低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第84話 石の嘴

 処分室の奥から、粘ついた音が途切れることなく響いていた。

 

 ズル……

 

 ズル……

 

 火に焼かれた匂いがまだ残る部屋へ、その音だけが少しずつ近付いてくる。

 

 エルドは槍を構えた護衛たちへ視線を送った。

 

「全員、その場を維持」

 

「不用意に踏み込むな」

 

 前衛が盾を揃える。

 

 神官は治癒の祈りを唱えられる位置へ。

 

 クラウゼは発動体を握り直した。

 

 ロックはスタッフスリングを手にしていたが、その革袋は空だった。

 

 爆裂弾は、もうない。

 

     ◇

 

「先生」

 

 ロックが静かに口を開く。

 

「撤退もありです」

 

 エルドは頷いた。

 

「俺もそう考えていた」

 

 敵は未知。

 

 火は有効らしい。

 

 だが、それだけだ。

 

 処分室の奥には、まだ何体いるのかも分からない。

 

「一度戻って対策を練る」

 

 それが最も堅実な判断だった。

 

 しかし、ロックは視線を部屋の隅へ向けたまま動かなかった。

 

「……どうした」

 

「昨日のコカトリスです」

 

 そこには焼け残ったコカトリスの死骸が横たわっていた。

 

 調査の邪魔にならないよう、壁際へ寄せてあったのである。

 

     ◇

 

「先生」

 

「ブロブって」

 

「身体全部で一つの生物ですよね」

 

 クラウゼは少し考えてから答えた。

 

「そう考えられています」

 

「脳も心臓もなく」

 

「全身で生命活動を行う不定形生物です」

 

「ですよね」

 

 ロックはそれだけ確認すると、死骸へ歩み寄った。

 

「何をする」

 

 護衛が尋ねる。

 

 ロックはナイフを抜いた。

 

「ちょっと失礼します」

 

 ザクッ。

 

 乾いた音が響く。

 

 コカトリスの嘴が根元から切り落とされた。

 

「……」

 

 部屋中が静まり返る。

 

     ◇

 

「ロック君?」

 

 ミリシャが恐る恐る声を掛ける。

 

「はい」

 

「何をしてるの?」

 

「弾を作ってます」

 

「弾?」

 

 ロックは当然のように頷く。

 

「コカトリスの嘴です」

 

「石化能力がありますよね」

 

「ありますけど……」

 

「だったら」

 

 ロックは嘴を布で軽く拭く。

 

「ブロブへ撃ち込みます」

 

「……は?」

 

 今度はエルドまで固まった。

 

     ◇

 

「待て待て待て」

 

 護衛の一人が慌てる。

 

「嘴を投げる?」

 

「はい」

 

「スリングで?」

 

「はい」

 

「……」

 

 ロックは首を傾げた。

 

「駄目ですか?」

 

「いや」

 

「そういう問題じゃない」

 

 誰も考えたことがない。

 

 コカトリスの嘴を飛び道具に使うなど、聞いたこともない。

 

     ◇

 

 クラウゼだけは黙って考え込んでいた。

 

「先生?」

 

 ミリシャが尋ねる。

 

「理屈を考えています」

 

「理屈?」

 

「コカトリスの石化能力は嘴にも宿っています」

 

「切り離した瞬間に失われるという記録はありません」

 

 そこまで言って、ロックを見る。

 

「ですが」

 

「効く保証もありません」

 

「はい」

 

 ロックは笑った。

 

「だから博打です」

 

     ◇

 

「理由を聞かせてください」

 

 クラウゼが促す。

 

 ロックはスタッフスリングへ嘴を載せながら説明する。

 

「ブロブって」

 

「腕も足も目も口もありますけど」

 

「本当は全部仮の形ですよね」

 

「ええ」

 

「身体全部が一つの生物です」

 

「だったら」

 

 ロックは嘴を固定する。

 

「石化毒が一点から入ったら」

 

「身体全部へ回るかもしれません」

 

 ミリシャが目を見開く。

 

「全身が一つだから……?」

 

「はい」

 

「人間なら腕だけ石になるかもしれません」

 

「でもブロブなら」

 

「身体全部が腕みたいなものです」

 

 クラウゼは腕を組んだ。

 

 否定材料が思い付かない。

 

     ◇

 

「……面白い」

 

 エルドが初めて笑った。

 

「冒険者らしい発想だ」

 

「先生?」

 

「学者なら試験場を作る」

 

「騎士なら剣で斬る」

 

「冒険者は」

 

 ロックを見る。

 

「まず投げる」

 

 護衛たちが吹き出した。

 

「確かに」

 

「ロックらしい」

 

「無茶苦茶だ」

 

「でも」

 

 エルドは真顔へ戻る。

 

「他に切り札もない」

 

     ◇

 

 ズル……

 

 ズル……

 

 粘液の音が近付く。

 

 暗闇から巨大なブロブが姿を現した。

 

 続いて二体目。

 

 三体目。

 

 焼け焦げた跡がまだ身体に残っている。

 

「来るぞ!」

 

 エルドが叫ぶ。

 

「前衛、防御!」

 

「ロック!」

 

「好きにやれ!」

 

「はい!」

 

     ◇

 

 ロックは深く息を吸う。

 

 スタッフスリングを振る。

 

 一回。

 

 二回。

 

 三回。

 

 革袋の中で嘴が唸る。

 

「飛べ!」

 

 嘴が一直線に飛んだ。

 

 狙いは中央。

 

 最も大きなブロブ。

 

 嘴は吸い込まれるように粘液へ突き刺さった。

 

「当たった!」

 

 ミリシャが叫ぶ。

 

 だが。

 

 一秒。

 

 二秒。

 

 三秒。

 

 何も起こらない。

 

「……駄目か」

 

 護衛が呟いた、その瞬間。

 

 嘴を中心に、小さな灰色の斑点が現れた。

 

「先生!」

 

 ロックが叫ぶ。

 

 灰色は筋となり。

 

 筋は網となり。

 

 網は一瞬でブロブ全身へ走る。

 

 ジュル……

 

 という音が止まる。

 

 流動していた身体が完全に静止した。

 

「石化……」

 

 クラウゼが息を呑む。

 

「全身へ伝播した!」

 

     ◇

 

 巨大なブロブは、もはや粘液ではなかった。

 

 灰白色の石塊。

 

 生命の流動を完全に失った彫像となり、その場へ立ち尽くす。

 

 次の瞬間。

 

 ゴゴッ……

 

 自らの重さを支え切れず、石化した身体が崩れ始めた。

 

 轟音とともに床へ倒れ、無数の石片となって砕け散る。

 

 処分室へ、再び静寂が訪れた。

 

 ロックは崩れた石塊を見つめながら、小さく息を吐く。

 

「……効いた」

 

 その一言に、誰もすぐには返事ができなかった。

 

 目の前で起きた出来事は、古代王国の研究資料にも載っていない、誰も試したことのない攻略法だったのだから。

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