それから更に、二週間。合計すると、私がこの学園に来てから三ヶ月が経った。
司書さんに聞きながら勉強して。私はようやく、この世界の基礎知識をあらかた頭に叩き込んだ。
そしてやっぱり、壁にぶち当たっている。
「うーん。調べてはみたけど、これといって専門家はいないみたい。専門書なら、研究機関にはあると思うけれど。」
この図書室にない専門書を、どうやって読むか、だ。
読んで解決できるかはわからない。けれど、でも、読まなきゃ始まらないから。
司書さんはとても協力的で、専門家の所在や専門機関についてを調べたりしてくれた。本当にありがたい。本人曰く「暇だったから」らしいけど。
「......多分、自分が協力できるのはここまで。その後は、総帥___理事長に相談するのが一番手っ取り早いかな。」
カウンターで頬杖をつきながら、司書さんは柔らかく微笑んだ。
____
そして、翌日。私は自由組合本部の、総帥の部屋の目の前に居た。
いつも教室で会っているのとは違う、場所。それだけでひどく緊張する。
優樹さんは優しい人だけど、多分、自分の意見はハッキリ言う人だ。
専門書を用意できない。研究機関の本を借りることは認められない。って言われたら。
______深呼吸して、ノックする。
「どうぞ。」
ノブを回して、そっと中に入った。
少し広めの部屋。ドアの向かい側には、校長室の机みたいな、立派な机。その奥で、優樹さんは朗らかな笑みを浮かべて、書類を捌いていた。
机の前にはソファが二つ。ローテーブルを挟むように置かれてあって。その脇を通るようにして、優樹さんのいる机の前まで、一歩ずつ歩いた。
「今日は、どうしたの?」
「......相談__いいえ。お願いがあって、来ました。」
書類をぽん、と卓上において、優樹さんは私を見る。柔らかな雰囲気を纏っているはずなのに、その目はどこか、冷静で。
その目で見られると、狩猟の獲物になったような気分になる。
私はカバンから、一枚の紙を取り出す。
私の“わからないことリスト・改”だ。この世界の言語じゃなくて、日本語版の。
「これは?」
「...この一ヶ月、この世界について、勉強しました。でも、わからないことが多すぎて。それを、まとめたリストです。」
大事な部分だけ。簡潔に、A4サイズの紙一枚にまとめたもの。
専門機関じゃないと分からないようなことしか、書いてない。逆に言えば、それだけが”わからない“。
優樹さんは紙を手に取り、じっと内容を読んでいる。その時間が、永遠にも感じられて。ちょっと服を握った。
......異端児って、思われるかな。
優樹さんは数秒ののちに顔をあげて、ひと呼吸置く。それから。
「......よく勉強したんだね。分からないのは、これだけ?」
「はい。今のところは、ですけれど。」
声が震えてないかな。大丈夫かな。
「それで...お願いっていうのは?」
「今、見てもらった”わからないことリスト“が、解決できるような。専門機関...専門書のあるところに、見学に行かせてもらえませんか。」
私の体感では、世界の時間が止まったように感じた。優樹さんは微笑んだままなのに、私を褒めてくれたのに、どこか少し圧を感じる。
これが、自由組合総帥のオーラなのだろうか。
「......そのお願いは、この最後の”私たちの延命方法“も含めて?」
「はい。」
そこだけは。迷いなく、言い切った。
優樹さんは、私の”わからないことリスト“の紙をそっと卓上に置いてから、少し考えている。
「僕もね、これについてはずっと、方法を探してる。自由組合の総帥になったその日から、ずっと。」
「けれど、方法はまだ見つかってない。」
「その意味が、わかるかい?」
ぐっと言葉を呑む。
...あの優樹さんでも見つけられないのに、私が見つけられるのか。
「...はい。」
「分かった上で、お願いしに来ました。」
長い、沈黙が流れる。世界に置いていかれるみたいに、『思考加速』が余計に働く。
優樹さんは一息吸ってから、私を見据える。
「......いいよ。自由組合が支援してる研究機関に、話を通しておく。」
その言葉が落ちた瞬間、私の頭の中が歓喜で埋まる。
が、それも束の間。
「ただ、一つ。教えて欲しい事がある。」
「......灯ちゃんは、どうしてそんなに“勉強ができるの”かな?」
世界中の時間が、一気に死んだような気がした。
なんて、答えればいい?
嘘をつく?正直に言う?
本音に、嘘を混ぜる?
最適解は、なに?
思考がぐるぐる回って、解答を出力できない。
「......答えたくなかったら、無理にとは言わないよ。それに、努力をひけらかさない人には、誰だって好感を持つからね。」
「けれど、いつか。話せる時が来たら、話して欲しい。」
しんと静かな部屋に、その言葉だけが降ってきた。
雪みたいに、ゆっくり降りてきて。じわっと、私の中に溶け込む。
「......はい。」
それだけしか、言えなかった。
______
「......逃したったようで、実際は全く逃げ道なかったやないの。」
「おや、心外だな。なんのことだい?」
「とぼけすぎや、っちゅうねん。あの嬢ちゃんに、さっさと吐けぇって脅したようなもんやんか。」
「まあ、解析はしたから、スキルの名前は分かってるんだけどね。全貌は掴めないよ。流石に。」
「ほな、あの嬢ちゃんはほんまにスキルもっとったんかいな?」
「持ってないわけがないだろ。あの子はまだ異世界に来てたった三か月しか経ってないのに、読み書き・言語の翻訳・情報整理と理解までこなしてみせた。」
「......で?そのスキルっちゅうんはどんな名前しとるんや?」
「ああ、確か。」
「『理解者』って言ったかな。」