Fate/Grand Order -Cosmos Ark- 作:みそそ
「――おい現代の魔術師、いつまで寝ている。我が新世界の内政を行う知恵を貸せ。叩き起こしてやるから、さっさと算盤の準備をはじめよッ!」
ギルガメッシュ王の不敵な号令が管制室に響き渡ると同時に、方舟の基幹ストレージが僅かに駆動音を上げた。
霊子演算器の変換ラインから白く眩い光の粒子が溢れ出し、それが徐々に、一つの馴染み深い人間の形へと収束していく。
「……ん、あ、あぁ……」
深い眠りから引き剥がされた男は、長い髪を片手で押さえながら、酷く不機嫌そうに顔を顰めた。
長めのコート。どこか疲弊した陰気な佇まい。カルデアにおいて諸葛孔明の依代として召喚され、数々の特異点をその知恵で導いてきた男――ロード・エルメロイⅡ世であった。
「……やれやれ。人理修復が終わり、ようやく時計塔へ戻って溜まりに溜まった書類仕事と格闘できると思っていたのだがね。なぜ私の霊基が再び、このような緊迫した戦場のような場所に呼び出されているんだい?」
エルメロイⅡ世は懐から慣れた手つきで葉巻を取り出し、マッチを擦ろうとした。だが、周囲の様子が、自分の記憶しているカルデア管制室とは全く異なっていることに気づき、その手が止まる。
焦げ付いた魔術回路の臭い。ひび割れた窓。そして何より、いつもなら満ち溢れているはずの「地球の
「状況が掴めないかい、魔術師」
艦長席のノアが、痛ましそうな、けれど酷く引き締まった声をかける。
「ノア……? それに、ギルガメッシュ王。君たちが揃って現界していて、この尋常ならざる静寂は何だ。マスターやマシュはどうした?」
「フン、余計な前置きは省いてやる。耳の穴をかっ穿いて、王の言葉を刻むが良い」
ギルガメッシュは一歩前に出ると、一切のオブラートに包まず、その冷酷な事実を突きつけた。
「地球は壊れた。粉々に粉砕され、もう宇宙の塵しか残っておらん。そしてこの未知の惑星への墜落により、我らが積んでいた神話の原典は大破し、魔術も完全に消失した。貴様も我も、一度死ねばデータごと消滅して二度と復元できぬ『ただの人間』に成り下がったぞ」
ぽとり、と。
エルメロイⅡ世の指先から、火を灯されることのなかった葉巻が床へと落ちた。
「……何……を、言っているんだ、君は」
エルメロイⅡ世の声が、微かに震える。
「冗談……にしては、悪趣味がすぎるぞ。地球が滅びただと? 魔術が使えない? 英霊の不滅性が消え、一度死んだら終わり……? 馬鹿な、そんな世界のルール崩壊が、あってたまるものか……!」
「嘘じゃないわよ。私の魔術回路だって完全に沈黙してる。なのに、この星の『別の力』のせいで、私はこうしてホログラムとして縛り付けられているのよ!」
中央で明滅するU-オルガマリーのホログラムが、悲痛な叫びを上げる。
エルメロイⅡ世は自分の掌を見つめ、自身の魔術回路へ意識を向けた。……沈黙。冷え切った機械のように、1ミリの駆動音すら返ってこない。
彼自身に宿っていた諸葛孔明の『原典の知識』の多くも、霧が深くかかったように引き出せなくなっていた。残されているのは、カルデアでの戦闘記録データと、ロード・エルメロイⅡ世としての「人間の頭脳」だけ。
事実だ。すべてが、最悪の形で噛み合っている。
「……く、っ……」
ロード・エルメロイⅡ世は激しい眩暈に襲われ、額を押さえてよろめいた。
胃が。かつての第四次聖杯戦争の時ですら味わったことのない、悍ましいほどの激痛が彼の胃壁を雑巾のように雑に絞り上げる。
地球の消滅。人理修復の旅のすべての終わり。たった一つの有限の命。あまりにも理不尽で、あまりにも絶望的な、世界で最も難解な大難題。
泣き言を言って、その場にへたり込むことは簡単だった。
だが、彼は、かつて最も無力な「最弱のマスター」として地獄を這い回り、現代では限られたリソースのやりくりだけで数多の教え子を導いてきた、不屈の凡人であった。
「……ふ、ぅ……」
エルメロイⅡ世は深く、深く息を吐き出すと、落ちた葉巻を拾い上げることなく、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
彼の瞳から、動揺が消える。代わりに宿ったのは、最悪の状況だからこそ冴え渡る、極冷の『軍師』の理知。
「やれやれ……。胃に穴が空くどころか、最初から擦り切れて存在しないレベルの大難題だ。……だが、泣き言を並べようが、怒り狂おうが、失われた星は戻らん。そして、王がわざわざ私を最初に起こしたということは……算盤を弾け、ということだろう?」
「その通りよ。絶望する雑種どもを導くには、貴様のような世俗の知恵がよく似合う。」
ギルガメッシュが不敵に笑う。
「よし、観念しよう。これより、全、元・英霊を順次目覚めさせる。――だが王よ、覚悟しておいてくれ。彼らにこの現実を告げた時……方舟は、不時着以上の大混沌に陥るぞ」
軍師としての覚悟を決めたロード・エルメロイⅡ世の手により、眠れる元・英雄たちの入ったストレージのロックが、次々と解除されていくのだった。
プシュー、と無機質な排気音があちこちで鳴り響き、トリスメギストスのカプセルが次々と開放されていく。
白光の粒子とともに、データ休眠から引き揚げられた元・英霊たちが次々と現界し、管制室の床に足をついた。
だが、彼らが覚醒の安堵に浸る時間は、一秒たりとも与えられなかった。
「――全員、静粛に。取り乱さずに私の話を聴いてくれ」
エルメロイⅡ世の酷く掠れた声が、室内のざわめきを強引に抑え込む。
その隣に立つギルガメッシュ王は、腕を組んだまま沈黙していた。
その異常なまでの緊迫感に、目覚めたばかりの元・英霊たち――騎士王、反逆の騎士、征服王、数々の神話の英雄たちが一斉に視線を注ぐ。
そして、ロード・エルメロイⅡ世の口から、一切の加減を排した「現実」が告げられた。
自分たちが命を懸けて繋いだ地球が、宇宙の塵となって完全に消滅したこと。
この星の不可思議な法則により、魔術が消え去り、神話の原典データが大破したこと。
そして――彼らはもう
静寂。
心臓の鼓動すら止まったかのような、永い、永い一瞬の静寂。
直後、管制室は、不时着の衝撃を遥かに凌駕する『巨大な絶望の渦』へと叩き落とされた。
「……嘘だ。そんなことが、あってたまるか……!」
ある英雄は、窓の向こうに広がる琥珀色の見知らぬ大地を見つめたまま、魂の抜けた殻のように呆然と立ち尽くした。
人理を守れば、あの懐かしい故郷の街並みが、人々が戻るはずだった。そのすべてが最初から存在しないという現実を受け入れられず、精神を拒絶の海へと沈めていく。
「おのれ……おのれ、おのれぇぇぇッ!!」
激昂の咆哮を上げ、狂ったように管制室の隔壁を殴りつける英霊がいた。拳から血が噴き出ようとも構わず、このあまりにも理不尽な運命と、己の無力さに対する怒りを暴力へと変えて暴れ狂う。
「……あ、あはは。なんだ、そうか。地球はないのか。私たちの神話も、もうどこにも残っていないのか。あははははは!」
許容量を超えた絶望に脳を焼かれ、壊れた人形のようにひたすら笑い声を上げ続ける者さえいた。
その狂気を含んだ笑い声は、管制室のあちこちから漏れる、帰らぬ故郷のために顔を覆って咽び泣く者たちの泣き声と混ざり合い、この世の地獄のような不協和音を奏でていく。
神話の無敵性を奪われ、明日をも知れぬ命となった英雄たち。
彼らは今や、恐怖し、絶望し、涙を流す、ただの「脆き人間」に過ぎなかった。
「ギルガメッシュ……王……ッ。貴様、なぜこれを知りながら、我らをこのような場所へ連れてきた……!」
涙を流し、怒りの矛先を黄金の王へと向ける英霊がいた。天の鎖もなく、宝物庫の輝きもない王。ただの人間となったはずの彼を、今にも引き裂かんばかりの殺気が包み込む。
だが、ギルガメッシュは微動だにしなかった。
怒号と涙、狂気の笑いが吹き荒れる管制室の真ん中で、王はただ真っ直ぐに胸を張り、すべての絶望の視線を受け止めていた。
「フン、雑種どもが。神話の殻を剥がされ、たった一つの命になった途端にそのザマか」
王の唇が、ゆっくりと不敵に吊り上がる。
その瞳には、彼らのパニックを冷笑する色などない。あるのは、全てを失ってなお、彼らを一瞥で従わせる圧倒的な「黄金の精神」の輝き。
「泣きたければ泣け。怒りたければ吼えよ。だがな――我らはまだ生きているぞ。生きているならば、ここから何とでもなると我が言ったはずだ。命が一つしかないのであれば、その一つを以て、この新天地に新たなる神話を刻めば良いだけの話よ!」
王の圧倒的な一喝が、混沌に揺れる管制室を激しく震わせた。
一度死んだら終わり。地球はもうない。けれど、自分たちの胸には、カルデアで藤丸立香と共に歩んできた「絆」が、確かな記憶として残されている。
「……よし。泣き言の時間はここまでだ、お前たち」
ギルガメッシュの覇気に呼応するように、エルメロイⅡ世が胃を押さえながら前へ踏み出す。
「これより、この最悪の状況下で我々が生き残るための、具体的な『
神話が終わり、人間となった彼らの新しい生存戦略が始まろうとしていた。