低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第75話 石化の嘴

 暗闇の中に、低い位置で光る目が浮かんでいた。

 

 一対。

 

 その後ろに、もう一対。

 

 ザリ。

 

 ザリ。

 

 硬い爪が石床を掻く。

 

 松明の炎が揺れ、その姿を僅かに照らした。

 

 鳥に似た頭。

 

 鋭く湾曲した嘴。

 

 鶏冠のように立ち上がった肉冠。

 

 胴体から伸びる、鱗に覆われた尾。

 

 翼はある。

 

 だが、鳥ではない。

 

「コカトリス……」

 

 クラウゼの声が硬くなる。

 

 ロックは息を呑んだ。

 

 足跡は三本指。

 

 昨日から残されていた痕跡と一致する。

 

 それが二体。

 

 狭い通路の奥から、こちらを窺っていた。

 

     ◇

 

「嘴に気をつけろ」

 

 エルドが低く警告する。

 

「噛まれれば石にされる」

 

「視線ではないんですね」

 

「嘴だ」

 

 先頭の護衛二人が盾を構えた。

 

 だが、通路は二人が肩を並べられるほど広くない。

 

 一人が前。

 

 もう一人がその斜め後ろ。

 

 コカトリスは狼ほどの獣とは違う。

 

 盾で受け止めても、嘴が縁を回り込めば危険だった。

 

「ここでは戦いにくい」

 

 護衛が呟く。

 

「向こうも同じだ」

 

 エルドは背後を振り返った。

 

「踏み板まで戻る」

 

 ロックも意図を察した。

 

 先ほど停止させた石杭の罠。

 

 狭い通路で真っ向から戦うより、あれを使った方がいい。

 

     ◇

 

「ゆっくり下がってください」

 

 ロックはスタッフスリングを構えたまま後退した。

 

 護衛も盾を正面へ向けたまま、一歩ずつ下がる。

 

 コカトリスはすぐには追ってこなかった。

 

 首を不自然な角度へ傾け、こちらの動きを見ている。

 

 その仕草は鳥に似ている。

 

 だが、目に宿るものは鳥獣の警戒心だけではなかった。

 

 敵が逃げている。

 

 そう判断したのだろう。

 

 一体が甲高い鳴き声を上げた。

 

「来ます」

 

 ミリシャの声と同時に、コカトリスが走り出した。

 

 翼を半ば広げ、爪で石床を蹴る。

 

 見た目から想像するより速い。

 

「走れ」

 

 エルドの声が飛んだ。

 

     ◇

 

 全員が罠の手前まで退く。

 

 ロックは最後まで残り、踏み板を越えてから身を翻した。

 

「盾を」

 

 護衛が前へ出る。

 

 ロックはその後ろへ膝をつき、床と壁の隙間へ工具を差し込んだ。

 

 停止させた留め具。

 

 それを元へ戻せば、踏み板は再び石杭を動かすはずだ。

 

 だが、暗い。

 

 時間もない。

 

 指先へ伝わる感触だけを頼りに、金具を探る。

 

 カチリ。

 

 小さな手応え。

 

「戻しました」

 

「確かか」

 

「確かめる時間はありません」

 

「それもそうだ」

 

     ◇

 

 先頭のコカトリスが迫る。

 

 罠の存在など知るはずもない。

 

 長い脚を伸ばし、石板の上へ踏み込んだ。

 

 石が沈む。

 

 直後、壁の内部から轟音が響いた。

 

 石杭が飛び出す。

 

 コカトリスは咄嗟に翼を広げた。

 

 だが、避けきれない。

 

 杭が胴体を横から打ち据え、反対側の壁へ叩きつけた。

 

 甲高い悲鳴。

 

 羽根と鱗が飛び散る。

 

 石杭に貫かれることこそなかったが、コカトリスは床へ落ちたまま立ち上がれない。

 

「一体」

 

 ロックは石弾を載せた。

 

 問題は、後ろから来る二体目だった。

 

     ◇

 

 二体目のコカトリスは足を止めた。

 

 倒れた仲間。

 

 壁から突き出した石杭。

 

 その両方を見つめている。

 

 知能は高くない。

 

 だが、目の前で起きた危険を理解できないほど愚かでもなかった。

 

 コカトリスが後退する。

 

「逃がすな」

 

 先頭の護衛が踏み出そうとした。

 

「待ってください」

 

 ロックが止める。

 

「罠が戻るまで近づけません」

 

 石杭は通路を塞いでいる。

 

 無理に進めば、今度はこちらが危険だった。

 

「撃てるか」

 

 エルドが尋ねる。

 

「狙えます」

 

 ロックはスタッフスリングを短く回した。

 

 狭い通路では大きく振れない。

 

 それでも、石弾へ勢いを与えるには足りる。

 

 コカトリスは逃げようとしている。

 

 胴体ではなく、脚を狙う。

 

 石弾が放たれた。

 

     ◇

 

 乾いた音が響く。

 

 石弾はコカトリスの右脚へ当たった。

 

 細い脚が不自然に折れ、魔獣が床へ転がる。

 

 だが、倒れたままではない。

 

 翼を激しく羽ばたかせ、片脚で立ち上がろうとする。

 

「仕留めます」

 

 ミリシャが発動体を掲げた。

 

 クラウゼも止めない。

 

 この場で逃がせば、調査中に背後から襲われる。

 

 ミリシャの唇から古代語が紡がれる。

 

「全知にして万能たるマナよ。集いて礫となり、我が敵を打ち砕け」

 

 生まれた魔法の矢が、通路を走る。

 

 光がコカトリスの胸へ突き刺さった。

 

 魔獣の身体が大きく跳ねる。

 

 翼が二度、石床を叩き。

 

 それきり動かなくなった。

 

     ◇

 

 壁から突き出していた石杭が、重い音を立てて戻っていく。

 

 ロックはすぐには踏み板へ近づかなかった。

 

「まだ動くかもしれません」

 

「停止させられるか」

 

「やってみます」

 

 長い棒で踏み板を押す。

 

 再び杭が飛び出した。

 

 一度。

 

 戻るのを待ち、もう一度。

 

 やはり作動する。

 

 ロックは壁際へしゃがみ込み、再び留め具を固定した。

 

 念のため三度確認する。

 

 今度は何も起きなかった。

 

「通れます」

 

     ◇

 

 最初の一体は、まだ息があった。

 

 石杭に打ち据えられ、翼と肋骨を傷めている。

 

 それでも、人が近づくと首を伸ばし、嘴を鳴らした。

 

 カチン。

 

 カチン。

 

 噛みつこうとしている。

 

「近づくな」

 

 エルドが告げる。

 

 護衛が盾を前へ出し、その陰から長剣を突き入れた。

 

 コカトリスの首が落ちる。

 

 血が石床を濡らした。

 

「これが、足跡の正体ですね」

 

 ミリシャが三本の指を持つ脚を見る。

 

「少なくとも二体分はな」

 

 エルドの言葉に、誰も気を緩めなかった。

 

 足跡から推測できたのは、最低でも二体ということだけだ。

 

 巣があるかもしれない。

 

 卵があるかもしれない。

 

 さらに別の個体がいるかもしれない。

 

     ◇

 

 記録係がコカトリスの姿と発見場所を書き留める。

 

 クラウゼは壁面の文字へ目を向けた。

 

「搬入口にコカトリスが住み着いたのか」

 

「奥から来た可能性もある」

 

 エルドが答える。

 

「風が流れている以上、別の出入口があるはずだ」

 

 ロックはコカトリスが現れた暗闇を見る。

 

 あれほど危険な魔獣が二体。

 

 偶然入り込んだだけなのか。

 

 それとも、奥に巣を作っているのか。

 

 調べなければ分からない。

 

 だが、調べるために進めば、次も二体だけとは限らない。

 

「撤退しますか」

 

 ロックが尋ねる。

 

「いや」

 

 エルドは即答した。

 

「まだ進む」

 

「コカトリスがいたからこそ、今日調べるべきだ」

 

 明日には数が増えるかもしれない。

 

 巣を作られるかもしれない。

 

 通路の奥に残されたものが壊されるかもしれない。

 

 危険が見つかったから、調査を諦めるのではない。

 

 危険が増える前に、可能な範囲を確かめる。

 

 それがレックスでの調査だった。

 

 護衛が再び先頭へ立つ。

 

 ロックは新しい石弾を手に取った。

 

 コカトリスが現れた暗闇の先へ。

 

 調査隊は、さらに足を踏み入れた。

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