闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
私はしばらく黙って考えてから、深い溜め息をついた。
理由は当然秘密の部屋の一件だった。
分霊箱のことは隠したい。ジニーが操られていたことも、できれば表に出したくない。でも、事件を終わらせるには、誰かが犯人でなければならない。しかも、その犯人はもう二度と何もできない状態で見つかる必要がある。
そこまで考えたところで、ふと思い当たった。
…………私は丁度いい死体をもっていることを。
そう、私がホグワーツ特急に乗りそこなう原因になった屋敷しもべ妖精。たしか名前はドビー。
キングスクロス駅で殺してから死体は保存したままだった。あれならマルフォイ家に仕えていたことも分かっているし、ホグワーツへ入り込めるだけの魔法も使える。何より、主人の命令に逆らうたびに自分を罰するような行為をしていたので、気が狂っていたことにすればいい。ついでに、ルシウスおじさんは嫌いではないが、マグル出身者に杖を向けかねないマルフォイ家の影響力を削るのも悪くはない。
今回の犯人役としては、驚くほど都合がよかった。
もちろん、死体をそのまま置いておくだけでは意味がない。それだけでは、なぜドビーが死んでいるのかも、ミセス・ノリスの石化とどう繋がるのかも分からない。
なら、少しだけ生きていたことにすればいい。本当に蘇らせる必要はない。亡者として一時的に動かし、声と動きを与えてやれば、それで十分だ。
事件の全貌を本人に長々と喋らせる必要もない。むしろ、細かく説明しすぎる方が不自然になる。必要なのは、見た人間が勝手に意味を補ってくれる程度の材料だけだ。
用意したのはいくつかの小道具だ。まずはマグル生まれの生徒たちの名前が並んだ紙。そのうち何人かには意味深に印をつける。これはマルフォイ家から与えられたということになるだろう。
それから、あらかじめバジリスクの視線で石化させておいた鶏や小動物。ミセス・ノリスと似た石化状態のものが複数見つかれば、何らかの実験をしていたと考えるはずだ。
そして何より、亡者状態にしたドビーを操作してそれらしい行動をさせる。
生徒を襲おうとする。でも、直前で自分の手を自分で叩きつける。主人の命令と、自分の意思との間で苦しんでいるように見せる。
そこまで考えたところで、さらに一人、都合のいい人物が頭に浮かんだ。
ロックハート先生。
「……完璧かもしれない」
私は何でもないように答えた。ロックハート先生なら、目の前で少し派手なことが起きれば、かなりの確率で自分から物語を完成させてくれる。しかも、自分が生徒を守って犯人を倒したとなれば、なおさらだ。
だったら、私が事件を説明する必要すらない。先生自身に説明してもらえばいい。
数日後。
闇の魔術に対する防衛術の授業が終わったあと、私は一年生の何人かと一緒に教室を出た。いつものようにロックハート先生は最後まで自分の体験談をしていて、肝心の呪文についてはほとんど進まなかった。
廊下へ出ると、隣を歩いていたコリンが小さく息を吐いた。ジニーも少し回復してきたようだった。
「今日も何も習わなかったね」
「一応、髪が乱れない杖の構え方は習いましたよ」
「それ、闇の魔術と関係ある?」
場所はちょうどいい。
ロックハート先生の部屋からも近い。周囲には授業を終えた生徒が何人かいる。目撃者としては十分だった。
私は何気ないふりをして、廊下の先へ視線を向ける。その曲がり角の向こうから、小さな影が姿を現した。
薄汚れたぼろ布をまとい、大きな耳とぎょろりとした目をした屋敷しもべ妖精――ドビーだった 。
もちろん、生きてはいない。
けれど、遠目に見ただけでは分からない程度には整えてある。肌の色も、目の動きも、呼吸らしい胸の上下もつけてある。動きは少しぎこちないが、それも今の状況ならむしろ都合がいい。
ドビーはふらつくように一歩前へ出た。
一年生の一人が足を止める。
「……なに、あれ?」
ドビーの顔がゆっくりとこちらを向く。そして、その手には一枚の紙が握られていたドビーはそのまま、よたよたとこちらへ歩いてくる。
「ご主人様の命令……穢れた血を……」
その声を聞いた瞬間、周囲の空気が変わった。誰かが呟く。
ドビーはさらに一歩進んだ。
「ドビーは、やらなければ……でも、子供を傷つけるのは……」
そこで、突然自分の右手を左手で掴んだ。次の瞬間、自分の手を石壁へ激しく叩きつける。
鈍い音が響いた。
「ドビーは悪い子……ドビーは悪い子…………」
さすがに、周囲から悲鳴が上がった。私はすぐに一歩前へ出て、他の一年生たちを後ろへ庇う。
「下がって!! インペディメンタ!!」
杖を抜いて妨害呪文を放つ。もちろん、本気で攻撃するつもりはない。ドビーの方も、こちらへ向かって手を伸ばす。
そこで、すぐ近くの扉が勢いよく開いた。
「何事ですか!」
狙い通りロックハート先生だった。先生は廊下へ飛び出すなり、まず私たちを見る。
次にドビーを見る。そして、その顔つきが変わった。
「皆さん、私の後ろへ!」
ロックハート先生は杖を抜き、いかにも生徒を守る教師らしく一歩前へ出る。
ドビーは一度だけ先生を見る。
それから、苦しそうに首を振った。私は指先をわずかに動かす。それに合わせて、ドビーの右手が持ち上がった。
「ご主人様の命令……でも、ドビーは…………」
何か魔法を使おうとしているように見えたのだろう。
ロックハート先生の表情が変わった。さっきまで前へ出ていた身体が、目に見えて止まる。そして次の瞬間には、私たちを守るどころか、横にある柱の陰へ身を引こうとしていた。
「危険です! 皆さん、動かないで――」
たぶん、最後まで言い終えるつもりだったのだと思う。
でも、それより先に予定していた術式が作動した。
轟音がとどろき、ドビーの胴体が突然内側から弾け飛んだ。ロックハート先生が悲鳴を上げて柱の陰へ飛び込む。そのすぐ横を、小さな首が勢いよく宙を舞い、何度か回転して少し離れた床へ落ちた。
ごろり、と。
静かになった。
ロックハート先生も、さすがに一瞬だけ固まっていた。けれど、本当に一瞬だった。すぐに杖を構え直し、胸を張る。
「……危ないところでしたね」
私は心の中で感心した。
流石に立ち直りが早い。しばらくして、騒ぎを聞きつけた先生たちが集まってきた。マクゴナガル先生が真っ先に現れ、床に転がったドビーの死体を見るなり顔を険しくする。
「何があったのです?」
その問いに、ロックハート先生は待っていたと言わんばかりに一歩前へ出た。
「幸い、私がすぐ近くにおりました。どうやらこの屋敷しもべ妖精が、生徒たちを襲おうとしていたようです」
そこから先は、私がほとんど何も言う必要がなかった。ロックハート先生は、たった数分前に起きた出来事を、すでにかなり完成度の高い物語へ変え始めていた。
主人から恐ろしい命令を受けた屋敷しもべ妖精。その命令に苦しみながらも、ホグワーツの生徒を狙っていた。そこへ偶然居合わせたロックハート先生が、生徒たちを守るために立ち塞がった。そして、壮絶な対決の末に犯人を倒した。
細部には少し事実と違う部分もあったけれど、そこはどうでもいい。
むしろ、そのくらいの方が都合がよかった。やがてドビーの持ち物も調べられた。最初に見つかったのは、生徒の名前が並んだ紙だった。マグル生まれの生徒ばかりで、いくつかの名前には印がつけられている。さらに近くの廊下からは、石化した鶏や小動物も見つかった。
マクゴナガル先生の表情が変わる。
「これは……」
先生の一人が石化した鶏を調べる。ミセス・ノリスとよく似た状態になっていることには、すぐに気づくだろう。
そこから先は、私が手を加える必要もなかった。
死んだ屋敷しもべ妖精がマルフォイ家に仕えていたことはすぐに確認され、その事実は当然ながらかなり大きな問題になった。学校側からマルフォイ家へ問い合わせも行われたらしく、一時は廊下でもその話ばかりが飛び交っていた。
もっとも、ドビーが主人から具体的に何を命じられていたのかまでは、最後まで明らかにならなかった。
本人はもう死んでいるし、残されていたのはマグル生まれの生徒の名前が書かれた紙と、石化した動物、それから目撃者たちの証言くらいだったからだ。
結局、事件は次第に単純な形へまとめられていった。
マルフォイ家に仕えていた屋敷しもべ妖精が何らかの理由で異常をきたし、スリザリンの継承者を装って学校を騒がせ、マグル生まれの生徒を狙おうとしていた。その過程でミセス・ノリスを石化させ、最後には生徒を襲おうとして死亡した。
だいたい、そんなところだった。
ただ、噂の方はもう少し単純だった。
ドビーがマルフォイ家の屋敷しもべ妖精だったと分かると、今度は「ルシウス・マルフォイが命令していたのではないか」という話が一気に広がった。純血主義で知られる家のしもべ妖精が、マグル生まれの生徒の名前を並べた紙を持っていたのだから、そう考える者が出るのも無理はなかった。
そのうち話はさらに分かりやすくなり、「秘密の部屋騒ぎはルシウス・マルフォイが裏から仕組んだものだった」ということになった。
もちろん、マルフォイ家は全面的に否定した。
ドビーが勝手にやったことであり、そんな命令を出した事実は一切ない。残された証拠にも、ルシウス本人の関与を直接示すものは何もない。
学校側も、それ以上踏み込めるだけの材料は持っていなかった。それでも、一度広まった噂というのはなかなか消えない。
結局、公式には「屋敷しもべ妖精の単独犯」。生徒たちの間では「どうせルシウス・マルフォイがやらせたんだろう」。そんな形で、事件はだいたい落ち着くことになった。
ドビーの事件があった日、部屋に帰ったジニーはしばらく黙って、私を見ていた。
何も聞かなかった。けれど、その視線だけで分かる。さっきのドビーのことも、私があの事件について何かを知っていたことも、全部ではなくてもいくつかは気づいている。
なにしろ、犯人はジニーだったのだから、あんなものが出てくるはずもない。
それにロックハート先生が現れる場所も、ドビーが出てくるタイミングも、あまりに都合がよすぎた。だから、今さら「全部偶然です」で押し通すのは無理だろう。私は少しだけ考えてから、口を開いた。
「……ごめんなさい。今はまだ、全部は言えない」
ジニーは黙ったままだった。責めるような顔ではない。ただ、続きを待っている。
「でも、一つだけ信じてください。私は誰かを傷つけたいから、ああいうことをしたわけじゃないです。誰かを陥れて面白がりたいわけでもありません。あのために、新しく誰かを傷つけたりもしていません」
そこまで言うと、ジニーは少しだけ表情を緩めた。
「うん。それは分かってる」
思ったより迷いのない返事だった。私は少しだけ首を傾げる。ジニーはそんな私を見て、小さく笑った。
「だって、フィナは私を守ってくれたんでしょう?」
その言葉に、今度は私が黙る番だった。ジニーは続けた。
「フィナって、変な魔法はいっぱい使うし、やることも時々すごく怖いけど……誰かが勝手に誰かを傷つけるのは嫌うよね。少なくとも、意味もなく人を傷つけることはしない」
そこは、かなり正確だった。ジニーは少し考えてから、さらに言葉を足した。
「だから、さっきのことにも何か理由があるんだと思ってる。今は言えないなら、それでいいよ」
私はしばらくジニーを見た。
「……ありがとう」
それ以上は何も説明しなかった。ジニーも、それ以上は聞かなかった。