低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第77話 認証扉

 搬入庫の奥。

 

 閉ざされた扉の向こうから、もう一度、小さな音が響いた。

 

 コトリ。

 

 何かが動いた。

 

 あるいは、何かが落ちた。

 

 それだけでは判断できない。

 

 だが、無人のはずの場所から聞こえた音としては、十分すぎるほど不穏だった。

 

「全員、作業を止めろ」

 

 エルドの声で、巣を解体していた者たちの手が止まる。

 

 護衛が扉の前へ移動した。

 

 一人が盾を構え、もう一人が剣を抜く。

 

 ロックは認証札を見た。

 

 青い石は、先ほどよりも強く明滅している。

 

「近づけたから反応したんでしょうか」

 

「その可能性はある」

 

 クラウゼが認証札へ顔を近づける。

 

「扉側が札を認識しているのかもしれません」

 

「つまり、まだ機能している?」

 

「少なくとも一部は」

 

 その言葉に、誰も喜ばなかった。

 

 古代王国の装置が動いている。

 

 それは発見としては価値がある。

 

 同時に、何が起きるか分からないという意味でもあった。

 

     ◇

 

「回収はどこまで終わった」

 

 エルドが尋ねる。

 

「巣の上半分です」

 

 記録係が答える。

 

「紙片は二十七枚」

 

「文字が残っているものは九枚」

 

「布片が四つ」

 

「封印の残る袋が一つ」

 

「まだ底が残っています」

 

 エルドは扉と巣を交互に見る。

 

「先に回収を終える」

 

「扉は開けないんですか」

 

 ミリシャが尋ねた。

 

「開ける」

 

 エルドは即答する。

 

「だが、今ではない」

 

 ロックは認証札を見つめた。

 

 札は扉へ近づけたことで反応した。

 

 もし扉が自動で開く仕組みなら、近くに置いておくだけでも危険かもしれない。

 

「札を離した方がいいですね」

 

「そうだな」

 

 クラウゼが厚手の布を広げた。

 

 認証札を包み、入口側へ移す。

 

 青い石の明滅は次第に弱まり、やがて止まった。

 

 扉の向こうも静かになる。

 

「やはり札に反応しています」

 

「便利なのか危険なのか分からんな」

 

 エルドが言う。

 

「古代王国の品は大抵そうです」

 

 クラウゼの返事には、妙な実感が籠もっていた。

 

     ◇

 

 回収作業が再開された。

 

 巣の下層ほど汚れが酷い。

 

 羽根。

 

 藁。

 

 破れた布。

 

 乾いた糞。

 

 獣の骨。

 

 それらを一つずつ取り除いていく。

 

 ロックも革手袋を着け、巣材を薄板の上へ移した。

 

 紙らしいものがあれば、すぐクラウゼかミリシャへ渡す。

 

 文字のない紙片も捨てない。

 

 材質。

 

 厚さ。

 

 染料。

 

 それ自体が記録になる。

 

「これもですか」

 

 護衛の一人が、茶色く汚れた布切れを摘まみ上げる。

 

「持ち帰ります」

 

 ミリシャが答えた。

 

「何も書かれていませんが」

 

「染め方が分かるかもしれません」

 

「糞の染みしか分からない気がします」

 

「洗ってから判断します」

 

「やっぱり私が洗うんですか」

 

「先ほど決まりました」

 

「決めたのは先生でしょう」

 

 エルドは聞こえないふりをした。

 

     ◇

 

 巣の底近くから、硬い殻が現れた。

 

 卵ではない。

 

 薄く湾曲した白い破片。

 

 ロックが慎重に取り上げる。

 

「骨ですね」

 

 クラウゼが受け取った。

 

 表面は滑らかで、片側に規則的な穴が並んでいる。

 

「何の骨でしょう」

 

「分かりません」

 

 ミリシャが骨片を見つめる。

 

「コカトリスが食べた獲物では?」

 

「それにしては加工されている」

 

 クラウゼが指で穴をなぞる。

 

 自然に開いた形ではない。

 

 何かを固定するために穿たれたように見える。

 

「容器の部品でしょうか」

 

 ロックが尋ねる。

 

「骨を使った容器?」

 

「生体を運んでいた施設なら、普通の箱ではないかもしれません」

 

 クラウゼは暫く考えた。

 

「可能性はあります」

 

 骨片も記録物の一つとして包まれた。

 

     ◇

 

 巣をすべて取り除くと、その下から床面が現れた。

 

 他の場所と同じ石床。

 

 そう思われた。

 

 だが、ロックは中央に小さな窪みを見つけた。

 

「何かあります」

 

 床に埋め込まれた、円形の金属板。

 

 直径は掌ほど。

 

 表面に三本の線が走り、中央で交わっている。

 

 その形は、認証札に刻まれた紋様とよく似ていた。

 

「これも装置の一部でしょうか」

 

「触るな」

 

 エルドの声が飛ぶ。

 

 ロックはすぐ手を引いた。

 

 クラウゼが松明を近づける。

 

「古代語が刻まれています」

 

「読めますか」

 

「待ってください」

 

 汚れを乾いた刷毛で落とす。

 

 細かな文字が輪の内側に並んでいた。

 

「搬入対象」

 

「一時固定」

 

「移送待機」

 

 クラウゼが順に読む。

 

「これは荷物を置く場所です」

 

「生体を?」

 

「おそらく」

 

 ミリシャが金属板の周囲を見る。

 

「でも、これでは小さすぎませんか」

 

「板そのものの大きさと、効果の範囲が同じとは限らん」

 

 エルドが答えた。

 

 古代語魔法なら、床一面へ効果を広げることもあり得る。

 

「コカトリスの巣は偶然ここに作られていたんでしょうか」

 

「偶然とは限らない」

 

 クラウゼが周囲を見る。

 

「この場所だけ温度や湿度が違った可能性があります」

 

「卵を置くのに都合がよかった?」

 

「そうかもしれません」

 

 魔法装置の僅かな残滓が、巣を作る場所として選ばせた。

 

 そんな可能性もあった。

 

     ◇

 

「巣の回収は終了です」

 

 記録係が報告する。

 

「卵は?」

 

「二つを処分しました」

 

「一つは中身を確認して記録しています」

 

「死骸は」

 

「入口側へ移しました」

 

 エルドが頷く。

 

「では、扉を調べる」

 

 護衛たちの表情が引き締まった。

 

 認証札が再び運ばれてくる。

 

 布を開くと、青い石が微かな光を取り戻した。

 

「まずは近づけるだけだ」

 

「差し込まないんですね」

 

「反応を確かめる」

 

 認証札を持つのはクラウゼ。

 

 その前に盾を構えた護衛。

 

 ロックとエルドは少し離れ、装置全体を見渡す。

 

 ミリシャと記録係は入口近くまで下がった。

 

     ◇

 

 一歩。

 

 クラウゼが扉へ近づく。

 

 認証札の青い石が明滅する。

 

 二歩。

 

 扉の紋様へ、淡い光が走った。

 

 三歩。

 

 扉の脇にある窪みが青く光る。

 

 その瞬間。

 

 扉の向こうから、重い音が響いた。

 

 ゴン。

 

 何かが壁へぶつかったような音。

 

 続いて、引きずる音。

 

 ズル。

 

 ズル。

 

 護衛が盾を高く構える。

 

「生き物です」

 

 ミリシャが声を潜めた。

 

「そのようだな」

 

 エルドは扉から目を離さない。

 

「札を下げろ」

 

 クラウゼが一歩後退する。

 

 光が弱まった。

 

 だが、扉の向こうの音は止まらない。

 

 ズル。

 

 ズル。

 

 何かが扉へ近づいてくる。

 

     ◇

 

 扉の下。

 

 床との僅かな隙間から、黒い液体が滲み出した。

 

「下がれ」

 

 護衛の声が響く。

 

 全員が数歩後退した。

 

 液体はゆっくりと広がる。

 

 粘り気がある。

 

 血のようにも見える。

 

 だが、色が黒すぎた。

 

「触れないでください」

 

 クラウゼが警告する。

 

「毒かもしれません」

 

 黒い液体の中で、何かが蠢いた。

 

 細いもの。

 

 糸のようなものが、何本も重なっている。

 

 それが液体の表面から持ち上がり、空気を探るように揺れた。

 

 ロックは反射的にスタッフスリングを構えた。

 

「これは生き物です」

 

 黒い糸が一斉に扉の隙間へ引っ込む。

 

 次の瞬間。

 

 扉の向こうから激しい衝撃が響いた。

 

 ドン。

 

 金属扉が僅かに膨らむ。

 

 もう一度。

 

 ドン。

 

 扉の留め具が軋む。

 

「認証札を離せ」

 

 エルドが叫ぶ。

 

 クラウゼが札を布へ包み、入口側へ投げる。

 

 扉の光が消えた。

 

 衝撃も止まる。

 

 搬入庫に、静寂が戻った。

 

     ◇

 

 誰もすぐには動かなかった。

 

 黒い液体だけが、扉の下に残っている。

 

「札に反応して近づいた」

 

 ロックが言う。

 

「扉が開くと思ったのかもしれません」

 

「あるいは、認証が始まったことで目覚めた」

 

 クラウゼは扉を見つめたまま答える。

 

「何年眠っていたんでしょう」

 

 ミリシャの声が震えている。

 

「分からん」

 

 エルドが短く息を吐いた。

 

「だが、今も生きている」

 

「開けますか」

 

 ロックが尋ねる。

 

 エルドは暫く答えなかった。

 

 扉はまだ保たれている。

 

 向こうにいるものも、扉を破るほどの力はない。

 

 少なくとも今は。

 

「今日は開けない」

 

 やがてエルドが告げた。

 

「記録と認証札を持ち帰る」

 

「この扉は封鎖する」

 

「調査隊を増やして戻る」

 

 ロックは頷いた。

 

 これは慎重すぎる判断ではない。

 

 中に何がいるのか分からない。

 

 毒があるかもしれない。

 

 魔法が効かないかもしれない。

 

 複数いるかもしれない。

 

 今ある情報だけで扉を開くのは、調査ではなく賭けだった。

 

     ◇

 

 入口側から資材が運ばれる。

 

 扉の前へ木杭を打ち、縄を張る。

 

 床には大きく危険を示す印を残す。

 

 黒い液体は砂をかけ、金属製の容器へ慎重に回収された。

 

「これも持ち帰るんですか」

 

 護衛が嫌そうに尋ねる。

 

「当然です」

 

 クラウゼが答える。

 

「毒かもしれませんよ」

 

「だから調べます」

 

「こぼしたら?」

 

「こぼした人が責任を持って片づけます」

 

 護衛は容器を持つ手へ力を込めた。

 

     ◇

 

 撤退の準備が整う。

 

 ロックは最後に扉を振り返った。

 

 生体搬入庫。

 

 認証札。

 

 一時固定の魔法装置。

 

 そして、扉の向こうで生き続けている何か。

 

 古代王国の者たちは、何を運び込んだのか。

 

 何のために保存したのか。

 

 それは研究対象だったのか。

 

 素材だったのか。

 

 あるいは、ここからさらに別の場所へ送られる予定だったのか。

 

 答えは扉の向こうにある。

 

 だが、答えを得るためには、生きて戻らなければならない。

 

「帰るぞ」

 

 エルドの声で、調査隊が動き出す。

 

 認証札の青い石は布に包まれ、厳重に封じられた。

 

 その直後。

 

 誰も触れていないはずの扉の向こうから。

 

 コトリ。

 

 また、小さな音が響いた。

 

 まるで、こちらが戻ってくることを知っているかのように。

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