Fate/Grand Order -Cosmos Ark-   作:みそそ

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第3話

大気を引き裂く轟音は、宇宙に出た瞬間に完全な静寂へと反転した。

 

霊子戦艦へと変貌を遂げたカルデア――『ノアの方舟』は、U-オルガマリーという極超の炉心を得て、青き地球の引力を振り切り、冷たい暗黒の虚空へと滑り出す。

 

「……あれ、は……」

 

マシュの、震える指先が窓の向こうを指し示した。

方舟のメインモニターが映し出したのは、ギルガメッシュが千里眼で予知した通りの、最悪を遙かに超えた絶望のビジュアル。

 

星の光さえも遮断する、幾何学的で巨大な鋼の群れ。地球の全天を埋め尽くすほどの密度で現界した、高度文明の異星艦隊。

 

魔術だの、人理だのといった地球内のルールなど、最初から一切持ち合わせていない。ただ天体を『駆除』するためだけにやってきた外宇宙の暴力。

 

その旗艦の砲門が、極白の輝きを放った。

放たれたのは、熱量という概念さえ超越した、純粋な消滅の光線。

 

――直撃。

 

それはあまりにも一瞬の出来事だった。

光線が突き刺さった瞬間、地球の地殻はガラスのようにひび割れ、海は瞬時に蒸発し、マントルが宇宙空間へと噴き出す。

 

人理がどうだの、歴史の書き換えがどうだのといった生温いレベルではない。青かったはずの母星が、内側からボロボロと砕け散り、質量を持った天体そのものが「塵」へと変わっていく。

 

「嘘……地球が……」

 

藤丸立香は、目の前の現実を受け止めきれず、膝から崩れ落ちた。マシュもまた、盾を握る力を失い、ただ壊れゆく世界を涙の滲む瞳で見つめることしかできない。

 

だが、その破滅の光景の最中、さらなる『異変』が起きた。

 

『――観測データに異常あり! 地球の崩壊熱が、外側へと拡散していません! これは、重力収縮……ううん、違う! 星の意思そのものが、エネルギーを内側に閉じ込めている……!?』

 

ダ・ヴィンチの、悲鳴に似た驚愕の解析結果が管制室に響き渡る。

砕け散る地球の亡骸から、突如として眩い、血のような紅い光の触手が無数に伸びた。

 

それは地球の意思、ガイア。

星は、ただ無慈悲に破壊されたのではなかった。自らの細胞であり、時に反目し、時に愛憎を共にしてきた我が子――『人類のデータ』が完全に宇宙へ脱出したのを、その最期の瞬間に、確かに見届けていたのだ。

 

[i:――行け、我が愛しき遺児たちよ]

 

声なき星の咆哮が、方舟の全システムを震わせたかのように錯覚する。

 

地球は砕け散る寸前、最期の力を振り絞り、自らの死のエネルギー(天体崩壊の熱量)を、指向性を持った「超重力の檻」へと変換。地球を破壊した異星の艦隊群を、その強力な引力でガチリと捕らえ、逃がさない。

 

「星自身が……敵の艦隊を、道連れにしようとしているのか……!」

 

艦長席のノアが、息を呑んで呟く。

次の瞬間、地球は、その生命のすべてを懸けた最大最悪の「自爆」を敢行した。

 

まばゆい超新星爆発のような光が宇宙の闇を白く染め上げ、超重力の檻に囚われていた異星の超巨大艦隊は、防壁を展開する暇すら与えられず、母なる星の最期の抱擁(爆発)に巻き込まれ、跡形もなく消滅していった。

 

光が収まったあと、窓の外に残されていたのは、かつて青かった星の亡骸さえ存在しない、ただただ冷たく、静まり返った暗黒の宇宙だけであった。

 

星は最期に、我が子を宇宙へと逃がすための『盾』となり、侵略者をもろとも巻き込んで散ったのだ。その壮絶な神話の終焉を、方舟の人々は、ただただ圧倒的な喪失感の中で見つめ続けるしかなかった。

 

何もかもが消え去った。

窓の外に広がるのは、かつて人類が「故郷」と呼んだ星の、微かな塵さえ残っていない絶対的な虚無。

 

「……嘘。嘘でしょ……?」

 

方舟の中央、ホログラムとして投影されていたU-オルガマリーの姿が、激しく明滅した。

 

彼女の全身から「地球大統領」としての尊大で不敵な虚飾が、文字通り綺麗に剥がれ落ちていく。残されたのは、あまりの衝撃と恐怖に、ただただ目を見開き、子供のように震える一人の少女の心(オルガマリー所長)だけだった。

 

「私の……地球が……消えちゃった……? う、嘘よ、そんなの認めないわよ……! 私はあそこに戻って、あそこを支配して、みんなに認めさせて……っ、嫌ぁぁぁぁぁっ! 嫌よ、怖い、怖い、怖いぃぃぃっ!」

 

頭を抱え、しゃがみ込んで泣き叫ぶホログラムの少女。存在しないはずの涙が、光の粒子となって彼女の頬を伝い落る。

 

人理を修復してもなお、帰るべき場所は最初から用意されていなかった。その残酷な現実に、藤丸もマシュも、かけるべき言葉を持たず俯くことしかできない。

 

そんな少女の前に、静かに、影が差した。

 

「……またこんなことが起きるとはね」

 

艦長席を立ち、ホログラムの彼女の前で膝を突いたのは、銀髪の青年――ノアだった。その眼差しは、遥か神代に「世界が水に沈む絶望」を誰よりも近くで見つめ、それでも命を繋いだ男にしか宿らない、底無しの優しさに満ちていた。

 

「けれど、安心していい。星はボクたちを逃がしてくれた。君がこの船の環境を、守ってくれたから、ボクたちは今もこうして生きている。……頼りない大統領かもしれないけれど、君は立派に、ボクたちを救ったんだ」

 

「の、ノア……」

 

「ボクはグランドライダー、ノア。この命に代えても、この船に乗る全ての人類(きみたち)を、新たな星へと送り届けるよ。――もう一度、初めからやり直そう」

 

ノアの圧倒的な包容力を持った言葉。そして、彼女の炉心を通じて流れ込んでくる、人類がこれまでに生きて、祈り、積み上げてきた『アラヤの全データ』の温もり。

 

それに触れたオルガマリーは、小さくしゃくり上げながらも、そっと涙を拭った。彼女の中に眠る「人類を守り、導き、認められたい」という本質が、今度こそ正しい形として、この方舟のマスターとして覚醒した瞬間だった。

 

「航路は示した。あとは精々、溺れぬよう舵を取るが良い。」

 

それまで黙って状況を見ていたギルガメッシュが、腕を組み直して冷徹に告げた。

彼の指し示した方舟の計器には、千里眼が捉えた「地球の代わりになり得る、遥か彼方の居住可能惑星」の正確な座標と方角が、黄金の光となって刻まれている。

 

「フン、相変わらず手厳しいな。けれど、確かな道標(ゴール)は受け取ったよ、賢王」

 

ノアが不敵に笑うのを確認すると、ギルガメッシュはフイと背を向け、騒然とする管制室から一人静かに去っていった。

 

――コツ、コツ、と足音が遠ざかる。

 

彼が向かったのは、管制室から少し離れた、人通りのない冷たい居住区の廊下だった。

 

ガラス越しに、母星の亡骸さえ残っていない暗黒の宇宙が広がっている。ギルガメッシュは窓の前に立ち、組んでいた腕を解いて、ただ無言でその広大な虚無を見つめ続けた。

 

誰もいない、静寂。

決して弱みなど見せぬと誓った。藤丸立香たちの前では、地球の崩壊による移住など「ただの引越し」だと冷徹に切り捨ててみせた。感傷に浸るなど王のすることではない、と己に言い聞かせて。

 

けれど――彼の傲然たる黄金の瞳から、一筋の涙が、静かに頬を伝って流れ落ちた。

 

彼にとって地球とは、あの懐かしきウルクを含め、自分が誰よりも愛し、見守り、時にその裁定を下してきた「庭」そのものだった。

 

その愛おしき庭が、完全に失われてしまったという、言葉にできぬほどの絶大な喪失感。己の最高位の千里眼を以てしても、地球そのものの死を回避する未来へ書き換えられなかったという、無力感と悔しさ。

 

人類への深すぎる愛ゆえに、王は、誰にも見られぬ暗がりの廊下で、静かに、人知れず涙を流したのだった。

 

 

どれほどの時間が経っただろうか。

ギルガメッシュは溢れた涙を指先で拭うと、フッといつもの傲然たる不敵な笑みをその唇に呼び戻した。背筋を伸ばし、再び支配者としての歩調で、彼は皆の待つ管制室へと戻っていく。

 

方舟の中央では、涙を止めた大統領オルガマリーが「私がこの船のシステムを完璧に統括してやろう!」とネイビーの制服姿を誇らしげに翻し、ノアが「頼りにしてるよ」と舵を握っている。

 

肉体を失い、情報(データ)となった全人類と、その集合無意識(アラヤ)を乗せて。魔力供給の制約から、有事の際だけデータから実体化する英霊たちが、明日のために牙を研ぐ。

 

失われた過去(人理)を取り戻す旅は、ここで終わった。

 

誰も見たことのない、人類の新たなる故郷(未来)を拓くための、壮大なる「星間航海」が、今ここに幕を開ける。

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