低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
新たに露出した通路は、外から見た以上に狭かった。
左右の壁へ肩が触れるほどではないが、盾を並べて進める幅でもない。
先頭の護衛が一人。
その後ろにもう一人。
ロック。
エルド。
クラウゼとミリシャ。
記録係。
最後尾の護衛。
自然と一列になる。
松明の炎が壁面を照らすたび、磨かれた石に細い光が走った。
「床が新しいですね」
ロックが小声で言う。
「新しいのではない」
エルドも声を落とす。
「傷んでいないだけだ」
外気に晒されていなかった。
だから残っている。
それだけのことだ。
だが、その事実は、この通路が長く閉ざされていたことを示していた。
◇
入口から十歩。
十五歩。
昨日確認された範囲を越える。
そこで先頭の護衛が止まった。
「あります」
床に、細い線が走っていた。
石板と石板の継ぎ目にしては不自然なほど真っ直ぐで、壁から壁まで途切れていない。
ロックがしゃがみ込む。
「踏み板でしょうか」
「可能性はある」
クラウゼが松明を近づけた。
線の向こう側には、昨夜のものと思われる三本指の足跡が残っている。
魔物はここを通っている。
それでも罠がないとは限らない。
「軽い生き物には反応しなかったのかもしれませんね」
「あるいは、すでに作動しているか」
ロックは壁を見た。
小さな穴。
裂け目。
動きそうな石。
罠の痕跡を探す。
だが、見つからない。
「どうします」
先頭の護衛が尋ねた。
「迂回はできん」
エルドは床へ視線を落とした。
「調べるしかないな」
◇
ロックは荷袋から細い棒を取り出した。
先端で線の手前を軽く叩く。
変化はない。
次に線の向こう側。
やはり何も起きない。
最後に線そのものへ力を加える。
石板が僅かに沈んだ。
直後。
通路の奥で何かが動いた。
ゴリッ。
重い石が擦れる音。
「下がれ」
護衛が盾を上げる。
全員が数歩後退した。
次の瞬間、壁面から石の杭が突き出した。
人の胴ほどの高さ。
鋭い先端。
向かい側の壁へ叩きつけられる。
もし線を踏んだ者がいれば、身体を横から貫かれていた。
石杭は数秒そのまま残り、やがてゆっくりと壁の中へ戻った。
誰も口を開かなかった。
「まだ動くんですね」
ミリシャの声が硬い。
「古代王国の罠だからな」
エルドは短く答えた。
「百年止まっていたからといって、壊れているとは限らん」
◇
「解除できますか」
クラウゼがロックへ尋ねる。
「仕組みが分かれば」
ロックは再びしゃがみ込んだ。
踏み板が沈む。
壁の内部で何かが外れる。
石杭が飛び出す。
単純な構造だ。
問題は、どこを止めればよいのか。
壁際を探ると、床と壁の境目に細い隙間があった。
棒を差し込む。
内部で金属に触れた感触がする。
「金具があります」
「錆びていないのか」
「油か魔法で保護されているのかもしれません」
ロックは細い工具を取り出し、隙間へ差し込んだ。
手探りで金具の形を探る。
留め具。
引き金。
それらしきものへ工具を掛け、ゆっくりと動かす。
カチリ。
小さな音がした。
「止まったと思います」
「思います?」
ミリシャが聞き返す。
「絶対とは言えません」
「正直ですね」
「罠の前では、正直な方が長生きできます」
◇
先頭の護衛が盾を構えたまま、棒で踏み板を押した。
石板が沈む。
だが、石杭は出ない。
もう一度。
変化はない。
「通れるな」
エルドが頷いた。
護衛が一人ずつ線を越える。
ロックも慎重に足を運んだ。
罠の向こうへ出ると、通路は僅かに下り始めていた。
奥から流れてくる空気も強くなっている。
「どこかへ繋がっていますね」
クラウゼが言う。
「閉ざされた部屋ではなさそうだ」
エルドは炎の揺れを見た。
「風がある」
通路の先に出口か空洞がある。
そして、魔物もそこから来た可能性が高い。
◇
さらに進むと、壁に文字が現れた。
古代語で刻まれた短い文章。
汚れは少なく、文字の形もはっきりしている。
クラウゼが松明を近づけた。
「読めますか」
ロックが尋ねる。
「少し待ってください」
指で文字を追う。
ミリシャも横から覗き込む。
「保管……移送……」
「違います。これは搬入です」
「では、搬入口?」
クラウゼが一度頷いた。
「おそらく」
記録係が急いで文字を書き写す。
通路は施設の裏口か。
物資を運び込むための道か。
少なくとも、一般の往来に使われた場所ではないらしい。
「ということは」
ロックは奥を見る。
「この先に倉庫があるかもしれませんね」
「あるいは作業場だ」
エルドの声に、僅かな期待が混じる。
だが、その直後だった。
前方から、何かが石を引っ掻く音がした。
ザリ。
ザリ。
ゆっくり。
確実に近づいてくる。
先頭の護衛が盾を構える。
後方でも剣が抜かれた。
松明の光が届くぎりぎりの場所。
暗闇の中に、二つの小さな光が浮かんだ。
低い位置。
獣の目。
それが一つではない。
二つ。
三つ。
闇の中で、次々と増えていく。
「来るぞ」
エルドの声が落ちる。
ロックはスタッフスリングへ石弾を載せた。
この狭い通路では、逃げ道も、避ける場所もない。
先に崩れるのは、こちらか。
それとも、向こうか。
暗闇の中で、鋭い爪が石床を削った。