低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
焦げた粘液の跡は、石盤の向こうへ続いていた。
誰も不用意には近付かない。
「ロック」
「はい」
「何か見えるか」
ロックは周囲をゆっくり見回した。
床。
壁。
天井。
どれも古代王国らしい精密な石組みだ。
だが、中央の石盤だけが違う。
「……先生」
「何でしょう」
「これ、台じゃありません」
◇
全員が石盤へ視線を向ける。
縦四メートルほど。
厚さは一メートル近い。
四隅には巨大な金具。
中央には何本もの溝が刻まれている。
「固定具……?」
ミリシャが呟く。
クラウゼは慎重に近寄った。
指先で溝をなぞる。
「これは……血を流す溝ではありません」
「液体を排出するためのものです」
「排出?」
「洗浄でしょうか」
ロックは首を振った。
「違います」
「逃がさないためです」
◇
「どういう意味だ」
エルドが尋ねる。
「この石盤」
ロックは四隅の金具を指差した。
「何かを載せて固定します」
「そのまま薬品を掛けたり」
「火で焼いたり」
「凍らせたり」
「……」
「処分方法を試した場所じゃないでしょうか」
静寂が落ちた。
廃棄処分室。
その名と一致する。
「つまり」
ミリシャが小さく言う。
「古代王国でも」
「殺し方を研究していた……?」
◇
クラウゼは壁際へ歩いた。
そこには崩れた棚がある。
焼け焦げた陶器。
砕けた水晶瓶。
腐食した金属製の噴射口。
「薬剤ですね」
「保存液ではありません」
「処分薬品でしょう」
「火だけじゃないのか」
「ええ」
「複数の方法を試験していたのでしょう」
ロックは床を見つめる。
「だからブロブも」
「火を嫌がった」
「昔、ここで焼かれていたのかもしれません」
◇
「待て」
護衛の一人が声を上げた。
石盤の裏側。
何かが落ちている。
ロックが慎重に近寄る。
粘液ではない。
白い棒状の物体。
「骨……?」
拾い上げる。
軽い。
細い。
「違う」
ロックは眉をひそめた。
「これ、人間じゃない」
クラウゼも受け取る。
一目見て頷いた。
「コカトリスです」
「昨日倒した奴じゃありません」
「もっと古い」
風化している。
乾燥しきっていた。
◇
「つまり」
エルドが部屋を見回す。
「昔からここへ迷い込んでいたのか」
「その可能性があります」
クラウゼが答える。
「ブロブは」
「侵入した生物を捕食していたのでしょう」
「何百年も」
誰も言葉を継がない。
何百年。
誰も管理しなくなっても。
処分室だけは、生き続けていた。
◇
その時だった。
コツン。
小さな音。
全員が武器を構える。
音は部屋の奥。
焦げた粘液の跡が続く先からだった。
コツ……
コツ……
硬いものが床を叩く音。
粘液が這う音ではない。
「足音……」
ミリシャの声が震える。
松明の光が届く境界。
暗闇の中から、一つの影がゆっくり現れる。
人ほどの大きさ。
二本足。
しかし、その全身は半透明の粘液に覆われていた。
まるで人型を真似るように形作られた、不定形の怪物。
ロックは息を呑む。
「……ブロブじゃない」
その怪物は首を傾げるようにロックたちを見つめると、一歩だけ前へ踏み出した。