物語は、第47話で鈴木照夫がアークオルフェノクの器となる結末を軸に、「もし、その少年を最後まで忘れなかった人がいたなら」という一つの可能性を描いています。
オリジナルキャラクターである木崎真帆と、オリジナルオルフェノク「ゴフェルオルフェノク」が登場しますが、本編の出来事や設定を尊重しながら、「本編のどこかで起こっていたかもしれない物語」を目指しました。
これは王を救う物語ではありません。
王になる前、一人の泣き虫な少年だった鈴木照夫に、「おかえり」と言い続ける人たちの物語です。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
第一幕「炎の日」
夜。
爆発音。
黒煙が夜空を覆っていた。
倒壊しかけた雑居ビル。
消防隊の怒号。
救急車のサイレン。
「まだ子どもが一人残ってる!」
「危険です!」
「崩れるぞ!」
その時だった。
「啓太郎!」
「ああ!」
海堂直也と菊池啓太郎が駆け出す。
「おい海堂!」
「うるせぇ!」
二人は燃え盛る建物へ飛び込んだ。
三階。
煙。
炎。
泣き声。
「お、お母さん……。」
小さな男の子。
鈴木照夫。
まだ八歳。
足がすくみ、その場から動けない。
その時。
「坊主!」
海堂が叫んだ。
照夫は顔を上げる。
「……!」
「立て!」
照夫は泣きながら首を振る。
「無理……。」
「無理じゃねぇ!」
海堂は照夫を抱き上げる。
「啓太郎!」
「こっち!」
崩れる天井。
火柱。
二人は走る。
背後で床が崩れた。
外。
「救助成功!」
歓声。
消防隊が駆け寄る。
海堂は照夫を降ろした。
「終わったぞ。」
照夫は震えていた。
涙が止まらない。
「お母さん……。」
誰も答えられない。
啓太郎は照夫の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。」
「もう大丈夫だから。」
避難所。
毛布。
温かいお茶。
それでも照夫は泣き止まなかった。
膝を抱え、
ただ泣いている。
そこへ、一人の女性が近付く。
二十四歳。
保育士。
木崎真帆。
「隣、いい?」
照夫は答えない。
真帆はゆっくり腰を下ろした。
しばらく何も言わない。
泣き声だけが聞こえる。
やがて真帆はそっと照夫を抱き寄せた。
「怖かったね。」
照夫は小さく震える。
「もう大丈夫。」
その言葉に。
照夫は堪えていた涙を一気に流した。
「うわああああぁぁん!」
真帆は何も言わない。
ただ背中をさすり続けた。
十分ほど経った頃。
照夫はようやく泣き止む。
真帆が微笑む。
「お名前は?」
「……てるお。」
「照夫君か。」
照夫は小さく頷く。
「私は真帆。」
「真帆おねえちゃん。」
初めて照夫が笑った。
ほんの少しだけ。
その時だった。
「先生!」
消防隊員が駆け込んでくる。
「まだ取り残されている人がいます!」
真帆は立ち上がった。
「保育士さん!」
「危険です!」
だが真帆は足を止めない。
ふと照夫を見る。
「どうしたの?」
照夫は建物を見つめていた。
「……。」
「くまさん。」
「え?」
「ぼくの。」
「くまさん。」
小さな手が震える。
「お母さんがくれた。」
胸ポケットには何もない。
避難の途中で落としたのだろう。
真帆は優しく笑う。
「任せて。」
「え?」
「探してくる。」
「だめ!」
照夫は真帆の腕を掴んだ。
「危ない!」
真帆はしゃがみ込み、
照夫と目線を合わせた。
「照夫君。」
「……。」
「他にもね。」
「まだ帰れてない人がいるんだ。」
「だから。」
「迎えに行ってくる。」
照夫は首を振る。
「行っちゃだめ。」
真帆は少しだけ困ったように笑った。
「すぐ戻るから。」
照夫の頭を優しく撫でる。
「約束。」
照夫は何も言えない。
ただ手を伸ばす。
真帆はその手をそっと握り返し、
炎の中へ駆け出した。
数分後。
建物が大きく揺れる。
「危ない!」
轟音。
崩落。
炎が夜空へ舞い上がった。
「真帆さん!」
誰かが叫ぶ。
照夫は呆然と炎を見つめる。
「……真帆。」
「おねえちゃん。」
返事はなかった。
その瞬間、瓦礫の奥で。
誰にも見えない場所で。
「助けたい。」
その想いだけが、静かに灰の中に残っていた。