闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
ミセス・ノリスの事件から数日後、ホグワーツ中にある張り紙が出された。
決闘クラブ開催。
主催するのはロックハート先生とスネイプ先生らしい。
その知らせを見た瞬間、私は少しだけ考えた。
「……これ、いいかも」
決闘。
つまり、人に向けて魔法を撃つことを、学校側が正式に教えるということだ。正直、これだけ見れば私にとってあまり望ましくない。
もちろん防御術や武装解除が中心になるのだろうけれど、結局は相手を害する魔法に行きつくからだ。そして、その大半はなぜかマグルではなく魔法使いに向けてだ。
ただ、こういう場は闇の魔術の入口としては最適だ。その良さを理解してもらえば、いずれもう少し高度な分野へ話を広げられるかもしれない。
決闘クラブから始まる闇の魔術啓蒙活動。
なかなか将来性がある。
その日の夕方、ジニーにも一緒に行かないかと声をかけてみたけれど、彼女は最近どうにも疲れているようで、ベッドに腰掛けたまま首を振った。
顔色もあまりよくない。
「今日はいいや。ちょっと眠いから」
「大丈夫?」
「うん。ただの寝不足」
そう言って笑ってはいたものの、以前より明らかに元気がない。最近はあの日記帳を抱えている時間も増えているし、夜更かしでもしているのだろうか。
無理に連れ出すのもよくないので、今日はそのまま休ませることにした。
代わりに談話室で捕まえたコリンと一緒に、会場へ向かう。
決闘クラブの会場に使われていたのは、普段あまり入ることのない広い部屋だった。壁際には長椅子や机が寄せられ、中央には細長い舞台が設けられている。
既にかなりの生徒が集まっていて、舞台を何重にも取り囲していた。あちこちから弾んだ声が聞こえ、これから何か面白いものが始まるという期待が、部屋全体に満ちている。
コリンも人垣の向こうを覗こうと、しきりに背伸びをしていた。
「すごい人数だね」
コリンが背伸びをしながら舞台を見る。
しばらくすると、派手なローブを着たロックハート先生が舞台へ上がった。隣には、いつもの黒いローブ姿のスネイプ先生がいる。
並べて見ると、ものすごく対照的だった。
片方は本人だけで部屋の明るさが少し増えそうなくらい笑顔で、もう片方は決闘クラブが始まる前から既に誰かを呪いたそうな顔をしている。
ロックハート先生は、今日ここへ集まった生徒たちへ決闘の基本を教えるためにこの場を用意したのだと、かなり長く説明した。
途中から自分が過去に倒した怪物の話へ移りそうになったところで、スネイプ先生が露骨に咳払いをする。
ありがたい。
そのまま二人による実演が始まった。
舞台の両端へ分かれ、互いに礼をする。
ロックハート先生が杖を構えた。
スネイプ先生も構える。
一瞬の静寂。
そして、
「エクスペリアームス!」
次の瞬間には、ロックハート先生の身体が派手に吹き飛んでいた。
そのまま舞台の端まで転がって止まる。
大広間が静まり返った。
私は少し感心した。
「綺麗。スネイプ先生、動作にほとんど無駄がなかった」
コリンが聞いてくる。
「ロックハート先生は?」
「よく飛んだね」
そこは素直に褒めていいと思う。
ロックハート先生は何事もなかったように立ち上がり、今のは生徒たちへスネイプ先生の技術を見せるために、あえてそうさせたのだという説明を始めた。
コリンが私を見る。
私は首を振った。
ともかく実演が終わると、今度は生徒同士で決闘をさせることになった。
ロックハート先生がハリーを、スネイプ先生がドラコを指名し、二人が舞台に上がる。
よりによって、その二人を組ませるらしい。
私は杖をこっそり構え、少しだけ前へ出た。
ハリーとドラコは舞台の両端に立ち、互いに杖を構える。
ロックハート先生は、今回は本格的な決闘ではなく、相手の杖を取り上げることだけが目的だと念を押す。
攻撃呪文で吹き飛ばしたり、相手を傷つけたりする必要はない。
礼をして、三つ数えたところで始める。
それだけの、ごく簡単な練習だった。
二人が向かい合う。
「三、二――」
ドラコの杖先が動いた。
やっぱり待つ気は端からなかったようだった。
「エヴァーテ・スタティム!」
その瞬間、私は舞台へ杖を向けた。
「サーペンソーティア!」
二人の間に、一匹の黒い蛇が現れる。
直後、ドラコの呪文がその身体へ命中した。
蛇は床の上を勢いよく吹き飛ばされ、何度か転がってから止まった。
会場が一瞬静かになる。
私は舞台へ上がった。
「ドラコ」
たぶん、声が少し低くなっていたのだと思う。
ドラコがこちらを見る。
「なっ、なんだよ。決闘中だぞ」
なるほど。
私は倒れている蛇を見る。
幸い、召喚した蛇そのものに大きな怪我はないようだった。突然呼び出された上に、いきなり吹き飛ばされたので、本人としてはかなり不本意だろうけれど。
それでも、呪文がハリーへ直接当たっていた場合よりはいい。
私はドラコへ視線を戻した。
「これは練習でしょう? 相手を不意打ちする練習じゃないよ。先生が三つ数えてからって言ったなら、それまでは撃たないの」
ドラコは不満そうだったが、言い返す前にスネイプ先生が鋭くこちらを見た。
もっとも、私が気になったのはドラコだけではなかった。
私は今度は先生たちの方を見る。
「それと先生。今みたいな、相手を吹き飛ばす呪文を使ったら止めるべきだと思います」
舞台はそれほど広くない。
変な方向へ飛ばされれば、床へ落ちることもあるし、壁や柱へ頭をぶつける可能性もある。
決闘の授業をすること自体はいいけれど、授業なら授業なりに安全を確保する必要がある。
けれどロックハート先生は、私の心配をたいした問題とは思わなかったらしい。
「まあまあ、ミス・ミッドナイト。多少の危険は決闘にはつきものだよ! 私も若い頃には、もっと危険な決闘を何度も――」
なるほど…………多少の危険ならいいらしい。
「じゃあ、このくらいも大丈夫ですね」
私は杖を振った。
「グレイシアス」
ロックハート先生の顔の左右で、空気中の水分が一気に凍りついた。
細長い氷の杭が二本。片方は右耳のすぐ横、もう片方は左頬からわずかに離れた位置。壁から勢いよく伸びた二本の氷柱が、ロックハート先生の顔を挟むように突き出した。
さすがの先生も、笑顔をそのまま固めていた。会場も静まり返る。
もちろん、最初から当てるつもりはない。私は首を傾げた。
「この程度なら決闘にはつきものなんですよね?」
数秒の沈黙のあと、スネイプ先生が口元をわずかに歪めた。
笑ったのかもしれない。ロックハート先生は慎重に顔を動かし、自分の両側にある氷柱を確認した。
「……もちろん! もちろんだとも。ただし、生徒諸君は、こういう危険な魔法は決して真似しないように!」
さっきと言っていることが変わった。でも、安全について理解してくれたなら何よりだ。私は氷を消して舞台から降りようとした。
そのときだった。
床で倒れていた蛇が、ゆっくりと身体を起こした。まだ少し混乱しているのか、頭を左右へ振っている。そして近くにいた生徒たちが後ずさる中、ハリーだけが蛇へ近づいた。
「ハリー?」
けれど、本人は周囲の様子には気づいていないらしく、床の上で鎌首をもたげた蛇を見たまま、細く息を擦るような声で話しかけた。
『やあ。急にこんなところへ呼び出されて、しかもいきなり吹き飛ばされて大変だったね。もう誰も攻撃しないと思うから、落ち着いて』
蛇はしばらくハリーを見つめたあと、身体の力を少し抜いた。
『お前はまだ話が通じそうだ。だが、あそこにいる小さい女には近づかない方がいい。さっきから私を見る目が怖いし、薬と死んだものの匂いがする。あれは危ない人間だ』
そう言って私の方に顔を向ける。
……誰が危ない人間だ。
私は思わず一歩前へ出た。
「グレイシアス」
蛇の周囲に白い霜が一気に広がった。
次の瞬間には、鎌首をもたげた姿のまま、蛇は透明な氷の中へすっぽり閉じ込められていた。
会場が静まり返る。私は杖を下ろした。
「……失礼な蛇だった」
少しくらい頭を冷やした方がいいと思う。
そこでようやく顔を上げると、今度は別の意味で周囲が静かになっていることに気づいた。
さっきまで騒いでいた生徒たちが、揃ってこちらを見ている。正確には、ハリーを奇妙な目で見ていた。
「……なに?」
返事の代わりに、人垣のどこかから声が飛んできた。
「悪ふざけはよせよ」
何に向けられた言葉なのか、一瞬分からなかった。ハリーも同じらしく、困惑した顔で周囲を見回している。
けれど、それ以上は誰も何も言わなかった。ただ、さっきまでとは明らかに違う妙な空気だけが残っている。
ドラコも黙っているし、ロンとハーマイオニーまで、どこか落ち着かない顔をしていた。
ロックハート先生が慌てて何か取り繕おうとしたものの、もう決闘を続けるような雰囲気ではなかった。
結局、その日の決闘クラブはそこでいったん解散になった。
グリフィンドールの談話室へ戻ってからも、ざわめきは収まらなかった。私とロン、ハーマイオニー、それからハリーの四人で暖炉の近くに集まったところで、最初に口を開いたのはロンだった。
「ハリー、君……本当に蛇と喋ってたのか?」
ハリーはますます困った顔になった。
「喋ったっていうか、僕は普通に話したつもりだったんだよ。あの蛇が興奮してたから、落ち着けって言っただけで」
「それが蛇語だったのよ」
ハーマイオニーが静かに言う。
「蛇と話せるのって、そんなに珍しいの? 魔法界にはそんな人、いくらでも――」
ロンが、珍しいなんてもんじゃない、とでも言いたげな顔をしている。
ハーマイオニーがハリーに説明する。
蛇と話すことのできる魔法使いはパーセルマウスと呼ばれ、その言葉そのものはパーセルタングというらしい。そして何より、サラザール・スリザリンが有名なパーセルマウスだった。
ようやく納得した。
問題なのは蛇語そのものではない。
今まさに秘密の部屋が開かれたと騒ぎになっている時期に、その部屋を作ったとされる人物と同じ能力を、ハリーが人前で使ってしまったことなのだ。
私はこれまで、蛇語そのものとスリザリンをそこまで強く結びつけて考えたことはなかった。サラザール・スリザリンが蛇語を話したことくらいは知っている。でも、それは単に彼がそういう能力を持っていたというだけで、蛇語を使う人間までまとめて何か特別な思想や性質を持っているとは思っていなかった。
どうやら世間では、そうでもないらしい。
蛇語を話せるというだけで、スリザリンや闇の魔術を連想する。
そういう偏見が、思っていたよりずっと広く残っているようだった。
そう、蛇語そのものはかなり珍しい能力だ。便利さの割には使い手が少ないし、必要なときに都合よく話者が見つかるものでもない。だから私は、わざわざ蛇語翻訳機まで作ったのだった。私にとって蛇語は、思想でも血筋でもなく、単なる便利な道具の一つだった。
「それにさ」
ロンが少し言いにくそうに続けた。
「ハリーが蛇に何か言ったあと、あいつ急にセレフィナの方を向いただろ。俺たちには何を話してるのか分からなかったから……その、ハリーが蛇をセレフィナに嗾けたように見えたんだ」
その横で、ハリーが慌ててこちらを見る。
「フィナ、僕、本当にそんなつもりはなくてさ。蛇に君を襲わせようなんて全然思ってない。むしろ君のことを怖いって言い出したから――」
「うん? もちろん分かってるよ」
私は首を傾げた。どうしてハリーまで心配しているのだろう。
「あの蛇が失礼なことを言ったから凍らせただけだよ。ハリーは別に何も悪くないでしょう」
今度はハリーが黙った。ロンとハーマイオニーも、妙な顔をしている。
「……フィナ」
ハーマイオニーが慎重に聞いてきた。
「あなた、蛇が何を言っていたか分かってたの?」
頷くとまた三人が黙った。私はそこで初めて、まだ説明していなかったことに気づいた。
「ああ。私も蛇語を話せるよ」
こちらに聞き耳を立てていた談話室全体から、ざわ、と一斉に音が広がった。さっきまで露骨にこちらを見ないふりをしていた生徒たちまで、今度は隠すことなく振り返っている。
「あっ、蛇語を聞いてみたいなら、ちょうどいいものがあるよ」
せっかくなので、実物を見せた方が早い。私は鞄の中を探り、小さな真鍮製の装置を取り出した。手のひらに収まるくらいの大きさで、片側には音を拾うための小さな漏斗がついている。
蛇語翻訳機。
蛇語を話せない人でも蛇と意思疎通できるように作ったもので、音だけではなく、そこに乗っている魔力の揺らぎまで拾って意味を変換する。ハグリッドのお陰で、殆どの蛇で問題なく動くことが検証できている。
周囲からの視線がさらに増えた。
どうやら、蛇語を話せると言った直後に蛇語翻訳機まで取り出す一年生というのは、少し珍しいらしい。私は杖を振り、談話室の床に小さな蛇を一匹呼び出した。
突然現れた蛇は、しばらく状況を理解できないように頭を左右へ動かしていたが、やがて私を見上げる。
翻訳機の受音部を向ける。
「何か喋ってみて」
蛇が舌をちらつかせた。
『またお前か。この残酷キチガイ女』
真鍮の箱から、妙に明瞭な声が響いた。
談話室が静まり返った。私は蛇を見る。蛇も私を見る。
……最近の蛇は、どうしてこうも口が悪いのだろう。
無言で杖を持ち上げる。
すると蛇は、先ほどまでの態度が嘘だったかのように身体を低くし、慌てて舌を出し入れした。
『訂正する。たいへん知的で慈悲深く、蛇族の未来を真剣に考えてくださる偉大なる魔女である』
翻訳機が、一言一句そのまま読み上げた。
数秒の沈黙。それから、談話室のあちこちで笑いが漏れた。
私は杖を下ろす。
「うん。精度も問題なさそう」
『ありがとうございます』
媚びるところまで正確に翻訳できていた。
なかなか良い出来だと思う。
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