低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第74話 通路の先

 新たに露出した通路は、外から見た以上に狭かった。

 

 左右の壁へ肩が触れるほどではないが、盾を並べて進める幅でもない。

 

 先頭の護衛が一人。

 

 その後ろにもう一人。

 

 ロック。

 

 エルド。

 

 クラウゼとミリシャ。

 

 記録係。

 

 最後尾の護衛。

 

 自然と一列になる。

 

 松明の炎が壁面を照らすたび、磨かれた石に細い光が走った。

 

「床が新しいですね」

 

 ロックが小声で言う。

 

「新しいのではない」

 

 エルドも声を落とす。

 

「傷んでいないだけだ」

 

 外気に晒されていなかった。

 

 だから残っている。

 

 それだけのことだ。

 

 だが、その事実は、この通路が長く閉ざされていたことを示していた。

 

     ◇

 

 入口から十歩。

 

 十五歩。

 

 昨日確認された範囲を越える。

 

 そこで先頭の護衛が止まった。

 

「あります」

 

 床に、細い線が走っていた。

 

 石板と石板の継ぎ目にしては不自然なほど真っ直ぐで、壁から壁まで途切れていない。

 

 ロックがしゃがみ込む。

 

「踏み板でしょうか」

 

「可能性はある」

 

 クラウゼが松明を近づけた。

 

 線の向こう側には、昨夜のものと思われる三本指の足跡が残っている。

 

 魔物はここを通っている。

 

 それでも罠がないとは限らない。

 

「軽い生き物には反応しなかったのかもしれませんね」

 

「あるいは、すでに作動しているか」

 

 ロックは壁を見た。

 

 小さな穴。

 

 裂け目。

 

 動きそうな石。

 

 罠の痕跡を探す。

 

 だが、見つからない。

 

「どうします」

 

 先頭の護衛が尋ねた。

 

「迂回はできん」

 

 エルドは床へ視線を落とした。

 

「調べるしかないな」

 

     ◇

 

 ロックは荷袋から細い棒を取り出した。

 

 先端で線の手前を軽く叩く。

 

 変化はない。

 

 次に線の向こう側。

 

 やはり何も起きない。

 

 最後に線そのものへ力を加える。

 

 石板が僅かに沈んだ。

 

 直後。

 

 通路の奥で何かが動いた。

 

 ゴリッ。

 

 重い石が擦れる音。

 

「下がれ」

 

 護衛が盾を上げる。

 

 全員が数歩後退した。

 

 次の瞬間、壁面から石の杭が突き出した。

 

 人の胴ほどの高さ。

 

 鋭い先端。

 

 向かい側の壁へ叩きつけられる。

 

 もし線を踏んだ者がいれば、身体を横から貫かれていた。

 

 石杭は数秒そのまま残り、やがてゆっくりと壁の中へ戻った。

 

 誰も口を開かなかった。

 

「まだ動くんですね」

 

 ミリシャの声が硬い。

 

「古代王国の罠だからな」

 

 エルドは短く答えた。

 

「百年止まっていたからといって、壊れているとは限らん」

 

     ◇

 

「解除できますか」

 

 クラウゼがロックへ尋ねる。

 

「仕組みが分かれば」

 

 ロックは再びしゃがみ込んだ。

 

 踏み板が沈む。

 

 壁の内部で何かが外れる。

 

 石杭が飛び出す。

 

 単純な構造だ。

 

 問題は、どこを止めればよいのか。

 

 壁際を探ると、床と壁の境目に細い隙間があった。

 

 棒を差し込む。

 

 内部で金属に触れた感触がする。

 

「金具があります」

 

「錆びていないのか」

 

「油か魔法で保護されているのかもしれません」

 

 ロックは細い工具を取り出し、隙間へ差し込んだ。

 

 手探りで金具の形を探る。

 

 留め具。

 

 引き金。

 

 それらしきものへ工具を掛け、ゆっくりと動かす。

 

 カチリ。

 

 小さな音がした。

 

「止まったと思います」

 

「思います?」

 

 ミリシャが聞き返す。

 

「絶対とは言えません」

 

「正直ですね」

 

「罠の前では、正直な方が長生きできます」

 

     ◇

 

 先頭の護衛が盾を構えたまま、棒で踏み板を押した。

 

 石板が沈む。

 

 だが、石杭は出ない。

 

 もう一度。

 

 変化はない。

 

「通れるな」

 

 エルドが頷いた。

 

 護衛が一人ずつ線を越える。

 

 ロックも慎重に足を運んだ。

 

 罠の向こうへ出ると、通路は僅かに下り始めていた。

 

 奥から流れてくる空気も強くなっている。

 

「どこかへ繋がっていますね」

 

 クラウゼが言う。

 

「閉ざされた部屋ではなさそうだ」

 

 エルドは炎の揺れを見た。

 

「風がある」

 

 通路の先に出口か空洞がある。

 

 そして、魔物もそこから来た可能性が高い。

 

     ◇

 

 さらに進むと、壁に文字が現れた。

 

 古代語で刻まれた短い文章。

 

 汚れは少なく、文字の形もはっきりしている。

 

 クラウゼが松明を近づけた。

 

「読めますか」

 

 ロックが尋ねる。

 

「少し待ってください」

 

 指で文字を追う。

 

 ミリシャも横から覗き込む。

 

「保管……移送……」

 

「違います。これは搬入です」

 

「では、搬入口?」

 

 クラウゼが一度頷いた。

 

「おそらく」

 

 記録係が急いで文字を書き写す。

 

 通路は施設の裏口か。

 

 物資を運び込むための道か。

 

 少なくとも、一般の往来に使われた場所ではないらしい。

 

「ということは」

 

 ロックは奥を見る。

 

「この先に倉庫があるかもしれませんね」

 

「あるいは作業場だ」

 

 エルドの声に、僅かな期待が混じる。

 

 だが、その直後だった。

 

 前方から、何かが石を引っ掻く音がした。

 

 ザリ。

 

 ザリ。

 

 ゆっくり。

 

 確実に近づいてくる。

 

 先頭の護衛が盾を構える。

 

 後方でも剣が抜かれた。

 

 松明の光が届くぎりぎりの場所。

 

 暗闇の中に、二つの小さな光が浮かんだ。

 

 低い位置。

 

 獣の目。

 

 それが一つではない。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 闇の中で、次々と増えていく。

 

「来るぞ」

 

 エルドの声が落ちる。

 

 ロックはスタッフスリングへ石弾を載せた。

 

 この狭い通路では、逃げ道も、避ける場所もない。

 

 先に崩れるのは、こちらか。

 

 それとも、向こうか。

 

 暗闇の中で、鋭い爪が石床を削った。

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