低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
誰も、すぐには動かなかった。
搬入庫には油の燃える匂いと、焦げた粘液の臭気が立ち込めている。
認証扉の向こうでは、もう物音はしない。
「……静かですね」
ミリシャが小さく呟く。
「静かな時ほど油断するな」
エルドは短く返した。
「魔物が一体とは限らん」
その言葉に全員が頷く。
◇
「前衛」
「槍を前へ」
護衛二人が一歩進む。
その後ろへロック。
さらにクラウゼ、神官、ミリシャが続く。
認証扉をくぐる。
石造りの通路は搬入庫より狭く、左右の壁には等間隔で青白い魔法灯が埋め込まれていた。
その幾つかは、今なお淡く光を放っている。
「まだ動いているのか……」
ミリシャが息を呑む。
「古代王国の魔法設備です」
クラウゼも目を細めた。
「数百年を経ても停止していないのでしょう」
◇
「止まれ」
先頭の護衛が槍を横へ向けた。
床が黒く焼けている。
ロックはしゃがみ込んだ。
「爆炎の跡じゃありません」
「ブロブです」
「燃えた身体を引きずって逃げています」
焦げた粘液が一本の帯になって奥へ続いていた。
「追跡は簡単だな」
「はい」
「隠れる気はないみたいです」
◇
慎重に進む。
やがて通路の途中で、ロックが再び足を止めた。
「これは……」
壁に何かが付着していた。
透明な粘液。
しかし、その中心には小さな骨片が閉じ込められている。
「人骨か」
護衛が顔をしかめる。
クラウゼは近づいて観察した。
「違います」
「獣です」
「おそらくネズミでしょう」
「食ったのか」
「いえ」
クラウゼは首を振る。
「消化したあと、骨だけ残ったのでしょう」
全員の顔色が変わる。
「……飲み込まれたら終わりですね」
ミリシャが青ざめた。
◇
さらに奥へ進む。
すると通路の先が急に広くなった。
円形の部屋。
天井は高く、中央には巨大な石盤が据えられている。
その周囲を、溝が何重にも巡っていた。
「実験室……?」
クラウゼが静かに呟く。
「いや」
ロックは石盤を見回した。
「処分場じゃないでしょうか」
「処分場?」
「燃やしたり、凍らせたり」
「何かを試験する設備に見えます」
確かに壁際には焼損した金属器具や、割れた水晶管が転がっていた。
◇
「先生」
ミリシャが壁を指差す。
そこには古代語で大きく刻まれた文字が残っていた。
クラウゼがゆっくり読み上げる。
「……」
しばらく沈黙し、
静かに息を吐く。
「何と?」
エルドが尋ねた。
クラウゼは険しい表情のまま答えた。
「“廃棄処分室・第三封鎖区画”」
部屋の空気が変わる。
「廃棄処分……」
「つまり」
ロックが石盤を見つめる。
「ここまで逃げたんじゃない」
「ここが、あれの居場所だったんですね」
誰も返事をしなかった。
焦げた粘液の跡は。
部屋の中央――
石盤の向こう側へ続いていた。