十王星南のSSです
もしも彼女の言葉に秘められた意味があるなら
そんな想いを込めました
子供の頃に憧れたのは、周囲の友人と同じおとぎ話。魔王を倒す伝説の勇者や、王子様に救われる囚われのお姫様。そんな非現実的で可愛らしい願い。遠い記憶の中、私はいつも一人。夕陽の差し込む部屋で夢の続きに想いを馳せる。物心ついた時には既にアイドルだった私にとって、それは秘めた自分に会う唯一の方法。私はその時間だけ、アイドルではない別の何かとして生きることができた。それだけのことが何故か嬉しくて、どこか誇らしくもあった。今になって思えば、それは少しの反抗心だったのかもしれない。不自由がないからこそ生じる贅沢な悩み。それでも私は証明したかった。アイドルではない、十王星南という普通の少女の存在を。
「星南さん、起きてください」
「先輩——私、寝てしまっていたのね」
しばらくして鮮明になった視界は、デスクに向かい真剣な表情で作業している彼を見つけた。そっと視線をこちらに向けた彼と目が合い、心が跳ねてしまう。アイドルなのになんて言葉では到底着飾れない本音。そんな自分が少しだけ嫌になるけれど、今はそれすらも心地良く感じた。
「とても懐かしい夢を見たの」
「昔の夢ですか?それは気になりますね」
「あら、意外ね。先輩はあまり興味を持たないかと思っていたのだけど」
「担当アイドルのことですから」
「あなたって本当に嫌なプロデューサーね」
呆れて笑う私に、彼は言葉を続ける。
「それに、星南さんのことは気になりますよ」
時の流れすら止まったような一瞬の錯覚。その直後、全身の体温が上昇するのを感じる。きっと彼に他意はない。どうしてこの人は——私の心をこんなにも震わすのだろう。とても綺麗な夕焼けの部屋で、彼の前でだけはあの日憧れた本当の自分になれる。きっとこのことを伝えれば、彼は優しく、もっと私を満たしてくれる。でも、今はまだその時じゃない。だって私はまだ——アイドルだ。幾千の星々が瞬く世界で、頂点に輝く一番星となる。それまでは終われない。
だからその日まで、私は自分の心に嘘をつくことにした。
「私——あなたのこと嫌いよ」
今はまだ届かなくても、いつか必ず叶えてみせる。私の夢と、私の隣に立つあなたの夢を。そんな素敵なおとぎ話の先で、私自身が受け継がれる歌となったとき。今度はあなたにこの想いを歌うと誓う。
少し困ったような表情の彼に背を向けて、私は小さな野望をそっと心に隠す。まだ消えない胸の高鳴りを誤魔化すように、窓外のオレンジに目を細めた。