闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
決闘クラブの一件は、思っていた以上に早く学校中へ広まった。
もっとも、広まり方は寮によってずいぶん違ったらしい。
グリフィンドール以外では、ハリーがスリザリンの継承者なのではないかという噂が急速に勢いを増した。
考えてみれば、材料は揃っている。
秘密の部屋が開かれたという警告が現れた。その直後、管理人の猫が石化し、ハリーは第一発見者だった。そして決闘クラブでは、ハリーが蛇に向かって、蛇語で話しかけていた。しかも、その言葉を使えることで有名なのがサラザール・スリザリン本人だという。
そこだけ並べれば、疑いたくなる気持ちは分からなくもない。
もちろん、私は実際にハリーと蛇の会話を聞いていたので、あまり意味のある疑いだとは思わなかった。
ハリーは蛇に誰かを襲えと言っていたわけではない。むしろ、落ち着けと宥めていたくらいだ。なにより、ハリーが継承者だとして、あの場で蛇を嗾けてなんの意味があるんだろう。
けれど、聞こえなかった人間にしてみれば、そんなことは分からない。人は分からない部分を、自分の知っている話で埋める。今回はそこに「スリザリンの継承者」という、ちょうどよく物騒な物語があった。
だから、ハリーが廊下を歩くと、話していた生徒が急に黙ったり、遠巻きに見られたりすることが増えた。
一方で、グリフィンドールでは事情が少し違った。ハリー以上に厄介な存在が同じ寮にいたからだった。
私である。
その結果、グリフィンドールではハリー継承者説がかなり早い段階で下火になり、代わりに、実はセレフィナが何かの悪戯でやったのではないか。という説が、妙に有力になった。
納得がいかない。
いや、理屈は少し分かる。分かるけれど、猫を石化させて壁に血文字を書くような悪戯は、さすがに趣味が悪すぎる。
私ならもっと後味のいいものにする。そんなある朝、談話室へ降りると、ソファに座っていたフレッドがこちらを見るなり、仰々しく胸へ手を当てた。
「よう、継承者殿。本日もグリフィンドールを滅ぼさずにいてくださって、まことにありがたいことで」
ジョージも隣で深々と頭を下げる。
「我々忠実なる臣下は、今日もあなた様のおそばに仕える所存でございます」
最初の数日は訂正していた。けれど、何度説明しても双子は楽しそうに「継承者殿」と呼んでくる。そのうち、私も訂正するのが面倒になった。
「うむ。苦しゅうない」
偉そうに頷くと、二人は満足そうに笑った。こうして私は、いつの間にかスリザリンの継承者役を引き受けることになった。
そこから先は早かった。
フレッドとジョージにとって、学校中で流行している噂というのは、からかうために存在しているらしい。数日後には、私たち三人の間で新しい商品開発会議が始まっていた。
最初に完成したのは、『継承者のお友達バッジ』だった。胸につけるだけの小さな銀色のバッジで、普段は「私は無害です」と表示されている。
ところが、誰かが「秘密の部屋」と口にすると文字が勝手に変わり、『継承者とは友好的な関係にあります』と表示される。
さらに、着用者が怖がると、『どうか見逃してください』に変わる。
非常にくだらない。そして、かなり売れた。特に一年生と二年生に人気だった。
フレッドとジョージは最初、値段を少し高めにつけようとしていたけれど、私はこういうものは数を出した方が面白いと主張した。結果、価格はかなり安くなり、あちこちに継承者の友達が溢れかえった。
もちろん、私たちの目的の八割くらいは面白いからだった。
次に作ったのは、『純血スカーフ』だった。これは、名前だけ聞くとかなり危険そうだけれど、中身はさらにくだらない。首に巻いている間だけ、ゴーストから見ると身体の周囲に妙な金色の輪郭が浮かび、いかにも「由緒正しい純血の魔法使いです」という雰囲気に見える。
もちろん、人間から見ればただの普通のスカーフだ。そもそもゴーストが人間の血統を見分けられるわけではないので、完全に意味がない。
「だからこそいいんだよ。こんなものを『これで大丈夫だ』って必死に巻いてる奴を見るのが最高なんじゃないか」
ジョージは実に楽しそうだった。
なるほど。商品そのものより、買った人間まで含めて悪戯らしい。しかも、ほとんど首なしニックの前をこれで歩けば、たぶん一度くらいは二度見してくれるという。
私は少し考えた。
「……それなら十分かも」
商品説明には、
『効果には個人差、およびゴースト差があります』
と書いておいた。グリフィンドールではいつの間にか、「秘密の部屋」という言葉を聞いて本気で怯える生徒より、今度は双子が何を売り始めるのか楽しみにする生徒の方が増えていた。
ただし、ハーマイオニーだけはあまり面白がっていなかった。
「フィナが継承者なわけないでしょう。そもそも根拠が何一つないじゃない」
と、かなり真面目に怒っていた。
ありがたいのだけれど、私の胸にはその日も『継承者本人』と書かれた試作品のバッジがついていた。ハーマイオニーはそれを見るたびに、ものすごく嫌そうな顔をする。私はそれが少し面白かった。
そんな調子で、少なくともグリフィンドールの中では、秘密の部屋騒ぎはかなり呑気なものになっていた。
実際、それ以降すぐに新しい被害が出たわけでもない。廊下には噂が飛び交っているし、他寮の生徒からハリーが避けられることもある。
でも、日常そのものは続いていた。授業がある。宿題がある。クィディッチの練習がある。フレッドとジョージはくだらない商品を増やし続け、私はその性能を無駄に改良する。
だから、気を抜きそうになる。
けれど…………一つだけ、笑い話にできないものが残っていた。
ミセス・ノリスの石化だ。
あれだけは本物だった。私は実際に触って、魔法の状態も確認している。
普通の石化呪文ではない。解除呪文が効かず、身体だけでなく魔法的な反応まで深く停止していた。強力ではあるが、かなり特殊な形の石化だった。
秘密の部屋の継承者が本当にいるのか。壁の文字を書いた人物と、石化を起こした存在が同じなのか。
そこはまだ分からない。
でも、少なくとも何かが学校内にいる。
そして、もし伝説の内容に少しでも事実が混ざっているなら、真っ先に候補へ上がるのはバジリスクだった。
それから数日後、その日は週に一度のスネイプ先生との特別調合の日だった。
いつもより少し調合が長引いたせいで、地下牢を出る頃には城の中はすっかり静まり返っていた。夕食の時間もとうに過ぎ、廊下を歩く生徒の姿はほとんどない。
壁に並んだ燭台の炎だけが、人気のない石造りの廊下を頼りなく照らし、床の上へ細長い影を伸ばしている。
私は鞄を肩に掛け直しながら、グリフィンドール塔へ向かって歩いていた。頭の中にあるのは、さっきまで作っていた薬のことだ。
最後の火加減は悪くなかったし、完成した薬の色も粘度もほぼ狙い通りだった。ただ、三度目の攪拌をもう少し早く始めていれば、最後の粘りを少し抑えられたかもしれない。
スネイプ先生からは特に何も言われなかったけれど、次に同じものを作る機会があれば試してみたい。
そんなことを考えながら角を曲がったところで、廊下の静けさに妙な音が混じった。
ずる、と。
何か重いものが、床の上を擦ったような音だった。私は歩みを止めて耳を澄ませる。しばらく待ってみたものの、それ以上は何も聞こえない。気のせいだったのかと思って再び歩き出したところで、今度はもっとはっきりと、ずる、ずる、と連続した音が響いた。
重い布を引きずっているようにも聞こえるけれど、どこか違う。
もっと長いものが、身体の大部分を床へつけたまま進んでいるような音だった。
私は自然と歩みを緩める。聞き覚えがある。家でも何度も聞いたことがある音だ。
「……これ、セルペンスたちが這ってる音に似てるなあ」
それが、どうも壁の向こうから聞こえている。
私は不思議に思いながら石壁へ近づき、音の位置を確かめようとした。ずるずるという音は、どうやら壁の内側をゆっくり移動しているらしい。
そう考えたところで、音に混じって別のものが聞こえた。
『……見つけたら殺してやる』
蛇語の声と一緒に、ずるずるという重い音が壁の奥を遠ざかっていく。
「……これ、もしかして本当に当たりなんじゃない?」
そう口にした途端、さっきまで半信半疑だった考えが急に現実味を帯びた。
私は鞄から眼鏡を取り出し、普段使いのレンズを跳ね上げて、その奥に収めていた少しくすんだ色のものへ切り替える。
バジリスク対策用のレンズだ。
もともとは、うちで飼っているペットを扱うときのために作ったもので、外から入ってくる像をそのまま目へ通さず、一度レンズ側で受け取ってから内側へ映し直す仕組みになっている。
そのぶん見え方は少し悪いし、色も妙にくすんで見える。視界の端もわずかに歪むので、普段から使いたいものではない。
でも、死んだり石化したりするよりはいい。私は杖を抜き、もう一度耳を澄ませた。
ずるずるという音は、まだ完全には消えていない。
私はその気配を追って歩き始めた。
途中で何度か廊下を曲がり、階段を上がる。声は近づいたり遠ざかったりしながら、それでも完全には途切れなかった。
『殺す……』
「物騒だなあ」
かなり物騒だ。そうしてしばらく城の中を進んでいくと、やがて音は三階の廊下で急に近くなった。その先にあったのは、女子トイレだった。
「……ここ?」
扉の前で立ち止まる。
ずるずるという音は、もう聞こえない。けれど、さっきまで確かにこの辺りにいた。
私は眼鏡のレンズをもう一度指で確認してから、慎重に扉を押した。
中は静かだった。
古い洗面台が並び、ところどころ湿った床が薄暗い灯りを反射している。人の気配はない。
私は杖を前へ向けたまま、ゆっくり中へ入る。
その瞬間、目の前から白い何かが勢いよく飛び出してきた。
「ステューピファイ!」
反射的に杖を振る。
赤い閃光は白い影の胸元をまっすぐ貫通し、そのまま背後の石壁へぶつかって火花を散らした。
効いていない。
というより、そもそも当たっていない。
白い影が空中で止まり、眼鏡をかけた少女の姿を取ったところで、ようやく相手がゴーストだと気づいた。
たぶん、このトイレに住み着いているゴーストなのだろう。
「なによ! いきなり人に呪文なんか――」
「クルーシオ!」
今度は効いた。
「ああああああああっ!?」
半透明の身体が空中で大きく跳ね、輪郭がぐにゃりと歪む。
魂の残骸のゴーストでも、魂に打ち込む呪文なら一応効果があるらしい。
ただし、困ったことがある。
私はゴーストに有効な呪文を、これ以外ほとんど知らなかった。
「な、なんてことするのよ! 私、もう死んでるのよ!? 死んでる女の子に向かって――」
ゴーストはかなり怒っている。
でも、今はそれどころではない。
少し前まで私は、壁の中を移動しながら「殺してやる」と繰り返す巨大な蛇らしきものを追いかけていたのだ。
本当にバジリスクがこの辺りをうろついているのなら、知らないゴーストと口喧嘩をしている暇はない。
私は鞄から小瓶を取り出した。
もともとは魂を一時的に入れておくための容器だけれど、ゴーストも魂に近い存在なら、弱らせた今ならたぶん固定できる。
「ちょっと静かにしてて」
「何よそれ。ちょっと待ちなさい、私はまだ――」
半透明の身体が煙のように細長く引き伸ばされ、そのまま渦を巻くように瓶の中へ吸い込まれていった。
瓶の中では、小さくなったゴーストがものすごい勢いで何かを叫びながら、内側を両手で叩いている。
蓋を閉めると、静かになった。
慌てた私は瓶を床の隅へ置き、そのままトイレの奥へ入った。