昨日思いつきで書き始めたら推敲の方が長くなった。
私は自己分析の能力に長けている。
こういうのも含めて認識することをメタ認知というらしい。お父さんが教えてくれた。
生まれつき人より考えるのが得意だったから、自分の行動や感情の理由に自覚的であれた。
それが具体的にどう役立っているかについては、
「白崎玲香」
今から語ろうと思う。
私はゆっくりと立ち上がる。
体育館は一瞬のざわめきの後に静寂に包まれた。
それは私、白崎玲香がこの狭い小学校の中でそれなりに注目の的になる存在であることに起因する。
私は容姿も成績も良く、友人関係にも恵まれた立場にいるためだ。
自意識過剰でも自信過剰でもなく、事実だった。
教師陣からは期待の眼差し、クラスメイトからは羨望の視線を浴びる。
その間にも私は壇上への階段を上がっていく。
緊張はしない。
だって私はこれから大それたことをするわけじゃない。
この壇上に立って、視界の大部分が人で埋め尽くされても、話すことの些末さと端に映る君の、いつもの気の抜けた顔を見るだけで私の肩からも力が抜けるのだ。
◆
あの日は暑かった。
夏休みだった。
蝉が煩くて、隣で喋るか、叫ぶくらいが丁度良くコミュニケーションを取れる、そんな森と見紛う木々の道を抜けて私たちは公園にやってきていた。
家で2人、テレビゲームをずっとしていたらお母さんに「たまには外で遊んできなさい」と追い出された。
お母さんは現代っ子というものを理解していない。
タブレット学習の導入にも終始首を傾げているくらいなのだから、当然といえば当然だ。
ともかく、それで私は仕方なく君の手を引いて家を出た。
せっかくだから、以前買ってもらった白いワンピースに着替えた。
待っていた君は、さっきまで私が着ていたような短パンとTシャツ姿だった。
でも夏なら皆そんなものだ。
面倒くさがりでマイペースな君も、その例外ではなかった。
「似合ってる」
「ありがとう」
公園の中も暑かった、サウナとまではいかないけれど日差しがジリジリと身を焼き、蝉の鳴き声は一段と鬱陶しく感じていた。
君が何も言わずに指をさすので2人でブランコを漕いだ。
この場でわざわざ声を出すのが億劫に感じたのだろう、私もそれに頷くだけで返した。
しばらくそうしていると、公園の入り口から4人ほど同い年くらいの子たちが現れた。
様子を見ていると女の子たちは缶蹴りを始めた。
ただ見ているだけなのも退屈だと考えたのと、正直ブランコに飽きと暇を感じていたため声をかけにいった。
君もブランコから降りて後ろからついてきていた。
「ねえ、私たちも入れてー」
それなりに声を張る必要があった。
彼女らは近づいてきた私を認識すると驚いた後に、
「いいけど、そっちのは男の子だから駄目」
と言った。
私は自分の中の理不尽に対する怒りを知覚した。
彼女の発言に対して心底下らないと思った。
でもそれを言葉にしても伝わらないことは理解していた。
私自身が自覚したからだ、君を放っておけないという気持ちも、怒りも、結局は私自身のエゴなのだと。
「じゃあいい、2人で遊ぶよ」
私は当然、昔からの付き合いが長い君を選んだ。
君はよく分かってないような顔をしていたけど、私たちはそのまま手を繋いで公園から帰った。
少し気になって振り返れば、喧騒でさっきの声が聞こえなかったのか、彼女らは黙ってこっちを見つめていた。
結局家に帰ってゲームをした、お母さんに事情を話すと「仕方ない」と諦めてくれた。物分かりの良い両親である。
夏休みの宿題に日記があったので、その日のことを自己分析しながら書いてみた。夏休み明けに私のメタ思考がより精度を上げたのはこのためだった。
◆
「結局その日は帰って2人で遊びました。私は改めて性別で仲間外れをするのは良くないと思いました。もし「男だから」という理由だけで関わらないのであれば、血縁関係にあたる父親と関わることが不可能になるのも問題であり、そうでないなら行動の一貫性もなく矛盾した存在になってしまいます。なので私は今後も彼と分け隔てなく接したいです」
礼をすると、体育館に拍手の音が鳴り響いた。
煩わしい夏の蝉よりかは幾分もましだがミソフォニアである私には若干辛いことに変わりない。
特に、それが私へ向けられたものであることだとストレスがかかるのだ。
夏休みの作文コンクールのテーマは「わたしの気持ち」だった。
抽象的で、宿題としては一番難しい内容。
11月になって返されると同時にコンクール優勝を果たしたことを担任の先生から伝えられた。
たしかに大人受けは良い、一見して仲間外れにされた可哀想な男の子と遊んであげた優しい話だ。
ただ私が書いていたときに思った趣旨は公平性についてであり、作文自体も十二分にそれを述べたはずなので意図が上手く伝わらなかったことは少し悔しくもある。
集会は私が定位置に体育座りをしてからも僅かながら続いた。
その間、ひそひそ声で私の作文について話されているのが聞こえてくる。
作文では名前を伏せていたが、普段から2人でいることも多いから気付かれるのは当たり前か。
概ね予想はついていた。
やがて隣の祐奈ちゃんが私に直接聞いてきた。
「ねえねえ玲香ちゃん、作文で出てきた男の子ってさ……だよね」
指をさされた君は私が見ると眠たげな目でこちらを見つめ返していた。
おそらくこの反応、君の天然は生涯治ることはないだろう。
目を合わせてから何秒経ったか、私は目を逸らして祐奈ちゃんに小声で応えた。
「…そうだけど、それがどうしたの?」
◆
夜、晩御飯もお風呂も済ませた私はこの日を思い返していた。
夏休みから何だかんだ続けている日記を書くためだ。
しかしどうにも筆が乗らない、何かを忘れている気がした。
今日のことではなく、夏休みのことだ。
今書いていた日記を閉じ、夏休みの宿題で返された方の日記を開く。
7月28日火曜日 晴れ
今日はお母さんが「たまには外で遊んできなさい」と言うので彼と2人で公園に行きました。
ブランコを漕いでいると女の子が4人来て缶蹴りを始めたので私は混ぜてもらおうと声をかけました。しかし男の子であるからと彼は入れてもらえない旨を告げられたので帰って2人で遊びました。
その後の内容は理不尽に対する怒りとそれを分析する作文と似通ったことが綴られている。
日記を下に書いたのだからそれは当然だ。
しかし違和感は拭えない。
日記を読み進めていくと、ある日付に差し掛かることで私の引っかかりは解消された。
8月1日土曜日 晴れ
家に籠もってゲームをしていたらゲリラ豪雨が明けてからまたお母さんが「せっかく晴れたんだし外で遊んできなさい」と言うので彼と一緒に公園に行きました。
ブランコは雨で濡れていて、彼が嫌だというので別の遊びを模索していたらまたあの女の子たちが来ました。
4人は缶蹴りをしていると、することもなく手持ち無沙汰にしている私たちに気付いて一人が近づいてきました。
そうだ、思い出した、作文の話には続きがあった。
◆
「あのね、一緒に遊んであげてもいいから」
「…それって私だけ?」
リーダーであろうおでこを広げた子が首を振った。
私たちは4人に加わって缶蹴りをして日が沈むまで遊んだ。
泥になっていた地面に足を滑らせた律子ちゃんを助けようと、咄嗟に手を伸ばした君も引きずり込まれて泥だらけになっていた。
君は本当に放っておけないと、心底思った。
帰る頃には皆と仲良くなっていて、君も彼女たちと楽しそうにしていた。
夜に日記を書いていると、前は駄目だったのに何故今日は良かったのか分からず釈然としなかった。
律子ちゃんが考えを改めたということなのだろう。けれど、
憶測だが君の顔が良いからあそこまで仲良くなったんだとしたら少し気に入らない。
というか、そうじゃなくても何かもやもやするような、
でもこれは怒りとは別のような気がする。
いくら考えても分からず、その日はなかなか寝付けなかった。
◆
喉のつっかえが取れたと思ったらまた新たに別の何かが追加された。
忘れていた。
三ヶ月以上も前のことであったのもそうだが、あれは分からずじまいで無意識的に封印していた何かだった。
おそらく、いや確実に。
今日も、あの日と同じように眠れない。
私はそんな予感を抱きながら、静かに日記を閉じた。
◆
小学4年生に上がると恋バナブームが再来した。
以前にも増して女子間の話題になっていて、思春期だなと思った。
入学したての妹が登校班で同級生たちがはしゃぐのに首を傾げていた。生意気なくせにそういうところは可愛いやつだ。
まあ私も恋愛に関しては未経験だけど。
とにかく、そんな影響もあって校内では最近、熱に浮かれた告白も流行っている。迷惑この上ない。
私の下駄箱にはここ一ヶ月週三でラブレターが入るのでしっかり困らされていた。
贅沢な悩みと言われればそうなのかもしれないが、興味のない一人一人を円滑に断るのも大変なのだ。
特にこの学校には告白が絶対に成功するスポットとして校舎裏に特徴的な大木の下がある。木の名前は私含め皆知らない。
ここで断ると彼ら彼女らの幻想を打ち砕くような気がして毎回対処に迫られている。
送り主が分かっていれば事前に断ることが出来るが呼び出しのみの場合は色々と面倒。今のところは待ち合わせてからすぐ場所を変えてもらう方法を取っていた。
そんな私のささやかな努力も今日、無為に帰したわけだけど。
「あぁーもうっ何なのよあいつぅ!てか絶対に成功するって嘘だったの!?」
「どんまい」
カフェのソファー側で喚くのは律子ちゃんだ。
私は硬い椅子に座ってストローを挿して紅茶を飲んでいる、いつもなら代わってほしいと進言しているが私も鬼ではない。傷心中の彼女に束の間の休息を与えるくらいはしてあげよう。
律子ちゃんとは今年同じクラスになってから一緒にいることが多い。
君とは逆に別クラスになってしまったが私たちは今更疎遠になる付き合いではない。
最近では君と律子ちゃんとで3人で遊びに行くことも少なくなかった。
「でも正直安心したかも、2人が付き合ってたら私3人のとき居づらくなってただろうしさ」
律子ちゃんが告白した相手は君だった。
後から聞いて正直背筋が冷えたが、結果を聞いてすぐ安心した。
やっぱり君は断ってくれたのだ。
こうして喜ぶべきか悲しむべきか分からないが例の伝説に成功しなかった事例が生まれた。
律子ちゃんには申し訳ないが私はこの3人の関係が壊れることは望まない。
今回の件でそれがどうなるかは現状不明だが、それはそうと一旦は安堵した。
「……あんたの場合絶対それだけが理由じゃないでしょ」
「どういう意味?」
「はあ…このおとぼけは全く」
聞き捨てならない。
かの玉砕者は自己分析の達人たる私がおとぼけだとおっしゃるらしい。
「そもそもっ、あんたに慰められてるのがおかしいのよ!どうしてわたしがこんなに惨めな思いしなきゃいけないの?それもよりにもよってあんたにさぁ」
耳に響く声だ、ただ負け犬の遠吠えであることと彼女の声質が凛として心地よいために高音でも不快感のないものとなっている。
そうでなければ私は密かに彼女と距離を置いていただろう。
「最近オープンしたカフェ行こうって言ったのは律子ちゃんじゃん、そんなに言うならどうして律子ちゃんは告白と同日にしたのさ」
「わたしがあいつと腕組んで到着して、あんたに見せつけるために決まってるじゃない」
「え、性格悪」
「知ってるし、振られたし」
私も知ってたけど、ここまでとは思わなかったよ、律子ちゃん。
友達やめようかな。
私が紅茶を飲み終える頃には散々叫んだ律子ちゃんは静かになっていた。
「……好きな人がいるから、って」
気付けば啜り泣いていた律子ちゃんがかすれ声でそう言った。
「……え?」
一瞬、本当に心臓が止まった感覚がした。
一泊して聞かなければならないことが口をついた。
「ねえっそれって誰」
「っさい、知らないわよ!」
泣き腫らした律子ちゃんは勢いのまま店を出ていった。
後日お金について聞いたら「普通奢りでしょ」とか言いやがった。
やっぱり友達やめようかな。
その日は一段と胸が痛かった。
成長に伴うにしても、この締め付けられるような苦しさは私にとって耐え難いもので、早急に下着を買い替えようと思った。
◆
「またか」
今週は4つめだ。
いい加減読むのも面倒になってきたが、道徳5の私は読まないわけにもいかない。
明日の放課後、校舎裏の例の木の下で待ってる
またあそこか、差出人の名前も書かれてない。
今回はどうしようかと思考を巡らせていたとき違和感を覚える。
それは異様に短文であることでも常態の文であることでもない。
私は件の紙を角度を変えて傾けたり、じっと見たり観察した。
そうしていると違和感の正体はすぐに判明した。
その筆跡は君のものだった。
翌日眠れなかった私は隈を作って登校した。
あれが私のよく知る告白の予兆であるのなら。
君が私を好きである、そういうことになる。
いやでもそうとは限らないのではないか、あの天然幼馴染はそういうのに尽く疎そうだ。
でも本当のところ、どうなのだろう?
大体、私は恋というものがよくわからない。
正確には分からないというより知らないといった方が正しかった。
それが何なのか、その感情は何故なのか、理由が、原因が不明だ。
好きという感情が生物の本能だけで説明されるとはどうにも思えず、理解も納得も得られずにいた。
いわゆる恋バナを同級生に振られても私は当たり障りのない答えしか返せずに、毎度応えに窮していた。
だから思考の命題に挙げることはなく、あまり考えないようにしていたというのに、君という人は。
髪をいじりながら悶えていたら授業はとっくに終わっていた。
やはりドッキリかイタズラかもしれない。
疑念を抱きつつも私は呼び出された場所におそるおそる歩を進める。
そこには、たしかに君がいた。
「好きだ、付き合ってくれ」
私はその大木の下で告白を受けた。
頬が熱くなっている気がして利き手を当てると、実際にそうだった。
心臓の音が爆発しているみたいに煩くてしょうがない。
「あいつに告白されて、決心がついたんだ。……答えをくれないか」
君の声はよく聞こえなかった。
普段は鈍いくせにどうして今はこんなにも真っ直ぐな表情が出来るのだろう。
そんなに私にとって都合の良いことがあるだろうか。
私はこんなにも幸福を享受することが許されるのか。
あれ?どうして君に告白されると私は幸せなんだろう。
嬉しいからだ、でもなんで。
何故、それはどうして?
ぼやけた視界のピントを君の目で合わせる。
ああそうか、私は君のことが……
◆
あれから三年。
私と君は私立の中学に通っている、律子ちゃんは家庭教師つけた上で落ちたので公立。
今日で終業式を終え、もう夏休みだ。
それにしても校長の話が長かった。
夏休みはしゃぎすぎるなと釘を刺すだけで済むものをよく30分以上伸ばせるものだ。
「考えて行動しろ、どんなことにも理由がある」とか言ってたっけ。
如何にも頭良さげに振る舞っているだけの発言だ。
私から言わせればこれは間違っている。
勿論そこだけ切り取って足蹴にするのも、ズレた批判ではある。
けど、
感情が理由より先に来ることもある。
あの頃私は不明な感情に理由を求めて、なければそんなものはないと無意識に処理していたのだろう。
でも理由が感情とイコールなこともあると知った。
ただそれだけの話だった。
前はこんな簡単なことにも気付けずにいた。
私は誰よりも私のことを理解していると思っていた、けれど実際は少し違った。
それを知ったんだ。
家に帰ってすぐ制服を着替え、軽い支度をして家を出る。
待ち合わせ場所に少し早めに着いて、あの夏の日のような白いワンピースで木陰で君を待った。
そういえば夕食の場で以前あの場所について話題になった。
現在小4の妹曰く校舎裏の木の伝説はそこで結ばれた二人は永遠に添い遂げるというものであるらしい。
伝説の内容が変わってる時点で眉唾でしかないのだけれど……
そうだといいと思った。
「待ったか?」
「うん、遅いよ。私待ちくたびれちゃった」
今日は恋を知った私と、君との幾度目のデート当日だ。
読んでくれて感謝。
感想など諸々歓迎です。
短編のプロット思いの外書きやすかった。
長編もこれくらいまとまった構成で書きたい。