Fate/Grand Order -Cosmos Ark- 作:みそそ
【擬似英霊召喚システム】の構築が急ピッチで進められる中、過酷な現実は何の前触れもなく開拓都市の門を叩いた。
未開のジャングルへと足を踏み入れていた【星の探検班】が、その生態系の頂点に君臨する、山をも超える巨大原生生物の奇襲を受けたのだ。
「いいから走れッ! 後ろを振り返るんじゃねえぞテメェら!」
咆哮を上げ、一本の木を背にして獰猛に牙を剥いたのは、【討伐班】のランサー――クー・フーリンであった。
本来の彼ならば、どれほど致命傷を負おうとも現界を維持する『戦闘続行』の神秘スキルを持つ不滅の影。しかし、今の彼の肉体は、一度死んだら霊基ごと消滅する「命が一つ限りの人間」に他ならない。
それでも、アイルランドの猛犬は一歩も引かなかった。仲間を逃がすための絶対の盾となり、ルーンの魔術すら封じられた生身の身体で、ただ一本の赤槍を振るい続ける。
皮膚が裂け、肉が抉れ、骨が砕ける。血みどろの死闘の果て、彼は己の限界を遥かに超越した執念で、ついに巨大原生生物を退けてみせた。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
「クー・フーリン……! 目を開けてくれ、おいッ!」
「メディカルセンターへ! 早く、早くラインを開けて!」
探索班の仲間たちに担がれ、血の海と化したメディカルセンターのベッドへ滑り込んだ彼の姿に、治療班のメディアやナイチンゲールが絶句する。
生身の心臓は辛うじて動いている。しかし......。
「だめよ……!地球の魔術が使えない。この星の資源での応急処置じゃ追いつかないわ!……あと数分で、彼の生命活動は停止するわ!」
メディアの悲痛な叫び。それは、この新天地で初めて「本物の英雄のロスト」が目前に迫ったことを意味していた。
「――いや、まだ終わらせんぞッ!」
緊迫の静寂を破り、部屋の扉を蹴り開けて現れたのは、煤まみれのニコラ・テスラとチャールズ・バベッジ、そしてダ・ヴィンチであった。彼らの背後には、突貫工事で組み上げられた、眩い超鉱物の光を放つ義体。
「ぶっつけ本番だが、【擬似英霊召喚システム】の緊急オペを執行する! クー・フーリンの脳内・身体データを抽出し、鋼鉄の義体へ滑り込ませるぞ!」
「待って、テスラ! まだ彼の神話の原典スペックがプログラム化できていないわ!」
エレナが叫ぶ。そう、神話の原典データは大破したままだ。彼の持つ本来の敏捷性や、あの必滅の呪いの魔槍をどうやって機械で再現すればいいのか。
「プログラムがないなら、今ここで作るしかない!」
ダ・ヴィンチがコンソールへ指を走らせ、メディカルセンターの全モニターに空の設計図を展開した。
「みんな、叫んで! 君たちの心に深く刻まれている、『クランの猛犬』の姿を! 君たちの
その言葉が、その場に集まった全員の魂に火をつけた。
「アイツのスピードはこんなものじゃない! 風よりも、稲妻よりも速かった!」
「あの絶望の底でも絶対に折れない闘志を、超鉱物エンジンの最大出力に上書きしろ!」
「あの必滅の赤槍の呪いだ! この星のエネルギーの指向性を、因果をねじ曲げるほど鋭く収束させれば、科学でだって再現できるはずだ!」
円卓の騎士やかつて競い合った英雄たちが、口々に己の記憶にある「クー・フーリンの強さ」を叫ぶ。
人間の記憶は完璧ではない。少し歪で、少し大袈裟かもしれない。けれど、それこそが彼らがカルデアで共に生きてきた『確かな絆』だった。
全員の想いが、二次元コードの奔流となって大破したストレージの隙間を埋めていく。テスラたちの手によって、彼の精神データが限界寸前で抽出され、琥珀色の超鉱物エネルギーが脈打つ「
「システム……オール・グリーン。結合率、限界突破……! いくよ、猛犬。――二度目の神話の始まりだ!」
ダ・ヴィンチのレバー操作とともに、激しい排気音を立ててカプセルのハッチが閉ざされ、鋼の英雄を創り出す緊急オペは臨界の閃光を迎えるのだった。
静まり返ったメディカルセンターに、激しい金属の駆動音と排気音が響き渡る。
カプセルのハッチが勢いよく跳ね上がり、立ち上る白煙の中から、ゆっくりと「その男」が姿を現した。
内部は鋼鉄の超合金装甲でできており、彼の姿を再現した人工皮膚で覆われている。Fate/EXTELLAで身に纏っていたような青く発光する衣装。まったく新しい神話の姿。
男は機械化された両手をグッと握り締め、体内の疑似霊子エンジンが奏でる重厚な駆動音に、不敵な牙を剥き出しにして笑った。
「……フン。随分と冷たくて、とんでもなく頑丈な身体に仕立ててくれたじゃねえか、大天才ども。だが悪くねえ……いや、滾ってきたぜ!」
クー・フーリンの完全なる生還。その奇跡に周囲が息を呑んだまさにその瞬間、タイミングを見計らったかのように、集落の防壁からけたたましい警報が鳴り響いた。
不時着していた異星人残党の先遣隊が、未開の原生生物を従え、開拓都市の防壁を破って初の急襲を仕掛けてきたのだ。
「――よっしゃ、丁度いいとこに敵さんお出ましっと。...いい力試しになりそうだねぇ。」
クー・フーリンは、ダ・ヴィンチたちがこの星の超鉱物を錬成して作り上げた、近未来的な意匠を纏う新たな『魔槍』をひっ掴むと、地表へと猛然と飛び出していった。まだ義体化して数分。しかし、彼の中に宿るカルデアの戦闘ログが、鋼の肉体を完璧にアジャストしていく。
防壁を破り、迫り来る異星人の兵器群の前に、一基の鋼鉄の流星が着地した。
[i:――システム、オンライン。ドライブ出力、最大。]
クー・フーリンの網膜にログが映る。
「いくぜ、疑似宝具・『
ドォォォォォンッ!!!
光速の突撃が琥珀色の荒野を真一文字に裂いた。生身の敏捷性を遥かに凌駕する超科学のスピード。
因果律の呪いを機械的な『絶対必中・空間破砕の指向性レーザー』へと昇華させた魔槍の一撃は、襲い来る異星人残党の兵器群を、その大爆発の光の中に跡形もなく完全粉砕してみせた。
圧倒的な、人類の科学の勝利。
そして、「死を乗り越えて蘇った仲間」の背中。
それらを目の当たりにした開拓都市の人々は、一瞬の静寂ののち、地鳴りのような大歓声を上げた。
「あはは! 見たかよ、これが科学の力だ!」とテスラが胸を張り、ダ・ヴィンチが「大成功!」とVサインを掲げる。
ギルガメッシュ王もまた、見張り台の上から「フン、我が認めた技術だ、これくらいは当然よ」と、その実、誰よりも嬉しそうに満足げな笑みを浮かべていた。
地球を失って以来、ずっと絶望と死の緊迫感に包まれていたコミュニティに、初めて本物の「希望の光」が灯った。
その夜、開拓都市では、クー・フーリンの生還と『英霊機械化計画』の成功を祝う、盛大な大お祝い......どんちゃん騒ぎの大宴会が催された。
イスカンダルが船の残骸から見つけ出してきた酒が惜しげもなく振る舞われ、英雄たちは、今夜だけは有限の命の恐怖を忘れ、肩を組んで笑い合い、歌い明かす。
「ちょっとアンタ! 乾杯の拍手をするだけで私のホログラムが風圧でブレるじゃない!」
「ハハハ! 悪りぃな大統領、まだ出力の加減が分からなくてよ。おい王様、そっちの極上の酒、俺にも一杯分けてくれや!」
「フハハ! 良いだろう、鋼の猛犬に相応しい極上の美酒を奢ってやる!」
失われた過去の神話は、今、彼ら自身の記憶と科学の手によって、新天地の「鋼の神話」として生まれ変わったのだ。
どんちゃん騒ぎの炎が琥珀色の夜空を明るく照らす中、人類の反撃の狼煙は、静かに、しかし確実に上がり始めていた。