低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
暗闇の中に、低い位置で光る目が浮かんでいた。
一対。
その後ろに、もう一対。
ザリ。
ザリ。
硬い爪が石床を掻く。
松明の炎が揺れ、その姿を僅かに照らした。
鳥に似た頭。
鋭く湾曲した嘴。
鶏冠のように立ち上がった肉冠。
胴体から伸びる、鱗に覆われた尾。
翼はある。
だが、鳥ではない。
「コカトリス……」
クラウゼの声が硬くなる。
ロックは息を呑んだ。
足跡は三本指。
昨日から残されていた痕跡と一致する。
それが二体。
狭い通路の奥から、こちらを窺っていた。
◇
「嘴に気をつけろ」
エルドが低く警告する。
「噛まれれば石にされる」
「視線ではないんですね」
「嘴だ」
先頭の護衛二人が盾を構えた。
だが、通路は二人が肩を並べられるほど広くない。
一人が前。
もう一人がその斜め後ろ。
コカトリスは狼ほどの獣とは違う。
盾で受け止めても、嘴が縁を回り込めば危険だった。
「ここでは戦いにくい」
護衛が呟く。
「向こうも同じだ」
エルドは背後を振り返った。
「踏み板まで戻る」
ロックも意図を察した。
先ほど停止させた石杭の罠。
狭い通路で真っ向から戦うより、あれを使った方がいい。
◇
「ゆっくり下がってください」
ロックはスタッフスリングを構えたまま後退した。
護衛も盾を正面へ向けたまま、一歩ずつ下がる。
コカトリスはすぐには追ってこなかった。
首を不自然な角度へ傾け、こちらの動きを見ている。
その仕草は鳥に似ている。
だが、目に宿るものは鳥獣の警戒心だけではなかった。
敵が逃げている。
そう判断したのだろう。
一体が甲高い鳴き声を上げた。
「来ます」
ミリシャの声と同時に、コカトリスが走り出した。
翼を半ば広げ、爪で石床を蹴る。
見た目から想像するより速い。
「走れ」
エルドの声が飛んだ。
◇
全員が罠の手前まで退く。
ロックは最後まで残り、踏み板を越えてから身を翻した。
「盾を」
護衛が前へ出る。
ロックはその後ろへ膝をつき、床と壁の隙間へ工具を差し込んだ。
停止させた留め具。
それを元へ戻せば、踏み板は再び石杭を動かすはずだ。
だが、暗い。
時間もない。
指先へ伝わる感触だけを頼りに、金具を探る。
カチリ。
小さな手応え。
「戻しました」
「確かか」
「確かめる時間はありません」
「それもそうだ」
◇
先頭のコカトリスが迫る。
罠の存在など知るはずもない。
長い脚を伸ばし、石板の上へ踏み込んだ。
石が沈む。
直後、壁の内部から轟音が響いた。
石杭が飛び出す。
コカトリスは咄嗟に翼を広げた。
だが、避けきれない。
杭が胴体を横から打ち据え、反対側の壁へ叩きつけた。
甲高い悲鳴。
羽根と鱗が飛び散る。
石杭に貫かれることこそなかったが、コカトリスは床へ落ちたまま立ち上がれない。
「一体」
ロックは石弾を載せた。
問題は、後ろから来る二体目だった。
◇
二体目のコカトリスは足を止めた。
倒れた仲間。
壁から突き出した石杭。
その両方を見つめている。
知能は高くない。
だが、目の前で起きた危険を理解できないほど愚かでもなかった。
コカトリスが後退する。
「逃がすな」
先頭の護衛が踏み出そうとした。
「待ってください」
ロックが止める。
「罠が戻るまで近づけません」
石杭は通路を塞いでいる。
無理に進めば、今度はこちらが危険だった。
「撃てるか」
エルドが尋ねる。
「狙えます」
ロックはスタッフスリングを短く回した。
狭い通路では大きく振れない。
それでも、石弾へ勢いを与えるには足りる。
コカトリスは逃げようとしている。
胴体ではなく、脚を狙う。
石弾が放たれた。
◇
乾いた音が響く。
石弾はコカトリスの右脚へ当たった。
細い脚が不自然に折れ、魔獣が床へ転がる。
だが、倒れたままではない。
翼を激しく羽ばたかせ、片脚で立ち上がろうとする。
「仕留めます」
ミリシャが発動体を掲げた。
クラウゼも止めない。
この場で逃がせば、調査中に背後から襲われる。
ミリシャの唇から古代語が紡がれる。
「全知にして万能たるマナよ。集いて礫となり、我が敵を打ち砕け」
生まれた魔法の矢が、通路を走る。
光がコカトリスの胸へ突き刺さった。
魔獣の身体が大きく跳ねる。
翼が二度、石床を叩き。
それきり動かなくなった。
◇
壁から突き出していた石杭が、重い音を立てて戻っていく。
ロックはすぐには踏み板へ近づかなかった。
「まだ動くかもしれません」
「停止させられるか」
「やってみます」
長い棒で踏み板を押す。
再び杭が飛び出した。
一度。
戻るのを待ち、もう一度。
やはり作動する。
ロックは壁際へしゃがみ込み、再び留め具を固定した。
念のため三度確認する。
今度は何も起きなかった。
「通れます」
◇
最初の一体は、まだ息があった。
石杭に打ち据えられ、翼と肋骨を傷めている。
それでも、人が近づくと首を伸ばし、嘴を鳴らした。
カチン。
カチン。
噛みつこうとしている。
「近づくな」
エルドが告げる。
護衛が盾を前へ出し、その陰から長剣を突き入れた。
コカトリスの首が落ちる。
血が石床を濡らした。
「これが、足跡の正体ですね」
ミリシャが三本の指を持つ脚を見る。
「少なくとも二体分はな」
エルドの言葉に、誰も気を緩めなかった。
足跡から推測できたのは、最低でも二体ということだけだ。
巣があるかもしれない。
卵があるかもしれない。
さらに別の個体がいるかもしれない。
◇
記録係がコカトリスの姿と発見場所を書き留める。
クラウゼは壁面の文字へ目を向けた。
「搬入口にコカトリスが住み着いたのか」
「奥から来た可能性もある」
エルドが答える。
「風が流れている以上、別の出入口があるはずだ」
ロックはコカトリスが現れた暗闇を見る。
あれほど危険な魔獣が二体。
偶然入り込んだだけなのか。
それとも、奥に巣を作っているのか。
調べなければ分からない。
だが、調べるために進めば、次も二体だけとは限らない。
「撤退しますか」
ロックが尋ねる。
「いや」
エルドは即答した。
「まだ進む」
「コカトリスがいたからこそ、今日調べるべきだ」
明日には数が増えるかもしれない。
巣を作られるかもしれない。
通路の奥に残されたものが壊されるかもしれない。
危険が見つかったから、調査を諦めるのではない。
危険が増える前に、可能な範囲を確かめる。
それがレックスでの調査だった。
護衛が再び先頭へ立つ。
ロックは新しい石弾を手に取った。
コカトリスが現れた暗闇の先へ。
調査隊は、さらに足を踏み入れた。