低ランクの冒険者でも最上級のダンジョンに挑むのは自由です。   作:駄文亭

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第87話 六点の値段

 ヨアヒムの机に、見覚えのある木札が六枚並んでいた。

 

 ミスリル銀の剣に、盾に、鎖帷子。

 

 預けた時、それぞれへ結びつけられた番号札だ。

 

 ロックは椅子へ腰を下ろし、荷袋から預かり証を取り出した。

 

「競売は、終わりましたか?」

 

「終わった」

 

「全部、売れました?」

 

「ああ」

 

 ヨアヒムは帳簿を一冊、机の中央へ置いた。

 

 ロックは、その厚い表紙を見た。

 

 早く開いてほしい。

 

 そう思ったが、口には出さなかった。

 

「先に言っておく。お前の名前も、見つけた場所も明かしていない」

 

「ありがとうございます」

 

「品物は二組に分けた。それぞれ、剣と盾と鎧で一組だ」

 

「別々の人が買ったんですか?」

 

「最後には、同じ買い手が持っていった」

 

「まとめて売った方がよかったのでは?」

 

「そう思った者が、一組目を買った」

 

 ヨアヒムの指が、帳簿の表紙を叩く。

 

「だから、二組目を他人に渡せなくなった」

 

 ロックは少し考えた。

 

 同じ意匠の魔法の装備が二組。

 

 一組を手に入れれば、もう一組も欲しくなる。揃いで使いたいのなら、なおさらだ。

 

「……高くなりました?」

 

「なった」

 

 ヨアヒムは帳簿を開いた。

 

「二組合わせて、三十六万ガメルだ」

 

 ロックは動かなかった。

 

 しばらくして、帳簿へ顔を近づける。

 

「三万六千ではなく?」

 

「三十六万だ」

 

「六点で?」

 

「六点で」

 

「手数料を引いたら?」

 

「三十二万四千ガメル」

 

 ヨアヒムは、別の紙をロックの前へ滑らせた。

 

 落札額。

 手数料。

 受取額。

 

 数字は、今聞いたとおりに書かれていた。

 

 ロックは三度、計算し直した。

 

     ◇

 

「最低でも、六万五千と聞いた気がするんですが」

 

「それより安ければ売らないと言った」

 

「随分、上がりましたね」

 

「欲しがる者がいた」

 

 ヨアヒムは淡々と言った。

 

「揃いの魔法武具を二組、一度に手に入れられる。しかも、すぐに使える状態だ。品物だけ揃えればよい買い手には、都合がよかったんだろう」

 

 誰が買ったのかは言わなかった。

 

 ロックも尋ねなかった。

 

 自分の名前を伏せてもらったのだ。買った者にも、知られたくない事情くらいあるだろう。

 

「受け取るか?」

 

「はい」

 

「全部、ここから運ぶつもりか?」

 

 ロックは返事を止めた。

 

 三十二万四千ガメル。

 

 数字なら、一枚の紙に収まる。

 

 それを貨幣へ戻せば、荷袋一つを膨らませるには十分すぎた。

 

「……一つ、相談があります」

 

「何だ」

 

「無限のバッグを買いたいんです」

 

 ヨアヒムの視線が、ようやく帳簿から離れた。

 

「先に、金を入れる袋を買うわけか」

 

「それもありますけど」

 

「前から欲しがっていたな」

 

「今なら、手が届きます」

 

 口に出すと、急に現実味が湧いた。

 

 何度も値段を聞き、諦めていた品だった。

 

     ◇

 

 案内されたのは、同じ地下区画にある別室だった。

 

 壁際へ、いくつもの箱が積まれている。

 

 部屋の奥に座っていた男は、ヨアヒムと短く言葉を交わすと、棚から一つの箱を下ろした。

 

 鍵を開ける。

 

 中に入っていたのは、拍子抜けするほど普通の鞄だった。

 

 革製の肩掛け鞄。

 

 留め具も、肩紐も、見た目には特別なところがない。

 

「三十万ガメルだ」

 

 男が言った。

 

 ロックは息を吸った。

 

 知っていた値段だ。

 

 しかし、自分の金から払うつもりで聞くと、また違った重みがあった。

 

「確かめても?」

 

「そのために出した」

 

 男は鞄を卓へ置いた。

 

 続いて、部屋の隅から縄の束を持ってくる。

 

 一本ではない。

 

 抱えるほどの束を、鞄の口へ順に押し込んでいく。

 

 ロックは横から覗き込んだ。

 

 入る。

 

 まだ入る。

 

 外側を見ても、膨らみ方はほとんど変わらなかった。

 

 男は、さらに畳んだ厚布を入れた。

 

 その後に、空の革袋を幾つも入れる。

 

「持ってみろ」

 

 ロックは肩紐を握った。

 

 持ち上がった。

 

 思わず、鞄と男の顔を交互に見る。

 

「……全部、入っていますよね?」

 

「自分で出して確かめろ」

 

 ロックは縄を取り出した。

 

 次の縄。

 厚布。

 革袋。

 

 卓の上へ戻していくと、鞄よりはるかに大きな山になった。

 

 最後に中を確かめ、指で縫い目を辿った。

 

 肩紐の付け根。

 底。

 留め具。

 

 古びてはいるが、傷んでいる様子はない。

 

「使い方で、気をつけることは?」

 

 男は説明を始めた。

 

 ロックは途中で覚え書きを取り出し、一つずつ書き留めた。

 

 分からないところは、もう一度尋ねる。

 

 三十万ガメルの買い物を、分かったつもりで済ませる気にはなれなかった。

 

     ◇

 

「酸には、耐えますか?」

 

 ロックが尋ねると、男の手が止まった。

 

「酸?」

 

「そういう場所へ持っていくかもしれないんです」

 

「外側は革だ」

 

 男は鞄の表面を指で弾いた。

 

「丈夫だが、薬品を浴びせて試したことはない。平気だとは言えん」

 

「濡らさないように運ぶ必要がありますね」

 

「三十万払って買った物を、わざわざ薬品へ浸けたいなら止めんがな」

 

「浸けたくありません」

 

 そこは、はっきり答えた。

 

 無限のバッグがあれば、荷物の問題は随分と楽になる。

 

 だが、鞄そのものを守る必要は残った。

 

 包む。

 覆う。

 床へ置かない。

 

 取り出す時には、周囲を確かめる。

 

 新しい道具が増えれば、その道具を扱うための注意も増えるのだった。

 

「買います」

 

 ロックは言った。

 

 言ってから、もう一度だけ値段を確かめた。

 

     ◇

 

 代金は、競売の売上から差し引いてもらった。

 

 ヨアヒムの部屋へ戻ると、新しい受取証が用意されていた。

 

 売却代金から手数料を引いて、三十二万四千ガメル。

 

 無限のバッグの購入代金が、三十万ガメル。

 

 残りは、二万四千ガメル。

 

 それまで持っていた金と合わせれば、三万三千三百ガメルになる。

 

 レックス遺跡調査の個人報酬は、まだこの勘定へ入れていない。

 

「半日も経たずに、ほとんど使ったな」

 

「使うために売ったんですから」

 

「そうか」

 

「……そうです」

 

 少しだけ、返事が遅れた。

 

 ヨアヒムは何も言わず、受取証を指で押さえた。

 

「確かめろ」

 

 ロックは数字を追った。

 

 間違いはない。

 

 署名を済ませると、残金を受け取った。

 

 肩には、新しい鞄が掛かっている。

 

 そこへ金を収める前に、ロックは革袋の口を固く結び直した。

 

     ◇

 

 地下区画を出た時、荷物の重さは来た時と大して変わらなかった。

 

 それが、妙な気分だった。

 

 あれほどの装備が金へ変わり、その金の大半が、一つの鞄へ変わった。

 

 外から見れば、肩掛け鞄を買った少年が歩いているだけだ。

 

 ロックは肩紐を握った。

 

 何となく、手を離しづらかった。

 

 これで、水も運べる。

 予備の縄も増やせる。

 薬品を入れる容器だって、重さを理由に諦めずに済む。

 

 次に必要なのは、その薬品だった。

 

 魔術師ギルドで教えられた取扱先へ向かいながら、ロックは覚え書きを開いた。

 

 必要な物には、印がついている。

 

 自分の身体へ使う物。

 道具を守るための物。

 試験用に必要な分。

 予備として持つ分。

 

 バッグを買う前は、持ち歩ける量も心配だった。

 

 今は、買える量が心配になっていた。

 

     ◇

 

 薬品を扱う店の主人は、ロックの覚え書きを何度も読み返した。

 

「これを、全部か?」

 

「まず、値段を知りたいんです」

 

「量による」

 

「探索へ持っていくなら、どれくらい必要でしょう?」

 

「どこへ行き、何日使うかによる」

 

 ロックは黙った。

 

 もっともな返事だった。

 

 行ったことのない場所へ、何日入ることになるのか。

 

 自分にも分からない。

 

 店主は、紙へ別の線を引いた。

 

「試す分なら、このくらいでいい。だが、本当に道具一式へ使うなら話が違う。使えたからといって、同じ物をすぐ揃えられるとも限らんぞ」

 

「取り寄せですか?」

 

「物によってはな」

 

 ロックは、示された値を見た。

 

 一つずつなら、払える。

 

 必要な物を揃え、予備も考えると、財布の中身が急に頼りなくなった。

 

 三十万ガメルの鞄を買ったばかりなのに。

 

 いや、買ったばかりだからだった。

 

     ◇

 

 店を出たロックは、ギルドのある方角を見た。

 

 まずは試験用の少量を買う。

 

 それで、必要な物を絞る。

 

 何でも買い込むよりは、出費を抑えられるはずだ。

 

 それでも足りなければ。

 

 ロックの頭に、薬品庫の棚が浮かんだ。

 

 あそこに並んでいた瓶を、そのまま持ち出すつもりはない。

 

 だが、使い終わった容器の底に残る分なら。

 

 洗い流される前に、少しだけ取り分けられないだろうか。

 

 扱いを覚え、危険な物を見分けられるようになれば、方法はあるかもしれない。

 

 ロックは覚え書きを折り畳んだ。

 

 無限のバッグは手に入った。

 

 次は、その中へ入れる物を揃えなければならなかった。

 




【収支報告】

競売結果
・スケルトンウォーリア二体の魔法装備、計六点
・落札総額:360,000ガメル
・競売手数料(一割):36,000ガメル
・受取額:324,000ガメル

支出
・無限のバッグ:300,000ガメル

所持金
・確認済み繰越:9,300ガメル
・競売代金受取:324,000ガメル
・バッグ購入:-300,000ガメル
・現在所持金:33,300ガメル

※レックス遺跡調査の個人報酬は、分配額未確定のため加算しない。
※抗酸剤などの購入は次話以降。
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