低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第66話 競売への預け物

 竜牙兵を倒した翌朝。

 

 ロックは《古代王国の扉》亭の自室で、持ち帰った戦利品を床へ並べていた。

 

 ミスリル銀製のブロードソードが二振り。

 

 ラージシールドが二枚。

 

 チェインメイルが二領。

 

 どれも、あの二体の竜牙兵が身につけていたものだ。

 

 朝の光を受けたミスリル銀は、磨かれた鋼よりも柔らかな銀色を返している。長い歳月を経ているはずなのに錆はなく、刃にも盾にも鎧にも、戦いに使われた傷こそあれ、致命的な損傷は見当たらなかった。

 

 ミスリル銀で作られた武具には、それだけで魔力が宿る。

 

 この六点も例外ではない。

 

 ロックはブロードソードの一本を手に取った。

 

 片手で持ち上げ、周囲へ刃を向けないよう注意しながら、ゆっくりと振る。

 

 重い。

 

 だが、持てない重さではなかった。

 

 腕力だけを考えれば、十分に扱える。

 

 刃を振り下ろし、止めることもできる。両手で握れば、さらに安定するだろう。

 

 次に、ラージシールドの革帯へ腕を通した。

 

 こちらも構えるだけなら難しくない。身体の大半を覆える大盾は、正面から矢を浴びるような戦いでは頼もしいはずだ。

 

 チェインメイルも、鉄製の鎖帷子とは比べものにならないほど軽かった。

 

 問題は、持ち上げられるかどうかではない。

 

 ロックは盾を構えたまま、狭い部屋の中で身体の向きを変えてみた。

 

 卓へ盾の縁が当たりそうになる。

 

 反対へ回れば、寝台との間を通れない。

 

 大きな盾を持ったまま、壁際を擦り抜けることはできない。足元の異変に気づいても、すぐに身を翻すのは難しい。

 

 剣も同じだった。

 

 力を込めて振ることはできる。

 

 だが、振り終えた刀身を素早く引き戻し、身体を入れ替え、相手の脇を抜けるには長すぎる。いつも使う剣よりも、刃の重さが手首と肩を引いた。

 

 鎖帷子を着れば、刃を受けた時の安心は増すだろう。

 

 その代わり、身体を屈め、跳び、音を殺して歩く動きが鈍る。

 

 ロックの戦い方は、敵の攻撃を正面から受け止めるものではない。

 

 敵の視線を外し、死角へ回る。

 

 足場の悪い場所を先に取り、罠や障害物も利用する。

 

 危険を感じた瞬間には、攻撃を諦めてでも身をかわす。

 

 大きな武器と盾、全身を覆う鎧は、その戦い方には向いていなかった。

 

「持てるけど、僕が持つ物じゃないな」

 

 ロックは盾から腕を抜いた。

 

 剣を振れる者が、必ずしもその剣を使うべきとは限らない。

 

 優れた武具だからといって、自分の身のこなしを捨ててまで使えば、かえって危険になる。

 

 使わないなら、売った方がいい。

 

 その金で火晶石や爆裂弾、縄、釘、油、食料を揃えた方が、次の探索で生きて帰れる可能性は高くなる。

 

 問題は、売り先だった。

 

 ミスリル銀の魔法武具が一組だけでも、普通の武器屋には手に余る。

 

 それが二組もある。

 

 価値を理解できる者は限られ、理解できたとしても、買い取るだけの金を用意できる者はさらに少ない。

 

 何より、これほどの品を表の店へ持ち込めば、どこで手に入れたのかを必ず尋ねられる。

 

 人工始原の巨人について、まだ外へ広めるつもりはなかった。

 

 あれが何のために作られ、内部に何を抱えているのか、ロック自身にも分かっていない。

 

 分からないまま人を集めれば、調査よりも先に略奪が始まるかもしれない。

 

「ヨアヒムさんに相談しよう」

 

 ロックは六点の武具を厚布で包んだ。

 

 剣は二振りを一つにまとめ、盾は背負えるよう縄を掛ける。鎖帷子は別の荷袋へ収めた。

 

 持ち運べない重さではない。

 

 だが、王都の通りを歩くには、あまりに目立つ荷物だった。

 

     ◇

 

 王都オランの地下には、表の地図に載らない場所がいくつもある。

 

 使われなくなった貯水槽。

 

 建て替えられた屋敷の下に残された古い地下室。

 

 塞がれたはずの下水道へ通じる横道。

 

 それらを使い、人や品物を人目につかせず動かしているのが盗賊ギルドだった。

 

 ロックは教えられた扉の前に立ち、決められた順番で叩いた。

 

 三度。

 

 間を置いて二度。

 

 最後に一度。

 

 扉の小窓が開く。

 

 暗がりの向こうから、片目だけが覗いた。

 

「誰だ」

 

「ロックです。ヨアヒムさんに相談があります」

 

「何の相談だ」

 

「武具を売りたいんです」

 

 小窓の向こうの目が、ロックの荷物を見た。

 

「そこで待て」

 

 小窓が閉じる。

 

 しばらくして、内側からいくつもの錠が外された。

 

 ロックは中へ通され、狭い地下通路をいくつか曲がった。

 

 案内された先は、ヨアヒム・ベルガーが仕事に使う部屋だった。

 

 中央に机と椅子。

 

 壁際に棚。

 

 火の入っていない暖炉。

 

 飾り気はないが、机の位置から入口と奥の扉を同時に見渡せる。棚も椅子も、人が急に動いた時の邪魔にならない場所へ置かれていた。

 

 ヨアヒムは帳簿から顔を上げた。

 

「大荷物だな」

 

「売れるか見てほしい物があります」

 

「そこへ置け」

 

 ロックは床へ厚布を広げた。

 

 まずブロードソードを二振り。

 

 次にラージシールドを二枚。

 

 最後にチェインメイルを二領並べる。

 

 銀色の鎖が触れ合い、澄んだ音を立てた。

 

 ヨアヒムの目が細くなる。

 

「……二組か」

 

「はい」

 

「どこから持ってきた」

 

「竜牙兵が身につけていました」

 

 帳簿へ置かれていたヨアヒムの指が止まった。

 

「竜牙兵を二体倒したのか」

 

「落とし穴へ落として、火晶石と爆裂弾を使いました」

 

「正面から戦わなかったわけだ」

 

「正面から戦う理由がありませんでした」

 

「正しい」

 

 ヨアヒムは椅子から立ち上がった。

 

 最初のブロードソードを手に取る。

 

 刀身を灯りへかざし、刃先から柄元まで目を走らせた。指先で峰を弾くと、高く澄んだ音が室内に響く。

 

 続いて二本目を手にする。

 

 長さと厚みを比べ、柄の形と鍔の意匠を確認する。

 

「同じ作りだな」

 

「竜牙兵も同じ姿でした」

 

「同じ工房で、同じ用途のために作られた物だろう」

 

 ヨアヒムは剣を布へ戻した。

 

 次に盾を調べる。

 

 二枚とも表面には細かな傷があったが、歪みはない。縁にも割れはなく、裏側の革帯も使える状態だった。

 

 チェインメイルも一領ずつ広げ、銀環の継ぎ目を確かめる。

 

「六点とも、すぐに使える」

 

「売れますか?」

 

「売れない方がおかしい」

 

「いくらくらいになります?」

 

「それは簡単には言えん」

 

 ヨアヒムは一振りの剣を机へ立て掛けた。

 

「普通の鉄剣なら、形と重さと出来を見れば、おおよその値は決まる。だが、ミスリル銀の魔法武具は違う」

 

「同じ物が市場に並ばないからですか?」

 

「そうだ」

 

 ヨアヒムは椅子へ戻った。

 

「欲しがる者は多い。だが、実際に買える者は少ない。買える者が一人しかいなければ、その一人が値を決める。二人いれば競り上がる」

 

「盗賊ギルドで買い取ることはできますか?」

 

「できる」

 

「では」

 

「勧めん」

 

 ヨアヒムは即答した。

 

「故買人が買い取るなら、次に売れるまでの危険を見込んで安く買う。これほど高価な品を長く抱えれば、その間ずっと盗難や横取りを警戒しなければならない」

 

「僕がかなり損をする?」

 

「そうなる」

 

「なら、どうすればいいですか?」

 

「競売へ出す」

 

 ロックは六点の武具を見た。

 

「表の競売ですか?」

 

「表へ出せるなら、最初から武器商人へ持っていけばいい」

 

 ヨアヒムは口元を歪めた。

 

「盗賊ギルドが仕切る競売だ」

 

「参加者は?」

 

「こちらが信用できると判断した者だけだ。貴族の代理人、大商人、騎士団や神殿へ武具を納める商人。品物を買える金があり、落札できなかったからといって出品者を探し回らない連中だ」

 

「僕の名前は伏せられますか?」

 

「当然だ」

 

「手に入れた場所は?」

 

「竜牙兵二体から得たとだけ伝える。それ以上は知らせない」

 

 それなら、人工始原の巨人まで辿られる可能性は低い。

 

「盗品ではないことは?」

 

「盗賊ギルドが保証する」

 

 ヨアヒムは淡々と言った。

 

「出所に問題がある品を、問題がないと偽って売れば、次から誰もこちらを信用しない。信用を失った競売には、金を持つ客も、品物を持つ売り手も来なくなる」

 

「分かりました」

 

「まだ手数料を言っていない」

 

「いくらですか?」

 

「落札額の一割」

 

「高いですね」

 

「品物の保管。鑑定人の手配。買い手の選別。会場の警備。出品者の名を隠す費用だ」

 

「値下げは?」

 

「ない」

 

「では、その条件でお願いします」

 

 ヨアヒムは僅かに眉を上げた。

 

「迷わないんだな」

 

「自分で売れば、一割以上安くなります」

 

「よく分かっている」

 

 ヨアヒムは引き出しから羊皮紙を取り出した。

 

 羽根筆へインクを含ませ、預かる品を書き記していく。

 

 ミスリル銀製ブロードソード、二振り。

 

 ミスリル銀製ラージシールド、二枚。

 

 ミスリル銀製チェインメイル、二領。

 

 いずれも魔力を宿した武具。

 

 盗賊ギルドが保管と競売を引き受け、売却が成立した場合は手数料を差し引いた代金をロックへ渡す。

 

 売却が成立しなければ、品物を返却する。

 

 保管中の紛失や破損については、盗賊ギルドが責任を負う。

 

「競売はいつですか?」

 

「買い手を集めるのに一週間ほどかかる」

 

「二組まとめて売るんですか?」

 

「それは買い手の希望を見て決める」

 

 ヨアヒムは二組の武具へ目を向けた。

 

「一人の騎士が二組欲しがることは少ない。だが、騎士団や貴族なら、護衛二人へ揃いの装備を与えるためにまとめて買うかもしれん」

 

「別々に売った方が高くなることも?」

 

「ある」

 

「まとめた方が高くなることも?」

 

「ある」

 

「だから競売なんですね」

 

「そういうことだ」

 

 ヨアヒムは書類の下へ一文を書き加えた。

 

「安く売らないために、最低額を決めておく」

 

「どのくらいがいいですか?」

 

 ヨアヒムはしばらく考えた。

 

 剣二振り。

 

 盾二枚。

 

 鎖帷子二領。

 

 一つずつ視線を移し、最後にロックを見る。

 

「六点すべてを売り、手数料を引いたあとで六万五千ガメル」

 

「六万五千ガメル?」

 

「最低でもな」

 

「二組あるのに、それだけですか?」

 

「最低額は、必ず売れる額ではない。これより安ければ売らないという線だ」

 

 ヨアヒムは指を一本立てた。

 

「実際には、もっと上がる可能性が高い」

 

「一組ずつなら?」

 

「片方だけ欲しい者が複数いれば、競り合うだろう。二組まとめて欲しい者がいれば、その者は別売りを嫌がる」

 

「その辺りも任せます」

 

「任された」

 

 ロックは書類を受け取った。

 

 六点の数。

 

 手数料。

 

 最低額。

 

 売れなかった場合の返却。

 

 書かれている内容を一つずつ確認する。

 

 今の所持金は九千三百ガメル。

 

 火晶石を一つ、爆裂弾を三発買ったため、二万ガメルあった現金は大きく減っている。

 

 爆裂弾は二発を使い、残っているのは一発だけだ。

 

 競売が成立すれば出費を補って余りあるが、まだ売れてはいない。

 

 受け取っていない金を当てにするつもりはなかった。

 

「これでお願いします」

 

 ロックは羊皮紙へ署名した。

 

 ヨアヒムも内容を確認し、印章を押す。

 

 呼び鈴が鳴らされると、奥の扉から四人の男が現れた。

 

 二人は布手袋をつけ、六点の武具を一つずつ確認する。

 

 残る二人は、番号を刻んだ木札と木箱を用意していた。

 

 剣二振りには、それぞれ別の札がつけられる。

 

 盾二枚と鎖帷子二領にも、同じように札がつけられた。

 

 品物は二組に分けて木箱へ収められた。

 

 蓋が閉じられ、金具へ封蝋が垂らされる。

 

 最後にヨアヒムが印章を押した。

 

「これで預かりは成立だ」

 

 ヨアヒムは控えをロックへ差し出した。

 

「競売が終われば知らせる」

 

「一週間後に来ても?」

 

「構わん。だが、途中の値を聞いても意味はないぞ」

 

「最後まで変わるからですか?」

 

「最後の一声で、倍になることもある」

 

「なら、終わるまで待ちます」

 

「その方がいい」

 

 ロックは控えを荷袋の内側へしまった。

 

 来た時には背中を塞いでいた盾も、肩へ食い込んでいた剣もない。

 

 荷物は急に軽くなった。

 

「ところで」

 

 ヨアヒムがロックを呼び止める。

 

「競売までの一週間、何をする?」

 

「仕事を探します」

 

「また、竜牙兵がいた場所へ行くのか?」

 

「行きません」

 

 ヨアヒムの目が細くなる。

 

「入口の守りは倒したんだろう?」

 

「倒したのは入口の二体だけです」

 

 ロックの脳裏に、巨大な口を模した空間が浮かんだ。

 

 石造りの唇。

 

 並んだ歯。

 

 その奥から、下へ向かって続く暗い通路。

 

「あの先は、一度入ったら戻れないかもしれません」

 

「なぜそう思う?」

 

「何かを呑み込み、奥へ送るための場所に見えました」

 

「見えただけだ」

 

「はい」

 

 ロックは頷いた。

 

「だからこそ、確かめる前に備えます」

 

「戻れないと分かってからでは遅いか」

 

「戻れない場所へ入って、帰る方法を探すのは順番が逆です」

 

 ヨアヒムはしばらく黙っていた。

 

 やがて椅子の背へ身体を預ける。

 

「魔術師ギルドへ行ってみろ」

 

「魔術師ギルドですか?」

 

「レックス遺跡の調査へ参加する者を募っているはずだ」

 

「レックス遺跡には行ったことがありません」

 

「なら、ちょうどいい」

 

 ヨアヒムは言った。

 

「王都の魔術師たちが長く調べている遺跡だ。すでに何度も人が入り、危険の多くも知られている」

 

「そこで何をすれば?」

 

「魔術師たちが、遺跡をどう調べるのか見てこい」

 

 ロックは少し考えた。

 

「壁の文字や魔法の仕掛けを?」

 

「それだけじゃない。何を記録し、何を触らず、何を危険と判断するのかだ」

 

 人工始原の巨人を、これまでロックはほとんど一人で調べてきた。

 

 発見した物を自分なりに考え、危険を避け、必要な時には退いた。

 

 だが、魔術師たちが組織として遺跡を調べる方法は知らない。

 

 内部へ進む前に、学べることは多いはずだった。

 

「僕でも参加できますか?」

 

「古代語魔法を使えて、遺跡の中を歩けるなら断られんだろう」

 

「紹介状は?」

 

「必要ない」

 

「ヨアヒムさんの名前は出しても?」

 

「盗賊ギルドの幹部に勧められたと言えば、出発前に三日は事情を聞かれるぞ」

 

「出さないことにします」

 

「賢明だ」

 

 ロックは立ち上がった。

 

「競売代金を受け取るまでは死ぬなよ」

 

「心配するところは、そこですか?」

 

「死んだ者へ金を渡す手続きは面倒だからな」

 

「なるほど」

 

「冗談だ」

 

 ヨアヒムの顔には、笑み一つなかった。

 

     ◇

 

 地下区画を出ると、王都は朝の喧騒に満ちていた。

 

 石畳を荷車が通り、露店の商人が声を張り上げている。焼きたてのパン、炭火、家畜、香辛料。

 

 様々な匂いが混ざり、王都の通りを流れていた。

 

 六点の武具を預けたため、荷物は来た時よりもはるかに軽い。

 

 代わりに荷袋の内側には、一枚の預かり証が収まっている。

 

 二組のミスリル銀製武具が、薄い羊皮紙一枚へ変わったようで、少し心許なかった。

 

 だが、競売が終わるまでは待つしかない。

 

 ロックは王都の中心へ向かって歩いた。

 

 魔術師ギルドの建物は、王宮や大神殿のように大きくはない。

 

 長い年月を経た石造りの建物で、正面入口の上には、杖と開かれた書物を組み合わせた紋章が掲げられている。

 

 扉を開くと、紙とインク、乾燥させた薬草、古い革の匂いが流れてきた。

 

 冒険者の店とは、まるで空気が違う。

 

 酒を飲む者も、大声で笑う者もいない。

 

 長衣をまとった者たちが書板や本を抱えて歩き、壁際では年配の魔術師たちが小声で議論している。

 

 受付の奥には、束ねられた羊皮紙と、番号をつけられた木箱が並んでいた。

 

 ロックは受付前の列へ並んだ。

 

 やがて順番が来る。

 

「ご用件を伺います」

 

 受付係は年配の男性だった。

 

「レックス遺跡の調査へ参加したいのですが」

 

「これまでに参加したことは?」

 

「ありません。今回が初めてです」

 

 受付係は手元の書類へ目を落とした。

 

「レックス遺跡へ入ったこともない?」

 

「はい」

 

「他の遺跡を調べた経験は?」

 

「あります。ただ、魔術師ギルドの調査へ加わるのは初めてです」

 

 受付係がロックの姿を確認する。

 

 魔術師の杖。

 

 身体の動きを妨げない軽い防具。

 

 腰の剣。

 

「古代語魔法は使えますか?」

 

「初歩だけですが」

 

「戦いになった場合は?」

 

「剣で戦えます」

 

「では、調査団の補助として申し込めます」

 

 受付係は別の書類を取り出した。

 

「初参加者は、責任者の指示に従うこと。勝手に別の部屋へ入らないこと。扉、箱、壁の文字、魔法の仕掛けには許可なく触れないこと」

 

「分かりました」

 

「見つけた品を勝手に持ち帰ることも禁じます」

 

「はい」

 

「こちらへ名前を」

 

 ロックは差し出された羽根筆を手に取った。

 

 名簿には、すでにいくつもの名前が並んでいる。

 

 その末尾へ自分の名前を書こうとした時だった。

 

 背後で何かが崩れる音がした。

 

「きゃっ」

 

 振り返る。

 

 石床へ何冊もの本が散らばっていた。

 

 分厚い古代語辞典。

 

 魔法陣を写した書板。

 

 革紐で束ねられた羊皮紙。

 

 その中心で、大きな木箱を抱えた少女が立ち尽くしている。

 

 年齢は十二歳ほどだろうか。

 

 栗色の髪を後ろで束ね、青い長衣を身につけていた。幼い顔立ちに似合わないほど大きな箱を抱え、困ったように床を見下ろしている。

 

「また落としてしまいました……」

 

 箱の隙間から、さらに一冊の本が滑り落ちた。

 

 ロックは羽根筆を置き、その本を拾い上げた。

 

「これもレックス遺跡へ持っていくんですか?」

 

「はい」

 

 少女は迷わず答えた。

 

「全部です」

 

 ロックは床へ散らばった本を見回した。

 

「一人で運ぶんですか?」

 

「何度か往復すれば運べます」

 

 そう答えた少女の額には、すでに汗が浮かんでいた。

 

「集合場所は?」

 

「中庭です」

 

「そこまで運びます」

 

 少女が目を丸くする。

 

「よろしいんですか?」

 

「僕も調査へ参加しますから」

 

 少女の表情が明るくなった。

 

「ありがとうございます。私はミリシャ・アンザスです。クラウゼ先生の内弟子をしています」

 

「ロックです」

 

 二人で床へ散らばった本を拾い集める。

 

 古代文字の辞典。

 

 建築様式をまとめた本。

 

 魔法陣の写本。

 

 石碑から文字を写し取るための紙と墨。

 

 ロックには使い方の分からない器具もいくつか混じっていた。

 

「ロックさんは、レックス遺跡へ何度も行かれているんですか?」

 

「いいえ。今回が初めてです」

 

「そうなんですね」

 

「ミリシャさんは?」

 

 ミリシャは少しだけ胸を張った。

 

「私も初めてです」

 

 ロックは木箱の中を見た。

 

「初めてなのに、これだけ持っていくんですね」

 

「初めてだからです」

 

 ミリシャは当然のことのように答えた。

 

「何が見つかるか分からない場所へ行くのに、必要な本が手元になかったら困るでしょう?」

 

 ロックは少し考え、頷いた。

 

「その考え方は分かります」

 

「ですよね」

 

 ミリシャが嬉しそうに笑った。

 

 使わずに済むかもしれない爆裂弾を、予備まで用意する。

 

 戻れないかもしれない場所へ入る前に、必要な物を揃える。

 

 ミリシャが用意したのは武器ではなく本だったが、備える理由は同じだった。

 

 ロックは木箱を抱え上げた。

 

 見た目以上に重い。

 

 一人で何度も運べば、調査へ出る前に疲れ切ってしまうだろう。

 

「半分は僕が持ちます」

 

「ありがとうございます」

 

 二人は並んで中庭へ向かった。

 

 競売が終わるまでの一週間。

 

 ロックはその間に、初めてのレックス遺跡調査へ参加する。

 

 それは、人工始原の巨人の奥へ戻るための、新しい準備になるはずだった。

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