「ねえどの部に入るか決めた」
「演劇部の劇やばかったな」
桜舞い散る4月。
新しく中学校に入った新入生向けに部活動紹介が行われた。
みんな友達と、初めて行う部活動を何にするか話し合っている。
硬派な野球部、サッカー部。
劇や発表でみせた演劇部や吹奏楽部。
などなどみな銘々に心を躍らせていた。
そんな中、1人席に座り、顔を伏せている少女がいた。
(あんなのじゃ足りない……!
もっと新しく自由でワクワクできるのが良い!!)
少女の名は、後藤芽衣(ごとう めい)。
小学生のときは長かった髪の毛をバッサリ切り落としたショートボブをしており、見た目では快活な印象を与える。
芽衣の心はざわめいていた。
昔から動画配信サイトで、様々な企画物をみてはそれを試したい気持ちでいっぱいだ。
だから、なにかみんなでワイワイ遊ぶような部活動がないのかと期待していたのだが、結果はなにもなかった。
芽衣自身、何かに向かって努力したり、大会で頑張るとかは嫌いではないが、ワイワイ楽しくやって、緩やかで温かい青春を送りたいのが本音だ。
だがしかし、芽衣には一つ困ったことがある。
先生が教室に戻り、みんなそれぞれの席に座る。
芽衣は先生が話しているのに関わらず下を向き続けたままだ。
「いいか。
今週の金曜日までにこの申請書を書いておくように。
2週間体験入部ができるから色んなところに行ってよく決めるように」
先生はそう言いながらプリントを配っていく。
芽衣は前から回ってきたプリントを下を向いたまま目線だけで確認して受け取り、1枚受け取ると全く振り向かずに残りを後ろに回した。
そのなんてことない流れ。
それだけで芽衣は酷く緊張していた。
芽衣は2年ほど前に発表会中に酷い失敗をしてしまい、周囲の目が怖く顔を合わせることができないのだ。
さっきも受け取るために目線を上げたとき、ちょっとだけ目が合ってしまった。
それだけで彼女は軽いパニックのような状態になってしまったのだ。
もとからいた友達も顔を見ることができなくなった。
だから、友達はいなくなり、いくら楽しそうなことを知っていても、遊ぶことができない。
心機一転一念発起で、髪を短くしてみたがそれだけでは何も変わらず、入学して1週間、友達どころか声をかけることもできなかった。
部活動として活動すれば気持ちが変わってなんとかなるかと思っていたのだが、その肝心な思い描く理想の部活動がないのに落胆した。
(…………いや……待てよ……
そうだよ……ないのなら)
芽衣はノートの切れ端に何かを書き始めた。
ショートホームルームが終わり、下校の時間になる。
芽衣はノートの切れ端を破り深呼吸をすると、担任の先生のところまで小走りで駆け寄った。
しかし、近付いても声をかけることはできない。
口は開くが声はおろかなにかしらの音さえも発せなかった。
仕方がないため芽衣は先生の袖を引っ張った。
「……?
どうした? 後藤」
先生は一瞬だけ芽衣を見たが、すぐに視線を外して明後日の方向を見ながら訊いた。
「あ……あの……
あ…………えっと…………
これ」
芽衣は下を向いたまま恥ずかしそうにもじもじとした後にノートの切れ端を差し出した。
先生はそっと手を出し、芽衣はその上に置く。
先生は内容を確認し、少し怪訝そうな顔をした。
「“新しい部活動を作りたいです”……って
後藤……が………か?」
先生の問いかけに芽衣は小さく頷いた。
先生は思わず苦笑いしてしまう。
「作るのは構わないが……この学校だととりあえず同好会として立ち上げるのに最低でも2人必要になる…………それに、立ち上げから1ヶ月以内に顧問1人と所属生徒数が3人にならないと廃部になるんだが……………」
先生はチラッと芽衣を見た。
芽衣は視線を感じ縮こまってしまう。
先生はまた苦笑い。
先生自身もこんなことを生徒に言いたくないが、一つの懸念として伝えることにした。
「……その。
だな。今……だいたいの先生は顧問についてるから十分なサポートができないし……その新しい部活動の顧問に俺がなってもいいんだが……今見てる美術部さえもだいぶ疎かになってるから……そのなんだ。
後藤…………人数集めできる……のか?」
「…………」
芽衣は見た目だけは静か。
だが気持ちも頭も心臓も跳ね上がっていた。
心配されるとは思っていたが、いざこう言われると恥ずかしくなってしまい、今すぐにでも逃げ出したかった。
それでも
「や…………やりゅ……
やりま…………やりま……す…………」
芽衣は今にも消え入りそうな泣き出しそうな小さな声で言った。
なければ自分で作れば良い。
楽しい青春を送るために。
そして、弱い自分を変えるために。
その一歩として。
その後、芽衣からの答えをしっかり聴いた先生は、明日申請書を持ってくると約束してくれた。
芽衣は緊張で焼き切れそうな意識の中、誰とも目が合わないように下を向いて、帰路についていた。
昇降口から靴に履き替え、正門に向かう。
色んな生徒が話したり、ビラを配ったりしている。
(まず1人……
1人確保しなきゃ…………
そこからやらないと)
芽衣は少しだけ顔を上げて、誘えそうな人を探してみる。
が
「テニス部です!」「バスケ部です!」
とビラを配っている先輩に声をかけられた。
芽衣は緊張で立ち尽くしてしまう。
いつもよりももっと下を向いてしまい、カバンを抱えながら、なんとか足を動かし校舎に逃げた。
(無理……!
無理……!! あんなのやるの……
やります……って先生に言っちゃったけど……
受け取るだけでもあんななのに……ビラ渡す側にならなきゃなんて…………
無理だよ…………)
芽衣は自分の下駄箱の前でしゃがみ込む。
自分の難儀な体質の惨めさと、やると言ったのに思い通りにいかないもどかしさや恥ずかしさに涙が出てくる。
また上履きに履き替えて、校舎の中で時間を潰すのも逃げるようでできない。
かと言って外に出て、これから自分がやるであろう高難度の行いを見せつけられる決心もつかない。
「やっぱり……わたしには…………無理なんだ」
芽衣は小さく呟くと、昇降口の隅までとぼとぼ歩き、スマホを取り出して好きな配信者のアーカイブを見始めた。
自分のコメントを読まれたところだけを観ては戻して観ては戻しての繰り返し。
そうしているうちに、芽衣はいつの間にか眠ってしまった。
「おーーい
生きてるかー?」
声変わりしていない男の子の声がした。
(………あ……寝て………た)
芽衣はそっと目を開け、人の姿が見えると目を伏しそうななったが
(……あれ)
そのまま直視できた。
その男の子は前髪がとても長く鼻先まで伸びている。
そのため目が全く見えないのだ。
(もしかしたら……話せる
これなら……できるかも!)
芽衣はその男の子の手を掴んだ。
「ねえ!
君もう部活動何にするか決まった!?」
自分でも驚くほどスムーズに明るく快活に言えた。
芽衣は思わず笑顔になる。
男の子は口元がピクつく。
困惑している様子だ。
「い……いや。
決まってないけど…………」
芽衣はその答えを聞くとさらに笑顔になる。
緊張もなにもなく普通に話せ、さらに部活動の所属先も決まってない。
一世一代の又とないチャンスだ。
「ねえお願い!!
一生のお願い!!
わたしこれからみんなが楽しく遊べる新しい部活動を作る予定なの!!
でもなかなか人が集まらなくて……君が入ってくれたらとりあえず1ヶ月猶予できるの!!
お願い!!! わたしの部活動に入って!!!」
「やだ」
手を合わせ、頭を下げて必死にお願いした芽衣だったが、男の子は即答で返した。
「ええ〜〜」
芽衣は顔を上げて、不満そうな表情を見せる。
「なんで〜〜楽しいよ!
みんなでワイワイするんだよ!」
芽衣は必死に説得しようとしたが
男の子はため息をつき、立ち上がった。
背はだいぶ低く、140cmくらいだろうか。
芽衣よりも8cmくらい低く(前髪で見えないが)目線がおでこに行く。
「いかないでーー!!!!」
芽衣はすぐに立ち上がり、男の子の手を掴んだ。
「…………入ってくれたら美味しいお菓子も用意するからー」
「……子ども扱いするな……馴れ馴れしい」
食い下がる芽衣に、男の子は迷惑そうにする。
「お願い!!
一生のお願いだからー!!」
それでも芽衣は諦めず、ほとんど半泣きになりながら懇願する。
男の子は流石にこのまま引き剥がすのは忍びない様子で、頭を抱える。
しばらくして、男の子は芽衣の顔を見上げた。
「悪いが部活動などというものに惚けている時間はない
「なんでーー!!
いいじゃんやろうよー!!」
「最後まで話を聞きたまえ。
いいか。実の話だな。
俺はこの星に不時着して来た宇宙人なんだ」
「……え?」
あまりの突拍子のない話に芽衣は一瞬困惑したが
「すごーい!!
本物の宇宙人だああ!!」
とこれまでにないくらい目を輝かせた。
「え……」
こんどは逆に男の子のほうが困惑する。
「本物の宇宙人なのー!?
なんで人間みたいな姿なの!?
いつからここにいるの!?」
芽衣はキラキラした眼差しを向けながら、男の子に質問攻めをする。
男の子は猛烈な勢いに少し後退りしてしまう。
「そ……そりゃあ本当だよ…………
この姿は仮の姿さ。
3年ほど前にね。
不時着して来たんだが……コピー……するときに……その……この星の生命体は成長すると体が大きくなるってことを忘れていてね。
今でもこの姿なのさ。
前髪だって……宇宙の秘密を湛える目を隠すために伸ばしてる」
「へーー!!!
すごーーい!!」
芽衣は勧誘のことはすっかり忘れて、憧れの眼差しを向けている。
「この星から出るために色々と準備をしている。
だから部活動という不毛なことはごめんなんだ。
申し訳ないね。
それじゃ俺は忙しいからこれにて失礼するよ」
男の子は捲し立てるように早口で言って立ち去ろうとしたが
「待って!!」
芽衣はまた手を掴んだ。
「…………なんだ?
部活動はやらないと」
「違う!!
星に帰れないって……家族も友達もみんな心配してるんだと思う!
だからね! わたしも手伝う!!」
「……え」
芽衣の言葉に男の子は素っ頓狂な声を出した。
「いや……それは……その……遠慮しておくと言うか……そもそもこんな話を」
「遠慮しないで!!」
芽衣は男の子の頭を優しく撫でた。
「わたしは後藤芽衣!
宇宙人さんのお名前は?」
「………………ウチュージ・カメイ」
「うちゅうじ……かめ?」
「いや……なんでもない。
忘れてくれ。
本当の名前は明かすことはできないから……な。
俺は先本仁志(さきもと ひとし)。
この人間態の名前だ」
「仁志くん!!
よろしく!!」
芽衣は嬉しそうに仁志の手をブンブン振って握手をする。
仁志はその手をはねのけた。
「だから馴れ馴れしい。
…………“名前は?”って訊かれたから答えただけできみに協力を仰ぐつもりもない。
…………それにだ。
初対面の素性も知らない奴に、宇宙人だなんだ言われて素直に受け取るなんてどうかしてる。
おまけにこんなとこで寝ていて警戒心がまるでないんじゃないか?」
仁志の詰め寄るような言い分に、芽衣は少し尻込みし、顔をそらしたが、少しだけ目線を向け
「……でも困ってるんでしょ?」
と言った。
あまりの純粋さに仁志はまた頭を抱えるが、一瞬だけ口をニヤリと笑わせた。
そして、ため息をつくと
「この星に来て……君のような子に会ったのは初めてだ。
良いだろう。少し来たまえ」
と、外に出て手招きをした。
「うん!!」
芽衣は元気いっぱいの笑顔を向けて着いていった。
もう午後の5時になっていて、夕焼け空が広がっている。
2人は学校の近くの商店街に立ち寄った。
シャッター街であり、空いている店も少なく人も2人以外全く通っていない。
「ねえねえ!
宇宙人語って話せるの?
どんなのどんなの?」
「それは人には簡単に言えないな」
「えー……いいじゃん!
教えてよー! 教えて教えて!!」
芽衣の圧に仁志はめんどくさそうに溜息をつき、自分の喉に軽くチョップしながら
「ワレワレワ……ウチュウジンダ」
と古典的な宇宙人の話し方をした。
「わ!! 本物だ!!!」
芽衣はまた目をキラキラ輝かせて興奮する。
仁志は芽衣の反応に口元をピクつかせ、少し固まる。
「こ……この言語はかなり初級なものだからな……銀河に知れ渡っているんだ。
今回は人があんまりいないから、特別に教えたわけだが、本来機密性の高いものだからな。
あと、人が多いときはそんなにオーバーにリアクションするなよ」
「……うん! 気を付ける!!」
忠告に芽衣は真剣な顔で頷いた。
「さて……」
仁志は足を止めた。
「……?
ここが秘密基地?」
芽衣は期待を込めた眼差しを向けるが
そこは、無人のカプセルトイコーナーだった。
「…………遊びに来たの?」
芽衣は首を傾げていうが
「……まあ見てなって」
と仁志は含み笑いをしながら中に入る。
そして、一直線に奥の方へと辿り着くとしゃがみ込み、じっと見詰めた。
芽衣も追い掛け、仁志の顔の先を見た。
「……?
わ! わんちゃん!! かわいい!!」
仁志が見ていたのは犬の商品がラインナップされたカプセルトイだった。
芽衣はそういいながら、仁志の隣に座ると
「あ! これお座りしてる!!」
色んな種類の犬が芸をしており、お座りをしているポメラニアンの姿を見て楽しみ、一番気に入っているポーズを指さした。
「ほー……よくわかってるじゃないか。
見る目があるね」
仁志は感心したような声を出すと、
「君も回したまえ」
横に移動し、腕を出して誘導した。
「……え?
いや……300円は……ちょっと……
ママからお小遣いもらってるけど……1日150円で……飲み物代で貰ってるから明日のジュースが……」
芽衣は申し訳なさそうな顔をして、断ろうとしたが
「…………頼むよ。
このポメラニアンがあれば……宇宙に帰るための助けになるんだ……!」
と仁志は手を合わせて頼み込んだ。
「え……
ほんとに?」
流石の芽衣も怪しむが
「本当だ。
信じてくれ」
と仁志が真剣に言うため
「…………わかった!」
と芽衣も真剣な顔つきになり、財布から300円取り出し、1枚1枚ゆっくりと投入する。
「それじゃ……いくよ!!」
と芽衣はレバーを回し、ガコンとカプセルが落ちる。
芽衣は深呼吸し、カプセルを取り出し、仁志に渡した。
仁志は隙間から覗くと、口元が緩み
「ポメきた!!!」
と大声で叫んだ。
「え!? 出たの!?」
芽衣も興奮した様子で、仁志に訊く。
「出た出た!
お前やるな!! 俺運が悪いから助かった!!」
「よかった!!
これで宇宙に帰れる?」
「……? 宇宙……?
…………あ、いや、これはまだ始まりに過ぎないからな! あはは!
まだまだ色々やらなきゃいけないこともある!!」
「やることって?」
「そうだな…………」
仁志は周囲を見渡すと、ニヤッと笑い
「例えばこれも必要になる」
とポメラニアンの目印アクセサリーがラインナップされたカプセルトイマシンを指差した。
「かわいい!!」
芽衣はほとんど条件反射のように言った。
「俺が回すとな。
どうしても目当てのものじゃなくなっちゃうんだ……
さっき君が回してくれたから、ポメラニアンが出てきた。
お願いだ。また、回してくれないか?
そしたら、宇宙に帰ることができるのに」
仁志はまた真剣に頼み込む。
芽衣は財布の中身とカプセルトイの値段を交互に見る。
400円。
財布の中身は450円。
できれば使いたくなかったが
「……大丈夫!
きっと帰れるよ!!」
と芽衣は仁志の手をぎゅっと握り、そう声をかけ優しく頭をなでると、意を決してカプセルトイマシンの前に行き、400円入れてレバーを回した。
芽衣はカプセルを取り出し、仁志に渡すと
「……そうそうこれこれ!!」
と仁志はカプセルを手に取った瞬間に喜び嬉しそうにした。
「流石だ。
感謝するよ」
仁志は受け取ったカプセルをカバンの中にしまう。
「よかった!
ちょっと……高かったけど…………
これで仁志くんが帰れるならよかった!!」
芽衣はとびきりの笑顔を仁志に見せた。
「……あ。
……ああ……。
感謝するよ。
…………そうだ。明日の放課後少し来てほしいところがあるんだ。
さっきの昇降口のところでいいか?」
「え……
うん。いいけど?
え!? もしかして宇宙船見せてくれるの!?」
「…………あ、
ああ! そうさ!!」
「やった!!
宇宙船だああ!!」
芽衣は出費のショックは消え去り、飛び跳ねて喜びを示していた。
「それじゃ……俺はここで。
明日待っててな」
仁志は早口でそう言うと、苦笑いしながら足早に去っていった。
「ばいばーーい!!
楽しみに待ってる!!」
芽衣は大きく手を振り、とびきりの笑顔で背中を見送った。
河川敷。
仁志は急勾配の下に川が流れている小高い道を歩いていた。
めじるしアクセサリーのカプセルを眺めて、とても嬉しそうだ。
だが、時折浮かない顔もしている。
「はあ……なーにしてんだかなあ。俺」
仁志は溜息をつき独り言を言うとカプセルをリュックにしまおうとしたが
「おわっと!」
爆走する自転車が真横を通り、仁志はよろけてしまう。
「……あっ!」
そしてその拍子に手に持っていたカプセルを落としてしまい、坂道を転がり、岸辺の1mくらい伸びている草むらに落ちていった。
「しまっ……
ちっ……あのチャリ……!」
仁志は構わずに前を走る自転車に舌打ちする。
そして、下に向かうための階段を探すために当たりを見渡していると
「うわあああああ!!!!
とまらなあああああ!!!!」
と後ろの方から女の子の声がしたと思うと
ドボーーーンと川に大きな何かが落ちる音がした。
「……え」
仁志が呆気に取られながらその波紋を見ていると
「ぷはっ!!
はあ……死ぬかと思った!!」
芽衣が川から頭を出して、岸辺に上がると草むらで何かを探し始めた。
「あ……あいつ……
さっきの!? なにしてんだ!!?」
仁志は愕然としながらその様子を見ることしかできない。
「あ!!
あった!! 仁志くん!!
あったよ!!!」
芽衣は自分が全身びしょ濡れであることは全く構わない様子で、草むらに落ちたカプセルを見つけたことを大声でアピールしていた。
「…………っ……!
とにかく上がって来い!!」
仁志は顔を赤くしながら芽衣に叫んだ。
芽衣は途中よろけながらも、坂道を登りきり
「はい!
宇宙に帰るために大事なものなんでしょ?
見つかってよかった!!」
ととびきりの笑顔で仁志にカプセルを手渡した。
「……あ…………ああ。
ありがと…………」
仁志は流石に罪悪感の限界になり、芽衣の屈託のない笑顔を直視できないでいた。
「……あ……あのさ。
後藤って言ったっけ?
お前、家は? 近いのか?」
「家?
……あはは、実は仁志くんの帰るところって宇宙船とか秘密基地なのかなーって気になっちゃって黙ってついてきちゃったんだ……!
ごめんね!!
だから遠くて……。
どのくらいだろ……30分くらい?
それがど……へ……………へくしょん!!」
芽衣は川にダイブしてしまったため全身ずぶ濡れなままだ。
体が冷えてしまいくしゃみをしてしまい、鼻水も出る。
「…………。
俺の家、ここから5分くらいだから。
シャワー浴びてけよ」
仁志は顔をそらしたまま言う。
芽衣は家と聞いて目をキラキラ輝かせた。
「家!?
行く!! 宇宙人の家!!」
「声がでかい!」
仁志は恥ずかしそうに叫ぶと、自分のブレザーを脱いで、芽衣に差し出した。
「あとそれ。ブレザー。
それだけでも脱げよ。
俺のやるから」
「ありがとう!
……あ! カバン!! それ取ってからね!!」
芽衣はカプセルを拾いに走る前に道にカバンを置いていったことを思い出し、振り返って走る。
そして、カバンを拾うとまた走って戻ってきた。
「濡れると重いね!!
はっ……は………はくしょん!!!」
さっきよりも大きなくしゃみ。
「あ……あれ…………
なんか……頭くらくら…………」
そして、足元が覚束なくなり
「……え?
後藤……?
おい後藤!!」
仁志の叫びも遠くに芽衣は倒れてしまった。
「う……うう…………」
芽衣が目を覚ます。
知らない天井。
だが家庭的。
シーリングライトが優しく部屋を照らしている。
(ふわふわ……気持ちいい)
芽衣は体を直に包み込む暖かい毛布に安らぎ、また目を閉じそうになったが
(………?
あれ……!?)
毛布が直に体を包んでいた。
つまり
「きゃあああああ!!!!」
芽衣は思わず叫んだ。
「うわっ!!?
……起きた……のか」
台所に立っていた仁志が驚いて、芽衣の方を振り向いた。
「ア………アブダ……アブダクション……だあああ!!
わたしの体になにしたの!?
宇宙人!!!」
芽衣はキッと仁志を睨みつけた。
「…………まだ……それ続けるの?」
仁志は火を止めてヤカンのお湯をマグカップに注ぐと、芽衣が寝てたリビングのソファまだ持っていく。
「濡れてたから脱がしただけだ。
…………別にやましいことはしてない」
仁志はマグカップを芽衣に手渡す。
「そう……
うわあ! ココアだ!!
宇宙人もココア飲むの?」
芽衣はココアの温かさと優しい匂いに心が落ち着き、また目を輝かせて仁志に訊いた。
仁志は唖然とすると、溜息をつき、芽衣の目の前で膝を付いた。
「あの……その…………きみのその感性は大事。
大切にしたほうが良い……でもな。
もう少し疑うことを覚えような」
「…………?
どういうこと?」
「だからその……
宇宙人ってのは…………嘘……なん……だ」
「……え」
芽衣はマグカップを落としそうになる。
キラキラした期待の眼差しも一瞬で曇った。
「騙すつもりはなかったというか……
きみがあまりにもしつこいからそうせざるを得なかったというか……
なんというか……その…………
すまん!!」
仁志は必死に頭を下げる。
芽衣はマグカップを持ち直すと
「よかったー!!」
と笑顔を向けた。
「え……」
仁志は思いもよらない言葉に顔を上げる。
「だって!
ほんとに宇宙人だったら帰れなくて大変だったけど、嘘ならここが本当のお家で帰る宇宙もここってことでしょ!!
ホントによかったよー!!」
仁志は顔が引き攣っていた。
芽衣の顔は笑顔。
声も明るい。
が、その右手には力が込められており、後少しで中の熱々のココアが仁志の顔に零れそうなくらい、マグカップを傾けている。
「そ……それは許してくれるって……」
仁志は恐る恐る訊くが
「いやーよかったよかった!」
と芽衣は笑顔のまま言った。
「あ!
そうだそうだ!
なーんかよくわかんないんだけど、700円お財布からなくなってるんだよねー。
それにーびしょびしょにもなっちゃって、見方を変えれば誘拐……?
も、されちゃったなー」
「え……?
なに……を?」
「そういえばさ……さっきも言ったけど。
わたし、新しい部活動作るのに人が足りてないんだよねー」
芽衣は笑顔のまま、仁志を見下ろした。
「え……いや…………その」
仁志は困惑するが
「足りてないんだよねー」
芽衣の右手の角度が徐々に下がっていくのをみると
「入ります!!
……是非とも!!」
と大きく宣言した。
芽衣はトンとソファに座ると
勝ち誇ったような顔でココアを口に
「あち……」
しようとしたが、熱くて飲めず、ふーふーして冷ました。
「ありがと!!
仁志くん!!
お礼に黙っててあげるね!!」
(何この人……こわい…………)
仁志はあれほど純粋無垢だと思っていた芽衣の笑顔が急に怖くなっていた。
芽衣はようやくほどよく冷めたココアを飲むと
「そういえば、ママとパパは?
今、いないの? 兄弟は?」
と、首を傾げて訊いた。
「この時間は俺だけだ。
両親共働きで帰りが遅いからな。
きょうだいはいない」
仁志はそう言いながら、芽衣の制服とワイシャツのもとへ向かい、湿り気を確認する。
「そうなんだー。
わたしもそうなんだー!」
そのとき、芽衣のカバンからバイブレーションと可愛らしい着信音が鳴り響いた。
「誰だろ?」
と芽衣は、マグカップを仁志に渡すと毛布を体に巻き付けたままカバンに向かう。
そして、スマホを取り出し
「わ……」
と、面倒くさそうな顔をし電話に出た。
「なに……。
忙しいから急にかけてこないで」
芽衣は明らかに仁志と話してたときよりも低いトーンで話す。
電話をかけてきたのは母親だった。
『なにって。
芽衣なにしてるの?
もう20時じゃないの』
「えっ……!?
にじゅう……じ?」
芽衣は慌てた様子でスマホの時計表示を確認する。
20:06を示していた。
「うそっ!?
え……!? わたしそんなに寝て……いや……
えっと…………!!
すぐに帰る!! あ……でも……場所…………」
芽衣は気を失っている間にいつの間にか時間が過ぎていたことに気付き、あたふたする。
『車で迎えに行くからどこにいるの?』
母親は呆れたように言う。
「わからない!!」
『え……わからないなんてことないでしょ?
なに? 誰かといるの?』
「そんなに怒らないでよ!
なんで怒るの!?」
『怒ってないわよ。
迎えに行くから場所を教えてって聞いてるだけでしょ』
「わかるわけないじゃん!!
ねえ! 仁志くん!! 変わって!!
ママのこと説得して!!」
芽衣は制服を取り込んでいた仁志に向かって叫んだ。
「え……。
なんで…………。あ……いや。
俺のせいでもあるか……」
仁志は嫌そうな顔をしつつも、全く無関係ってわけでもないので渋々スマホを受け取った。
そして、芽衣に取り込んだ制服とワイシャツを渡し
「乾いてるからあっちで着てきな」
と小声で伝えた。
「あ……もしもし。
あ……すみません……連絡もなしに……
はい…………」
仁志が母親と話している間、芽衣は指さされた方向へ向かい、ドアを空けた。
「うわ!!
ワンちゃんいっぱい!!」
ベッドや棚、机の上にポメラニアンのフィギュアやぬいぐるみが多く置かれていた。
それぞれ正面を向いて綺麗に飾られている。
しかし下を見ると
「…………うわ……なにこれ
汚い……」
服も教科書もノートもゲーム機も床に散らばっている。
芽衣は急いで制服を着るとテキパキと床の物を拾い上げ、分類ごとに分けていく。
が
「あれ……?
……2?」
国語の教科書を拾い上げたとき、2と言う数字が目に入った。
中をパラパラと見てみたが小難しく小学校のものではない。
中学2年生の教科書だ。
「おーい後藤。
とりあえず家まで来る……って
お前!? 何勝手に片付けしてんだよ!!」
仁志は芽衣のスマホを持って、部屋に入ったが、綺麗に畳まれた服や積み直された教材を見て顔を赤くして叫ぶ。
「あの……」
芽衣は気まずそうに振り返り、教科書の表紙の2という文字を指差した。
「あ……もしかして……仁志くん……さんって……
2年生……ですか?」
仁志は急によそよそしくなる芽衣を不思議がる。
「そうだが。
それがなんだ?
はい、ほらスマホ。
ていうか、俺の部屋はあれで完璧なんだから勝手に弄るなよ」
仁志は芽衣にスマホを差し出して、文句を言うが、芽衣は気まずそうに顔をそらす。
「あ……いや…………えっと…………。
わたし……ずっと先輩に対して……無礼なことを…………って」
「先輩……?
……って後藤お前もしかして……
1年!?」
仁志の言葉に芽衣は静かに頷いた。
「ま……まあ確かに干してるとき制服綺麗で型崩れしてないなって思ったし…………同い年にしてはやけに純粋すぎると思ったけど……
1年……1年か」
仁志は唖然と感心の両方を持って芽衣の姿を見る。
「色々ごめんなさい!!
なでなでしたり……すっごいタメ口したり!!」
芽衣は必死な形相で手を合わせて下を向き謝る。
「いや……俺もこんな背丈だし……声変わりしてないし……。
むしろ……俺こそごめん。
700円……いま、貯金ないからいつか返す」
仁志も後輩からカツアゲまがいなことをしたと思うと急に恥ずかしくなり、たどたどしくなる。
芽衣はふくれっ面で顔を上げた。
「当たり前です……。
それに……部活動に入ることの取り消しはなしですからね」
「あ……ああ」
仁志は少しだけ入部免除を期待していたが、逃げ道を塞がれてしまい、がっかりした声を出した。
そのとき、家の前に車の音が聞こえた。
芽衣のスマホにもチャットで母親から“着いたよ”とメッセージが届いた。
芽衣は仁志からスマホを受け取り“ん”とだけ返信すると
「明日……先生から申請書もらうから……書くの手伝ってください」
と伝え部屋を後にした。
「ああ。
……あ、ちょっと待て後藤。
とりあえず、部活動で業務連絡とかあるだろうし、連絡先だけでも」
と、仁志は自分のスマホを操作した。
芽衣もスマホを操作し、連絡先を交換すると玄関に急ぎ、まだ少し湿ってる靴を履くと真顔で振り返った。
「あの……ありがとうとか許さないとか色々ありますが……
これからよろしくお願いします!
先輩!」
芽衣は最後に笑顔を向けて家を後にした。
「…………その笑顔はどっちのだよ」
仁志は心労絶えないままひとり嘆いた。