建物が建ち並ぶツクヨミの街、その少し外れにある広い湖に沢山の人々が集まる。湖の上で円形に浮かぶ客席に座る者、円の客席から更に湖の中心へと架かる橋の上へと並ぶ者、上空を飛行する大勢を乗せた屋形船。中には少し離れた建物の上から見下ろす人もいる
集まった人々の視線と意識は全て湖の中心にある巨大な鳥居へと向けられており、そこにもうすぐ現れる電子の歌姫を今か今かと待ち焦がれている
(私を含めて…)
時刻は20時25分を過ぎた頃、拓望兄に一瞬で移動させられた橋の上で、私は心臓が破裂するのではないかと思う程の緊張と興奮に包まれていた
「まさか今日の特別ライブの優待チケットを人数分揃えているとはな。精々プライベートハウスで中継か、円の部分で見るものだと思ったんだが」
(私もそう思いました…)
「確か抽選倍率めっちゃ凄かったですよね〜?」
(そうだよ真実、まぁ私はそもそも応募すらできなかったんだけどね…)
ゴールデンウィーク初日に特別ライブがあると発表された1ヶ月程前、私はまだスマコンを買えるか怪しかったし、そもそもチケットの応募条件の1つには『ツクヨミに1度でもログインした事がある人のみ』だったので当時の私は泣く泣く今日のライブを生で見ることを諦めていたのだが…
「関係者だからな。6人分のチケットぐらいどうにかなるさ」
なるほど、確かにそれなら納得。関係者、というかツクヨミを管理する鹿嶋デジタルコーポレーションの現社長ならチケットぐらい余裕で入手出来るわな…
(ちょっとズルい気がしなくもないけど…まぁでもありがとう拓望兄!…あれ?)
6人分?じゃあ―
「ん〜?6人分って事は1人分足りませんよね?私達チケット貰いましたし…鳴さんは?」
(そうだよね、拓望兄のは「ああ、俺はランキングの特権だ、1位は好きなだけライブ見れるんだよ」……は!?」
(特権!?ら、ランキングって[
「ズルい!」
「うおっ!?なんだいきなり…」
「たく、鳴さん!今の話ホント!」
「今のって…あぁライブ見放題か、ホントだよ。チケットのランクは最高ランクで【百華】の50位以上から貰える。1位は見放題、2〜10位は月3回、11〜30位は月1回、31〜50位は2カ月に1回。ちなみに通常の抽選枠は消費されない…確か3年前ぐらいだったかな、この特権追加されたの。」
「なっ…あ…(ヤチヨの生ライブを最低でも2カ月に1回は必ず見られる、しかも最高ランクで!?)…鳴さん!」
「はい」
「私に[
「…教えるのはいいけど…50位以上目指す気か?」
「もちろん!最短で!」
「最短って…確かにお前のセンスとそのやる気があれば可能ではあるだろう、ただ少なくとも1年はツクヨミに全リソース注ぐ必要があるぞ」
「っ…い、1年…そんなに…」
無理だ、そんな暇私には無い…
「そりゃな、[
「…そっか〜、はぁ〜クッソ〜…」
最短で1年、しかもその1年はツクヨミにリソース全ツッパ。流石にそんな事は出来ないし、 ちょっとずつ上手くなっていくしかないかな…
「まぁ[
「!」
そうだ、特権に気を取られてたけど今私は夢にまで見たヤチヨのライブをようやく生で見られるんだった―
『さあさあさあ!遂にきたゴールデンウィーク初日!今日もツクヨミ楽しんでるかお前ら!』
突如響くハツラツとした声、ツクヨミ中に聞こえているであろうその声は、ヤチヨ以外のライバーを殆ど見ない私でもよく知ってる
『OKOK!満喫してるみたいで何より。ただ!分かってるだろうけど今日のメインはこれからだかんね!』
忠犬オタ公。ツクヨミ内のニュース配信や様々なイベントの実況を務める超人気ライバーであり、半公式ライバー
彼女の声がツクヨミ中に響いているということは―
『本日のライブはいつもと一味違う!なんと!ゴールデンウィーク記念の特別ライブ!ヤチヨの歌声をたっぷり1時間お届けします!』
「〜〜〜っ!(つ、ついに!)」
『10』
『9』
『8』
『7』
カウントダウンが空へと鳴り響く、1秒毎に大きく強くなっていくその音にツクヨミ中が歓声をあげている
『3』
『2』
『1』
夜空に輝く光の群れが鳥居の上へと収束し、彼女がその姿を現した
『みんな〜、ヤオヨロー!ゴールデンウィーク楽しんでますかー!……うんうん、みんな楽しそうで良〜きかな〜。ヤッチョも今日は嬉しい事があって最高の気分なんだ〜。なので!そんな今日をもっと最高に盛り上げるために!早速だけど歌っちゃうよ!Let's go on a ―』
「「「「「「「「trip!!!」」」」」」」」
月見ヤチヨのライブが始まる!
―――――――――――――
『形のない気持ち忘れないように 決まりきったレイアウトを消した
美しく、どこまでも澄み渡るような声
『ふと口ずさんだフレーズを掴まえて 胸に秘めた言葉乗せ空に解き放つの』
その歌声を聞くたびに、いつも私の心を癒してくれた
『君に伝えたいことが 君に届けたいことが たくさんの点は線になって 遠く彼方へと響く』
AIらしくリズムや音程は完璧なのに、決して楽しむことを忘れていない感情的なメロディ
『君に伝えたい言葉 君に届けたい音が いくつもの線は円になって 全て繋げてく どこにだって』
音楽を楽しむその姿が、私の中のあらゆる重圧を消し去ってくれた
『君が伝えたいことは 君が届けたいことは』
光に照らされてキラキラと輝くその姿が、笑顔が、瞳が
『たくさんの点は線になって 遠く彼方へと響く』
何度だって思う。月見ヤチヨの全てが…私は好きだ―
『君が伝えたい言葉 君が届けたい音は いくつもの線は円になって 全て繋げてく どこにだって』
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
―
一曲目から大盛り上がりのライブは、その後もどんどん続いていき―
『―あいうぉんちゅーコールが聞こえなーい 伝播する業務ラブマッチング』
時にふざけながら
『―忘れないでね 私の声を 画面越しでいい ちゃんと愛して』
時に少しダークに
『―さあ皆舞いな 空洞で サンスクリット求道系 抉り抜いた鼓動咲かせ咲かせ』
時にかっこよく
『―さァさァ密告だ 先生に言ってやろう! はい!』
「「「「「「さァさァ密告だ 先生に言ってやろう!」」」」」」
時にみんなと一緒に
そうして―
『神々のみんな〜!今日のライブはどうだった〜!』
そんな風にライブを楽しむ内に、気づけばもう1時間が経とうとしていた
『ふふっ、ここまで楽しんでくれて感謝、感激、雨アラモード!ヤチヨもとっても楽しかったよ〜!でも〜、楽しい時間はあっという間の流れ星なので〜、みんなとのこの時間も〜、もうすぐ終わりなのです〜ヨヨヨ〜』
途端に会場中から沸き起こる悲嘆の声、皆がヤチヨへとライブが終わってほしくないという気持ちを口々に伝えている
(私も…もっと)
私だってその中の1人だ。ようやく直接この目でヤチヨのライブを見ることが出来て感無量のはずなのに、ライブの内容だって最高だったはずなのに…
「もっと…ずっと、ヤチヨの歌を聞いていたい…」
思わず口から溢れた言葉。例え聞こえてはいない分かっていても、それでもこの思いを声にして伝えたかった
「…あれ?」
見間違いだろうか、今ヤチヨがこっちを見て笑ったような…
『しょうがないなぁ彩葉は、でも承り…それじゃあ皆!もうすぐお別れなんだけど。なんと!今日のこのステージを最後まで楽しんで貰うために新曲をご用意しました〜!みんな聞きたい〜?』
「し、新曲!?」
ライブが終わる事への不満が一斉に歓喜へと変化し、私だけでなく会場にいる皆の喜びの叫びが地面を揺らす。早く聞かせてほしいと、この熱をもっと燃え上がらせてくれと、みんなの思いが言葉となる前に感情として伝わってくる
『ふっふふ!いや〜、そこまで望まれると照れちゃうな〜。けど分かった!みんなの思いに応えて、ヤッチョ、歌わせてもらいます!』
そう宣言したヤチヨは静かに目を閉じて空へと浮き上がり息を吸う、たったそれだけで先程までの観客達の賑やかな声はピタリと止み静寂が訪れた次の瞬間―
―――――――――――――
『―幾千の時を巡って今 僕ら出会えたの ほら 見失わないように 手を離さないで』
『ねぇ耳を澄ませて 星の降る音が聞こえるでしょう? もっと近くに来て 誰も知らない世界が待ってるの』
『手を取って踊りましょう はじまりの合図鳴らせば 唄おうla-la-la-!! 響けla-la-la-!! 暗がりの道も月明かりが照らすの』
『宙、海の匂い きみに届くかな 距離なんてないのかな どんな時もきっとどこかで 見守っているからさ』
『ほら くしゃくしゃになって笑う日を 集めて紡いで 未来へ踏み出す先も』
『きみと心震わせて』
『叶うさ今 物語を巡ろう』
『―以上、「星降る海」でした〜!みんな今日はありがと〜!ライブは終わるけどゴールデンウィークはまだまだ始まったばかり!色々イベントも用意してるからみんな遊びに来てね〜!』
最後の曲が終わり、ヤチヨが締めの挨拶をしている。そこでようやく私は自分の呼吸が止まっている事に気が付いた
「……………」
言葉は出ない、この感動をどう表せばいいのか私にはまだ分からないから
『ほいでは、ライブはここまで!これからはみんなとおしゃべりの時間だよ!さらばーい!』
ヤチヨが弾けるように分裂していくのを眺めながら、私は1つのことを確信していた
――――――――――――――――――――
Side:【鳴神】
(選曲、諸々の事情知ってる奴からしたらけっこう露骨だったな…まぁ知ってなきゃ問題ないか)
ライブは素晴らしかったのだが、途中その歌詞大丈夫?みたいな所が何か所かあったため少しヒヤリとしてしまった
(この後は[
「…どうだった、イロ。ヤチヨのライブは」
涙ぐみながらも、いまだにヤチヨが居た鳥居を眺めている彩葉に問う。今日のライブは彼女にとってどれくらいのものになったのだろうか
「………さいっっっこうだったよ。それ以外では表せない。…拓望兄」
「…なんだ?」
「連れてきてくれてありがとう。私確信した。今日の事、絶対に一生忘れない」
…一生、か…
「そうか…そりゃ良かった。…けどな彩葉、お前はこれから先、その一生ものの思い出を山程作ることになるぞ」
それこそ人生を変えるような、な
「なにそれ?拓望兄って偶に見透かした様な事言うよね」
少し茶化す様に言ってはいるが本心も混じっている。実際ヤチヨから聞いた未来の情報を元に先回りで行動している以上、どうしても不自然を感じる部分は出てきてしまう。彩葉は以前からそれに気付く事があった何度かあったんだろう
「そうか?…人生経験の差かもな」
「あっ!なにそれ失礼!そりゃ確かに拓望兄の方が年上だし色々特別な経験は多いだろうけど、私だって―」
「ハッハッハ、分かってるよ。…ほれ、約束通り[
「あっヤバ!ごめん鳴さん、って置いてかないでよ〜!」
「さて、ゲームモードどうするかな。[SETSUNA]は一人一人になっちまうし、この人数ならせっかくだし[KASSEN]にするか?」
ライブ会場の橋の上、彩葉に加えどうせならと諌山さんと綾紬さんにも[
「いいんじゃない?みんなで遊べる方が楽しいだろうし」
「俺も構わん。初心者にいきなり[KASSEN]は難しいかもしれんが、お前がカバーするなら問題ないだろう」
「私も構いませんよ。ただ戦うのは苦手なので大将役ぐらいしかできませんが…」
「大丈夫大丈夫、じゃあ大将はミキさん固定で、他のポジションは毎回変更するか。とりあえず初戦の防衛はTUNAとリョウに任せるぞ。俺は3人連れて攻めてくるわ」
「任せろ、ミキさんには指一本どころか視界にすら入らせない」
「そりゃ頼もしいことで…てな訳で決まったんだけど3人は問題ない…か?」
振り返った先、本来なら3人の少女達が仲良く話でもしているかと思っていたのだが…そこにあったのはミニヤチヨの群れで構築された球体の集合体。恐らく中心に居るのは彩葉だろう
「あ、あわわわわ!ヤチ、ヤチヨヨヨヨ!」
「うわ~凄いことになってる…二重の意味で…」
「こんな風になることってあるんだね…」
諌山さんと綾紬さんの2人も左右からそれを眺めてドン引いてるし、TUNA達も引き笑いで近づいて行く。そして―
「な〜にやっとるか、ヤチヨ」
「えっへへ〜、せっかく温もりを感じられるならいっぱい触れ合いたくって〜、チュートリアルではビックリしてそれどころじゃなかったし」
背後からこっそり近づいて来ていた本体(こっちも小さい)に抱きつかれながらため息を吐く、理由的にこのままにさせてやりたくもあるが、そうすると彩葉が持たない。さっさと[KASSEN]に行くか…
「あ、[KASSEN]するの?いいなぁ〜ヤッチョも一緒に遊びた〜い」
「暴れんな、人数足りなかったら入ってこいよ。どうせ何回かはそうなるだろうし」
まあこのメンツじゃあバランス調整でだいぶ弱くなるだろうが
「う〜ん、それしかないか〜。その時は私にも活躍の機会ちょうだいね!」
「はいはい」
そうこうしてる内にチームの設定完了。そしてマッチング開始して1秒でマッチングも完了。プレイ人口1億人超えに加え長期連休の力は流石だな
「んじゃ行くは。あっ、ライブ超良かったぞ」
「ふふん、でっしょ〜!」
Vサインに満面の笑顔、どうやら本人も大満足らしい。その笑顔とさっきの彩葉の言葉を思い出し、2人の再会がいいものになったんだと安心してゲームフィールドへ転送されていく
(まだまだこれからだが、今日は俺にとっても一生ものの思い出だな………早く君にも会いたいもんだ)
未来への期待がまた膨らむ。電子の歌姫、ハイスペック女子高生、天真爛漫なかぐや姫。この3人が揃うその日が今から楽しみでしょうがない。
(ま、焦ってもしょうがない。この熱は[KASSEN]で発散させてもらうかな)
夜は深まり闇が濃くなる。だが、ツクヨミの街が放つ人々の活気は決して衰える事なく輝き、今日も明けない夜の世界を照らしている―