低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第82話 処分室

 焦げた粘液の跡は、石盤の向こうへ続いていた。

 

 誰も不用意には近付かない。

 

「ロック」

 

「はい」

 

「何か見えるか」

 

 ロックは周囲をゆっくり見回した。

 

 床。

 

 壁。

 

 天井。

 

 どれも古代王国らしい精密な石組みだ。

 

 だが、中央の石盤だけが違う。

 

「……先生」

 

「何でしょう」

 

「これ、台じゃありません」

 

     ◇

 

 全員が石盤へ視線を向ける。

 

 縦四メートルほど。

 

 厚さは一メートル近い。

 

 四隅には巨大な金具。

 

 中央には何本もの溝が刻まれている。

 

「固定具……?」

 

 ミリシャが呟く。

 

 クラウゼは慎重に近寄った。

 

 指先で溝をなぞる。

 

「これは……血を流す溝ではありません」

 

「液体を排出するためのものです」

 

「排出?」

 

「洗浄でしょうか」

 

 ロックは首を振った。

 

「違います」

 

「逃がさないためです」

 

     ◇

 

「どういう意味だ」

 

 エルドが尋ねる。

 

「この石盤」

 

 ロックは四隅の金具を指差した。

 

「何かを載せて固定します」

 

「そのまま薬品を掛けたり」

 

「火で焼いたり」

 

「凍らせたり」

 

「……」

 

「処分方法を試した場所じゃないでしょうか」

 

 静寂が落ちた。

 

 廃棄処分室。

 

 その名と一致する。

 

「つまり」

 

 ミリシャが小さく言う。

 

「古代王国でも」

 

「殺し方を研究していた……?」

 

     ◇

 

 クラウゼは壁際へ歩いた。

 

 そこには崩れた棚がある。

 

 焼け焦げた陶器。

 

 砕けた水晶瓶。

 

 腐食した金属製の噴射口。

 

「薬剤ですね」

 

「保存液ではありません」

 

「処分薬品でしょう」

 

「火だけじゃないのか」

 

「ええ」

 

「複数の方法を試験していたのでしょう」

 

 ロックは床を見つめる。

 

「だからブロブも」

 

「火を嫌がった」

 

「昔、ここで焼かれていたのかもしれません」

 

     ◇

 

「待て」

 

 護衛の一人が声を上げた。

 

 石盤の裏側。

 

 何かが落ちている。

 

 ロックが慎重に近寄る。

 

 粘液ではない。

 

 白い棒状の物体。

 

「骨……?」

 

 拾い上げる。

 

 軽い。

 

 細い。

 

「違う」

 

 ロックは眉をひそめた。

 

「これ、人間じゃない」

 

 クラウゼも受け取る。

 

 一目見て頷いた。

 

「コカトリスです」

 

「昨日倒した奴じゃありません」

 

「もっと古い」

 

 風化している。

 

 乾燥しきっていた。

 

     ◇

 

「つまり」

 

 エルドが部屋を見回す。

 

「昔からここへ迷い込んでいたのか」

 

「その可能性があります」

 

 クラウゼが答える。

 

「ブロブは」

 

「侵入した生物を捕食していたのでしょう」

 

「何百年も」

 

 誰も言葉を継がない。

 

 何百年。

 

 誰も管理しなくなっても。

 

 処分室だけは、生き続けていた。

 

     ◇

 

 その時だった。

 

 コツン。

 

 小さな音。

 

 全員が武器を構える。

 

 音は部屋の奥。

 

 焦げた粘液の跡が続く先からだった。

 

 コツ……

 

 コツ……

 

 硬いものが床を叩く音。

 

 粘液が這う音ではない。

 

「足音……」

 

 ミリシャの声が震える。

 

 松明の光が届く境界。

 

 暗闇の中から、一つの影がゆっくり現れる。

 

 人ほどの大きさ。

 

 二本足。

 

 しかし、その全身は半透明の粘液に覆われていた。

 

 まるで人型を真似るように形作られた、不定形の怪物。

 

 ロックは息を呑む。

 

「……ブロブじゃない」

 

 その怪物は首を傾げるようにロックたちを見つめると、一歩だけ前へ踏み出した。

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