低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
翌朝。
レックス調査拠点では、昨日持ち帰った資料の整理と、次回調査の準備が並行して進められていた。
搬入庫の認証扉。
扉の向こうで動いていた何か。
そして、回収した記録。
未知の相手だからこそ、分かっている情報を一つずつ積み重ねるしかない。
◇
朝の作戦会議。
エルドは地図の上へ認証扉の位置を書き加えた。
「昨日の時点で分かったことを整理する」
誰も口を挟まない。
「認証札へ反応した」
「扉はまだ生きている」
「中には動く何かがいる」
「以上だ」
実に少ない。
それでも昨日よりは前進している。
「問題は」
エルドが地図を指で叩く。
「開けた後だ」
「相手が何か分からん」
護衛の一人が腕を組む。
「剣で斬ればいい相手なら話は早いんですが」
「そうとは限らん」
クラウゼが静かに言った。
「記録に『再生』という語が残っていました」
「損傷を受けても活動を続ける生物だった可能性があります」
部屋が静まり返る。
普通の魔物ではない。
そう考える者が増え始めていた。
◇
「先生」
ロックが口を開いた。
「もし、不定形の魔物だった場合ですが」
「続けろ」
「爆裂弾は使いにくいと思います」
エルドが頷く。
「飛び散る可能性か」
「はい」
爆裂弾は強力だ。
だが、柔らかい相手を吹き飛ばせば、破片を撒き散らす危険もある。
「では使えんな」
「一発だけならあります」
ロックが答えた。
腰袋へ手を当てる。
遺跡へ入る前から、ずっと残してきた最後の一発だった。
「ですが」
「そのまま撃つ気はありません」
◇
「何か考えがあるのか」
エルドが尋ねる。
ロックは自分のスタッフスリングを机へ置いた。
「先生」
クラウゼへ向き直る。
「このスリングへ、ファイア・ウェポンを掛けられますか」
ミリシャが目を丸くする。
「スリングですか」
「爆裂弾じゃなくて?」
「はい」
ロックは頷いた。
「爆裂弾はマジックアイテムです」
「下手に魔法を重ねられるか分かりません」
「ですが」
スタッフスリングは武器だ。
「武器へ掛けた魔法なら」
「そこから放たれる弾にも炎の効果が乗ります」
クラウゼは黙って考え込む。
ファイア・ウェポンは武器へ炎の魔力を宿す古代語魔法。
弾を一本ずつ強化する魔法ではない。
武器そのものへ働きかける。
「理屈は通っています」
ようやく口を開いた。
「爆裂弾自体を強化するわけではありません」
「武器の効果が弾へ及ぶなら」
「炎は付与される可能性があります」
◇
「爆発力は変わらん」
エルドが言う。
「はい」
「ですが」
ロックは続ける。
「炎は残ります」
「柔らかい相手なら、爆発だけより有効だと思います」
護衛たちも頷いた。
「焼けるならありがたいな」
「飛び散っても燃える」
「少なくとも普通の爆裂弾よりはましだ」
ミリシャが嬉しそうに記録を書き留めている。
「現場で思い付きました?」
「昨日です」
「扉の前で?」
「帰ってから考えました」
「……」
クラウゼはロックを見る。
「考える順番は悪くありません」
「現場で思い付くより、安全な場所で考えた方がいい」
「ありがとうございます」
◇
「ですが」
クラウゼは釘を刺した。
「試射はしません」
ロックも頷く。
「一発しかありませんから」
「その通りです」
爆裂弾は貴重品だ。
試すために撃つ道具ではない。
使う時は、本番だけ。
「つまり」
エルドが腕を組む。
「賭けになる」
「多少は」
ロックも否定しなかった。
「でも」
「武器へ掛けた魔法が弾へ及ぶのは、珍しい話ではありません」
「爆発はそのまま」
「炎だけ追加されるなら」
「試す価値はあります」
◇
「なら決まりだ」
エルドが立ち上がる。
「開戦したら」
「最初の一撃はロックだ」
ロックは驚く。
「僕ですか」
「切り札を持っているのはお前だ」
「外したら?」
「外すな」
即答だった。
護衛たちが笑う。
「先生、それは無茶ですよ」
「だから練習してきたんだろう」
「まあ、そうですが」
「なら当てろ」
ロックも苦笑した。
◇
クラウゼは発動体を静かに握る。
「本番になったら」
「扉を開ける直前にファイア・ウェポンを掛けます」
「持続時間を無駄にしないためです」
「お願いします」
「一つだけ」
クラウゼが真顔になる。
「相手が火を嫌う保証はありません」
「分かっています」
「効かなければ?」
「撤退します」
ロックは迷わず答えた。
「最後の一発だからといって」
「撃った後に無理はしません」
「それでいい」
エルドが頷いた。
「切り札とは」
「勝負を決める札じゃない」
「生きて帰るために切る札だ」
◇
会議は終わった。
資料班は古代語文書の整理へ戻る。
護衛たちは盾と槍の点検を始める。
神官は負傷者が出た時の動きを確認する。
ロックは一人、最後の爆裂弾を取り出した。
掌へ収まる小さな球。
遺跡へ潜る前から、ずっと使わずに残してきた切り札だった。
「頼むぞ」
誰へ向けた言葉でもない。
そう呟いて、ロックは静かに腰袋へ戻した。
次に取り出す時は。
認証扉の向こうにいる何かと、相対する時だけだった。