手紙の差出人は、"四次元ポッケ"のシズカ。
夕暮れ時の河川敷には、心地良い静けさが漂っていた。
高架の下だというのに、行き交う車の音はどこか遠い。
ミヨは胡坐をかいたまま、適当に拾った小石を川へ投げる。
ポチャン。
小石は小さく音を立て、そのまま水の中に消え去った。
川は何も変わらない。
何もされていないとばかりに、石を呑んだだけ。
──あたしと同じだ。
ミヨは小石に想いを馳せる。
何が同じなのか、上手く言葉には出来ない。
それでも、同じだった。
セーラー服のポケットからシガレットチョコを取り出し、ライターで炙る。
ストロベリーの香りが、鼻をくすぐった。
「待たせたねぇッ!!」
背中に浴びせられた大声。
シガレットチョコを咥え、ミヨは視線だけを後ろへやった。
裾出しカッターシャツにロングスカートの、大柄女。
舎弟が十人。
"怒羅獲悶"の青旗。
「シャバいボブカットに、ヤニもどき。アンタが最近ウレモンになった、オモテ中のミヨだね」
「……『違うけど』っつったら、アタマ下げて帰んの?」
「そういうコマしはやめな。あの手紙読んだから、ココにいるんだろ?」
おさげを払い、スケバンが鼻で笑う。
下町高校の頂点、"四次元ポッケ"のシズカだ。
赤テープが巻かれた斜めがけバッグは開け放たれ、いくつもの道具が覗いている。
「タイマンに呼び出しといて遅刻。ご自慢の"ポッケ"には、時計も無いわけ?」
「ああ、そりゃ悪い。ハンパなチーマーどもにふっかけられちまってね。ゼンゴロシキメてきたところさね」
シズカが指をパチンと打ち鳴らすと、舎弟が一斉に学生鞄をひっくり返す。
河川敷に、折れ曲がった学生証が散らばった。
「フジ市のウレモンは、アタイだけでいい。次はアンタがこうなる番さ」
ミヨはシガレットチョコを川に投げ、気怠く立ち上がった。
相手が誰だろうが、売られた喧嘩は買わなければならない。
それが、スケバンだからだ。
「あん? ドーグは?」
「いらない。ステゴロで充分」
「ナメてくれるじゃないかい。アタイはネンショーにだって……」
「能書きはいいから、かかってきなよ」
「中坊がっ!!」
声を荒げたシズカが、バッグに片手を突っ込む。
ベイゴマ三つが飛来。
躱したミヨは、そのまま距離を詰めた。
拳を握った直後に、悪寒。
ブオンッ。
「やるじゃないか。伊達にボッチじゃないね」
鼻先をかすめたのは、伸縮式ライトセーバー。
理に適った得物だ。
しかも、EP3のアナキン仕様。
伊達じゃないのは、相手もそうらしい。
ミヨは口元を緩め、獣のように姿勢を低くする。
「シね」
呟いたシズカが、短いエアガンを取り出した。
パパパと三連射。
BB弾の偏差射撃をくぐり抜けるも、ミヨの視界から敵が消える。
上だ。
巨体が宙を舞い、青い光刃が振り下ろされる。
半身で回避。
だが大振りのセーバースピンが絶え間なくミヨを襲う。
隙を──いや、隙はエアガンが消している。
「掃除が大変でしょ」
「バイオ弾だよ!」
弾切れの直後、巨体がまた跳んだ。
尖った文房具が降り注ぐ。
回避しきった先に、また斬撃。
アクロバティックなフォームを"四次元ポッケ"で補う攻めは、一校のヘッドに相応しい。
「あはは、口ほどにもない! 拍子抜けだねぇ!!」
シズカの罵倒を無視して、ひたすら猛攻を凌ぐミヨ。
舎弟が野次を飛ばし、外野で嗤っている。
「…………」
ミヨは最初から決めていた。
一撃だ。
一撃で、ケリをつける。
バカに群がられるのは、もううんざりだから。
ボキッ。
いなしたライトセーバーが、石を叩いてへし折れる。
シズカの舌打ち。
ミヨは一瞬で懐に入った。
そして。
「ナメんなっ!」
"ポッケ"から新たなセーバー。
居合い抜きだ。
でも関係無い。
刃を掴み、拳を握り。
「じゃあね」
アッパーが顎を捉える。
巨体が吹っ飛び、顔面から落ちた。
野次が止まった。
河川敷に静寂が戻る。
ミヨは転がったライトセーバーを拾い上げた。
ベイダー仕様だ。
奥の手で間違いない。
きっちり、全力は出させてやった。
「これで満足?」
「ぐっ……チグ、ショウ……!」
息も絶え絶えに差し出された学生証を受け取り、ミヨはスカートの砂埃を払う。
「言いふらしといてよ。『ザコは寄ってくんな。カクゴある奴限定』って」
「あぁ゛っ……!?」
「だって、ダルいから。そろそろ受験だし」
「っ。ゴダ高のジャイが黙ってないよ……!」
「ウレモンは自分だけでいいんじゃなかったの? ヨソの名前出してイキがるの、ダサすぎ」
唇を噛み、俯くシズカ。
ミヨはそのまま帰ろうとして、ふと敵の旗に目をやった。
青地に白墨で書かれた、"怒羅獲悶"の旗。
「あんたのアレ、どっち?」
「……のぶ代」
ミヨは笑み、シガレットチョコを取り出した。
「分かる」
──あたしも、同じだから。
心の中で、ようやく言葉が形になる。
小石も自分も、スケバンという存在も全部同じ。
いつかは、大きな流れの中で消える存在。
それでもいい。
それでも今の自分は、スケバンなのだ。
そうなったからではない。
そうありたいと思い、そうしてきたからだ。
シュボッ。
「駄菓子屋寄って帰ろ」
シガレットチョコを咥えて、ミヨは河川敷を去った。