低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
処分室の奥から、粘ついた音が途切れることなく響いていた。
ズル……
ズル……
火に焼かれた匂いがまだ残る部屋へ、その音だけが少しずつ近付いてくる。
エルドは槍を構えた護衛たちへ視線を送った。
「全員、その場を維持」
「不用意に踏み込むな」
前衛が盾を揃える。
神官は治癒の祈りを唱えられる位置へ。
クラウゼは発動体を握り直した。
ロックはスタッフスリングを手にしていたが、その革袋は空だった。
爆裂弾は、もうない。
◇
「先生」
ロックが静かに口を開く。
「撤退もありです」
エルドは頷いた。
「俺もそう考えていた」
敵は未知。
火は有効らしい。
だが、それだけだ。
処分室の奥には、まだ何体いるのかも分からない。
「一度戻って対策を練る」
それが最も堅実な判断だった。
しかし、ロックは視線を部屋の隅へ向けたまま動かなかった。
「……どうした」
「昨日のコカトリスです」
そこには焼け残ったコカトリスの死骸が横たわっていた。
調査の邪魔にならないよう、壁際へ寄せてあったのである。
◇
「先生」
「ブロブって」
「身体全部で一つの生物ですよね」
クラウゼは少し考えてから答えた。
「そう考えられています」
「脳も心臓もなく」
「全身で生命活動を行う不定形生物です」
「ですよね」
ロックはそれだけ確認すると、死骸へ歩み寄った。
「何をする」
護衛が尋ねる。
ロックはナイフを抜いた。
「ちょっと失礼します」
ザクッ。
乾いた音が響く。
コカトリスの嘴が根元から切り落とされた。
「……」
部屋中が静まり返る。
◇
「ロック君?」
ミリシャが恐る恐る声を掛ける。
「はい」
「何をしてるの?」
「弾を作ってます」
「弾?」
ロックは当然のように頷く。
「コカトリスの嘴です」
「石化能力がありますよね」
「ありますけど……」
「だったら」
ロックは嘴を布で軽く拭く。
「ブロブへ撃ち込みます」
「……は?」
今度はエルドまで固まった。
◇
「待て待て待て」
護衛の一人が慌てる。
「嘴を投げる?」
「はい」
「スリングで?」
「はい」
「……」
ロックは首を傾げた。
「駄目ですか?」
「いや」
「そういう問題じゃない」
誰も考えたことがない。
コカトリスの嘴を飛び道具に使うなど、聞いたこともない。
◇
クラウゼだけは黙って考え込んでいた。
「先生?」
ミリシャが尋ねる。
「理屈を考えています」
「理屈?」
「コカトリスの石化能力は嘴にも宿っています」
「切り離した瞬間に失われるという記録はありません」
そこまで言って、ロックを見る。
「ですが」
「効く保証もありません」
「はい」
ロックは笑った。
「だから博打です」
◇
「理由を聞かせてください」
クラウゼが促す。
ロックはスタッフスリングへ嘴を載せながら説明する。
「ブロブって」
「腕も足も目も口もありますけど」
「本当は全部仮の形ですよね」
「ええ」
「身体全部が一つの生物です」
「だったら」
ロックは嘴を固定する。
「石化毒が一点から入ったら」
「身体全部へ回るかもしれません」
ミリシャが目を見開く。
「全身が一つだから……?」
「はい」
「人間なら腕だけ石になるかもしれません」
「でもブロブなら」
「身体全部が腕みたいなものです」
クラウゼは腕を組んだ。
否定材料が思い付かない。
◇
「……面白い」
エルドが初めて笑った。
「冒険者らしい発想だ」
「先生?」
「学者なら試験場を作る」
「騎士なら剣で斬る」
「冒険者は」
ロックを見る。
「まず投げる」
護衛たちが吹き出した。
「確かに」
「ロックらしい」
「無茶苦茶だ」
「でも」
エルドは真顔へ戻る。
「他に切り札もない」
◇
ズル……
ズル……
粘液の音が近付く。
暗闇から巨大なブロブが姿を現した。
続いて二体目。
三体目。
焼け焦げた跡がまだ身体に残っている。
「来るぞ!」
エルドが叫ぶ。
「前衛、防御!」
「ロック!」
「好きにやれ!」
「はい!」
◇
ロックは深く息を吸う。
スタッフスリングを振る。
一回。
二回。
三回。
革袋の中で嘴が唸る。
「飛べ!」
嘴が一直線に飛んだ。
狙いは中央。
最も大きなブロブ。
嘴は吸い込まれるように粘液へ突き刺さった。
「当たった!」
ミリシャが叫ぶ。
だが。
一秒。
二秒。
三秒。
何も起こらない。
「……駄目か」
護衛が呟いた、その瞬間。
嘴を中心に、小さな灰色の斑点が現れた。
「先生!」
ロックが叫ぶ。
灰色は筋となり。
筋は網となり。
網は一瞬でブロブ全身へ走る。
ジュル……
という音が止まる。
流動していた身体が完全に静止した。
「石化……」
クラウゼが息を呑む。
「全身へ伝播した!」
◇
巨大なブロブは、もはや粘液ではなかった。
灰白色の石塊。
生命の流動を完全に失った彫像となり、その場へ立ち尽くす。
次の瞬間。
ゴゴッ……
自らの重さを支え切れず、石化した身体が崩れ始めた。
轟音とともに床へ倒れ、無数の石片となって砕け散る。
処分室へ、再び静寂が訪れた。
ロックは崩れた石塊を見つめながら、小さく息を吐く。
「……効いた」
その一言に、誰もすぐには返事ができなかった。
目の前で起きた出来事は、古代王国の研究資料にも載っていない、誰も試したことのない攻略法だったのだから。