運べます」
そう答えた少女の額には、すでに汗が浮かんでいた。
「集合場所は?」
「中庭です」
「そこまで運びます」
少女が目を丸くする。
「よろしいんですか?」
「僕も調査へ参加しますから」
少女の表情が明るくなった。
「ありがとうございます。私はミリシャ・アンザスです。クラウゼ先生の内弟子をしています」
「ロックです」
二人で床へ散らばった本を拾い集める。
古代文字の辞典。
建築様式をまとめた本。
魔法陣の写本。
石碑から文字を写し取るための紙と墨。
ロックには使い方の分からない器具もいくつか混じっていた。
「ロックさんは、レックス遺跡へ何度も行かれているんですか?」
「いいえ。今回が初めてです」
「そうなんですね」
「ミリシャさんは?」
ミリシャは少しだけ胸を張った。
「私も初めてです」
ロックは木箱の中を見た。
「初めてなのに、これだけ持っていくんですね」
「初めてだからです」
ミリシャは当然のことのように答えた。
「何が見つかるか分からない場所へ行くのに、必要な本が手元になかったら困るでしょう?」
ロックは少し考え、頷いた。
「その考え方は分かります」
「ですよね」
ミリシャが嬉しそうに笑った。
使わずに済むかもしれない爆裂弾を、予備まで用意する。
戻れないかもしれない場所へ入る前に、必要な物を揃える。
ミリシャが用意したのは武器ではなく本だったが、備える理由は同じだった。
ロックは木箱を抱え上げた。
見た目以上に重い。
一人で何度も運べば、調査へ出る前に疲れ切ってしまうだろう。
「半分は僕が持ちます」
「ありがとうございます」
二人は並んで中庭へ向かった。
競売が終わるまでの一週間。
ロックはその間に、初めてのレックス遺跡調査へ参加する。
それは、人工始原の巨人の奥へ戻るための、新しい準備になるはずだった。