数トンの鉄骨を片手で軽々と放り投げたその背中は、まるで神話から抜け出してきた戦いの女神のようで。
それなのに、くるりと振り返った顔には、悪戯がバレて困り果てた子どものような、あどけない笑みが浮かんでいた。
『実は私……その、スーパーガールなの……』
その名前くらい、誠一だって知っている。
海の向こう、アメリカの空を飛び回る有名なスーパーヒーロー。
ニュースやネットの動画で、ビルを瓦礫から支えたり、銃弾を弾き返したりする姿を何度も見たことがある。
それが、今日からうちにホームステイする留学生のカーラ?
目の前のこの、クレープを二つも食べて幸せそうに笑っていた女の子が?
頭の中が真っ白になりかけた、その時だった。
ふと、さっき彼女が素手でひしゃげさせた、分厚い鉄骨の感触が脳裏をよぎった。
「……っ、でも」
誠一はハッとして立ち上がり、砂埃を払うのも忘れてカーラへと駆け寄った。
「カーラ! 大丈夫!? 怪我はない!?」
勢いよく両肩に手を伸ばしかけると、カーラは青い瞳をパチクリと瞬かせ、拍子抜けしたように口を開いた。
「え? あ、うん、大丈夫よ。……って、誠一、今の見てたわよね? 私、スーパーヒーローなのよ? こんなの全然、へっちゃらなんだから!」
彼女は「ほら!」とばかりに、白い右腕を誠一の目の前に突き出して、グッと力こぶを作るようなポーズを見せた。
その仕草がなんだか年相応に得意げで、ちょっとだけ強がっているようにも見えて。
「いや、そうかもしれないけどさ!」
誠一は思わず一歩踏み込み、彼女が突き出した白い手首をそっと掴んで、手のひらや指先を確かめるように覗き込んだ。
「いくらスーパーヒーローだからって、女の子なんだぞ!? あんな錆びた鉄骨を素手で受け止めたりして、もし綺麗な手に傷でもついたら大変じゃないか!」
「……えっ?」
ピタリ、とカーラの動きが止まった。
「ほら、擦り傷とか、鉄のトゲが刺さったりしてないか? 痛むところはない?」
真剣に手のひらを裏返してチェックする誠一を見下ろしながら、カーラは息を呑んだように目を丸くしていた。
やがて、月明かりの下でもはっきり分かるくらい、その白い頬にじわじわと赤みが差していく。
「あ……う、うん。大丈夫。ほら、傷ひとつないでしょ……?」
さっきまでの威勢の良さが嘘みたいに、カーラの声は少しだけ上ずっていた。
まるで、そんな風に心配されたことなんて一度もなかった、とでも言うみたいに、彼女は自分の手を誠一に預けたまま、どこか戸惑ったように視線を揺らしている。
本当に、かすり傷ひとつない、すべすべとした柔らかな手のひらだった。
「……ほんとだ。よかったぁ……」
誠一がホッと胸を撫で下ろして手を離すと、カーラは自分の右手を胸元に引き寄せ、少しだけモジモジと指先を絡ませた。
ようやく安心した誠一は、改めて目の前の彼女をじっと見つめた。
「それで……その、スーパーガールって……」
「……うん。黙ってて、ごめんなさい」
カーラはシュンと肩を落とし、長いまつ毛を伏せた。
さっきの女神みたいな迫力はどこへやら、今の彼女は、約束を破って怒られるのを待つ十七歳の女の子そのものだ。
「お兄ちゃん……ううん、スーパーマンに、日本にいる間は絶対に正体を隠せってキツく言われてたの。でも、誠一が私を庇って飛び出してきたから、とっさに……その、あのね、私――」
カーラが何かを決心したように顔を上げ、言葉を続けようとした、その時だった。
『おい、今の音なんだ!?』
『あっちの工事現場からすごい音がしたぞ!』
大通りの方から、複数の足音とざわめきが近づいてくるのが聞こえた。
無理もない。あれだけの鉄骨が地面に叩きつけられたのだ、周囲の人が気づかないはずがなかった。
「っ、まずいな。落ちた鉄骨で騒ぎになるかもしれない」
もし野次馬が集まってきて、ひしゃげた鉄骨とカーラを見たらどうなるか。
彼女が「絶対に正体を隠せ」と言われていたのなら、ここで注目を浴びるわけにはいかない。
「カーラ、ちょっとだけあっちの物陰で待っててくれないか? お土産袋も、俺が持っておくから」
「え? あ、うん……」
誠一はカーラを街灯の光が届きにくいビルの軒下へと促すと、自分一人で空き地の入り口へと歩み出た。
ちょうどそこへ、大通りから数人の通行人が不安そうな顔で路地を覗き込んでくるところだった。
「すいません! すぐ上の工事現場から、突然鉄骨が崩れ落ちてきたんです! 危ないので、これ以上は近づかないでください!」
誠一が両手を広げて声を張ると、集まってきた人たちは「うわ、本当だ」「お兄ちゃん、怪我はないのか!?」と足を止めた。
「はい、俺たちも通りかかったところだったんですけど、ギリギリぶつからずに済みました。怪我人は誰もいません!」
落ち着いて説明していると、パトロール中だったらしい赤い回転灯が路地の向こうに現れ、制服姿の警察官が二人、小走りで駆けつけてきた。
「おい、どうした! 何の騒ぎだ!」
先頭を走ってきた年配の警官の顔を見て、誠一は小さく息をついた。
親父さんの部下で、署に差し入れに行った時に何度か顔を合わせたことのある人だ。
「あ、佐伯さん!」
「ん? ……おお、花咲里警視のところの誠一くんじゃないか! どうしたんだ、これは」
佐伯巡査部長は驚いたように目を見開くと、すぐに空き地に転がる巨大な鉄骨に視線を移して顔をしかめた。
「今、連れと一緒にここを通りかかったら、急に上のワイヤーが切れて鉄骨が落ちてきたんです。幸い、俺たちも周りの人も誰も怪我はありません」
「なんと……一歩間違えれば大惨事じゃないか。怪我がなくて本当に良かった」
「すみません、連れの女の子が突然のことで少し驚いてしまっていて……。現場の保存と後の処理、佐伯さんたちにお任せしてもいいですか? もし聞き取りが必要なら、明日でも俺が署に行きますので」
誠一がそう頼むと、佐伯さんは「ああ、もちろん構わんよ!」と力強く頷いてくれた。
「女の子を連れているなら、早く安心させてあげなさい。現場の規制と業者への連絡はこっちでやっておく。お父さんにも私から報告しておくから、何かあったらまた連絡するよ」
「ありがとうございます、助かります!」
誠一はぺこりと頭を下げ、佐伯さんたちが規制線を張り始めるのを背に、カーラが待つ軒下へと戻った。
「お待たせ、カーラ。もう大丈夫だよ」
声をかけると、壁に背を預けていたカーラがパッと顔を上げた。
彼女は誠一と警察官のやり取りをじっと見ていたらしく、どこか感心したような、それでいて「さっきの話の続き、どうしよう……」とでも言いたげな、少し困ったような空気を纏っていた。
本当なら、聞きたいことは山ほどある。
どうしてスーパーガールが日本に? どうしてうちにホームステイを?
けれど、不安そうに揺れる彼女の青い瞳を見たら、そんな質問はどうでもよくなった。
「……さ、帰ろうか。うちに案内するよ。母さんも、美味しい晩ご飯を作って待ってるはずだからさ」
誠一が何事もなかったみたいに笑ってキャリーケースの持ち手を握ると、カーラは一瞬だけキョトンと目を見開いた。
そしてすぐに、夜空の月よりもずっと明るい、今日一番の笑顔を咲かせた。
「……うんっ! 行きましょ、誠一!」
さっきまでの緊張が解けたように、カーラが軽やかな足取りで隣に並ぶ。
二人は肩を並べ、今度こそ家路へとつくために、夜の路地を歩き出した。
二人の笑い声と足音が遠ざかり、地上では警察官たちが慌ただしく現場の検証を始めていた。
その遥か頭上。
鉄骨が崩れ落ちた古い雑居ビルの屋上、その縁に――『それ』は音もなく佇んでいた。
月光を背に浮かび上がる、人間のものではない異形のシルエット。
その足元には、老朽化ではなく、鋭利な爪のようなもので意図的に断ち切られた鋼のワイヤーの断面が、鈍く光っている。
『……ギィ』
喉の奥から漏れるような、不気味な軋み音。
異形の影は、立ち去っていく誠一とカーラの背中を冷たい複眼でひとしきり見下ろすと、マントのような黒い翼をバッと翻し、夜の闇の中へと溶けるように飛び去っていった。
***
花咲里家のリビングには、夜のニュース番組の落ち着いた音声が響いていた。
液晶画面に映し出されているのは、世界の耳目を集める科学と経済の特大ニュースだ。
『――続いてのニュースです。宇宙開発公団は本日、アメリカの巨大複合企業ウェイン・エンタープライズとの間で、次世代宇宙開発技術に関する包括的協力の覚書を締結したと発表しました』
画面の向こう、無数のフラッシュを浴びながら壇上に立っているのは二人の男。
威風堂々たる風格で豪快な笑みを浮かべる宇宙開発公団総裁・大河幸太郎と、洗練された高級スーツに身を包み、完璧な社交界の微笑みをたたえる大富豪ブルース・ウェインが、がっしりと固い握手を交わしている。
「……ウェイン・エンタープライズ、か。ゴッサムの巨大資本が、日本の宇宙開発に本格参入とはな」
リビングのソファで腕を組み、画面を睨むように見つめているのは、誠一の父・花咲里真吾だった。
四十代後半。引き締まった体躯に、口数の少なさがそのまま厳格さに見える男だ。
キッチンから、煮物の出汁のいい香りと共に、割烹着を着た恰幅の良い女性――母の鞠絵が顔を出した。
「難しい顔してテレビ睨んでないで、真吾さん、お箸並べるの手伝ってちょうだい。もうすぐ誠一たちが――」
ピンポーン――。
その言葉を遮るように、軽やかなチャイムの音が響いた。
直後、ガチャリと玄関の鍵が開き、聞き慣れた息子の声が廊下に通る。
「ただいまー、母さん! 連れてきたよ!」
「あらっ!」
鞠絵は手に持っていた布巾を置くと、スリッパをパタパタと鳴らして玄関へと小走りで駆け出した。
その顔には、先ほどまでの穏やかさとは違う、切迫した色が浮かんでいる。
「ちょっと誠一! 大丈夫だったのかい!?」
玄関の框に立つなり、鞠絵は息子の肩を掴んで上下左右をまじまじと見回した。
「さっき父さんの携帯に連絡が入ったんだよ! 署の人が『誠一くんが鉄骨の落下事故に巻き込まれかけた』って! 怪我はないのかい!? 痛いところは!?」
「ちょ、ちょっと母さん、落ち着いてって! うん、結構危なかったけど、本当に大丈夫だから。ほら、擦り傷ひとつないだろ?」
誠一は両手を広げて苦笑いし、過保護な母をなんとか宥めた。
そして、自分の背後に少し遠慮がちに隠れるようにして立っていた少女の肩へ、そっと手を添える。
「それより……母さん。紹介するよ。今日からうちにホームステイする、カーラだ」
「……っ!」
誠一の後ろから、カーラがおずおずと一歩前へ出た。
アメリカでは悪党相手に一歩も引かないスーパーヒーローも、日本の一般家庭の玄関先では勝手がまるで違う。
両手をお腹の前でぎゅっと握り締め、背筋をピンと伸ばして、一生懸命に緊張を隠そうとしている。
「は、はじめまして! カーラ・ダンバースです! ……あ、えっと、『おじゃま、します』!」
ぎこちなくもお辞儀を添えて発せられた、覚えたての日本語。
その大きなブルーの瞳には、緊張と、「受け入れてもらえるだろうか」という年相応の不安が微かに揺れていた。
だが、鞠絵はそんなカーラの顔を見るなり、ぱぁっと顔をほころばせた。
「まあまあまあ! なんて綺麗な子なんだろう!」
肝っ玉母ちゃん特有の、底抜けに明るく温かい声。鞠絵は迷わずカーラの両手をぎゅっと包み込んだ。
「遠いアメリカから、よく来てくれたねぇ! 英語はあんまり得意じゃないけど、言葉なんて気持ちで通じるから大丈夫! 誠一の母の鞠絵です。いらっしゃい、カーラちゃん!」
「あ……っ」
手のひらから伝わってくる、どこまでも温かい体温。
まるで本当の母親のように屈託なく迎え入れてくれた鞠絵の温もりに、カーラの表情が一瞬でほどけた。
「Thank you...! ありがとうございます、マリエさん!」
「さあさあ、いつまでもこんな狭い玄関に突っ立ってないで、早く上がりなさい! お腹空いてるでしょう? 靴はそこで脱いでね」
「あ、はいっ!」
カーラは素直に頷くと、器用にスニーカーを揃えて框に上がった。
数トンの鉄骨を素手で投げ飛ばした怪力少女とは思えないほど、ちょこんとお行儀よく廊下を進む姿に、誠一は後ろで小さく噴き出してしまう。
リビングのドアをくぐった瞬間、カーラは「ワオ……!」と青い瞳を輝かせた。
テーブルの上には、これでもかと言わんばかりの豪勢な料理が並んでいた。
肉じゃが、照り焼きチキン、巻き寿司、彩り豊かな天ぷらの山。日本の家庭料理の粋を集めたような光景に、カーラの喉が思わずごくりと鳴る。
そして、そのテーブルの奥から、真吾がゆっくりと立ち上がった。
警察官特有の鋭い眼光。寡黙な威厳をまとったその姿に、カーラは思わず「ヒッ」と喉を鳴らして直立不動になる。
(う、嘘でしょ……お兄ちゃんより迫力あるかも……!)
思わずクリプトン星人としての危機管理センサーが働きかけた、その時。
真吾の目元が、ふっと柔らかく緩んだ。
「――よく無事で来てくれた」
真吾は低く、だがどこまでも穏やかな声で言った。
「事故の件は署の部下から聞いた。災難だったな。怖かっただろう」
「え……? あ、い、いえ……!」
実際にはその鉄骨を受け止めて放り投げた張本人なのだが、父親の真摯な心配に、カーラは慌てて手を振った。
「誠一の父親の真吾だ。慣れない異国の地で不安も多いだろうが、我が家にいる間は、ここを自分の家だと思ってくつろいでほしい。歓迎するよ、カーラくん」
真吾が差し出してきた大きな右手を、カーラは両手でしっかりと握り返した。
言葉少なだが、その手のひらからは誠一と同じ、不器用で真っ直ぐな優しさが伝わってくる。
「ありがとうございます、ミスター・ハナサキ! お世話になります!」
カーラが弾けるような笑顔で答えた、まさにその時だった。
トントントン、パタパタパタパタッ!
二階から、小気味よい足音が猛スピードで階段を駆け降りてきた。
「ホームステイの人、もう来たのーーっ!?」
勢いよくリビングの引き戸が開き、小さな突風のように女の子が飛び込んできた。
小学三年生の妹、有紗だ。
肩下まで伸びたさらさらの黒髪を揺らし、くりくりとした大きな瞳を爛々と輝かせている。
「こら有紗! 階段を走るんじゃないっていつも言ってるでしょ!」
鞠絵がすかさずお小言を飛ばすが、有紗の耳には全く届いていなかった。
有紗の視線は、部屋の真ん中に立つカーラに完全に釘付けになっていたからだ。
「…………わぁぁぁ!」
有紗は両手を口元に当てて、感嘆の声を漏らした。
モデルのようにすらりと伸びた手足、透き通るような白い肌、照明の下で黄金色に輝くブロンドの髪。
「すっごい……! テレビの海外ドラマに出てくるプリンセスみたい……!」
有紗は目をキラキラさせながらトコトコとカーラの前まで歩み寄ると、ちょこんと頭を下げて、とびきりの笑顔を咲かせた。
「はじめまして! 花咲里有紗、小学三年生です! よろしくお願いします!」
「あはは、俺の妹の有紗だよ」
誠一が横から苦笑い混じりに口を挟む。
「今日ずっとカーラが来るのを楽しみにしてたんだ。ちょっとお転婆だけど、仲良くしてやって――」
「Oh my gosh……!!」
誠一の言葉を遮ったのは、カーラの悲鳴にも似た歓喜の叫びだった。
胸元を押さえて数歩よろめいたかと思うと、カーラは一気に膝を折って床にしゃがみ込み、有紗と完全に視線を合わせた。
その顔には、先ほどまでの緊張など微塵も残っていない。まるで宝箱を見つけた子どものような、熱烈な輝きが宿っていた。
「何この子、信じられないくらい可愛い……! まるで動くお人形さんじゃない!」
「えっ、お人形さん!?」
「有紗ちゃんね! 私の名前はカーラよ! よろしくね、アリサ!」
カーラはテンションを爆発させ、有紗の小さな両手をぎゅっと取ってブンブンと上下に振った。
本当ならそのまま抱き上げて高い高いをしてしまいたい衝動を、クリプトンの超パワーを自制する理性で必死に抑え込んでいる。
「アリサの髪、すっごくサラサラで綺麗! 目もくりくりしてて、子猫みたい! ねぇ誠一、こんなに可愛い妹がいるなんて聞いてないわよ!?」
「えっ、いや、妹がいるとは言っただろ……!?」
「『可愛い』って言わなきゃダメでしょ、そこは!」
プンスカと頬を膨らませて抗議してくるカーラに、誠一はたじたじになる。
そんな二人のやり取りを見て、有紗はくすくすと嬉しそうに喉を鳴らした。
「えへへ、カーラお姉ちゃん、有紗のこと気に入ってくれた?」
「もちろん! 大好きよ! オーケー、今日から私たちがこの家で一番の仲良しね!」
「うんっ!」
屈託なく笑い合う金髪の少女と黒髪の少女。
その光景に、真吾は目を細めて口元をわずかに緩め、鞠絵は満足そうに両手をポンと打った。
「はいはい、ご挨拶はそこまで! 冷めないうちに、みんなでご飯にしましょう! カーラちゃん、口に合うといいんだけど」
「私、なんでも食べます! すっごくいい匂いで、もうお腹ペコペコなんです!」
席に着くなり、待ちきれないように両手を合わせるカーラ。
その飾らない笑顔にリビングの空気は一気に和み、花咲里家の食卓はあたたかな湯気と笑い声に包まれた。
「おいしい……! 誠一、これすっごく美味しい!」
お箸を器用に使いながら、照り焼きチキンを頬張って青い瞳を輝かせるカーラ。その旺盛な食べっぷりに、鞠絵は「まあまあ、たくさんお食べ!」と嬉しそうに大皿を勧める。
故郷を遠く離れ、厄介払いのように飛ばされてきたはずの異国の地。
けれど、目の前に広がる団らんは、彼女が背負わされてきた重圧を忘れさせてくれるほどに温かかった。
ふと、誠一が空いているひとつの席に目をやり、麦茶を注ぎながら鞠絵に尋ねた。
「そういえば母さん、姉ちゃんは今日、帰ってこれないの?」
「ああ、それがねぇ」
鞠絵は困ったように眉を下げ、ため息をついた。
「なんとか都合をつけようとギリギリまで頑張ってくれたらしいんだけど、どうしても仕事が抜けられないって。『せっかくの歓迎会なのに本当にごめんなさい、近いうちに必ず顔を出すからよろしく伝えておいて』って、さっき連絡があったのよ」
そのやり取りを聞いて、カーラがもぐもぐと口を動かしながら誠一を見上げた。
「誠一、お姉さんもいるの?」
「うん。俺のひとつ上なんだけどさ。今年、警察官になったばかりなんだ」
「へぇ! お姉さんも警察官なのね!」
カーラはパッと表情を明るくし、どこか誇らしげに目を細めた。
街を守る警察という存在に、彼女自身、ヒーローとして深い敬意と親近感を抱いているからこその反応だった。
すると、それまで静かにグラスを傾けていた真吾が、すまなそうに口を開いた。
「新しく立ち上がったばかりの特殊な部署に配属されたばかりでね。研修やら実戦配備の準備やらで、目の回るような忙しさらしい。職場の近くに借りたアパートで、今はただ寝に帰るだけの生活を送っているようだ。せっかくカーラくんが来てくれた初日だというのに、留守にしていて申し訳ない」
「ううん、とんでもないですミスター・ハナサキ! 人々のために頑張っているんだもの、すっごくカッコいいです!」
カーラはぶんぶんと首を横に振り、それからいたずらっぽく誠一に視線を向けた。
「それに、お姉さんだけじゃなくて、誠一もすっごく頼もしいんですよ! 今日、街で迷子になって泣いてた小さな男の子を、あっという間に見つけて助けてあげたんです!」
「ちょっ、カーラ、大げさだって……!」
いきなり振られた話題に、誠一は耳まで真っ赤にして俯いた。
「大げさじゃないわ! 人混みの中だったのに、誠一は真っ先に駆け寄って、優しく涙を拭いてあげて。そのあと私の観光にも最後まで嫌な顔ひとつせず付き合ってくれたんだから!」
「へぇー! あんたもたまにはやるじゃないの」
「母さんまで……あんなの誰だって助けるだろ、当然のことだよ」
照れ隠しに頭を掻く誠一の姿に、真吾は満足そうに口元を緩め、鞠絵は目を細めてカーラに向き直った。
「カーラちゃん。慣れない日本で、これから困ったことや不安なことがあったら、遠慮しないで何でも言ってちょうだいね。お父さんも言った通り、ここを自分の本当の家だと思ってくれていいんだから」
「マリエさん……」
「誠一! あんた、カーラちゃんが困らないように、外でもしっかり見てあげるんだよ? ――カーラちゃん、うちの息子でよかったら、いくらでもコイツを便利に使ってやってね」
「母さん、便利に使ってって人聞きが悪いだろ!」
「あはは! サンキュー、マリエ! 遠慮なくこき使わせてもらうわね!」
「ちょっとカーラ!?」
二人の掛け合いにドッと笑いが起きる中、隣から有紗がカーラの服の裾をくいっと引いた。
「ねぇねぇ、カーラちゃん! ご飯食べ終わったら、有紗のお部屋にも来て! 一緒に遊ぼ!」
「もちろん! どんなゲームがあるのか教えてね、アリサ!」
満面の笑みでハイタッチを交わす二人。
賑やかで、どこまでも温かい花咲里家の夜は、瞬く間に更けていった。
***
「ここがカーラの部屋だよ。ゆっくり休んでね」
誠一に案内されたのは、二階の日当たりの良い客間だった。
清潔なベッドと小ぢんまりとしたデスクが置かれ、棚には歓迎の小さな花瓶まで飾られている。
一人きりになった室内で、カーラはパタンとドアを閉め、部屋の隅に置かれたキャリーケースの荷解きもせぬまま、ベッドの端へと浅く腰を下ろした。
吸い込まれるように柔らかいシーツの感触。
静まり返った部屋の中で、カーラは今日一日の出来事を静かに反芻していた。
レックス・ルーサーの権力掌握。アメリカを追われるようにして乗った旅客機。
息苦しい日常から逃げてきた先で出会ったのは、ただただ真っ直ぐで、自分を庇って死のうとしたお人好しの少年と、彼を育てたあたたかな家族だった。
(……本当に、不思議な人)
鉄骨の下敷きになりかけた自分を迷わず突き飛ばした、誠一の姿。
そして、数トンの鉄を軽々と投げ飛ばした自分を「化け物」と恐れるどころか、傷ひとつない手のひらを必死に確認してくれた、あの真剣な瞳。
胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。
あんな風に、スーパーガールではなく「ただの女の子」として自分を見てくれた人間が、今までの人生にいただろうか。
カチコチだった心がふわりと解けていくのを感じながら、カーラは部屋の天井を見つめて、小さく息を吐き出した。
コンコン、と控えめにドアをノックする音が響いた。
『カーラ、今大丈夫?』
廊下から聞こえてきた誠一の声に、カーラはハッとしてベッドから立ち上がり、パタパタと歩み寄ってドアを開けた。
「はい、どうしたの誠一?」
「休んでるところごめんね。これ、渡すのすっかり忘れてたから」
ドアの前に立っていた誠一が差し出したのは、夕方の繁華街で買い込んだお土産の紙袋だった。
あの鉄骨の騒動のあと、野次馬からカーラを隠すために誠一が預かってくれたままになっていたものだ。
「あ、本当だ! 預けっぱなしだったわね、ありがとう!」
「どういたしまして。それじゃあ、今日は長旅で疲れただろうし、ゆっくり休んでね。おやすみ、カーラ」
紙袋を手渡し、軽く手を上げて背を向けかけた誠一の背中を、カーラは思わず目で追った。
(……ほんとに、そのまま行っちゃうんだ)
目の前で女の子が数トンの鉄骨を投げ飛ばすところを見たというのに。
カーラは紙袋を胸に抱きしめ、少しだけ躊躇うように視線を揺らしてから、小さく声をかけた。
「……あの、誠一。待って」
「ん?」
足を止めて振り返った誠一に、カーラは上目遣いで、少し遠慮がちに尋ねた。
「……聞かないの? その、さっきの……私のこと」
誠一は目を瞬かせると、困ったように頭を掻きながら、少しだけ考え込むような表情を見せた。
「うーん……正直に言うと、すっごく気になる」
彼は正直に苦笑いしてから、まっすぐにカーラの瞳を見つめ返した。
「……んだけど、誰にだって言いたくない事情はあるだろ? カーラが話したいと思ってくれるならいくらでも聞くし、もしそうじゃないなら、俺はさっき見たことを全部忘れるよ」
どこまでも相手を気遣う、誠一らしい不器用で真っ直ぐな答え。
カーラは一瞬ポカンと口を開け、それからたまらず「くすっ」と吹き出してしまった。
「ふふっ、何よそれ。あんなの見せられた後に『忘れる』なんて、無理に決まってるじゃない」
肩の力がすっと抜けていくのを感じながら、カーラはドアを大きく開いて、部屋の中を手で示した。
「……入って、誠一。あなたには、ちゃんと本当のことを知っておいてほしいから」
部屋に招き入れられた誠一がデスクの椅子に座ると、カーラは向かい合うようにベッドの端に腰を下ろした。
静かな部屋の中で、彼女は自分の胸元にそっと手を当て、言葉を紡ぎ始める。
「さっきも言ったけど……私のもうひとつの名前は『スーパーガール』。アメリカで、スーパーヒーローをやってるの」
「うん。もちろん知ってる。ニュースでもよく見るし……それに、あのスーパーマンの従妹なんだよね? 前にスーパーマン本人が、記者会見で堂々と公表してたのをテレビで見たから」
誠一がそう言うと、カーラは「あー、あれね……」と遠い目をして、大げさにため息をついた。
「ほんっと、過保護なお兄ちゃんなのよ。『僕の大切な家族に手を出したら許さない』って世界中に牽制したつもりなんでしょうけど、おかげで悪党からは余計に狙われるようになるし、もう大変だったんだから!」
プンスカと頬を膨らませる姿は、世界最強の英雄の血縁というよりも、世話焼きな兄に不満をこぼす十七歳の女の子そのものだ。
カーラはすぐに小さく咳払いをして、少しだけ真剣な眼差しに戻った。
「それで……その会見を見たなら知ってると思うけど、私は地球人じゃないの。クリプトンっていう、もうなくなっちゃった星から来た宇宙人なのよ」
「うん、それも知ってる。でも、見た目は俺たち地球人と全然変わらないし……なんていうか、ニュースで空を飛んでる姿を見るたびに、俺はすごくカッコいいし、可愛いなって思ってたよ」
「え……っ」
あまりにもサラリと放たれた言葉に、カーラの青い瞳がパチクリと瞬いた。
不意打ちのように頬が熱くなるのをごまかすように、彼女はブロンドの髪を指先でくるくると弄びながら、照れくさそうに笑う。
「……ふふ、ありがと。そう言ってもらえると、ちょっと嬉しいかも」
しかし、その笑顔に、ふっと小さな影が落ちた。
「でもね、誠一。アメリカのみんなが、あなたみたいに思ってくれるわけじゃないの」
カーラは膝の上で自分の指先をぎゅっと握り締めた。
「アメリカでは、過去のいろんな出来事のせいで、私たちみたいな力を持った宇宙人に対する恐怖や警戒心がすごく強くなってる。そんな中で、あのレックス・ルーサーが政府の『対宇宙人防衛局』のトップに就任しちゃったの」
「……今日、バイト先の喫茶店でもそのニュースを見たよ」
「ルーサーは、スーパーマンを何よりも憎んでる。だからお兄ちゃんは、弱点になりかねない私が一番のターゲットにされるって心配して……事態が落ち着くまで、日本に隠れてるようにって私を送り出したの」
そこまで話して、カーラはバツが悪そうに片目をつぶり、ぺろっと舌を出した。
「『日本の防衛組織やヒーローたちの迷惑になるから、スーパーパワーは絶対に封印して、普通の女の子として大人しく暮らしなさい』って、出発前に何十回も釘を刺されたんだけど……あはは、初日で破っちゃったわね」
自嘲気味に肩をすくめて笑うカーラ。
けれど、誠一は一緒に笑ったりはしなかった。
「――カーラ」
誠一は椅子から立ち上がり、ベッドに座るカーラの目の前に歩み寄ると、強い眼差しで彼女を見下ろした。
「あそこで力を使ったことを、絶対に悪かったなんて思わないでくれ。カーラが約束を破って助けてくれたおかげで、俺は今こうして生きてるんだから」
「誠一……」
「俺の命を救ってくれて、本当にありがとう、カーラ」
一点の曇りもない、真っ直ぐな感謝の言葉。
「ルールを破った」という小さな後ろめたさが、彼の温かい声によって綺麗さっぱり洗い流されていくようだった。
「事情は全部わかったよ。今日、あの路地裏で俺が見たことは、絶対に誰にも言わない。父さんにも母さんにも、有紗にも内緒にするって約束する」
誠一はそう言って胸を叩くと、一転して柔らかな笑顔を浮かべ、カーラの目の前に右手を差し出した。
「それに、日本で『普通の女の子』として暮らしたいなら、俺に任せてよ。美味しいもの食べに行ったり、面白い場所に行ったり、カーラが普通の高校生として毎日を楽しめるように、俺が全力で協力するからさ」
そして、少しだけ悪戯っぽく目を細めて、言った。
「――改めて、日本へようこそ。カーラ」
差し出された、大きくて温かい手。
スーパーガールという看板も、クリプトン人という宿命も関係なく、ただの「カーラ」を迎え入れてくれる手。
カーラの胸の奥に、さっきの月明かりの下とはまた違う、じんわりと甘くて温かい何かが込み上げてきた。
「……うんっ!」
カーラは満面の笑みを咲かせると、今度は超パワーを完璧にコントロールして、誠一の手をぎゅっと握り返した。
「ありがとう、誠一! これからよろしくね!」
固く結ばれた二つの手。
こうして、アメリカのスーパーガールと日本の少しお人好しな大学生の、秘密の同居生活が幕を開けたのだった。
***
アメリカ中西部、セントラルシティ。
かつてカンザスシティと呼ばれていたその大都市の郊外に、乾いた朝の風が吹き抜けていく。
時刻は午前八時を回ろうかという頃合いだった。
ハイウェイ沿いに建つ古びたモーテルのドアがギィと開き、一人の精悍な東洋人の男が駐車場へと姿を現す。
鍛え上げられたしなやかな体躯に、洗いざらしのレザージャケット。男――FBI捜査官の滝和也は、片手でスマートフォンを耳に押し当てながら、朝の眩しい日差しに目を細めた。
『――もしもし、滝さん? 今、お時間大丈夫ですか?』
「ああ、誠一か。ふわぁ……おはよう」
滝は豪快にひとつあくびを噛み殺しながら、手すりにもたれかかった。
昔から恩人である花咲里真吾の家に出入りし、実の弟のように可愛がってきた青年の声に、自然と口元が緩む。
『えっ、おはよう……あ! す、すみません! 向こうは今、朝でしたっけ!? 時差のこと、すっかり頭から抜けてて……!』
電話の向こうで誠一が慌てふためく気配が伝わり、滝は愉快そうに喉を鳴らした。
「ははっ、気にするな。どうせさっきまで起きてて、ひと眠りした後にちょうど目を覚ましたところだ。それよりどうした? 何かあったのか」
『あ、はい。今日、その……カーラ……あ、いや、ダンバースさんが、無事にうちへ着きましたので、ご報告をと』
一瞬言い淀んでから訂正した誠一の言葉に、滝の片眉がピクリと跳ねた。
すぐさまニヤリと白い歯を見せ、からかうように声を弾ませる。
「ほほう? なんだ誠一、もう『カーラ』って呼び捨てにする仲になったのか。さすが俺の見込んだ男だ、手が早いねぇ!」
『ち、違いますって! そういうんじゃないですから! 本人からどうしてもそう呼んでくれって言われただけで……っ!』
顔が真っ赤になっているのが目に浮かぶような弁明っぷりに、滝は「はっはっは!」と快活に笑い飛ばした。
『もう、からかわないでくださいよ……。それで、その……滝さん。彼女のことなんですけど……』
ふいに、誠一の声のトーンが落ちた。
少しだけ声を潜め、何かを探るような響き。
「ん? なんだ、彼女がどうかしたのか?」
滝はあえて普段通りの、あっけらかんとした調子で聞き返した。
旧知のジャーナリストであるロイス・レインから極秘裏に相談を受け、信頼できる花咲里の親父さんの元へ彼女を手配したのは他でもない滝自身だ。当然、彼女が「何者」であるかは百も承知している。
だが、電話口の滝があまりにもいつも通りで、特別な事情を匂わせる素振りすら見せなかったためか、誠一は一瞬の沈黙のあと、小さく息を吐いた。
『……いえ、なんでもないです! すごく明るくていい子で、有紗ともすっかり仲良くなってますよ』
「そうか、そりゃ良かった。真吾さんや鞠絵さんにも、よろしく伝えておいてくれ」
『はい! あ、そうだ。滝さんは今度、いつ頃こっちに帰ってこれそうですか?』
「うーん、そいつはちょっとまだ分からんなぁ。こっちの仕事がどうにも立て込んでてね。まあ、あの子をそっちに預けてる間には、必ず一度は顔を見せに行くさ」
『本当ですか? 楽しみにしてますね、父さんも喜ぶと思います』
「ああ。頼んだぞ、誠一。異国から来た女の子だ、お前が男を見せてしっかり守ってやれよ!」
『はい、任せてください! それじゃあ、お仕事の邪魔してすみませんでした。おやすみなさい……じゃなかった、いってらっしゃい、滝さん!』
ピッ、と通話が切れる。
滝はスマートフォンをポケットに滑り込ませると、先ほどまでの軽口が嘘のように表情を引き締め、「……ふぅ」と深く長い息を吐き出した。
(誠一のやつ、もう気づいたか? ……いや、あいつなら、たとえ正体を知っても変わらず受け止めてくれるだろうさ)
そう胸の内で呟いた、その時だった。
背後のモーテルの扉が再び静かに開き、もう一人の男が朝の光の中へと歩み出てきた。
「どうした、滝。朝から随分と賑やかだったようだが」
低く、落ち着き払った、それでいて鋼のような芯を感じさせるバリトンボイス。
長身にライダースジャケットを羽織り、風に黒髪をなびかせる青年――本郷猛だった。
「ああ、本郷か」
滝は振り返り、苦笑混じりに肩をすくめた。
「いやなに、このあいだ話しただろう? ロイスの頼みで日本の知り合いの家に預けた、アメリカの女の子のことさ。その家の息子から、無事に着いたって連絡があってな」
「そうか」
本郷の鋭い双眸が、ふっと優しげに細められた。
日頃は過酷な戦いに身を置く彼も、遠い故郷の平和な知らせには、一人の青年としての温かな笑みを浮かべる。
だが、その穏やかな空気も束の間。本郷はハイウェイの彼方へと視線を向け、厳しい表情へと戻った。
「……しかし、この分では、俺たちは当面日本へは帰れそうにないな」
「ああ。アメリカ中を嗅ぎ回ってるショッカーと、あいつらと手を組んでる連中の尻尾を掴むまではな」
滝もまた、FBI捜査官の顔になって頷いた。
「日本のことは、一文字のやつに負担をかけちまうことになるが……あいつなら、一人で守り抜いてくれるさ」
「ああ。隼人なら心配はいらない。俺たちは、俺たちのなすべきことをやるだけだ」
本郷は力強く頷くと、モーテルの駐車場に停められた二台の大型バイクへと歩みを進めた。
「それで滝、これからの動きだが……ゴッサム・シティへ潜入するルートはどうなった?」
「ダメだ、完全に封鎖されてる。ゴッサムには入れそうにない」
滝は舌打ちをひとつして、首を振った。
「例のレックス・ルーサーが対宇宙人防衛局のトップに就いて以来、今この国はメタヒューマンや異星人の監視体制でガチガチだ。ゴッサム周辺も、自警団だの怪人だのの取り締まりを名目に、連邦政府と州警察が検問を張り巡らせてやがる。今の俺たちが正面から踏み込めば、ショッカーを見つける前に政府の連中と鉢合わせだ」
「なるほど……ルーサーの敷いた網が、逆に悪の組織の隠れ蓑になっているというわけか」
「そういうことさ。だから本郷、一度東海岸へ飛んでニューヨー……おっと、今は『メトロポリス』だったな。あっちへ向かおう。メトロポリスには俺のツテがある。そこから連中の裏ルートを洗い直す方が早そうだ」
かつてニューヨークと呼ばれていた摩天楼の街の名を言い直し、滝はヘルメットを手に取った。
「わかった。お前の判断に任せよう、滝」
本郷は短く答えると、愛用のマシンへと跨った。
キーを捻れば、静かな朝の空気を震わせて、二つの強靭なエンジンが重低音の咆哮を上げる。
遠く日本に残してきた仲間と、新たに始まった小さな日常の平穏を祈りながら。
二人の男は、巨大な陰謀が渦巻くアメリカのハイウェイへと、風のように疾走していった。
第一話 『ボーイ・ミーツ・スーパーガール』了
ここまでが第一話となります。
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