低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。 作:駄文亭
【成長報告】
ロック
冒険者レベル:3
・シーフ3
・ソーサラー1→2
・セージ2
・レンジャー1
・一般技能:ハンター3
経験点
・繰越:2,000点
・レックス遺跡調査:500点
・ソーサラー技能の成長:2,500点消費
・未使用経験点:0点
「フォーリング・コントロール」を使用可能に。
前回の探索で最大の障害となったモンスター:
ビッグブロブ(モンスターレベル4・討伐済み)
次の探索:
人工始原の巨人・消化器系。
内部の魔物および最大の障害は不明。
ロックは机の上へ、二枚の紙を並べていた。
一枚は、これから必要になる物の覚え書き。
もう一枚は、盗賊ギルドから受け取った預かり証だった。
覚え書きの一番上には、抗酸剤とある。
その下に、薬品を運ぶ容器。
装備を保護するための道具。
予備の縄。
食料と水。
最後の一行だけは、少し大きく書いてあった。
無限のバッグ。
「……欲しいなぁ」
椅子の背へ身体を預け、ロックは天井を見上げた。
欲しい物を書き出すだけなら簡単だ。
問題は、買えるかどうかだった。
◇
レックス遺跡で出会ったビッグブロブは、恐ろしい相手だった。
剣を振るうだけでは片づかない。近づいて戦うにも、相手の身体がどこまで広がるのか分からない。
火を使い、コカトリスの石化能力まで利用して、ようやく倒した。
あの探索では、最大の障害だったと言っていい。
だが、倒した魔物のことを考え続けても、次の探索の備えには足りなかった。
次に入るのは、人工始原の巨人の消化器系だ。
何が棲んでいるのか。
どのような仕掛けが残っているのか。
そこにいる魔物より、動いている設備の方が危険なのか。
まだ、何も分かっていない。
ビッグブロブを倒せたから、その先でも通用するとは限らなかった。
ただ、一つだけは考えられる。
消化するための場所なら、取り込んだ物を溶かす何かがある。
「靴が溶けたら、帰れないよなぁ」
ロックは足元を見下ろした。
足だけではない。
縄が傷めば登れない。荷袋が破れれば道具を失う。留め金が外れれば、防具だって役に立たなくなる。
落下には、覚えた魔法で備えられるようになった。
しかし、落ちる速さを抑えても、落ちた先に溜まった液体までは消えてくれない。
先に揃えるべき物は、武器だけではなかった。
◇
「抗酸剤について、教えていただきたいんです」
クラウゼは羽根ペンを置いた。
「何へ使う物ですか?」
「身体と、装備です。酸のある場所へ入るかもしれません」
「どのような酸かは?」
「まだ分かりません」
クラウゼはロックを見た。
ロックも黙って見返した。
やがて、クラウゼが小さく息を吐く。
「分からないから、調べるための準備をしたい。そういうことですね」
「はい」
「では、最初から何にでも耐えられるつもりで道具を揃えないことです」
机の上へ、ロックの覚え書きが広げられた。
「人へ使う物と、革や金属へ使う物を、同じように扱えるとは限りません。薬品そのものが、装備を傷めることもあります」
「塗れば安心、ではないんですね」
「実物で確かめる必要があります」
クラウゼの指が、容器と書かれた行を叩いた。
「少量を採取して持ち帰るなら、容器も必要です。中身が漏れれば、運んでいる者が危険になります」
ロックは頷き、紙へ書き足した。
薬品。
容器。
試験用の素材。
必要な物が、また増えた。
「購入できますか?」
「用途を絞れば、紹介はできます」
「高いですか?」
「量にもよりますが、安い買い物にはならないでしょう」
ロックは覚え書きを見た。
無限のバッグという文字が、紙の下の方で遠ざかった気がした。
◇
薬品庫には、乾いた薬草や油とは違う匂いが籠もっていた。
陶製の壺。
口を封じた硝子瓶。
棚へ整然と並ぶ小箱。
クラウゼは幾つかの札を示しながら、用途の違いを説明していく。
ロックは、その名前を慎重に書き写した。
同時に、別のものも目に入る。
扉の錠。
窓の位置。
棚と棚の間隔。
クラウゼの腰にある鍵束。
入るだけなら、何とかなるかもしれない。
そんな考えが浮かんだ時、クラウゼが帳面を開いた。
取り出した瓶を確かめ、中身の量を書き留める。
「……量も記録しているんですね」
「必要な時になかった、では困りますから」
「なるほど」
鍵を開けても、それで終わりではない。
一本なくなれば、誰かが探す。
少しずつ抜けば、量が合わなくなる。
しかも、自分は今、抗酸剤が欲しいと言ってここへ来ている。
盗まれたと分かった時、思い出してもらうための挨拶まで済ませていた。
ロックは瓶から目を離した。
棚の品をそのまま持ち出すのは、あまりよい方法ではなかった。
◇
薬品庫を出ると、中庭では荷車から木箱を下ろしていた。
受け取る者が、帳面と荷札を照らし合わせている。
届いた数も、使った数も調べる。
ならば、使い終わった後はどうなのだろう。
壺の底へ残った分。
試験に使い、余った分。
捨てる前の物なら、棚から消えた一本を探されることもない。
「先生。使い終わった容器は、どうするんですか?」
「洗って再利用する物もありますし、処分する物もあります」
「洗う仕事は、誰でもできます?」
クラウゼが足を止めた。
「薬品の扱いを覚えてからです」
「掃除なら、慣れていますけど」
「水を入れてはいけない物も、混ぜてはいけない物もあります」
「……そういうことですか」
下水道の掃除とは違う。
残り物を小瓶へ集め、混ぜた途端に妙な煙が出たら困る。
胃袋へ入る前に、自分の部屋を危険な場所にしてしまう。
それでは、備えをしているのか、厄介事を増やしているのか分からなかった。
まず、扱いを覚える。
くすねる方法を考えるにしても、その後だ。
◇
宿へ戻ったロックは、預かり証をもう一度開いた。
人工始原の巨人の「口」を守っていた、二体のスケルトンウォーリア。
その魔法の装備を、ヨアヒムへ預けてある。
ミスリル銀製のブロードソードが二振り。
ラージシールドが二枚。
チェインメイルが二領。
自分が使うには向かない。
だが、欲しがる者にとっては、揃えて手に入れられる機会の少ない品だ。
落札額が上がれば、次の探索の支度は随分と楽になる。
抗酸剤も買える。
予備の道具も揃えられる。
無限のバッグへ、手が届くかもしれない。
ロックは覚え書きの下へ指を置いた。
大きな荷袋を買えば済む話ではなかった。
一人で潜るなら、持ち歩く物は自分で運ぶしかない。縄も、水も、薬品も、増やすほど足取りは重くなる。
帰りには、見つけた物も運びたい。
無限のバッグがあれば、諦めずに持っていける道具が増える。
ただし、それを買ったために抗酸剤が足りなくなったら、使い道がなくなる。
「先に、競売の結果か」
ロックは紙へ書いた品を、上から順に見直した。
どうしても必要な物。
代わりを考えられる物。
金があれば揃えたい物。
無限のバッグは、欲しいだけの品ではなくなりつつあった。
だが、薬品代を削ってよい理由にはならない。
◇
身支度を整え、ロックは預かり証を荷袋の内側へしまった。
ヨアヒムに会えば、競売の様子は分かるだろう。
バッグを手に入れるために、誰へ話を通せばよいかも聞ける。
薬品を買える金が残るなら、それでいい。
足りなければ、魔術師ギルドで薬品を扱う仕事を探す。扱い方を覚えながら、どこで使われ、何が余るのかを確かめる。
棚の瓶へ手を伸ばすより、考える余地はありそうだった。
ロックは部屋の扉を閉めた。
前回のビッグブロブは倒した。
次に何が立ちはだかるのかは、まだ分からない。
だから、持っていける備えを増やす。
あの「口」の奥へ、もう一度入るために。
まずは、自分が倒した二体の装備に、いくらの値がついたのかを聞きに行くことにした。