「君は後回しでいい」と言われ続けた婚約者ですが、待たされた三年で王都中の「一番」になっていました ~破棄された翌朝から、玄関に招待状が積み上がっていく~ 作:aquali
ローテンブルク侯爵家の婚礼の招待状は、三日経っても、玄関の脇で私を待っている。
差出人の筆跡は、元婚約者の母君のものである。息子の婚礼の招待状を、母君が書く家なのだ、あちらは。
お受けする気は、ない。出向いてご覧なさい、社交界は一年ぶんの見世物を得て、私は一年ぶんの噂を得る。……では、お断りすればいい。それだけの話である。
それだけの話が、できないのである。断りの文を書こうとすると、ペン先が紙の上で立ち止まる。「断る」という言葉は、私の耳には、どうしても「捨てる」に聞こえるのだ。捨てられた側の癖、と言ってしまえばそれまでだけれど、癖というものは、名前を付けたくらいでは治らない。
執事のエーバーハルトが、黙って玄関の脇に小さな机を置いた。
「……何かしら、これは?」
「お返事待ちのお席で、ございます」
招待状にも、待合の椅子が要る時代になったらしい。保留、というのは便利な言葉である。断っていない。受けてもいない。……三年、私が置かれていた場所の名前でもある。置く側に回ってみると、なるほど、楽なのだ。楽で、少しだけ、後ろめたい。
……いえ。三年の保留と、今日の保留は違う。あちらは呼ぶ気のない保留で、こちらは、傷の手当ての保留である。そういうことに、しておく。
気を取り直して、今日の一通。楽団長メルヒオール氏の演奏会である。新しい曲を、どうか一番に、とある。
天井の高い音楽堂は、音の残りが長い。終わった音が消えるまでの一拍まで曲のうちである、と教えてくださったのは、ほかならぬ楽団長である。
夜の音楽堂で、新曲は、たいそう美しい。語彙が貧しくて申し訳ないけれど、音楽の感想というものは、だいたい語彙の外で起こるのである。
気がつくと、指が膝の上で拍子を取っている。三年、音楽は幕間の廊下で聞くものだった。座って聴く音は、こんなに近いのである。
――二年前の冬。
私はこの音楽堂で、置き去りにされたことがある。先に帰る、君は最後まで聴いていていい――あの方の優しさは、いつも、優しさの形をした無関心だった。あの晩、隣の席には彼の
終曲の前に、譜めくりの係が青い顔で下がってしまう。楽譜の読める方は、と楽団長が客席を見回して――気がつくと、私は譜面台の横に立っていたのである。
困りごとを一つ伺った。若い弟子が、客の前だと萎縮してしまう、と。次の演奏会で、答えを持って行ったのである。
「初舞台の客席に、知った顔をひとつ、置いておあげなさいませ。目が泳いだら、そこへ戻ればよろしいの」
以来、弟子たちの初舞台の日は、私の席が決まっている。萎縮した目が泳いで、戻ってくる場所である。
今夜の独奏は、あの弟子だった。目は、もう泳がない。泳がないのに、弾き終わってから、まっすぐ私の席を見て頭を下げるのだから、参ってしまうのである。
演奏会からの帰り、屋敷の門の前に、人影がひとつ立っていた。……リディア様である。
「夜分に、申し訳ございません。その、どうしても、お伝えしたくて」
街灯の下の彼女は、幸せの匂いと、置き場のない罪悪感を、半分ずつ提げて立っている。
供の侍女を遠ざけて、彼女は言った。三年間、形だけの婚約だと聞かされていたこと。信じてしまったのは自分であること。婚礼の招待状は侯爵夫人が体裁のために送ったもので、煩わせるつもりは、決して――。
「リディア様」
私は、途中で止めた。
「あなたが謝る筋では、ありませんわ」
「……ですが」
「お幸せになってくださいましな。あの方と、ちゃんと。……でないと、わたくしの三年が、報われませんの」
彼女は泣きそうな顔で笑って、何度も頭を下げて帰って行った。憎めたら楽だったのに、と思う。思ってから、嘘だと気づく。憎まずに済む相手で、本当は、ほっとしているのである。
三年、この方に嫉妬しなかったと言えば、嘘になる。ただ、嫉妬の宛先はいつも、彼女ではなく――彼の隣という場所のほうだった。……今は、どちらも要らない。
――ところで。
門の
「……通りがかりです」
「今夜は、星が出ておりますけれど」
「夕立の予報でした。降りませんでしたわね、とあなたが仰る前に申し上げますが、降らなかったのは、予報の落ち度です」
「まあ。傘が二本ありますのは?」
「……偶然です」
二本目の傘が、どなたの分だったのかは、聞かないでおく。それが、たぶん、散歩仲間の作法である。
変な言い訳を残して、偶然は帰って行った。玄関の小机の上では、あの一通が、まだ返事を待っている。……婚礼の朝が、近い。