低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
墜ちた都市レックスの外縁。
崩れた城壁から少し離れた平地に、木柵で囲まれた一角があった。
見張り台。
資材置き場。
馬屋。
宿泊棟。
鍛冶場。
そして、大量の調査記録を収めた資料棟。
街ではない。
魔術師ギルドが築いた、レックス遺跡調査のための前線拠点だった。
◇
「こちらがレックス調査拠点です」
クラウゼが歩きながら説明する。
「調査隊はここを拠点に探索を行います」
ロックは周囲を見渡した。
荷車から木箱を降ろす人夫。
縄や梯子を補修する職人。
武器を手入れする護衛。
羊皮紙を広げ、地図を見比べる魔術師たち。
誰もが忙しく動き回っている。
冒険者の店のような賑わいはない。
あるのは、張り詰めた仕事場の空気だけだった。
「思ったより慌ただしいですね」
「当然です」
クラウゼは即座に答えた。
「遺跡は待ってくれません」
◇
「昨日まで通れた道が、今日には崩れていることがあります」
「逆に崩落で新しい部屋が見つかることもあります」
「妖魔が巣を作ることもあります」
「魔獣が住み着くこともあります」
「盗掘されることもあります」
ロックは静かに頷いた。
なるほど。
遺跡は眠ったまま保存されているわけではない。
今この瞬間も姿を変え続けている。
「だから急ぐんですね」
「ええ」
クラウゼは崩れた都市へ目を向ける。
「安全確認は徹底します」
「ですが、慎重になりすぎて調査の機会を逃すことも避けなければなりません」
「レックスとの出会いは一期一会です」
その言葉に、ロックは深く納得した。
◇
「クラウゼ先生」
一人の若い魔術師が駆け寄ってきた。
「第三区画です」
「どうしました」
「昨日見つかった通路ですが、夜の見回りで魔物の痕跡を確認しました」
「種類は」
「まだ判別できません」
「侵入したばかりか」
「おそらく」
クラウゼは短く息を吐く。
「出発を早めます」
「了解しました」
若い魔術師はすぐ走り去った。
ロックは苦笑する。
「本当に時間との勝負なんですね」
「ええ」
「数日遅ければ、通路そのものが魔物の巣になることも珍しくありません」
◇
「話は聞こえた」
低く穏やかな声がした。
資料棟から一人の老人が姿を現す。
白髪を後ろで束ね、使い込まれた長衣の上から革の胸当てを着けている。
年齢は六十を超えているだろう。
だが、その足取りには衰えがなかった。
「ご無沙汰しております」
クラウゼが一礼する。
「久しいな」
老人は頷き、ロックへ視線を向けた。
「君がロックか」
「はい」
「私はエルド・マナライ」
老人は軽く笑う。
「大賢者マナ・ライとは遠縁にあたる」
「もっとも、それで威張れるほど近い親戚ではないがな」
ロックも思わず笑った。
「安心しました」
「何がだ」
「偉い人は苦手なので」
「なら安心しろ」
エルドは肩を竦める。
「この拠点で一番偉いのはレックスだ」
「我々は全員、あいつに振り回される側だからな」
周囲の魔術師たちが苦笑する。
どうやら何度も聞いた台詞らしい。
◇
エルドは崩れた都市へ目を向けた。
「昨日、新しい通路が見つかった」
「だが、今も同じ状態とは限らん」
「ゴブリンが巣にしているかもしれん」
「コカトリスが入り込んでいるかもしれん」
「崩落して埋まっているかもしれん」
ロックは真剣な表情になる。
「だから今日入るんですね」
「そういうことだ」
エルドは頷いた。
「命は大事だ」
「だから無茶はせん」
「だが、機会も逃さん」
「目の前にあるものは、明日には失われているかもしれん」
「それがレックスだ」
◇
「資料室へ行こう」
エルドが歩き出す。
「先人の記録を頭へ叩き込み、現場で確かめる」
「記録だけでも駄目だ」
「現場だけでも駄目だ」
「両方あって初めて調査になる」
ロックは資料棟を見上げた。
積み重ねられた記録。
そして、その先にある未知。
レックス遺跡の調査は、その二つを繋ぐ仕事なのだと、ようやく理解できた。