果実二個で売られた俺の待遇は、文字通り酷いものだった。両手両足を重い鎖で繋がれ、家畜の輸送用かと思うような、頑丈な格子付きの馬車に押し込められて連れていかれる。
しばらく馬車に揺られて移動すると、山の中腹にある大きな屋敷へと到着した。だが俺が案内されたのは立派な母屋ではなく、庭の隅にある馬小屋みたいな汚い建物だった。
「ほら、入れ! ここが今日からお前の家だ!」
乱暴に突き飛ばされて中に入る。そこは家などではなかった。どう贔屓目に見ても薄汚い小屋がいいところだ。中には、すでに十人ほどの男女が押し込められていたが、誰も彼もがかなり痩せこけている。家どころか、家畜小屋の間違いじゃないか?
「おい、腹が減ったんだけど……」
背を向けて去ろうとする男の背中に、俺は声をかけた。
「今日の飯の時間は終わりだ。明日まで我慢しろ」
「マジかよ……」
嘘だろ、勘弁してくれよ。こっちは朝飯を食ってから、異世界に転生してオークションにかけられるまで、何一つ口にしてねぇんだぞ。
俺が空腹に耐えながら適当な床に座り込むと、一人の女の子が近づいてきた。ボロボロの服を着て髪はバサバサだ。見たところ、俺より年下だろうか。
「お前、お腹空いてるのか?」
ぶっきらぼうに、その女の子が言った。
「……まぁな」
「……ほら、
そう言ってその子が差し出してきたのは、何やら黒い団子のようなものだった。
「ナナミ、それはあんたの大事な非常食でしょ。そんな新入りにあげていいの?」
近くにいたおばちゃんがその子――ナナミにそう声をかけると、彼女はぽつりと呟いた。
「お腹空いたら辛いの、ナナミ知ってる」
それだけ言った。こんな小さな女の子にそんなことを言わせてしまうなんてな。さすがに、この貴重な団子をそのまま全部受け取るわけにはいかない。俺はそれを彼女の手へと返す。
「ありがとな。気持ちだけ受け取っておこう。一日くらいなら我慢するよ」
「無理よくない、食べていい。それに、明日のご飯もあるかどうか微妙」
「そうなのか?」
俺の問いには、さっきのおばちゃんがため息混じりに答えてくれた。
「そうよ……ここの主人は気まぐれでね。食事は三日に一度あればいい方なのさ」
なるほど。だからここの連中はみんなここまでガリガリに痩せ細っているのか。虐待というレベルすら超えているがこういう行為が許されている世界なのだろう。人命に対する価値観の違いをまざまざと見せつけられた気がした。
「わかった、ありがとうナナミ。じゃあ、半分ずつにして食べようか。俺はそれで十分だから」
「……半分でいいのか?」
「ああ、こんな大きな団子だったら、半分で十分さ」
俺は団子を二つに分け、少し大きい方の破片をナナミに手渡した。
「よし、食べよう」
俺とナナミは、汚い木製の台に腰掛けて一緒にそれを口に運んだ。
やはりと言うか、見た目通りと言うか……お世辞にも美味しくはなかったが何も食わないよりはましだ。
団子を食べ終えた後、ナナミに寝床へと案内された。ちゃんとしたベッドなんて端から期待していなかったけれど……そこは想像以上に劣悪な場所だった。
固い板の上に、申し訳程度に薄っぺらいワラが敷かれているだけの寝床で、掛け布団すら存在しない。そこで全員が寄り添うように雑魚寝している。まんま奴隷扱いだな。
俺が横になって寝ようとすると、ナナミがトコトコと歩いてきて俺の隣に添い寝してきた。少し寒いのか、それとも人肌が恋しいのか、小さな体を寄せてくる。
俺は少しでも暖かくなるように、彼女の肩をそっと抱いてやった。
「……………………」
だが、全然眠れない。
小屋の中は凍えるほど寒いし、床は硬くて体が痛い。しかし、そんな過酷な状況であっても、夜が明ければ休ませてはくれなかった。
翌朝、俺たちの小屋にやってきた男によって外へと引っ張り出される。女たちは屋敷の方へ、男たちは屋敷の裏手にある崖へと連行され、すぐに作業をさせられた。
俺たちの作業は、崖での何かの発掘作業。ツルハシでガツガツと固い地面を掘り進め、出てきたものをひたすら運ぶ。それを休憩もなく一日中させられ、日が完全に暮れるとまたあの小屋へと戻される。
水は作業中にも少しだけ支給された。その日は作業が終わると、水と一緒にビスケットのひとかけらのように硬くて小さなパンのようなものが渡された。
「これが今日の食事か」
どちらかと言えば、主食というより菓子みたいなサイズだな。これじゃ栄養が偏るぞ。
「出るだけマシ。いい日は、大きなパンとチーズと干し肉が貰える日があるけど、月に一度くらい」
「そうか」
どうやらここは、思っていた以上に最悪な場所のようだ。
「ナナミ、どうして君みたいな幼い子がこんなところにいるんだ?」
ふと気になって尋ねると、彼女は静かに答えた。
「売られた」
「誰に?」
「
……親が子を売るなんて、一体どんな神経をしてやがるんだ。親ってのは、命をかけて子を護るものだろう。
「でも、ナナミを売ったお金で、家族が一ヶ月暮らせるって言ってたから。ナナミはそれでいい」
自分より親を優先させるなんて…………健気すぎるだろう。
それからしばらくの間、昼はひたすら働き、夜は寝るだけ。たまに貧相な食事を貰って食べる。そんな地獄のような日々が続いた。
そんな俺に転機が訪れたのは、小屋に見回りに来るここの主人の男たちの、ある行動に気がついた時だった。
「あいつらって、小屋に見張りを置かないどころか、鍵をかけてないよな」
俺がそう口にすると、おばちゃんがその理由を教えてくれた。
「あの扉にはね、ルーディア値の制御キーが付いてるんだよ。ルーディア値が300以下の人間には、絶対に開けられない仕組みになってるのさ。この小屋には100以下の人間ばかりが集められてるからね。まったく、嫌味なことだよ」
なるほどな。この異世界ではよほどルーディア値ってやつが重要らしい。元の現実世界でいえば、スマートフォンや身分証の認証くらい、生活に必須で絶対的な重要性を持っているのだろう。
俺のルーディア値は、あの計測機で測った通り最低最悪の2だ。まあ、逆立ちしたって開けられないってことか。
そう思ったが、俺は何気なく扉に手をかけ、気まぐれにぐっと押してみた。すると――。
ガーツ、と重苦しい音を立てて、扉が何の手応えもなくあっさりと開いた。