低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

74 / 74
第69話 調査前夜

 パダの宿《街道の鹿亭》は、旅人相手の素朴な宿だった。

 

 石積みの一階に食堂と馬屋があり、二階が客室になっている。

 

 夕暮れ時ともなれば、街道を行き交う商隊や巡礼、冒険者たちで賑わうはずだが、この日は魔術師ギルドの調査隊が半分以上を借り切っていた。

 

 宿の主人も慣れたもので、人数を確認すると手際よく食事の支度を始める。

 

 その間にも調査隊は休まない。

 

 食堂の長机には羊皮紙が広げられ、地図や過去の記録が並べられていく。

 

「始めます」

 

 クラウゼの一言で、室内が静まった。

 

 酒場でよく見るような景気づけの乾杯も、旅の疲れをねぎらう雑談もない。

 

 全員が席へ着き、明日の予定へ耳を傾ける。

 

「明日は夜明けとともにパダを出発します」

 

 クラウゼは地図を指した。

 

「午前中にはレックスへ到着する予定です」

 

 地図には街道だけでなく、周辺の森、小川、丘陵まで細かく描き込まれている。

 

「まず管理所へ寄り、前回調査以降の記録を確認します」

 

「その後、遺跡入口の現状確認を行います」

 

 若い魔術師が手を挙げた。

 

「入口の確認だけですか?」

 

「はい」

 

「内部には入りませんか?」

 

「入りません」

 

 質問した魔術師は少し残念そうな顔をした。

 

 しかしクラウゼは表情を変えない。

 

「三日間移動した直後です」

 

「疲労した状態で地下へ入る理由はありません」

 

「入口周辺の確認だけを済ませ、必要なら翌日の計画を修正します」

 

 誰も異論を唱えなかった。

 

 これが、この調査隊では当然なのだろう。

 

     ◇

 

 説明が終わると、一冊の分厚い帳面が机へ置かれた。

 

 革表紙は擦り切れ、角も丸くなっている。

 

 何十年も使われてきたことが、一目で分かった。

 

「これは?」

 

 ロックが尋ねる。

 

「調査日誌です」

 

 答えたのはミリシャだった。

 

「レックス遺跡の記録です」

 

 ロックは思わず見入った。

 

 これほど厚い帳面が何冊も積まれている。

 

「全部ですか?」

 

「いいえ」

 

 ミリシャは首を振る。

 

「これは最近の分だけです」

 

「最近?」

 

「十五年ほどですね」

 

 十五年。

 

 それだけの年月を、一つの遺跡へ費やしている。

 

 ロックは革表紙へ手を伸ばしかけた。

 

 しかし途中で止めた。

 

「触っても?」

 

「どうぞ」

 

 許可を得てから、そっと頁を開く。

 

 整った文字が並んでいた。

 

 日付。

 

 参加者。

 

 調査区画。

 

 見つかった文字。

 

 崩落箇所。

 

 魔力反応。

 

 持ち帰った資料。

 

 その日の出来事が、淡々と書き連ねられている。

 

「宝物の記録は?」

 

「あります」

 

 ミリシャは頁をめくった。

 

「ですが、多くは『保管庫へ移送』だけですね」

 

「詳しく書かない?」

 

「遺物そのものより、どこから、どのような状態で見つかったかの方が重要です」

 

 クラウゼが補足する。

 

「同じ品でも、置かれていた場所が違えば意味も変わります」

 

 ロックは頷いた。

 

 人工始原の巨人でも同じだった。

 

 魔晶石があったことより、どの設備で、何のために使われていたかが重要になる。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 食事を終えたロックは宿の裏庭へ出た。

 

 空には無数の星が広がっている。

 

 王都よりも空気が澄み、天の川まではっきり見えた。

 

 井戸の縁へ腰掛け、静かに夜風を浴びる。

 

「眠れませんか?」

 

 クラウゼだった。

 

「いえ」

 

 ロックは首を振る。

 

「少し考え事を」

 

「遺跡のことですか」

 

「はい」

 

 クラウゼも井戸の反対側へ腰を下ろした。

 

「あなたは遺跡へ何を求めていますか?」

 

 唐突な問いだった。

 

 ロックは少し考える。

 

「知りたいんです」

 

「何を?」

 

「昔の人が、何を考えていたのか」

 

 巨大な施設。

 

 残された仕掛け。

 

 意味のある構造。

 

 それらは偶然ではない。

 

 誰かが考え、設計し、造り上げたものだ。

 

「宝ではなく?」

 

「宝も欲しいです」

 

 正直に答える。

 

「でも、それだけなら他の遺跡でもいい」

 

「レックス遺跡だから知りたい理由があります」

 

 クラウゼは黙って続きを待った。

 

「古代王国の魔術師は、今よりずっと多くを知っていました」

 

「その知識を少しでも理解できれば」

 

「今の僕たちにも役立つかもしれません」

 

 クラウゼは小さく微笑んだ。

 

「良い答えです」

 

「先生は?」

 

「私ですか」

 

 少しだけ空を見上げる。

 

「私は」

 

 一拍置いて続けた。

 

「分からないことが嫌いなのです」

 

 実に彼女らしい答えだった。

 

 ロックは思わず笑ってしまう。

 

「笑いましたね」

 

「少しだけ」

 

「研究者は皆そうですよ」

 

 クラウゼも珍しく笑みを浮かべた。

 

「知らないことを放っておけない」

 

「だから遺跡へ潜る」

 

「危険でも?」

 

「危険だからこそ、誰かが調べなければなりません」

 

 その言葉には、不思議な説得力があった。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 まだ陽が昇り切らないうちから宿は動き始めた。

 

 荷車へ荷物を積み直し、馬具を締め直す。

 

 御者が車輪を確認し、護衛が武器を点検する。

 

 魔術師たちは昨夜確認した資料をもう一度見返していた。

 

 ロックも荷袋の口を締め直す。

 

 水袋。

 

 保存食。

 

 松明。

 

 火口箱。

 

 縄。

 

 忘れ物はない。

 

 宿の主人へ礼を告げると、調査隊は再び街道へ出た。

 

 朝露をまとった草原の向こう。

 

 北東の空には、朝日を受けた石造りの城壁がぼんやりと浮かび始めていた。

 

「あれがレックスです」

 

 ミリシャが少し弾んだ声で言う。

 

 ロックは足を止めず、その景色を見つめた。

 

 ここまでは知っている道だった。

 

 だが、この先。

 

 レックスの町を越えた先にある遺跡だけは、まだ見ぬ世界である。

 

 魔術師たちが十五年以上にわたり調べ続けてきた古代王国の遺産。

 

 その入口が、もうすぐ目の前に現れようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す(作者:駄文亭)(原作:ソードワールド1.0)

「誰がヲタクだって? 僕程度がヲタクを名乗れるか!」▼そう言い張る八坂鷹、十八歳。▼その正体は、『ソード・ワールドRPG完全版』のルールやモンスターデータを記憶している、拗らせまくった重度のTRPGゲーマーだった。▼仲間とのセッションを終えた帰り道、鷹はダンプカーに轢かれて死亡。死後の世界で出会ったのは、フォーセリアの創造神を名乗る謎のハムスターだった。▼知…


総合評価:1749/評価:8.11/連載:81話/更新日時:2026年10月02日(金) 14:22 小説情報

魔法戦士養成学校の万能戦士(作者:駄文亭)(原作:ソードワールド1.0)

新王国暦530年、英雄王リジャールの治めるオーファン。▼賢者の学院分校・特殊学科「魔法戦士科」に、一人の変わり者が入学した。▼十四歳の少年アルマニア。▼古代語魔法、精霊魔法、神聖魔法を学ぶ彼の望みは、戦士、盗賊、野伏、吟遊詩人の技まで身につけ、あらゆる状況に対応できる魔法戦士になることだった。▼能力には恵まれている。選択肢も多い。▼だが、経験も精神力も、一度…


総合評価:25/評価:-.--/連載:32話/更新日時:2026年08月31日(月) 10:41 小説情報

ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚(作者:シットライヌ)(原作:ソードワールド1.0)

ソードワールドの二次創作です。AIで作ってみました。


総合評価:19/評価:-.--/連載:46話/更新日時:2026年10月02日(金) 08:21 小説情報

アルカンフェル転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:強殖装甲ガイバー)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼気が付くとアルカンフェルに転生していた▼お仕置きビリビリは嫌だが、巨大小惑星の衝突は回避しないと地球丸ごと死ぬとか草。▼原作開始まで何万年?忘れない様に石板に覚えてる原作内容を書き込んでおこう。気が付いたら眠りの神殿に石板が…


総合評価:3869/評価:8.55/連載:150話/更新日時:2026年09月07日(月) 17:00 小説情報

機動戦士ガンダム:残響(作者:片蔵清優)(原作:機動戦士ガンダム)

あらすじ▼U.C.0093――アクシズ・ショック。▼地球へ落下するアクシズを押し返した奇跡の光と共に、アムロ・レイとシャア・アズナブルは姿を消した。▼それから17年。▼人類は平穏を取り戻したかに見えた。▼だが、海鳴りのように消えない“残響”は、今も世界のどこかで続いている。▼アムロとベルトーチカの息子、レイジ・イルマ。▼セイラ・マス。▼そして、終わらなかった…


総合評価:66/評価:5.17/連載:125話/更新日時:2026年10月02日(金) 21:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>