ごちゃまぜにしたやつです。
ボーイ・ミーツ・ガールでラブコメ!しながら
スパロボ的文脈で敵と闘っていくやつ。
落ち着いたら連載予定です。
熱があるうちに初回だけ
到着ロビーに足を踏み入れた瞬間、聞き慣れない言語のアナウンスと、ひっきりなしに行き交う人々の熱気が彼女を包み込んだ。
自動ドアの向こうから、島国特有の湿気を帯びた空気が微かに流れ込んでくる。
「ええ、ええ、無事に着いたわ。だから心配しすぎだってば」
カーラは片手でキャリーケースを引きながら、もう片方の手でスマートフォンを耳に押し当て、少しだけうんざりしたようなため息をついた。
『着いたばかりで悪いが、よく聞いてくれ、カーラ』
電話の向こうから聞こえてくる、従兄の深く落ち着いた声。
世界で一番頼りになるはずのその声は、今日ばかりはひどく切羽詰まって聞こえた。
『レックス・ルーサーが、アメリカ政府の「対宇宙人防衛局」のトップに就任した。奴が政府の巨大な権力を握っている間、君をアメリカ国内に置いておくわけにはいかない』
「分かってる。私がルーサーの一番のターゲットになり得るから、でしょ?」
『ああ。事態が落ち着くまでは、しばらくこっちには帰ってこられない。だが、アメリカのことは何も心配しなくていい。僕がなんとかする』
「あなたならそう言うと思ったわ」
カーラは少しだけ口をとがらせた。事実上の国外退去。
厄介払いのようにアメリカを追い出された形にはなったが、彼が自分の身を誰よりも案じてくれていることは痛いほど理解している。
『手配したホームステイ先の人たちは信頼できる。決して迷惑をかけないように。それから……』
「はいはい、日本のルールには従う。スーパーパワーは絶対に封印。でしょ? 出発前から耳にタコができるくらい聞いたわよ」
『日本は怪獣災害も防衛組織も、特異なヒーローたちも独自に成立している国だ。我々が勝手に力を振るえば、彼らの領分を荒らすことになりかねない。いいかい、絶対に力を――』
「だから、ちゃーんと約束守ってるじゃない!」
お小言モードに入った彼を遮るように、カーラは声を張り上げた。
「自分で飛べばマッハで着くのに、わざわざ手配された民間機に乗って、窮屈なシートで十時間以上も大人しく映画観てたんだから! 機内食のプレッツェル、すごく小さかったのよ!?」
『分かっている。よく我慢してくれた。だが、油断は禁物だ。もし君がうっかり車を持ち上げたり、目から熱線を撃ったりすれば、ルーサーの耳に入るのは時間の――』
「あーっ、ごめん! 迎えの人が来ちゃう! それじゃあね、あなたも無理しないでね!」
『待ちなさいカーラ、まだ話は――』
ピッ。
過保護すぎる従兄の言葉を、カーラは通話終了ボタンで強制的にシャットアウトした。
「……ふぅ。ほんと、心配性のお兄ちゃんを持つと苦労するわ」
大きく息を吐き出して、周囲を見渡す。
見知らぬ看板、見知らぬ人々。自分が何者であるかを知る者は、この国には誰もいない。
耳を澄ませば、ロビー中の話し声も、滑走路を蹴る旅客機の轟音も、その気になれば海の向こうの喧騒だって拾えてしまう。
けれど今の自分は、それをしない。しては、いけない。
ルーサーの脅威から逃れるためとはいえ、使命を置いてきたことへの罪悪感が、まったくないわけではない。
けれど――。
「まあ、日本には一度来てみたかったし!」
根がとことん楽観的な彼女は、すぐに気持ちを切り替えた。
美味しいと評判の日本のゴハン。
ドラマで見たような、平和な日常。
それをしばらく体験できると思えば、悪くない休暇だ。
お忍びのハリウッドスター気取りでかけていた大きめのサングラスを、指でちょっとだけずらす。
そして、スマートフォンの黒い画面に向かって「ぺろっ」と小さく舌を出した。
スーパーパワーを使えないただの女の子としての、彼女なりのささやかな反逆だった。
「さてと。とりあえず、お世話になるお家の人との待ち合わせ場所は、えーっと……」
キャリーケースの持ち手を握り直し――中身が空っぽみたいに軽く感じてしまうのはご愛敬だ――カーラは期待に胸を膨らませながら、メッセージ画面をスクロールした。
***
淹れたてのコーヒーの香りが漂う、静かな午後。
路地裏の喫茶店『nascita(ナシタ)』は、今日も穏やかな空気に包まれていた。
客は、カウンターの隅でコーヒーカップを傾けている常連の兜甲児ただ一人。
近くの光子力関連の研究所の分所からよく顔を出してくれる、誠一にとっては頼れる大人の一人だ。
カウンターの中でグラスを磨いていた誠一は、ふと視線を上げた。
暇を持て余して広げていた海外紙を読みながら、マスターの石動惣一が「くくっ」と、どこか楽しげに喉を鳴らしたからだ。
「なんか面白い記事でもあったんですか、マスター?」
「いやね、海の向こうのニュースが面白くてさ。ほら、これ」
カウンター越しに差し出された国際面には、『米・対宇宙人防衛局トップにレックス・ルーサー氏就任』という見出しが躍っていた。
「あ、その人。ネットのニュースで見たことありますよ」
誠一はグラスを置き、記憶を探りながら言った。
「たしか、向こうのスーパーマンといつも対立してる人ですよね? ネットじゃヴィランとか黒幕とか言われてましたけど……。それに、ちょっと前の大統領選にも出てて、負けてませんでしたっけ?」
「そうそう。普通ならそのままフェードアウトするような人物なんだけどねぇ」
マスターは面白そうに顎をさすりながら、活字を指先でなぞった。
「トップになれたのは時勢もあるだろうが、結局のところ、みんな『不安』なんだよ。神様みたいな力を持った異星人に首根っこを掴まれて守られてる、今の状況がね。ルーサーの『人類の運命は人類の手で決めるべきだ』っていう過激なヒューマニズムは、そういう連中の心に響くのさ」
「アメリカの人たちって、そんな風に思ってるんですか? 命懸けで街を守ってくれてるのに……なんか、理不尽っていうか」
警察官の父を持ち、正義感の強い誠一には、ヒーローに向けられるそんな猜疑心が少し飲み込みづらかった。
すると、それまで黙ってコーヒーを飲んでいた甲児が、静かに口を開いた。
「いや、アメリカだけの話じゃないさ、誠一くん。……日本だって、大して変わらない」
「甲児さん……」
「頻発する怪獣災害を、あの謎の『銀色の巨人』に頼り切ってる。自衛隊の主力――イチナナ式を何機並べたところで、規格外の怪獣相手じゃ歯が立たねぇからな」
かつて自ら魔神に乗って世界を救った男は、カップの中の黒い水面に目を落とし、自嘲気味に笑った。
後継機である量産型マジンガーの性能限界を知り尽くしている彼だからこそ、その言葉には重みがあった。
「そうだねぇ。ウルトラマン、だっけ? あの宇宙人」
マスターが飄々とした口調で引き継ぐ。
「得体の知れない巨人が、無償で自分たちを助けてくれる。最初は感謝しても、次第に恐怖を覚える人間が出てくるのは当たり前さ。意思の疎通すらまともに測れないんだからね」
「でも、現に俺たち、助けてもらってるじゃないですか」
「じゃあ聞くが、誠一くん。あの巨人が明日、手のひらを返さない保証はどこにある?」
「それは……ないですけど。でも、だからってハナから疑うのは違うっていうか……」
ほう、とマスターは目を細めた。
「いい答えだ。でも、人間はそういう風にはできてないのさ。極端な話、『実は怪獣を呼んでるのはあいつで、全部マッチポンプなんじゃないか』ってね。――理解できない圧倒的な力が存在するだけで、人は勝手に怯えて、疑心暗鬼になる生き物なんだよ」
「……マスターの言うことも、あながち間違いじゃない」
甲児が言葉を継ぐ。
「最近じゃ、ゴッサムシティの真似事みたいに『ショッカー』なんていう時代錯誤な秘密結社まで新聞に載る始末だ。みんなどこか、見えない恐怖に怯えてるんだよ」
誠一は何か言い返そうとして、けれど適当な言葉が見つからず、口をつぐんだ。
理屈では、二人の言うことも分かる。
それでも、命懸けで誰かを守っている存在を疑ってかかる世界は、なんだか少し、息苦しい気がした。
その時だった。
エプロンのポケットに入れていたスマートフォンが、軽快なアラーム音を鳴らした。
「あ、すみませんマスター。そろそろ時間なんで、あがらせてもらっていいですか?」
「ん? ああ、そうか」
マスターは壁の時計を見上げ、ふっ、と人の良さそうな笑みを浮かべた。
「今日から君の家にホームステイするっていう、アメリカの女の子を迎えに行くんだったな。空港で待たせちゃ悪い、早く行っておいで」
「おっ、いいなぁ誠一くんは。同じ屋根の下に外国の女の子か!」
甲児がニヤニヤと笑いながら、誠一の肩をポンと叩いた。
「親父さんは厳格な警察官だし、変な気は起こさねぇだろうが……女の子を待たせるのは男の恥だぞ。早く行ってやれ!」
「ちょっ、別にそういうのじゃないですって! ただの留学生の受け入れボランティアなんですから!」
からかいに慌てて顔を赤くしながら、誠一はエプロンを手早く外した。
世界がどれだけ複雑な不安に包まれていようと、彼にとっては、目の前の日常と、これから出会う誰かのために動くことの方がずっと大切だった。
「それじゃあマスター、甲児さん! お疲れ様です!」
元気よく頭を下げ、誠一は小走りで喫茶店を後にした。
カランコロン、とドアベルの音が響き、店内には再び穏やかな時間が戻る。
その後ろ姿を見送りながら、マスターは新聞を畳んだ。
ルーサーの顔写真が、折り目の下へ静かに消えていく。
「……くくっ」
誰もいなくなった店内で、その口角だけが、ゆっくりと吊り上がった。
***
到着ロビーは、さまざまな言語と、キャスターバッグが床を転がる音で溢れかえっていた。
誠一はスマートフォンに送られてきたメッセージの画面と、自動ドアから次々と吐き出されてくる人波を交互に見比べながら、小さく息を吐いた。
「ええっと、金髪で、サングラスをかけた女の子……」
目を皿のようにして探していると、不意に背後から明るい声が降ってきた。
「Hi! もしかして、あなたが不破誠一?」
「えっ? あ、はい」
振り返った誠一の目の前に立っていたのは、顔の半分ほどもありそうな大きなサングラスをかけた、スタイルの良い女性だった。
彼女は「やっぱり!」と花が咲いたように笑うと、片手でスッとサングラスを外した。
その瞬間、誠一は思わず息を呑んだ。
透き通るような白い肌に、宝石のように鮮やかなブルーの瞳。
ブロンドの髪が空港の照明を反射してキラキラと輝いている。
ハリウッド映画のスクリーンからそのまま飛び出してきたような、息を呑むほどの美人だった。
「初めまして。私がカーラよ。これからしばらくお世話になります!」
「あ……えっと、はい。俺が不破誠一です。その、長旅、お疲れ様でした。カーラさん、ですよね」
あまりの綺麗さに一瞬ドキッとしてしまい、誠一は誤魔化すように少し早口で返事をした。
19歳の健康な男子大学生として、これほどの美人に突然正面から笑いかけられれば、平常心を保つ方が難しい。それでもなんとか表情を引き締め、誠一は気を取り直した。
「親父から話は聞いてます。我が家でよければ、ゆっくりしていってください。とりあえず、電車で家まで案内し――」
「ねえ、誠一!」
言いかけた誠一の言葉を遮るように、カーラが身を乗り出してきた。
彼女はうーんと両腕を上に伸ばし、猫のように気持ちよさそうに背伸びをする。
「私、家に行く前に少し寄り道したいな。十時間以上も飛行機のシートに缶詰めで、体がすっかりカチコチなの。ちょっと歩いて、日本の街を観光してみたいんだけど……ダメかな?」
上目遣いで尋ねてくるその無邪気な表情に、誠一は苦笑して肩の力を抜いた。
「あ、全然いいですよ。急ぐ理由もないですし。俺も今日はバイトあがって暇なんで」
「本当!? やった!」
「とりあえず、キャリーケースは俺が引きますよ。歩き回るのに邪魔でしょうから」
「わぁ、ジェントルマンね。ありがとう!」
誠一がキャリーケースの持ち手を受け取ろうとすると、カーラは一瞬「あ」という顔をしてから、そっと手を離した。
――重いのに。私が持てば羽根みたいなものなのに。
喉まで出かかった言葉を、カーラは笑顔の裏に呑み込む。
(ダメダメ。私はただの留学生。か弱い、ふつーの女の子なんだから)
出発前に何十回と繰り返された従兄のお小言を思い出し、彼女はこっそり心の中で敬礼した。
空港からの特急電車を降り、二人が向かったのは、高層ビルと巨大な電子広告が立ち並ぶ日本有数の繁華街だった。
「ワオ……! すっごい人! それに、あっちもこっちもネオンがピカピカしてる!」
駅の改札を抜けた瞬間、カーラは目を丸くして感嘆の声を上げた。
交差点を埋め尽くすような人の波、巨大なスクリーンから流れるポップミュージック、飲食店の入り口から漂ってくる様々な匂い。
彼女にとっては目に入るすべてが新鮮なようで、右へ左へと忙しなく視線を動かしている。
「今日は週末だから、特に人が多いんですよね。カーラさん、はぐれないように気をつけてくださいね」
誠一はキャリーケースを引きながら、少し前を歩くカーラを見失わないように歩幅を合わせた。
「ねえ誠一、あそこのお店、すっごくいい匂いがする! 甘くて、あったかい匂い!」
「ああ、あれはクレープ屋ですね。食べ歩きにはちょうどいいかも。……って、カーラさん、歩くの早っ!」
人混みの中をスルスルと軽やかに抜け、あっという間にクレープ屋のショーウィンドウに張り付いているカーラを見て、誠一は慌ててその後を追った。
「すごいすごい! いちごにバナナ、チョコレート……あ、この『マッチャ』っていうのも美味しそう! 誠一、どれがおすすめ?」
「うーん、俺は甘いものそんなに詳しくないけど……定番のチョコバナナとか、せっかくだし和風の抹茶小豆とかいいんじゃないですか?」
「じゃあ、両方!」
「えっ、両方!?」
「だって選べないんだもん。それに、私すごくお腹空いてるの。……ダメ?」
またしても小首を傾げて上目遣いで聞いてくるカーラに、誠一は「いや、ダメじゃないですけど……」と頭を掻いた。
(なんか、すげえマイペースだけど……裏表がなくていい人だな)
見知らぬ異国の街で一切の警戒心もなく、純粋にこの場を楽しもうとしている彼女の姿を見ていると、誠一も自然と頬が緩んだ。
「よし、じゃあ今日は俺が案内役なんで、最初のクレープは奢りますよ。日本へようこそ、ってことで」
「本当!? 誠一、あなたって最高ね!」
カーラは弾けるような笑顔を見せると、嬉しそうにショーケースのメニューを指差した。
そんな彼女の無邪気な横顔を見つめながら、誠一は「これから賑やかな日々になりそうだな」と、少しだけ胸を高鳴らせていた。
そしてクレープを片手に、珍しいものを見つけては目を輝かせるカーラに合わせ、誠一はキャリーケースを引きながらゆっくりと歩幅を合わせていた。
「すごい! 誠一、あれ何!? クレーンゲーム? ぬいぐるみがいっぱい入ってる!」
「ああ、ゲームセンターですね。後で寄ってみま――」
誠一が頷きかけた、その少し前のことだった。
カーラの耳は、とっくにそれを捉えていた。
雑踏の底、幾千の足音と話し声とポップミュージックの向こう側。押し殺したような、小さなしゃくり上げ。
――子どもの、泣き声。
(……っ)
反射的に足が向きかける。だが、カーラは奥歯を噛んでそれを堪えた。
声のする方向も、距離も、正確に分かってしまう。この人混みを一直線に抜けて、十秒で抱き上げてあげられる。
でも、それをやったら。普通の女の子は、この喧騒の中であんな小さな声に気づけない。
(……我慢。我慢よ、カーラ。誰か、気づいてあげて――)
祈るように視線を伏せた、次の瞬間だった。
「……ごめん、カーラさん! ちょっと待ってて!」
誠一はキャリーケースから手を離すと、カーラが返事をするより早く、人混みの中へと駆け出していった。
「えっ? 誠一……?」
驚いて顔を上げる。誠一が走っていく先――それは、カーラの耳だけが捉えていたはずの、あの泣き声の方角だった。
取り残されたカーラが人波の隙間から彼の背中を追うと、誠一は交差点の端で立ち尽くして泣きじゃくる小さな男の子の前に歩み寄り、すぐに膝をついて視線を合わせていた。
「どうしたの? お母さんとはぐれちゃった?」
「う、うわぁぁぁん! ママぁ……っ!」
「大丈夫、大丈夫だよ。お兄ちゃんが一緒に探してあげるからね。お名前はなんていうの?」
怯える子どもを怖がらせないように、誠一はどこまでも優しく、穏やかな声で語りかける。ポケットから清潔なハンカチを取り出し、男の子の涙と鼻水を丁寧に拭ってやりながら、安心させるようにその小さな頭を撫でていた。
少し離れた場所でその様子を見つめながら、カーラはふっと目を細めた。
(……気づいたんだ。この人混みの中で、ちゃんと)
スーパーヒアリングも、透視能力もない。
あの泣き声は、彼の耳には届いていなかったはずだ。
それでも誠一は、行き交う人々の誰もが素通りした小さなSOSを、見つけた。探そうとしなければ、見つけられないものを。
(……そっか。彼も『ヒーロー』なのね)
特別な力がなくたって、困っている誰かのために迷わず駆け出し、優しく手を差し伸べられる人間がいる。
誠一の迷いのない行動と、子どもに向ける温かな眼差しを見て、カーラはなんだか自分のことのように嬉しくなっていた。
「あ、あの子です! ケンタ!」
「ママぁっ!」
数分後、血相を変えて駆けつけてきた若い母親の姿を見つけ、男の子は泣きながら飛びついていった。
「本当に、本当にありがとうございます……!」と何度も頭を下げる母親に、誠一は「無事に見つかってよかったです。今日は人も多いんで、気をつけてくださいね」と照れくさそうに笑って見送った。
「……ふぅ。よかったぁ」
親子の背中が見えなくなったところで、誠一は小さく息をつき、待たせていたカーラの元へと小走りで戻ってきた。
「ごめんカーラさん、お待たせしちゃって。俺、つい体が動いちゃって……」
苦笑いしながら頭を掻く誠一。
だが次の瞬間、カーラは満面の笑みを浮かべて誠一の右腕に抱きつき、ぎゅっと自分の腕を絡ませた。
「えっ!? ちょっ、カーラさ……っ!?」
「すっごくカッコよかったわ、誠一! あなたって本当に優しいのね!」
至近距離で見つめてくる宝石のような青い瞳。
そして何より、腕に密着してくる、女性特有のふくよかで柔らかな感触。
薄着の季節ということもあり、健康的なカーラのスタイルの良さが、シャツ越しにダイレクトに伝わってくる。
「あ、あの、カーラさん!? 近いっていうか、その、当たって……っ!」
「ん? 何が?」
「なっ、何でもないです! っていうか、腕! 腕組むのはアメリカじゃ普通なんですか!?」
顔を真っ赤にしてパニックを起こし、どうにか腕を引き抜こうとする誠一だったが、カーラは全く気にする様子もなく、むしろさらに楽しそうに腕を引いた。
スーパーガールの彼女が本気で腕を組めば、19歳の男子学生の力で振り解けるはずもない。
「ふふっ、そんなに赤くなって、可愛い! あとね、『さん』は抜き!」
「えっ?」
「カーラ、でいいわ。これから同じ家に住む家族みたいなものなんだから、堅苦しいのはナシ! 約束よ、誠一!」
悪戯っぽくウインクをして、カーラは誠一の腕を引っ張ったまま、ズンズンと人混みの中を歩き出す。
「わっ、ちょっと待ってカーラ! キャリーケース! 荷物忘れてるから!」
「あはは! 本当だ! 早く取りに行きましょ、誠一!」
「だから引っ張らないでってば……っ!」
見知らぬ日本の街角で、腕に伝わる強烈な柔らかさと、底抜けに明るい彼女の笑顔に振り回されながら。
誠一は大きなため息をつきつつも、どこか心地よい予感に胸を鳴らしていた。
気がつけば、ビルの谷間を染めていた夕焼けはすっかり色を落とし、夜の帳が下り始めていた。
ネオンサインが街を極彩色に照らす中、夜空にはぽっかりと、青白い月が顔を出している。
『誠一!? あんた今どこ!? 外国からのお客さんを放ったらかして、今まで何やってたの!』
エプロンのポケットから取り出したスマートフォン越しに、母親の甲高いお叱りの声が響く。
「わ、わかってるって! 放ったらかしてたわけじゃないよ、ちょっと街を案内してて……うん、今から帰るから。ごめんごめん!」
平謝りして電話を切ると、誠一は大きく息を吐き出した。
「お母さん?」
「あはは……さすがに怒られちゃいました。カーラ、そろそろ家に帰りましょうか」
「うんっ! 今日はすっごく楽しかった! 誠一、案内してくれてありがとう!」
両手にいくつかのお土産袋を下げたカーラは、疲れた様子も見せず、太陽のように明るい笑顔で頷いた。
大通りから一本外れた、駅へと続く静かな近道。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、人通りはまばらになっていた。
街灯の光よりも、空から降り注ぐ月明かりの方がずっと明るく感じるほどの夜だった。
行く手には、古い雑居ビルの取り壊し工事現場。
組まれた足場が、月を背にして黒々とそびえている。
その脇を通りかかった、その時だ。
最初に「それ」に気づいたのは、やはりカーラの耳だった。
――ミシ、と。
頭上の遥か高く、鋼のワイヤーを構成する細い鋼線が、一本、千切れる音。
続けて、二本。三本。
普通の人間には決して聞こえない、死の秒読み。
(――上っ!?)
弾かれたように見上げたカーラの視界が、闇を貫く。
ビルの屋上付近、老朽化した巨大な鉄骨の足場。強風に煽られてバランスを崩し、最後のワイヤー一本で、辛うじて宙に繋ぎ止められている。
その真下に立っているのは――自分だ。
(避けなきゃ。ううん、違う、それだけじゃ足りない。落ちたら瓦礫が、破片が、通りまで――でも、動いたら。人間離れした動きをしたら、私は――)
コンマ数秒の間に、思考が凄まじい速度で駆け巡る。
従兄の顔。ルーサーの名前。「絶対に力を使うな」という、何十回も聞かされた言葉。
その、ほんの一瞬の逡巡の間に。
――ギギギギギッ……!!
ついに、人間の耳にも届く不快な軋みが、夜の路地に響き渡った。
「カーラッ!!」
思考よりも先に、体が動いていた。
誠一には、ワイヤーの残り本数など分からない。
数トンの質量がどう落ちるかの計算もできない。
ただ、頭上で何かが軋み、カーラの真上で巨大な影が傾いだ。それだけで十分だった。
迷子を助けた時と同じ。相手が誰であれ、目の前の人間が傷つくのを黙って見過ごせるほど、誠一は器用に生きてはいない。
誠一はカーラの華奢な肩を力一杯突き飛ばし、自らが鉄骨の下敷きになろうと身を挺した。
(――え)
突き飛ばされた勢いのまま、カーラの世界が、引き延ばされたように緩やかになる。
彼女の動体視力が映し出すのは、コマ送りの世界。
千切れ飛ぶ最後のワイヤー。落ちてくる数トンの鉄の塊。
そして、その真下で――自分を庇って、ギュッと目を閉じる誠一の姿。
(この人、本気で――私の代わりに、死ぬ気だ)
出会って、まだ半日。
名前と、笑った顔と、クレープの好みくらいしか知らない女の子のために。
何の力もない、ただの19歳の男の子が、一秒も迷わなかった。
(――ごめんなさい、お兄ちゃん)
謝罪は、一瞬で終わった。
迷いは、もうどこにもなかった。
――ブツンッ!!
鈍い音と共にワイヤーが弾け飛び、死の質量が誠一の頭上へと落ちてくる。
誠一はギュッと目を閉じ、衝撃に備えた。
だが。
数秒待っても、痛みは訪れなかった。
代わりに聞こえてきたのは、分厚い鉄が拉げ、ひしゃげるような、規格外の破壊音。
「え……?」
恐る恐る目を開けた誠一は、その光景に息を呑んだ。
土煙が舞う中、誠一の目の前には、突き飛ばしたはずのカーラが立っていた。
「……っ、危なかったぁ」
彼女は、誠一に背を向けるようにして立ち、その右腕をスッと頭上に伸ばしていた。
その細く白い腕一本で。
落下してきた数トンもの巨大な鉄骨を、まるで発泡スチロールのセットでも受け止めるように、軽々と片手で支えていたのだ。
ギシッ、ギシギシッ……!
カーラの指先が食い込んだ鉄骨が、悲鳴を上げてひしゃげる。
彼女は「よいしょっと」と軽い声を出したかと思うと、その巨大な鉄骨をポンと横の空き地へ放り投げた。
ズドォォォン!! と、地面を揺らすほどの豪音が響き、もうもうと粉塵が舞い上がる。
「な……っ……?」
誠一は尻餅をついたまま、声も出せずにその背中を見上げていた。
静寂。
舞い上がった土煙が、夜風に吹かれてゆっくりと晴れていく。
雲が切れ、澄んだ月明かりが降り注いだ。
月光を一身に浴びたカーラのブロンドの髪が、風に煽られてキラキラと神秘的に輝いている。
それは、どんなハリウッド映画の特撮よりも現実離れした、まるで神話の女神が降臨したかのような、圧倒的に美しく、そして絶対的な『力』の証明だった。
(アメリカで……ルールを守るって、あれだけお兄ちゃんに言われたのに。初日からやっちゃったわね)
カーラは心の中で頭を抱えた。
でも、後悔はしていない。振り返るのが、ほんの少し怖いだけだ。
怯えられるかもしれない。悲鳴を上げられるかもしれない。
化け物だと思われて、あの太陽みたいに笑いかけてくれた半日が、全部消えてしまうかもしれない。
地球(ここ)で生きるということは、いつだってその可能性と隣り合わせだった。
人は、理解できない圧倒的な力を、ただそれだけで怖がる生き物だから。
カーラは小さく息を吸い、ゆっくりと、振り返った。
月明かりの下。
尻餅をついたままの誠一と、目が合う。
その瞳に浮かんでいたのは――恐怖では、なかった。
ただただ大きく見開かれた目が、まるで流れ星でも見つけた子どものように、まっすぐに彼女を映している。
その眼差しに、胸の奥がふっと軽くなって。
カーラは頬を掻きながら、困ったようにはにかんだ。
「あ、あはは……。実は私……その、スーパーガールなの……」
悪戯が見つかった子どものような、照れくさそうな、ごまかすような笑み。
女神のような絶対的な力と、年相応の等身大の女の子の笑顔。
その途方もないギャップと、月明かりの下で見せた信じられないほど美しい横顔に、誠一の胸の奥で、ドクンと、今まで感じたことのないほど大きな音が鳴った。
これは 俺が 魂を焼くような恋を憶えた出会いで
これは 私が 身を焦がすような愛を知る出会いで
俺達(私達)の世界は、この時に、はじまったんだ。
第一話
『ボーイ・ミーツ・スーパーガール』
映画を見てむしゃくしゃしてやった。
僕のスーパーガール感はアローバースのやつです