鋼の星と、輝ける君へ   作:こげすずめ

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教えてカーラ! ~スーパーマン~

窓から差し込む爽やかな朝の陽射しが、二階の客間を明るく照らし出していた。

日本で迎える、最初の朝だ。

 

「ええ、本当よ。昨日の夜はすっごく美味しい和食をご馳走になって、ふかふかのベッドでぐっすり眠れたわ。花咲里家の人たちはみんな信じられないくらい親切で、いい人ばかりよ」

 

パジャマから軽やかな私服に着替えたカーラは、窓辺に背中を預けながら、スマートフォンを耳に当てて弾むような声を上げていた。

電話の向こうにいるのは、地球でたった一人の肉親――従兄のクラークだ。

 

『そうか。それを聞いて安心したよ、カーラ。温かく迎え入れてもらえたようで何よりだ』

 

ホッとしたようなクラークの声が返ってくる。

だが、安心したのも束の間、すぐに聞き慣れた「保護者」のトーンへと切り替わった。

 

『だが、くれぐれも気を抜かないように。何度も言っている通り、日本にいる間は――』

 

「はいはい、分かってるってば! 大丈夫よ、スーパーパワーも使ったりしないし、空を飛んだりもしない! 普通の高校生として大人しくしてるから!」

 

カーラは遮るように明るく言い放ちながら、空いている方の手でこっそり胸を押さえた。

 

(……ごめんなさい、お兄ちゃん! 実は昨日、日本に着いて早々に数トンの鉄骨を素手で受け止めて投げ飛ばしちゃったなんて、口が裂けても言えないわ……!)

 

心の中で盛大に冷や汗をかきつつ、ぺろりと舌を出す。

 

『……本当に大丈夫かい? なんだか少し声が上ずっているようだが』

 

「き、気のせいよ! 時差ボケがまだちょっと残ってるだけ!」

 

『ならいいんだが……。こっちの事態が少し落ち着いて時間ができたら、僕も一度日本へ様子を見に行くよ』

 

その言葉に、カーラはふざけた調子を引っ込め、きゅっと眉を寄せた。

 

「ううん、私のことは気にしないで。今一番大変なのは、そっちにいるあなたの方なんだから」

 

窓の外へ視線を移し、声のトーンを落とす。

 

「ルーサーが権力を握った以上、どんな汚い手を使ってくるか分からないわ。お願いだから、自分の身を一番に注意してね」

 

真剣な響きを帯びた従妹の声に、電話の向こうのクラークが優しく目を細めたのが分かった。

 

『ありがとう、カーラ。気をつけるよ』

 

「あと、ロイスにもよろしく伝えておいて! それから……」

 

カーラは少しだけ言葉を切って、申し訳なさそうに続けた。

 

「こっちに来る時、急すぎてちゃんと挨拶できなかった私の家族にも、無事着いたって伝えておいてもらえる? 後で私からも直接連絡するけど、きっと心配してると思うから」

 

『ああ、任せてくれ。二人とも君のことを案じていたから、すぐに連絡を入れておくよ。それじゃあ、元気でな』

 

「うん! お兄ちゃんもね!」

 

通話を終えたカーラは、スマートフォンをベッドの上に放り投げると、「ふぅーっ」と大きく伸びをした。

 

「さてと! 昨日は疲れてそのまま寝ちゃったし、午前中のうちに荷解きでもしちゃおうかな」

 

部屋の隅に置いたままだった大型のキャリーケースを引き寄せ、床に広げる。

ちょうどファスナーを開けようとしたその時、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。

 

『カーラ、起きてる? 何か手伝えることあるかなと思って』

 

「あ、誠一! 開いてるわよ、入って!」

 

パッと顔を輝かせて返事をすると、ドアが開き、爽やかな朝の装いの誠一が顔を覗かせた。

 

「おはよう、カーラ。よく眠れた?」

 

「Good morning! ええ、ぐっすり! 今ね、昨日できなかった荷解きをしようと思ってたの。でも、そんなに大した荷物はないから大丈夫よ。……あ、そうだ!」

 

カーラは何かを思いついたようにポンと手を打った。

 

「ねえ誠一、もし今日ヒマだったら、後でお買い物に付き合ってくれない? 日本の生活で必要な日用品とか、いろいろ買い出しに行きたいの!」

 

「もちろん、お安い御用だよ。母さんからも『しっかりエスコートしろ』って言われてるからな」

 

誠一は快く頷くと、床に広げられたキャリーケースの近くに歩み寄り、自然に片膝をついた。

 

「せっかくだし、片付けも少し手伝うよ。ハンガーとか、クローゼットの中に足りてる?」

 

「ありがとう! じゃあ、そっちのポーチをお願いしようかな」

 

二人で並んで荷物を整理し始める。

洋服や小物を手際よく仕分けていたカーラが、キャリーケースの底から、四つ折りにされた英字新聞を取り出した。

 

「あ……スーパーマンだ」

 

新聞の一面に大きく掲載された、赤と青のコスチュームを纏う英雄の写真。

誠一が思わず声を漏らすと、カーラは「ああ、これね」と少し苦笑いした。

 

「こっちに来る前に、向こうの空港で買った『デイリー・プラネット』よ。……ねえ、誠一は英語読める?」

 

「ん? まあ、大学の受験勉強でやった程度だから、少しは読めるけど……ちょっと見せてもらってもいい?」

 

「どうぞ」

 

カーラから新聞を受け取った誠一は、一面に躍る見出しと本文に目を落とした。

 

そこに書かれていたのは、昨日バイト先の『nascita』で見た海外紙よりも、はるかに生々しく具体的な内容だった。

 

新設された対宇宙人防衛局の長官に就任したレックス・ルーサーの独占インタビュー。

彼はスーパーマンをはじめとする異星人を「人類の進化と自立を阻害する最大の脅威」と公然と糾弾し、宇宙人の徹底的な管理と登録、そして異星人の力に頼らない「人類主体の地球防衛」を強い言葉で掲げていた。

 

真剣な眼差しで英文を追う誠一の横顔を、カーラはじっと見つめていた。

やがて膝を抱えるようにして座り直し、ふと尋ねる。

 

「ねえ、誠一。誠一は、スーパーマンのことってどれくらい知ってるの?」

 

「え? どれくらいって……まあ、海の向こうの日本でも知らない人はいないくらいのスーパーヒーローだよ。『正義の象徴』とか、『明日への希望』とか、いろんな異名で呼ばれてるよね」

 

誠一は新聞の写真に写る、胸の『S』のエンブレムを指差した。

 

「マスクで顔を隠したりせず、あの『S』のマークを堂々と掲げて、どんな悪党も許さずに、それでいて絶対に相手を殺さず戦う『鋼の男(マン・オブ・スティール)』……俺が知ってるのは、それくらいかな」

 

自分のことのように誇らしげに語る誠一の言葉を聞いて、カーラの青い瞳が嬉しそうに細められた。

 

「ふふっ、すごい。日本の男の子にも、ちゃんとそんな風に届いてるのね」

 

カーラはくすっと笑うと、ベッドの端に背中を預け、どこか得意げに胸を張った。

 

「せっかくだから、身内の私しか知らないことも含めて、ちょっとだけ教えてあげる!」

 

そう言って、彼女は指を一本ずつ折り始めた。

 

「あのね、誠一が言った通り、彼は文字通り『鋼の男』よ。機関銃で撃たれても痛くも痒くもないし、戦車だって片手で持ち上げちゃうし、空をマッハで飛べるの。おまけに目から熱線を出したり、息を吹きかけるだけでなんでも凍らせちゃったりするんだから」

 

「あはは、改めて言葉にされると、本当に神様みたいな力だな……」

 

「でしょ? ……でもね」

 

カーラは折っていた指をほどくと、いたずらっぽく人差し指をピンと立てた。

 

「あのお兄ちゃんの一番すごいところは、そういうパワーじゃないの」

 

「え?」

 

「あんなに無敵で、世界中の誰よりも強いのに、実はびっくりするくらいのお人好しで、涙もろくて、超がつくほどの心配性なのよ!」

 

カーラはくるりと目を回してみせる。

 

「遠い宇宙のクリプトン星から赤ちゃんの頃に地球に送られてきて、アメリカのすごく優しい人間の夫婦に育てられたから、中身は誰よりも『人間らしい』の」

 

「へぇ……テレビで見るあの堂々とした姿からは、ちょっと想像つかないな」

 

「外では完璧なヒーローとして振る舞ってるけどね。迷子の子猫を助けるために木の上に飛んでいったり、私がちょっと夜遅くまでパトロールしてると『女の子なんだから早く帰りなさい』って小言を言ってきたり……」

 

ひとしきり愚痴めいた笑みを浮かべてから、カーラはふと表情を和らげ、新聞の中の従兄を見つめた。

 

「……ねえ、誠一。あの人がどうしてマスクをしないか、知ってる?」

 

「いや……そういえば、考えたこともなかったな」

 

「『顔を隠していたら、助けられる人たちが怖がるだろう? 僕はみんなの友人だと知ってほしいんだ』……それが、彼のポリシーなの」

 

「……そっか。だから、あんな風にいつも笑ってるんだな」

 

カーラの言葉の端々から滲み出る、従兄への深い愛情とリスペクト。

誠一は新聞の写真を見つめ直し、その鋼の胸に宿る温かな心に思いを馳せた。

 

「でも、それだけすごい力を持ってても、地球全体のトラブルを一人で全部解決するのはさすがに無理があるでしょ? だから今は、彼と同じように特別な力や技術を持ったヒーローたちが集まって、チームを作ってるの」

 

「あ、それってニュースで見たことあるかも。たしか名前は……」

 

「『ジャスティス・リーグ(正義の連盟)』よ!」

 

バシッと誇らしげに言い切ったカーラに、誠一は「あ、うん……」と微妙な笑顔を浮かべて頬を掻いた。

 

「な、なんというか……すごくストレートで、いかにもアメリカって感じの名前だなぁ」

 

「えっ? そうかしら? カッコいいでしょ、ジャスティス・リーグ!」

 

日本人の感覚からすると少し気恥ずかしくなるような直球のネーミングだが、カーラはなぜ誠一が苦笑いしているのか全くピンときていない様子で、首をかしげている。

そのギャップがなんとも可愛らしくて、誠一は小さく吹き出した。

 

「あはは、ごめんごめん。すごくカッコいいと思うよ」

 

「むぅ、絶対ちょっと笑ったでしょ! ……でも、そうね」

 

カーラは膨らませた頬をすぐに引っ込めると、身を乗り出した。

 

「もし誠一がよかったら、これから少しずつ、そのジャスティス・リーグの仲間たちや、アメリカにいる他のヒーローたちのことも教えてあげるわ!」

 

「えっ、本当? 俺はすごく興味あるけど、聞いてもいいの?」

 

「もちろん! だって、誠一には私の秘密を知ってもらったんだもの」

 

カーラは真っ直ぐに誠一を見つめて、にっこりと笑った。

 

「私がどんな世界で戦ってきたのか、どんな仲間たちがいるのか、誠一にもちゃんと知っておいてほしいの!」

 

屈託のない、太陽のような笑顔。

自分という存在の背景を共有したいと願う彼女の言葉に、誠一は胸が温かくなるのを感じながら、「うん、ぜひ聞かせてよ」と力強く頷き返した。

 

***

 

日本が爽やかな午前中を迎えていた頃、地球の反対側――アメリカのメトロポリスは、深い夜の帳に包まれていた。

 

高層アパートメントの一室。

都会の夜景を見下ろすリビングで、眼鏡をかけた長身の男――クラーク・ケントは、淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを二つ持って、ソファへと歩み寄った。

 

「はい、ロイス。少し休んだらどうだい」

 

「ありがとう、スモールビル」

 

ソファの上でノートパソコンを広げ、険しい顔でキーボードを叩いていた妻のロイス・レインが、ふっと息を吐いてマグカップを受け取った。

 

クラークは彼女の隣に腰を下ろすと、穏やかな声で切り出した。

 

「さっき、日本のカーラから電話があったよ。無事に着いて、ホームステイ先の人たちにも温かく迎え入れてもらえたそうだ。今のところは、何の問題もなくやれているみたいだよ」

 

その言葉に、ロイスの張り詰めていた表情がようやく和らいだ。

 

「……そう。本当によかったわ。あの子、急に知らない国へ飛ばされて、内心じゃすごく心細かったはずだから」

 

「君が日本の信頼できるツテを頼って、あの花咲里という家族を探し出してくれたおかげだ。電話口のカーラの声も、本当に明るかった。ありがとう、ロイス」

 

クラークが真摯に礼を言うと、ロイスは「よしてよ、私もあの子の家族なんだから当然でしょ」と照れくさそうに肩をすくめ、コーヒーを一口すすった。

 

だが、リビングに流れた安堵の空気は、すぐに重い現実へと引き戻された。

ロイスのノートパソコンの画面には、昼間に行われたレックス・ルーサーの就任会見の映像が一時停止されたまま映し出されていた。

 

「……結局、ルーサーの思い通りにさせちゃったわね」

 

ロイスが苦々しげに呟く。

 

「私たちがこうしてカーラを逃がさなきゃいけなくなったのも、全部あいつの筋書き通りってわけ。……考えてみれば、すべてが変わってしまった『あの日』から、もう八年が経つのね」

 

「……ああ」

 

『あの日』――その言葉が出た瞬間、クラークの瞳に深い憂いの色が宿った。

 

「ううん、その前に起きた『ヘル事変』から数えれば、もう十年か」

 

ロイスは窓の外、無数の光が瞬くメトロポリスの摩天楼へと視線を向けた。

 

「あなたが『スーパーマン』としてこの街の空を飛び始めてからも、もうそれくらいの月日が経つのね」

 

「長いようで、あっという間だったよ。だが、人々の心の中にあった不安の種は、消えるどころかずっと膨らみ続けていたんだ」

 

「ええ。今のアメリカは、もともとくすぶっていた異星人への恐怖症に加えて、『あの日』以来急増したメタヒューマンたちの存在によって、社会構造そのものが歪んでしまった」

 

ロイスはマグカップをテーブルに置き、再びパソコンの画面を睨みつけた。

 

「誰がいつ超常の力に目覚めるか分からない、隣人が人間じゃないかもしれないっていう疑心暗鬼が、国中に渦巻いてる。……みんな、恐怖のはけ口と、分かりやすい『強い指導者』に飢えていたのよ」

 

「そこへ、ルーサーが現れた」

 

「ええ。あいつの就任は、溜まりに溜まった火薬庫に、ついに導火線の火をつけたようなものだわ」

 

大衆の恐怖を煽り、正義の象徴であるはずのスーパーマンを「人類の敵」へと仕立て上げていくルーサーの巧妙なプロパガンダ。

 

並の人間であれば絶望してしまいそうな状況の中で、しかし、デイリー・プラネットの敏腕記者である彼女の瞳は、決して死んではいなかった。

それどころか、獰猛なほどの闘志を燃やしている。

 

「……でも、私は絶対に引き下がらないわよ、クラーク」

 

ロイスは力強くキーボードに指を置いた。

 

「あなたにはあなたの戦い方があるように、私にはこの『ペン』がある。ルーサーがどれだけ言葉巧みに大衆を扇動しようと、私は真実を暴いて、このクソったれな世界に蔓延してる薄っぺらなプロパガンダと疑心暗鬼を、記事で木っ端微塵にぶち壊してみせるわ」

 

頼もしい妻の横顔を見つめ、クラークの口元に、深く温かな笑みが浮かんだ。

彼はそっとロイスの肩に手を添え、力強く頷く。

 

「君なら必ずやり遂げるさ、ロイス。僕も全力で君を応援するよ」

 

そしてクラークは立ち上がり、窓ガラスの向こうに広がる巨大な夜の街を見据えた。

ガラスに映るその瞳には、どんな逆風にも揺らぐことのない、鋼の意志が宿っている。

 

「そして僕も――ルーサーがどんな罠を仕掛けようと、世間がどれほど僕を拒絶しようと、決して屈しない。僕が『スーパーマン』であり続ける限り、希望の灯を消させはしないさ」

 

 

番外編1

『教えてカーラ! ~スーパーマン~』




日本ってあんまりDC作品知名度ないよな―ってことで
カーラ視点でいろいろキャラクター解説を入れていきます。
カーラ視点なので、だいぶん偏った見方をしてる場合もあります。
その場合実際本編に登場した時の落差などもお楽しみに


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