低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第76話 搬入庫

 コカトリスの死骸を越え、調査隊はさらに奥へ進んだ。

 

 通路は緩やかに下っている。

 

 壁には一定の間隔で金属製の灯具が取り付けられていたが、どれも光を失って久しい。表面には僅かな曇りしかなく、錆は見当たらなかった。

 

「銀ですか」

 

 ロックが足を止めずに尋ねる。

 

「違うな」

 

 エルドが灯具を一瞥する。

 

「古代王国で使われていた、錆びにくい合金だろう」

 

「持ち帰りますか」

 

「壁から剥がすのは後だ」

 

 即答だった。

 

「先に失われやすいものを探す」

 

 金属製の灯具は、明日まで残る可能性が高い。

 

 紙。

 

 布。

 

 木札。

 

 薬品。

 

 そうしたものの方が、魔物や湿気に弱い。

 

 ロックは頷き、再び前へ視線を戻した。

 

     ◇

 

 奥へ進むほど、獣臭が濃くなっていった。

 

 コカトリスが二体だけだったとは考えにくい。

 

 床には新しい爪痕が残っている。

 

 羽根も落ちていた。

 

「右の壁を見てください」

 

 ミリシャが小声で告げた。

 

 壁際に、白く乾いた汚れが付着している。

 

 鳥の糞に似ていた。

 

 ロックは顔を顰める。

 

「近くに巣がありそうですね」

 

「そのようです」

 

 クラウゼの表情も険しい。

 

「卵を産んでいる可能性があります」

 

「コカトリスは秋に産卵するんでしたね」

 

「ええ」

 

 今の季節と一致する。

 

 巣があるなら、さらに個体がいる。

 

 そして、卵が孵れば数は増える。

 

 調査を急ぐ理由が一つ増えた。

 

     ◇

 

 やがて通路の先に、半ば開いた扉が現れた。

 

 高さは人の背丈より少し高い。

 

 金属製。

 

 表面には古代語の文字と、荷車らしき図柄が刻まれている。

 

「搬入用の扉で間違いなさそうですね」

 

 クラウゼが文字を読む。

 

「第二搬入庫」

 

「その下は?」

 

 ロックが尋ねる。

 

「認証を受けた者以外の入室を禁ずる」

 

「認証は残っていないでしょうね」

 

「残っていたら困る」

 

 エルドが苦笑する。

 

「古代王国の警備装置に、資格がないと判断される可能性があるからな」

 

 冗談には聞こえなかった。

 

     ◇

 

 先頭の護衛が扉へ近づく。

 

 盾を構えたまま、剣先で扉を軽く押した。

 

 軋みはない。

 

 重い扉が、驚くほど滑らかに動いた。

 

 その隙間から、冷たい空気が流れ出す。

 

 同時に、強い獣臭が押し寄せた。

 

「巣は中だな」

 

 エルドが声を落とす。

 

 松明を差し入れる。

 

 橙色の明かりが、広い室内を僅かに照らした。

 

 天井は高い。

 

 壁際には棚が並んでいる。

 

 中央には倒れた木箱。

 

 裂けた麻袋。

 

 そして床の一角に、布と藁と紙片を掻き集めて作られた大きな巣があった。

 

 巣の中には、まだら模様の卵が三つ。

 

 その傍らに、一体のコカトリスが横たわっていた。

 

     ◇

 

「死んでいます」

 

 ロックが言った。

 

 護衛が慎重に近づき、盾の陰から剣先で胴体を押す。

 

 反応はない。

 

 羽毛の一部が抜け、身体は痩せていた。

 

 傷もある。

 

「先ほどの二体と争ったのでしょうか」

 

 ミリシャが尋ねる。

 

「分からん」

 

 エルドが死骸を観察する。

 

「卵を守っていた親かもしれん」

 

 死後、それほど時間は経っていない。

 

 巣の周囲には血が残り、床には激しく争った跡がある。

 

「三体で巣を奪い合った可能性もありますね」

 

 クラウゼが言う。

 

「あるいは別の何かに襲われたか」

 

 エルドの言葉で、全員が室内を見回した。

 

 棚の影。

 

 倒れた木箱の裏。

 

 天井近くの梁。

 

 どこかに別の魔物が潜んでいても不思議ではない。

 

     ◇

 

「卵はどうします」

 

 護衛の一人が尋ねる。

 

「割る」

 

 エルドは迷わなかった。

 

「持ち帰って孵化させる価値はない」

 

「研究対象にはなりませんか」

 

 ミリシャが問う。

 

「なる」

 

「だが、拠点へ生きたコカトリスを持ち込む危険に見合わん」

 

 卵は貴重かもしれない。

 

 しかし、孵った幼体が人を噛めば、それだけで死者が出る可能性がある。

 

 価値があることと、保管できることは別だった。

 

「一つだけ中身を記録します」

 

 クラウゼが告げる。

 

「残りは処分します」

 

 記録係が頷き、巣と卵の位置を書き始めた。

 

     ◇

 

 ロックは巣から少し離れた床へ目を向けた。

 

 紙片が散らばっている。

 

 コカトリスが巣材として持ち込んだものだ。

 

 ほとんどは汚れ、破れ、糞にまみれている。

 

 だが、一枚だけ。

 

 棚の下へ半分入り込んだ紙片には、はっきりと文字が残っていた。

 

「クラウゼ先生」

 

「どうしました」

 

「これを」

 

 ロックは直接触れず、指差した。

 

 クラウゼがしゃがみ込む。

 

 紙片の周囲を確認し、薄い板を差し込んで慎重に持ち上げた。

 

「古代語です」

 

 ミリシャも隣へ寄る。

 

「読めますか」

 

「一部だけなら」

 

 紙は破れている。

 

 残っているのは数行。

 

 クラウゼが目を細めた。

 

「搬入記録……」

 

「対象……生体……」

 

「生体?」

 

 ロックが聞き返す。

 

「ええ」

 

 ミリシャが別の箇所を追う。

 

「こちらは、保存容器と書かれています」

 

「ただの倉庫ではないのか」

 

 エルドが近づいた。

 

 クラウゼは紙片を灯りへ翳す。

 

「この搬入庫を通して、生きた何かを施設内部へ運んでいたようです」

 

     ◇

 

 室内の空気が変わった。

 

 荷物を運ぶための通路。

 

 搬入庫。

 

 保存容器。

 

 生体。

 

 それらは互いに繋がっている。

 

「魔獣の研究施設でしょうか」

 

 ミリシャの声に、期待と警戒が混じる。

 

「断定はできません」

 

 クラウゼは紙片から目を離さない。

 

「ですが、可能性はあります」

 

 ロックは棚を見回した。

 

 多くは空だ。

 

 木箱の中身も、すでに失われている。

 

 だが、巣の下。

 

 棚の裏。

 

 倒れた箱の内部。

 

 まだ記録が残っているかもしれない。

 

「先に紙を回収しましょう」

 

「そうだな」

 

 エルドが頷く。

 

「コカトリスが集めた巣材も、すべて調べる」

 

 護衛が露骨に嫌そうな顔をした。

 

「糞まみれですが」

 

「古代王国の記録なら、糞を落としてから読めばいい」

 

「先生が洗うんですか」

 

「お前が洗う」

 

「聞かなければよかった」

 

 張り詰めていた空気が、僅かに緩んだ。

 

     ◇

 

 巣の解体が始まった。

 

 卵を別へ移し、藁と布を一層ずつ取り除いていく。

 

 紙片は見つけ次第、薄板の上へ載せる。

 

 破れた帳簿。

 

 荷札。

 

 封印の痕跡が残る袋。

 

 文字の消えかけた羊皮紙。

 

 コカトリスにとっては、ただの巣材。

 

 だが、調査隊にとっては、失われた時代の証言だった。

 

「待ってください」

 

 ミリシャの手が止まる。

 

 巣の底から、硬いものが現れた。

 

 細長い金属板。

 

 表面には複雑な紋様が刻まれている。

 

 中央には、青い石が埋め込まれていた。

 

「これは……」

 

 クラウゼが息を呑む。

 

 金属板は掌より少し長い。

 

 錆びていない。

 

 欠けてもいない。

 

 そして、微かな魔力を残している。

 

 ロックにも、それが分かった。

 

「認証札かもしれません」

 

 クラウゼが言った。

 

「この扉に書かれていた、認証を受けた者というのは」

 

「これを持つ者か」

 

 エルドが金属板を見る。

 

「可能性は高いです」

 

     ◇

 

 ロックは搬入庫の奥へ目を向けた。

 

 そこにはもう一つ、閉ざされた扉があった。

 

 入口よりも小さい。

 

 だが、表面には同じ紋様が刻まれている。

 

 扉の脇には、金属板を差し込めそうな細い窪み。

 

 形も大きさも一致していた。

 

「開けますか」

 

 ロックが尋ねる。

 

 エルドはすぐには答えなかった。

 

 扉。

 

 認証札。

 

 生体の搬入記録。

 

 その先に何があるのか、誰にも分からない。

 

「まず記録物を回収する」

 

 やがて、エルドが告げた。

 

「扉を開けるのはその後だ」

 

「急がないんですね」

 

「急ぐ」

 

 エルドは認証札から目を離さない。

 

「だから順番を間違えん」

 

 扉を開いた瞬間に、何かが起きるかもしれない。

 

 火が出る。

 

 風が吹く。

 

 魔物が現れる。

 

 部屋が崩れる。

 

 その前に、今ある記録を守る。

 

 ロックは静かに頷いた。

 

 急ぐことと、焦ることは違う。

 

 レックスでは、その違いを見失った者から命を落とす。

 

 閉ざされた扉の向こうで。

 

 何かが、微かに動いた。

 

 コトリ。

 

 小さな音。

 

 誰も言葉を発しなかった。

 

 認証札の青い石だけが、脈打つように淡く明滅していた。

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