低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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【成長報告】

ロック

冒険者レベル:3

・シーフ3
・ソーサラー1→2
・セージ2
・レンジャー1
・一般技能:ハンター3

経験点
・繰越:2,000点
・レックス遺跡調査:500点
・ソーサラー技能の成長:2,500点消費
・未使用経験点:0点

「フォーリング・コントロール」を使用可能に。

前回の探索で最大の障害となったモンスター:
ビッグブロブ(モンスターレベル4・討伐済み)

次の探索:
人工始原の巨人・消化器系。
内部の魔物および最大の障害は不明。



第86話 胃袋へ挑む準備

 ロックは机の上へ、二枚の紙を並べていた。

 

 一枚は、これから必要になる物の覚え書き。

 

 もう一枚は、盗賊ギルドから受け取った預かり証だった。

 

 覚え書きの一番上には、抗酸剤とある。

 

 その下に、薬品を運ぶ容器。

 装備を保護するための道具。

 予備の縄。

 食料と水。

 

 最後の一行だけは、少し大きく書いてあった。

 

 無限のバッグ。

 

「……欲しいなぁ」

 

 椅子の背へ身体を預け、ロックは天井を見上げた。

 

 欲しい物を書き出すだけなら簡単だ。

 

 問題は、買えるかどうかだった。

 

     ◇

 

 レックス遺跡で出会ったビッグブロブは、恐ろしい相手だった。

 

 剣を振るうだけでは片づかない。近づいて戦うにも、相手の身体がどこまで広がるのか分からない。

 

 火を使い、コカトリスの石化能力まで利用して、ようやく倒した。

 

 あの探索では、最大の障害だったと言っていい。

 

 だが、倒した魔物のことを考え続けても、次の探索の備えには足りなかった。

 

 次に入るのは、人工始原の巨人の消化器系だ。

 

 何が棲んでいるのか。

 

 どのような仕掛けが残っているのか。

 

 そこにいる魔物より、動いている設備の方が危険なのか。

 

 まだ、何も分かっていない。

 

 ビッグブロブを倒せたから、その先でも通用するとは限らなかった。

 

 ただ、一つだけは考えられる。

 

 消化するための場所なら、取り込んだ物を溶かす何かがある。

 

「靴が溶けたら、帰れないよなぁ」

 

 ロックは足元を見下ろした。

 

 足だけではない。

 

 縄が傷めば登れない。荷袋が破れれば道具を失う。留め金が外れれば、防具だって役に立たなくなる。

 

 落下には、覚えた魔法で備えられるようになった。

 

 しかし、落ちる速さを抑えても、落ちた先に溜まった液体までは消えてくれない。

 

 先に揃えるべき物は、武器だけではなかった。

 

     ◇

 

「抗酸剤について、教えていただきたいんです」

 

 クラウゼは羽根ペンを置いた。

 

「何へ使う物ですか?」

 

「身体と、装備です。酸のある場所へ入るかもしれません」

 

「どのような酸かは?」

 

「まだ分かりません」

 

 クラウゼはロックを見た。

 

 ロックも黙って見返した。

 

 やがて、クラウゼが小さく息を吐く。

 

「分からないから、調べるための準備をしたい。そういうことですね」

 

「はい」

 

「では、最初から何にでも耐えられるつもりで道具を揃えないことです」

 

 机の上へ、ロックの覚え書きが広げられた。

 

「人へ使う物と、革や金属へ使う物を、同じように扱えるとは限りません。薬品そのものが、装備を傷めることもあります」

 

「塗れば安心、ではないんですね」

 

「実物で確かめる必要があります」

 

 クラウゼの指が、容器と書かれた行を叩いた。

 

「少量を採取して持ち帰るなら、容器も必要です。中身が漏れれば、運んでいる者が危険になります」

 

 ロックは頷き、紙へ書き足した。

 

 薬品。

 容器。

 試験用の素材。

 

 必要な物が、また増えた。

 

「購入できますか?」

 

「用途を絞れば、紹介はできます」

 

「高いですか?」

 

「量にもよりますが、安い買い物にはならないでしょう」

 

 ロックは覚え書きを見た。

 

 無限のバッグという文字が、紙の下の方で遠ざかった気がした。

 

     ◇

 

 薬品庫には、乾いた薬草や油とは違う匂いが籠もっていた。

 

 陶製の壺。

 口を封じた硝子瓶。

 棚へ整然と並ぶ小箱。

 

 クラウゼは幾つかの札を示しながら、用途の違いを説明していく。

 

 ロックは、その名前を慎重に書き写した。

 

 同時に、別のものも目に入る。

 

 扉の錠。

 窓の位置。

 棚と棚の間隔。

 

 クラウゼの腰にある鍵束。

 

 入るだけなら、何とかなるかもしれない。

 

 そんな考えが浮かんだ時、クラウゼが帳面を開いた。

 

 取り出した瓶を確かめ、中身の量を書き留める。

 

「……量も記録しているんですね」

 

「必要な時になかった、では困りますから」

 

「なるほど」

 

 鍵を開けても、それで終わりではない。

 

 一本なくなれば、誰かが探す。

 少しずつ抜けば、量が合わなくなる。

 

 しかも、自分は今、抗酸剤が欲しいと言ってここへ来ている。

 

 盗まれたと分かった時、思い出してもらうための挨拶まで済ませていた。

 

 ロックは瓶から目を離した。

 

 棚の品をそのまま持ち出すのは、あまりよい方法ではなかった。

 

     ◇

 

 薬品庫を出ると、中庭では荷車から木箱を下ろしていた。

 

 受け取る者が、帳面と荷札を照らし合わせている。

 

 届いた数も、使った数も調べる。

 

 ならば、使い終わった後はどうなのだろう。

 

 壺の底へ残った分。

 試験に使い、余った分。

 

 捨てる前の物なら、棚から消えた一本を探されることもない。

 

「先生。使い終わった容器は、どうするんですか?」

 

「洗って再利用する物もありますし、処分する物もあります」

 

「洗う仕事は、誰でもできます?」

 

 クラウゼが足を止めた。

 

「薬品の扱いを覚えてからです」

 

「掃除なら、慣れていますけど」

 

「水を入れてはいけない物も、混ぜてはいけない物もあります」

 

「……そういうことですか」

 

 下水道の掃除とは違う。

 

 残り物を小瓶へ集め、混ぜた途端に妙な煙が出たら困る。

 

 胃袋へ入る前に、自分の部屋を危険な場所にしてしまう。

 

 それでは、備えをしているのか、厄介事を増やしているのか分からなかった。

 

 まず、扱いを覚える。

 

 くすねる方法を考えるにしても、その後だ。

 

     ◇

 

 宿へ戻ったロックは、預かり証をもう一度開いた。

 

 人工始原の巨人の「口」を守っていた、二体のスケルトンウォーリア。

 

 その魔法の装備を、ヨアヒムへ預けてある。

 

 ミスリル銀製のブロードソードが二振り。

 ラージシールドが二枚。

 チェインメイルが二領。

 

 自分が使うには向かない。

 

 だが、欲しがる者にとっては、揃えて手に入れられる機会の少ない品だ。

 

 落札額が上がれば、次の探索の支度は随分と楽になる。

 

 抗酸剤も買える。

 予備の道具も揃えられる。

 

 無限のバッグへ、手が届くかもしれない。

 

 ロックは覚え書きの下へ指を置いた。

 

 大きな荷袋を買えば済む話ではなかった。

 

 一人で潜るなら、持ち歩く物は自分で運ぶしかない。縄も、水も、薬品も、増やすほど足取りは重くなる。

 

 帰りには、見つけた物も運びたい。

 

 無限のバッグがあれば、諦めずに持っていける道具が増える。

 

 ただし、それを買ったために抗酸剤が足りなくなったら、使い道がなくなる。

 

「先に、競売の結果か」

 

 ロックは紙へ書いた品を、上から順に見直した。

 

 どうしても必要な物。

 代わりを考えられる物。

 金があれば揃えたい物。

 

 無限のバッグは、欲しいだけの品ではなくなりつつあった。

 

 だが、薬品代を削ってよい理由にはならない。

 

     ◇

 

 身支度を整え、ロックは預かり証を荷袋の内側へしまった。

 

 ヨアヒムに会えば、競売の様子は分かるだろう。

 

 バッグを手に入れるために、誰へ話を通せばよいかも聞ける。

 

 薬品を買える金が残るなら、それでいい。

 

 足りなければ、魔術師ギルドで薬品を扱う仕事を探す。扱い方を覚えながら、どこで使われ、何が余るのかを確かめる。

 

 棚の瓶へ手を伸ばすより、考える余地はありそうだった。

 

 ロックは部屋の扉を閉めた。

 

 前回のビッグブロブは倒した。

 

 次に何が立ちはだかるのかは、まだ分からない。

 

 だから、持っていける備えを増やす。

 

 あの「口」の奥へ、もう一度入るために。

 

 まずは、自分が倒した二体の装備に、いくらの値がついたのかを聞きに行くことにした。

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