翌朝。
いつもより朝早く登校した芽衣は、昇降口の隅でスマホを見ながら時間を潰していた。
その手には申請書。
芽衣と仁志、2人分の署名と印鑑が記されている。
(また遅くならなきゃいいけど……)
芽衣はチラチラと外扉を見ていた。
仁志と一緒に朝早くに職員室に寄り、申請書を提出するつもりなのだ。
少しでも体験入部期間を逃せばもう他の部活動に人が取られてしまう。
部の継続のため、もう1人入れなければならないため、迅速な行動が第一なのだ。
(忘れてないよね……)
芽衣は念のため、仁志に“遅くないですか?”とメッセージを送った。
数秒後返信。
“約束の時間10分後だろ”
芽衣ははあとため息をつくと
“先輩なんですから10分前行動してください”
と返した。
また返信が来たが、デフォルメイラストのポメラニアンにOKと文字がついたスタンプだった。
(返事雑……)
芽衣はまた顔を上げ、外を見るがすぐに目を伏してしまう。
人の影が見えた。
女の子の影。
遠くだからよくわからなかったが、どこか見覚えが。
芽衣は恐る恐るまた顔を上げる。
「……あ」
聖だった。
聖も芽衣の目線に気付いたが、緊張しないように気遣ったのか、すぐに目を逸らしてしまう。
(聖ちゃん。
まだ朝早く登校してるんだ……)
芽衣は聖が小学生のとき、よく朝早く来て本を読んでいるのを思い出した。
そして、昨日仁志から言われた言葉も思い出す。
“聖っていう友達が言ってた”と。
芽衣は勇気を振り絞り、顔を上げて、聖の顔を見ると
「…………………っ……ぉっ………ぉぁ……っ」
“おはよう”と挨拶しようとしたが、緊張で喉が締まってしまい、結局言葉にならなかった。
それでも
聖は芽衣の声に気付いたのか、驚いた様子で芽衣を見つめた。
芽衣は言葉にできなかった惨めさと申し訳無さで顔を伏せてしまい、泣きそうになる。
聖はにこりと笑うと小さく胸の前で手を振り
「おはよう」
と返してくれた。
芽衣は涙を湛えた目を聖に向ける。
そして、胸に手を当て深呼吸し、大きく息を吸うと
「……おあっ……ょ…………」
とさっきよりも大きな声で挨拶できた。
聖は歩みを止め、思わず涙が溢れてきていた。
そして、芽衣のもとへ駆け寄り
「おはよう!
芽衣ちゃん……おはよう!!」
と芽衣を思い切り抱きしめた。
「ぁ……ぁぁ………」
芽衣はスマホと申請書で両手が塞がり、腕の行方が迷子になっている。
「ありがとう……ありがとうね!
芽衣ちゃん…………!!」
聖は体を離し、思わず芽衣に顔を正面から向けてしまった。
「また……あたしととも……
聖は言いかけた言葉を止めた。
真正面から見た芽衣の顔は恐怖におびえていた。
過呼吸になり、顔色も白い。
「ご……ごめんね…………まだ…………。
あの……ごめんね」
聖は芽衣から顔をそらし、後退りする。
「おはよう言ってくれたの……嬉しかったよ……」
聖は泣きそうな声でそう言うと、逃げるように下駄箱へ向かって言った。
芽衣も視界から人の視線が外れたことで、過呼吸は落ち着いたが、気持ちは落ち着かなかった。
「聖ちゃん…………
聖ちゃん……………」
芽衣は腕で目を覆い涙を流す。
また2年ぶりに友達に戻れるチャンスだったのに。
自分のせいで棒に振ってしまった。
せっかく勇気を出したのに、嫌われたかもともう声をかけてくれないかもと嫌な気持ちが頭の中をぐるぐる回っていた。
そのとき
「おい……
おい…………人を急かせといてなにしてんだ?」
安心する憎たらしい声が聞こえた。
芽衣は腫れぼったい顔を上げると、その声の主である仁志の顔を睨みつけた。
「もう少し早く来てくださいよバカ!」
仁志は来てそうそう怒られたことに頭を片手で抱える。
「いや……まあ…………なんかあったのか?」
呆れと心配の混ざった言葉に、芽衣は怒ったままの顔で申請書を仁志に押し付けた。
「なんでもありません!!
職員室行きますよ!!」
芽衣は仁志に背中を向け、足早に職員室へ向かって行った。
「…………俺は荷物持ちじゃねえぞ」
仁志はそうつぶやきながら急いで上履きに履き替えて、芽衣の後を追い掛けた。
職員室の前
から少し離れたところ。
芽衣は立ち止まり、仁志を待った。
「おそい。
朝の時間は早いんですからトロトロしないでください」
「言い掛かりだろ……。
よかったじゃん。親のハンコ貰えたんだ」
仁志はあえて話題をそらす。
芽衣は少し黙った後にちょっとだけ口角を上げた。
「…………。
部活作りたいって言ったら……応援するって……。
…………なんか……うざい……」
「へえー。
よかったな。嬉しそうじゃん」
「誰がうれしいなんて……!!
まだこれからですよ!!
ほら、先輩よろしく頼みます」
芽衣は仁志の背中を押して職員室に向かわせるよう仕向けた。
「え?
いやいや……後藤が発起人なんだから後藤が言えよ!
てか、誰に出すんだよ!?」
「先輩なんですから先輩が出してください……
提出先は近江先生です。
ほら、四の五の言わずに早く行って出してきてください」
「なんで俺がワガママ言ってるみたいになってんだよ!?」
「…………ええ。
そうですよ。ですからほら。
せんぱいかっこいー」
「棒読みで煽ててもなにもない」
仁志は呆れたように言うと、申請書を芽衣に返すと、職員室の前に行き、コンコンコンとノックした。
「先輩!?
これは……」
焦る芽衣をよそに仁志は扉を開けて
「おはようございまーす。
2年4組の先本です。
近江先生いらっしゃいますかー?」
と声をかける。
「……?
近江は俺だけど?」
と近江先生は椅子の背もたれに背中を預けながら、半ば仰け反るように体を向けた。
「失礼しまーす」
仁志は確認を済ませると、職員室の中に入り近江先生のもとへ向かっていった。
「……え!?」
芽衣は申請書を胸に抱えたまま、職員室の前で立ち往生してしまう。
追いかけなきゃ行けないが、人がたくさんいる空間に入っていくのは難しいことだった。
「1年の後藤……後藤………
えー……あ、そう後藤芽衣が用事あるみたいですよ」
「後藤が?
ああ、ありがとう」
近江先生は仁志の言葉を聞くと、席を立ち職員室の前まで急いだ。
「どうした? 後藤。
申請書で分からないことでもあったか?」
近江先生は申請書を持ってあたふたしている芽衣を見て、記入内容に困っているのではないかと思った。
だが、芽衣は顔を伏せたまま押し付けるように腕を伸ばした。
「おお……
ちょっと借りるな……えっとどこが…………」
近江先生は抜けているところが困ってるところだと思いざっと眺めたが目を疑った。
「…………え」
すでに完成されていた。
部活動の名前も、活動内容も。
そして、一番困難で早くて1ヶ月は掛かるだろうと高を括っていた部員の署名も。
しっかり条件である“2名分”記されていた。
「…………提出しに来ました」
仁志が職員室を出て、芽衣の隣に並び、本人が中々口を開かないため代わりに行った。
「あ……ああ……」
近江先生はしばらく愕然とした様子で、2人を見た。
芽衣は相変わらず下を向き続けている。
そしてその隣には、2年生の先輩。
申請書の名前も年組も、さっき言ってたものと合致する。
「あ……そう。
早……かったな……。
やればできるじゃないか」
近江先生は困惑は抜けきらなかったが、しっかり部員集めをできたため、芽衣を褒めた。
芽衣はちょっと頭を下げるだけだったが、顔は誇らしげだった。
「とりあえず条件は揃ったから……教室は……確か…………2階だったかが空き教室だったかな……
まあ、空いてるだろうから。
そこは放課後案内するよ。
…………けれども」
近江先生は申請書の気になるところを見つめた。
「この部活動名は……
なんだ?
名前……決まらなかったのか?」
近江先生の言葉に、芽衣は激しく首を振る。
「え……これが正式名称?
いや……まあ、悪くはないと思うが……その……なんで……その名前に」
近江先生は言葉を選びながら、NEW部という不思議な名前についてきこうとしたが、芽衣は顔を伏せるだけで言えそうにない。
仁志はため息をつくと
「NEXT ENTERTAINMENT WISDOM.
今までの遊びだけじゃなくて、学びや知恵、人を楽しませるエンタメなどの新時代の遊びを提供する。
その頭文字です。
…………だな」
仁志は代わりに説明し、芽衣に目を向けるが
「おー」
芽衣はスラスラとそれっぽいことを言う仁志に感心していた。
「だな!」
仁志は合わせろと圧をかけると、芽衣はようやく気付き、ゆっくり頷いた。
「なんだ……しっかり決まってたのか。
じゃあ、これで昼に手続きしてみる。
期待してるからな」
近江先生は芽衣に優しく微笑みかけると、自分のデスクへと戻っていった。
「できた……」
芽衣は身震いしながら小さく呟く。
「……?
後藤? どうした?」
仁志は心配そうに顔を覗かせると
「やった!
先輩!! できましたよ!!」
と芽衣はその場で飛び跳ねとびきりの笑顔を仁志に向けた。
「できたんだ……部活…………
こうしちゃいられません!!
えっと……また放課後!
下駄箱で!!」
芽衣はハイテンションのままそう言うと、嬉しそうに教室へと向かって行った。
「…………。
自由すぎるだろ」
仁志は呆れながら背中を見送る。
その最中に芽衣が人の多いところまで行くのが見えると、途端に下を向き動きが小さくなっていた。
(部活動できたとして…………あれで大丈夫か……?)
芽衣はさっきまでのハイテンションは鳴りを潜め、一旦トイレを済ませてから、下を向いて自分のクラスの教室──1-2まで辿り着いた。
ドアを開けようと手を掛けたとき
(聖ちゃん……もう…………着いてるよね)
芽衣と聖は同じクラス。
扉を開ければきっと聖はいる。
せっかく仲直りできそうだったのに、自分のトラウマのせいで台無しにしてしまった悔しさと情けなさが込み上げてきてしまう。
開けたとしても、席に座ったとしても、すこし離れてるから気付かれないかもしれない。
でも怖くなった芽衣は、もう一度近くのトイレに向かった。
個室に入り鍵をかける。
人気のない和式トイレはいつも空いているから、芽衣は助かっている。
スマホを取り出すと、画像編集のアプリを開いた。
慣れた手付きで操作。
白紙からレイアウトを選び、文字を付け足していく。
大きく表示されたのは“NEW部”という文字だった。
ポスターを作っているのだ。
芽衣は大きく鼻息を漏らして、作業に集中した。
誰にも邪魔されない。
何も怖くない。
芽衣は妄想が止まらなかった。
このポスターを見て、どのくらいの人が来てくれるだろう。
たくさん来てくれたらいいな。
そしたら、またみんなとワイワイ楽しく遊べる。
芽衣は自然と笑みが浮かんでいた。
が、至福の時間は長くは続かなかった。
チャイムから鐘の音がなった。
「…………え……
もう……こんな…………」
芽衣はパンツを上げて、一応トイレを流して教室へと急いだ。
昼休みの時間になった。
芽衣はメモ帳を1枚切り取り教壇にいる近江先生のもとに向かった。
ポスターを作るうえで、正確な教室の場所を知りたかったからだ。
もう、あらかた出来上がってしまったので、放課後までには完成させたかった。
だが、芽衣の足が止まる。
別の生徒に先生は話し掛けられていた。
(どうしよう……渡すだけなら…………
でも……ここで待ってるのも…………)
芽衣は立ち往生してしまう。
結局決心つかずメモ帳をブレザーのポケットにしまうと、教室から出て、またトイレに向かった。
いつもの和式トイレ。
個室で鍵をかけ、ポスター作業に取り組もうとしたとき
「ほら、また鍵かかってる」
とトイレの入り口の流しから声が聞こえた。
「知ってるー?
あそこ毎回毎回休み時間に同じ人が使ってるんだって」
芽衣の指の動きが止まる。
自然と意識がその声の主に集中してしまった。
「なにそれ? 頻尿?」
「さあ?
でも困るよね。前友達がトイレいっぱいで使えなかったって戻ってきたけど、その人が占領してなかったら使えてたよね?」
「……え」
芽衣は思わず声を漏らしてしまった。
たしかに休み時間になるたびに、トイレに行っていた。
籠もっているつもりはないが、いつも心配になり、ギリギリまで粘ってしまう。
でも、それが迷惑──
芽衣は出ようと立ち上がるが
体がそれ以上先動かなかった。
外に出れない。
迷惑をかけている申し訳なさもあるのに、不安が勝ってしまう。
芽衣は思わず過呼吸になり、目に涙を浮かべてしまう。
「でもあそこ和式トイレだよ」
「……あーね。
じゃ、使わんわ」
外の女子はそれで話が終わり、教室に戻って行くが
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
芽衣は耳に届かず、小さく謝り続けるだけだった。
そのとき
スマホから着信音。
芽衣は袖で涙を拭き、画面を観た。
SMSだ。
宣伝のようなくだらないものだろうかと思い、即閉じようとしたが、
「……え」
芽衣は通知画面に表示された内容に思わず声を漏らした。
“芽衣ちゃん、今日の朝はありがとう
実際に話すの難しかったらこれでお話ししよ
待ってるね”
聖からのメッセージだった。
いつも使っているSNSは当時のクラスメートをみんなブロックしている。
でも、SMSはブロックをしていなかった。
芽衣は今朝の申し訳なさと、今の惨めさでブロックしようとしたが
最後の確認画面で手が止まり、嗚咽が止まらないまま、キャンセルして文字を打ち込み始めた。
“ごめんなさいほんとうにごめんなさい
せいちゃんと友達にもどりたいのに、怖くて怖くてたまらないの
たすけて。わたしのこの病気はいつ治るの”
芽衣はそこまで打ち込んだが
全部消してしまった。
授業開始ギリギリで芽衣は教室に戻り、いつもよりもさらに俯いて席に戻った。
「せいー、どうしたー?
ぼーっとして」
教室の何処かから声が聞こえる。
聖の中学に入ってからできた友達の声。
芽衣はその声を聞くとなぜだか胸の奥がチクチク痛んでしまう。
なぜだか色んな話し声が聞こえる教室のなかでもよく聞こえてしまう。
「あ、ごめんね。
なんでもないよ」
聖の優しい声がする。
芽衣は結局、聖に返信できていない。
ブロックもできていない。
宙ぶらりんだ。
(やらないと……ちゃんと………………)
芽衣はスマホをギュッと握り締めた。
今日は昼休みの後は1時間で授業が終わる日だった。
帰りの会が終わり、放課後になる。
聖は友達と体験入部へ行くために、足早に教室から出ていってしまった。
「後藤! ちょっと職員室の前で待っててな!」
近江先生も忙しそうな様子で、芽衣に声をかけたらすぐに出ていってしまった。
芽衣はとりあえずカバンを持つと、一旦トイレを済ませてから、昇降口に向かった。
「今回は俺のほうが早かったな」
仁志がすでに待っていた。
芽衣は不機嫌そうな顔をし
「うるさい」
と言うと、強引に仁志の手を引っ張り職員室に向かった。
「…………なんかあったのか?」
「別に。
先輩とは関係ないことです」
心配する仁志に芽衣は一切顔を向けずに歩みを進める。
仁志は呆れた顔をし、ため息が出そうになったがそれでまた何か言われるのも嫌なため、堪えた。
職員室の前に着くと
「ん」
と芽衣は仁志を前に押した。
仁志は無言で芽衣に顔を向ける。
芽衣も無言で顎で指示する。
仁志はまたため息を我慢し、職員室の扉をノックし
「失礼しまーす……
2年4組、先本です。
近江先生いらっしゃいますかー?」
と呼び掛けた。
「お、先本か?」
近江先生は立ち上がり、すぐに向かって来てくれた。
扉まで来ると
「後藤も……いるな?」
と芽衣の姿を確認すると
「じゃあ、行くか」
とこれから部室となる空き教室に向かった。
階段を登り、2階の奥。
そこが部室になる。
「とりあえず昼の小会議でなんとか通りそうだ。
本格的な始動は明日あたりになるだろうが……
まあそのあたりは明日、後藤。
教室でいいか?」
道すがら、近江先生は芽衣に訊いた。
「……へ…………へ……き……」
芽衣は俯きながらも小さく頷く。
先生は微笑むと、仁志に視線を向ける。
どこか少し気不味そうだ。
「その……先本と後藤はどう知り合ったんだ?」
仁志は芽衣の方を見る。
芽衣は恨みを込めたような目つきで、仁志を睨んだ。
「……えー。
………………そこはプライバシーってことで」
仁志は“宇宙人だと嘘付いたら色々あって後藤から700円巻き上げたあげく川に落として服脱がせたら、脅迫されたので入りました”とは言えず、誤魔化した。
「そ……そうか……」
近江先生も深くは聞かずにそのまま流した。
「ふーーん」
芽衣はつまらなさそうな様子で鼻を鳴らした。
「着いたぞ」
奥の教室まで辿り着いた。
2-8と札が付いている。
ここが、芽衣と仁志のNEW部の部室だ。
近江先生は鍵を開け、ドアを開いた。
机と椅子が奥に押し込まれていて、少し広く感じる。
「ん……埃っぽいな……」
仁志は入るなり咳払い。
「アレルギーですか?」
芽衣は心配そうに言う。
「いや。
そういうのじゃないけど、ちょっと気になるだけ」
「部屋汚いくせに」
芽衣の小言に仁志は黙っているだけだった。
「じゃ……あとは好きに使ってくれていいぞ。
まあ、まだ仮だから道具とか出費は難しいと思うが……パソコンなら、使ってないのあるか?
ちょっと後で確認してみる。
それじゃ2人とも頑張れよ」
近江先生はそう言うと、教室から出ようとしたが
「……あ」
芽衣は先生の裾を引っ張り止めた。
「……どうした?
後藤? まだ何かあるのか?」
芽衣は俯いたまま。
メモを取り出そうとしたが、用意してた場所を聞きたい事自体はもう解決していた。
もう場所を入力するだけでデータは作れる。
あとは印刷するだけ。
それを頼む術がなかった。
ノープランで止めてしまったため、芽衣は裾を引っ張ったままで動けない。
「……後藤?
…………なにしてんだ?
言いたいことあるなら」
仁志が呆れた様子で言うと
芽衣は泣きそうな目で睨みつけた直後
「……あ…………え……っと」
とスマホを取り出し、メモアプリで入力しそれを近江先生に見せた。
“ポスターとチラシ作ったので印刷してもいいですか?”
「……ああ。
いいぞ。
……一旦俺も職員室戻るから着いてくか?」
芽衣は小さく頷く。
「分かった。
先本はどうする?」
近江先生は一応訊くが
「先輩は掃除してて」
と芽衣が指示。
「……ってことみたいなので」
「あ……ああ」
近江先生の後をくっつくように歩く芽衣。
先生はチラチラと後ろを横目で見ていた。
「後藤…………。
先本とは普通に話せるんだな」
仁志と話しているときだけ、芽衣にいつもの怯えがないことに気付いたため、声をかけたが
芽衣はうんともすんとも言わず、首も振らない。
あまり触れられたくないのかと思い、先生はそれ以上の言及は避けた。
職員室に行き、データをプリンターに送りポスターを3枚。
チラシを50枚印刷してもらうことになった。
その間の待ち時間。
順番待ちもあるため10分後にまたと言われた。
芽衣は一旦トイレに行こうとしたが、尿意はなかったためやめると、廊下の隅に向かった。
人の通りが少なく安心する。
芽衣は深呼吸すると、スマホを取り出した。
聖とのSMSの画面。
“ありがとう”とか“ごめんなさい”とか、打ってみるが、全部打ったその場で消してしまう。
結局なにもできないまま、10分が過ぎ近江先生が出来上がったものを廊下まで持ってきてくれた。
「それじゃ、頑張れよ」
「……あ……………………た」
先生からの応援も心には響かず、ありがとうございましたの最初と最後しか言えない。
芽衣はポスターを受け取れて嬉しいはずなのに、心が動かなかった。
「……頑張るっていうのは、1人で我慢するってわけじゃないからな」
近江先生の声が聞こえた。
「……え」
顔を上げたがもういなかった。
芽衣は首を傾げると急いで部室に向かった。