低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
朝靄の残るレックス外縁。
調査隊は木柵の門を抜け、墜ちた都市へ足を踏み入れた。
砕けた石畳の上には雑草が根を張り、崩れた建物には蔦が絡みついている。
だが、それだけではない。
崩落した屋根。
砕けた石柱。
黒く焼け焦げた壁。
古代王国最後の日を思わせる傷跡が、今なお街全体へ刻まれていた。
◇
「立ち止まるな」
先頭の護衛が静かに告げる。
視線は常に建物の窓。
屋根。
路地。
死角になりそうな場所を順番に流れていく。
ロックも周囲へ気を配った。
静かすぎる。
風が吹く音。
草が擦れる音。
瓦礫が僅かに転がる音。
それ以外は何も聞こえない。
「静かな方が怖いですね」
小声で呟くと、隣を歩くミリシャが苦笑した。
「ええ」
「何もいない時ほど油断しやすいですから」
クラウゼも頷く。
「魔物はこちらが油断する瞬間を待っています」
◇
三十分ほど歩くと、街並みが変わった。
建物の倒壊が激しくなり、道そのものが瓦礫で埋まり始める。
「ここから第三区画です」
エルドが地図を確認した。
「昨日崩れた場所はもうすぐだ」
護衛二人が前へ出る。
盾を構え、瓦礫の隙間を一歩ずつ確認しながら進む。
ロックも足元を見る。
石の下に穴はないか。
崩れそうな壁はないか。
レンジャー技能こそ持たないが、狩人として山を歩いてきた経験が自然と身体を動かしていた。
◇
「止まれ」
先頭が拳を上げた。
全員がその場で動きを止める。
護衛がしゃがみ込み、地面を指差した。
「足跡です」
乾いた土の上に、新しい跡が残っていた。
三本指。
鋭い爪。
昨日報告されたものと同じ形だった。
エルドが膝をつく。
「新しいな」
「一時間以内でしょうか」
クラウゼが尋ねる。
「そのくらいだろう」
土はまだ崩れていない。
夜のものではない。
朝になってから付いた跡だ。
「近いですね」
ロックが小声で言う。
「そうだ」
エルドは立ち上がる。
「全員、武器を抜け」
◇
剣が静かに鞘から抜かれる。
盾が僅かに持ち上がる。
ロックもスタッフスリングを握り直した。
足跡は崩れた建物の間へ続いている。
だが、その先は見えない。
「追いますか」
護衛が尋ねた。
「追わん」
エルドは即座に首を振る。
「我々の仕事は討伐ではない」
「通路の安全確認が優先だ」
ロックは内心で感心した。
魔物を見つけたら追い掛けたくなる。
だが、それでは目的を見失う。
調査隊は冒険者ではなく、調査を成功させるために動いているのだ。
◇
さらに進むと、崩れた石壁の向こうに大きな裂け目が見えた。
「ここです」
ミリシャが声を潜める。
高さ二メートルほどの石積みが崩れ、その奥に人工的な通路が口を開けていた。
壁面は滑らかに磨かれ、床石も外の街路とは明らかに違う。
「昨日までは壁だった場所です」
クラウゼが説明する。
「崩落で偶然露出しました」
ロックは通路を見つめた。
冷たい空気が奥から流れてくる。
湿った石の匂い。
そして、僅かに獣臭。
誰も口を開かない。
静寂だけが流れる。
◇
エルドが護衛へ視線を送る。
「予定どおり先頭二名」
「ロックは三番手」
「私はその後ろだ」
全員が頷いた。
松明へ火が入る。
揺れる炎が石壁を赤く照らした。
その時だった。
通路の奥から。
──カラン。
乾いた音が一つ響いた。
全員の動きが止まる。
誰も息をしない。
音は、それきりだった。
護衛がゆっくりと盾を構え直す。
ロックはスタッフスリングを握る手へ力を込めた。
この先には何かがいる。
そう確信できるほど、その一音は不自然だった。
「入るぞ」
エルドの低い声が響く。
調査隊は松明の明かりを頼りに、新たに姿を現した古代王国の通路へ、一歩ずつ足を踏み入れた。