Fate/Grand Order -Cosmos Ark-   作:みそそ

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第1話

冠位時間神殿ソロモンにおける決戦は、人類の勝利という形で幕を閉じた。

 

二〇一六年の終わり。燃え盛る数多の特異点はすべて修復され、焼却された人理は確かな質量を伴って元の位置へと戻りつつある。

 

それは紛れもない奇跡であり、ひとつの少年の、少女の、そして名もなき数多の魂が命を賭して掴み取った栄光の結末であった。

 

しかし、カルデアの管制室を満たす空気は、決して歓喜一色というわけではなかった。

 

人理修復の立役者であるマスター、藤丸立香と、その盾たるマシュ・キリエライト。彼らの表情には、大いなる旅を終えた安堵とともに、決して埋まることのない深い、深い、喪失の影が刻まれている。

 

ロマニ・アーキマン。

彼らを守り、導き、そして最期にその身のすべてを捧げて消滅した男の残した椅子は、あまりにも静かで、あまりにも冷たかった。

 

「……終わったのだな」

 

誰にともなく、呟くような声があった。

管制室の片隅、大型のモニターを見下ろす位置に、腕を組んで佇む黄金の影。ギルガメッシュであった。

 

ウルクの賢王としての霊基で現界している彼は、いつもなら響かせるはずの傲然たる高笑いすら見せず、ただ冷徹に、地球ドップラーの計器が示す「正常化」の数値を眺めていた。

 

彼とて、この人理修復の旅がどれほど過酷なものであったかは理解している。己が愛した人類の、底力とも言うべき輝きを、第七の特異点で見届けた身だ。この勝利には、それなりの敬意を払っても良いとさえ思っていた。

 

ふと、王の網膜が、微かに爆ぜた。

 

「ぬ……?」

 

黄金の瞳が、僅かに細められる。

彼の内にある、己の意志とは無関係に未来を映し出す最高位の宝具――『千里眼』が、不吉なノイズを拾い上げていた。

 

サーヴァントとして現界している今、その精度は生前ほどではない。だが、それでも王の視界は、本来この後に訪れるはずの「別の危機」を捉えようとしていた。

 

それは地球の歴史そのものの書き換え。白紙化される世界と、七つの異聞帯。星の主導権を巡る、身内同士の小賢しい「地球の模様替え(上書き合戦)」――。

 

だが、おかしい。

王の千里眼が捉えたノイズは、その『予定されたはずの第二の危機』すらも、さらに上から暴力的に押し潰し、断絶させていく。

 

(因果の糸が……消える? いや、書き換わっているのではない。物理的に、消滅している……!?)

 

ギルガメッシュの背筋を、生前ですら味わったことのない異様な戦慄が駆け抜けた。

彼の千里眼が映し出したのは、魔術や神秘といった「地球のルール」に基づくものではなかった。それはあまりにも無慈悲で、あまりにも冷酷な、圧倒的上位の『現実』。

 

――視えたのは、暗黒の宇宙であった。

 

地球の衛星軌道上を埋め尽くす、見たこともない鋼の群れ。高度な幾何学的構造を持ち、星の光すらも遮断する、超巨大な宇宙艦隊。

 

異星の神だの、ビーストだのといった地球内の概念を鼻で笑うような、遥かなる高次元の文明がそこにはあった。

 

そして、その中心にある旗艦の砲門が、冷たく明滅する。

 

次の瞬間、放たれたのは極大の光線。

大気が一瞬で引き裂かれ、海が沸騰し、地球という惑星そのものが、内側からボロボロと砕け散っていく。

 

魔術のテクスチャが剥がれるだのといった生温いレベルではない。質量を持った天体が、文字通り粉々に破砕され、宇宙の塵へと変わっていく絶対的な終焉のビジュアル。

 

そこには希望も、反撃の余地も、神の慈悲すらも存在しなかった。

ただ、圧倒的な科学の暴力による「害獣の駆除」があるのみ。

 

ギルガメッシュが見ていた「未来」の選択肢は、その光の一撃によって、完全に、ただの一行の空白へと叩き潰された。

 

「……何、だと……」

 

ウルクの賢王の唇から、驚愕の言葉が漏れる。

確定してしまった。あの超巨大艦隊の来襲と、地球の物理破壊。それはもはや、いかなる英雄を召喚しようとも、いかなる聖杯の奇跡を以てしても、絶対に覆すことのできない「確定した未来の空白」であった。

 

(猶予は……数日。あるいは、数時間か)

 

管制室の計器は、今も暢気に人理修復の成功を祝い、緑色のシグナルを灯し続けている。藤丸立香たちは、まだ何も知らない。

 

ギルガメッシュは、ゆっくりと己の拳を握りしめた。その脳裏で、これまでの人類の歩みが、ウルクの民の笑顔が、そしてこのカルデアが積み上げてきた全ての記録が、走馬灯のように駆け巡る。

 

王の瞳から、驚愕が消え去る。代わりに宿ったのは、燃え盛るような、極冷の烈火。

ウルクの賢王は、その一瞬で、すべてを割り切った。

 

(――地球の模様替えなどで遊んでいる場合か。本物の害獣が、庭そのものを粉砕しにやってくるのだぞ)

 

悲しむ時間は一秒たりともない。感傷に浸るなど、王のすることではない。

 

生き残る道は、ただひとつ。

ギルガメッシュは管制室の片隅から、ついに一歩を踏み出した。その足音が、死にゆく静寂のカルデアに、冷たく、重く響き渡る。

 

コツ、と硬質な足音が管制室に響いた。

そのあまりに鋭く、緊迫感に満ちた気配に、ロマニの遺した中央ホログラムを見つめていた藤丸立香とマシュが、弾かれたように振り返る。

 

「ギルガメッシュ、王……?」

 

「先輩、何か様子が――」

 

マシュの言葉は最後まで続かなかった。

ギルガメッシュは二人の前を無言で通り過ぎると、管制室の中央制御壇へと歩を進め、迷いなくその黄金の腕を突き出した。

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 

空間が波紋のように歪み、眩い黄金の光が溢れ出る。だが、現れたのは剣でも槍でもなかった。神代の、あるいはさらに古い時代の、禍々しいまでの魔力を放つ未知の「結晶体」の群れ――。

 

ギルガメッシュはそれを、カルデアの基幹演算器、そして『霊子演算器・トリスメギストス』の接続端子へと力技で叩き込んだ。

 

[i:警告、警告。未知の魔術回路の接続を確認。システム・シバ、一時的な機能不全を検知。ストレージの異常拡張が開始されます――]

 

「な、何をするのさ君は!?」

 

モニター越しに、技術顧問であるレオナルド・ダ・ヴィンチの悲鳴のような声が響く。

 

「強制ジャックだと!? ギルガメッシュ、いかに君が最高位の英霊であろうとも、このカルデアのシステムは人理の守り手たる――」

 

「黙れッ!!」

 

管制室の窓ガラスが震えるほどの、烈な怒号だった。

 

いつもなら嘲笑を湛えているはずの賢王の顔には、ただの一片の不敵さもない。あるのは、凍てつくような、しかし世界を圧するほどの圧倒的な覇気と決意。その凄絶な眼光に、藤丸は息を呑み、言葉を失った。

 

「四の五の言う猶予など、我が千里眼の瞬き一回分とて残されていない! 泣き言を並べ、ロマニという男の死に浸る時間は終わった。藤丸立香、マシュ、そしてそこの天才(人形)よ。耳の穴をかっ穿いて、王の号令を聴くが良い」

 

ギルガメッシュは背後のモニターを指し示す。そこに映る地球ドップラーの緑の光を見据えたまま、彼は告げた。

 

「地球は死ぬ。あと数時間で、完全に、粉々に砕け散る。異星の神だの、人理の歪みだのといった小賢しい内輪揉めではない。遥か高次元の文明を持った本物の害獣どもが、この星そのものを圧殺しにやってくる」

 

「え……? 地球が、砕ける……?」

 

マシュが血の気の引いた顔で呟く。藤丸もまた、目の前の光景が信じられないように立ち尽くした。人理を修復し、ようやく未来を取り戻したはずだった。なのに、今度は星そのものが消滅する。あまりの不条理に、管制室のスタッフたちからも動揺の叫びが上がる。

 

「嘘だ、そんな観測データはどこにも――」

 

「我が見たッ!!」

 

 ギルガメッシュは一喝し、自らの胸を叩いた。

 

「我が千里眼が、寸分の狂いもなくその絶対的な滅びの未来を捉えた。覆す手段は、この地球上のいかなる神秘を以てしても存在せぬ。ならば――残された唯一の生存ルートを選ぶまでよ」

 

ギルガメッシュの背後で、魔術改造を施されたトリスメギストスが、悍ましいほどの速度でデータを書き換え始めていた。王の蔵から吐き出された無限の容量を持つストレージが、カルデアの全ての記憶を呑み込んでいく。

 

「汎人類史のバックアップ。そして、お前たちがこれまで命を懸けて旅をし、記録してきた、ありとあらゆる特異点、異聞、世界の可能性のデータ……カルデアの全ストレージを、今すぐこの『方舟』のデータ領域へコピペしろ!」

 

「方舟……って、君、まさか――」

 

ダ・ヴィンチの声が、驚愕で震える。

 

「そうだ。星を救えぬのなら、人類という種の『記録』を載せて、この絶望のテクスチャから脱出する。肉体などという脆き器は捨て置き、二次元の霊子データとしてすべての魂をこの船に匿う。新たな故郷、新たな入植の星を見つけるその時までな!」

 

これまでの旅のすべて。出会ったサーヴァントたちの記録、救った人々の想い、失った男の記憶すらも。すべてを連れて、この地球を捨てる。

 

あまりに冷徹で、あまりに強引な、けれど人類を一人たりとも溢れさせないための、最大最悪の救済措置。

 

「だが、誰がその、データとなった人類を乗せる船の舵を取るというんだい? 宇宙空間は地球の守りがない。魔力は枯渇し、普通の英霊では一瞬で霧散するよ」

 

ダ・ヴィンチの、技術者としての冷徹な問い。

 

「フン、そのための『船』だ。そして、その航路に相応しい主を、我が魔力を以てこれより現界させる」

 

ギルガメッシュが床に刻まれた召喚陣へ向けて、莫大な魔力を解き放つ。

カルデアの電力が明滅し、トリスメギストスの演算が臨界を迎える。眩い白銀の光が管制室を埋め尽くし、光の粒子が収束していく。

 

「――やあ、賢王。ずいぶんと手荒な招集だね」

 

光の中から現れたのは、どこか親しみやすく、それでいて深淵のような瞳を持った一人の青年であった。その身に纏う気配は、人類の救い手として最上位に位置する霊基――グランドクラス。

 

「けれど、ボクの『方舟』が必要なほどの未曾有の大洪水(滅び)が迫っているのは確からしい。……喜んで、人類の未来の舵を取ろう」

 

世界最古の航海者。大災害からあらゆる生命の種を救い上げた救世の主、グランドライダー――ノア。

 

彼が不敵に微笑んだ瞬間、カルデアの全システムは、地球を脱出するための巨大な「星間方舟」へと、完全にその姿を変え始めた。

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