if√ 三年生綾小路が『元』龍園クラスに移籍した世界 作:鶏後
幕間をあと1、2話投稿した後、第二章本編へと移行する見込みです。
※次回投稿は9/19を予定しています。
《モテねぇ野郎たちの哀歌》
「改めて、俺たちの勝利を祝して、カンパイ!!」
「カンパーイ!!」
男たちの野太い叫び声がカラオケのパーティールームに反響する。
防音性に優れた作りであっても、熱に浮かされた彼らの雄叫びを抑えきることはできないようで、隣の部屋からは誰かが覗き込んでいた。
学力勝負で自分たちが勝利したことは綾小路クラスの面々にとって何よりも衝撃的な出来事であり、男だけで集まり直した二次会であっても、未だ興奮を露わにしている。
「龍園さんが抜けてマジで詰んだと思っていたが、案外何とかなるんじゃねえのか?」
「綾小路って、本当にすげえやつだったんだな! 個人でも100点って一体どうなってんだ」
「ここにいれば根掘り葉掘り聞けたんだけどなあ」
綾小路を含め、二次会に参加していない男子は数名いる。
彼は一次会が終わった後、ひよりに連れられどこかへ行ってしまったようだ。
「というより、金田が参加してるのも驚きだろ。どういう風の吹き回しだよ?」
「今日だけは勝利を祝ってもいいと思っただけですよ」
金田は普段こういった催しには消極的だ。一次会にすら来ないこともあった。
かといってバカ騒ぎに参加するのでもなく、炭酸飲料を呷ってはややしかめ面をしていた。
その隣には葛城が座り、金田と言葉を交わしつつ、クラスメイトらが羽目を外しすぎないように目を光らせている。
「結局、これからDクラスのリーダーは綾小路がやるって感じなんだよな? 金田」
「ええ、それが最善でしょう。私では坂柳氏らを相手取るのには力不足でしょうから」
「これでクラスの運営体制は概ね定まった。今後も厳しい戦いを強いられるだろうが、Aクラス争いに土俵際で残ることはできただろう」
葛城はあくまで冷静に大局を見据える。未だAクラスとの差は500ポイント以上あり、ここから追い上げるのが至難の業であると理解しているからだ。
「そう心配しなくても大丈夫だろ葛城。綾小路と一之瀬は手を組んでるんだし、当面俺たちの敵は二クラスだけだしな」
「そこは心強いところだ。だが、いずれ敵同士になることは理解しておくべきだ」
「わかってるって。というか、それなら綾小路に言っておくべきじゃないか? あいつは一之瀬と付き合ってるんだしな」
「あん? 綾小路の彼女は椎名じゃないのか? いつもイチャついてるじゃん」
クラスの話題から、なぜか綾小路の色恋事情に話が移った。
やれ椎名と毎日デートしてるだの、一之瀬が完全に狙っているだの、本人がいないのをいいことに言いたい放題している。
葛城もさすがに諫めようとしたが、そこは男子高校生の性、他人の恋愛事情ほど盛り上がる話題はなかった。
いつしか、綾小路がモテることへのやっかみになり始めている。
「俺たちのクラスの中であいつだけ異様にモテすぎだろ! この格差はどうなってんだ」
「もともとうちのクラスに女子人気の高いやついないしなあ。他クラスには里中や司城、平田に柴田や神崎がいるし、ダントツの最下位じゃないか?」
「こうなったら足を引っ張るしかねえぞ。おい、誰かあいつの弱点知ってるやついるか?」
一所に集まり、円になる野郎たち。
思い思いに顎に手を当て、ゲンドウポーズをとり、真剣に思考を巡らせる。
その気迫は、特別試験の五分前もかくやというほどだった。
「――綾小路氏の弱点、ですかね? 私のデータならお役に立つでしょう」
「おお、金田! お前も手を貸してくれるか!」
「金田……お前もか」
我関せず、といった風に座していた金田はおもむろに立ち上がり、そして彼らの円に加わっていく。
貴重なストッパーの戦線離脱。
葛城はもはや頭を抱えるほかなかった。
「勉強と運動は無理でしょうね。束になっても勝てません。ここは能力ではなく、より個人的な分野でいきましょう」
「私生活はどうだ石崎? 汚部屋とか」
「あいつの部屋はかなり整頓されてたぞ。あと料理もできるはずだぜ」
「それなら性格はどうだ!」
「こんなことやってる俺らよりよっぽど良いだろ」
「クソが! 正論言うんじゃねえ!」
「くっ、なんていうことだ……! 私のデータでは敵わないというのか……!?」
「データキャラやめちまえ!」
熱意だけが空転し、結論はいつまでも見えてこない。
いや、そもそも真面目に議論しているわけではなく、ほとんどは賑やかしでしかないのだが。
気付けば二次会に参加した男子のほとんどが加わっていた。
「しかし、不思議なやつだよな。基本ドライだけど薄情なわけじゃないし、かといって親切って感じでもないしな」
「俺たちは綾小路の素に接したこともないんじゃないか? ほら、椎名と接してる時なんていくらなんでも変わり過ぎだろ」
「確かにな。元カノが軽井沢なら女慣れしてないわけでもないはずだし、俺たち相手には、どこか距離がある感じというか」
「どちらが素、というわけでもないでしょう。――相手に応じて自分を装うのは、不思議なことではありません」
口にしてから、金田自身が微かに瞠目した。まるで、自分の言葉であると一瞬気が付かなかったかのような表情。
先ほどの熱狂とは似つかない、どこか冷えた金田の言葉に幾人かは首を傾げる。
「……なんか、急に真面目くさってどうしたんだよ金田?」
続けて石崎が口を開こうとした瞬間に、備え付けられた内線がけたたましい音を響かせた。
「……この話はここだけの秘密としましょう。本人を前にする話ではありませんからね」
そう告げるやいなや、金田は手元のコップを大仰に傾け、中身を氷ごと口に流し込んだ。
各々が身支度を整え退室する中、石崎と葛城は彼の様子を、訝しげに目で追っていた。
「よお、金田。この後時間あるか? 夜遅いから断ってくれても構わねえけどな」
二次会を終え、解散となった直後、そそくさと帰ろうとしていた金田を石崎が呼び止める。
いつもより一歩遠い距離。
石崎は踏み込まないし、金田も近寄らせようとはしなかった。
「石崎氏ですか」
振り返ることなく、しかしまるで予期していたかのような速さで彼は返答する。
しかし、それに続く言葉はなかなか出てこなかった。
「それなら俺も混ざって問題ないか?」
やや間延びした声が両者の耳に届いた。
葛城は石崎の肩に右手を置きつつ、そう声をかける。
一瞬、彼らの目線が交差した。
「……ええ、良いでしょう。大したもてなしはできませんが、私の部屋に来てください」
結局、金田は絞り出すかのような声色で返事をした。
◇
「邪魔するぞ」
葛城は靴を揃えて上がる。
石崎もそれに倣った。
履物は必要最低限、加えて玄関マットも敷かれていない質素なしつらえだ。
しかし、かすかに紙とインクの匂いが漂っていた。無機質さが印象深い部屋だからこそ、際立っている。
部屋の中を見渡した石崎は感嘆の声を上げた。
「金田、お前、こんなに本を読んでたのか」
壁には石崎の肩ほどまである本棚が置かれ、本がびっしりと収められている。
本のサイズも、背表紙の色合いも様々であり、よく見ると和書、洋書問わず、ジャンルも幅広いものが揃えられている。
その中でとりわけ目立つのはミステリーものだった。
石崎はその中から見覚えのある題名を見つけ、胡坐をかいて座ったのち、恐る恐る手に取ってみる。滅多に本など開かない指先がページの縁に触れることさえ、どこか慎重だった。
文庫版『オリエント急行殺人事件』をぱらぱらとめくると、巻末には几帳面な字で綴られたメモが挟まっていた。
本の内容を忘れないよう、そして後から思い出せるように緻密に整理されたそれに、石崎は違和感を覚える。彼は文芸はてんでからっきしだが、いくら読書家といえど、思考の隅々まで書き留めるだろうか。自分一人のためだけではない、まるで――。
そこまで考えが至り、石崎はハッと顔を上げ、猫背気味だった姿勢を正す。
意図せず、金田と目が合う。彼はどこかばつの悪そうな顔をしていた。
「ああ、失念していました。飲み物を取ってきますね」
石崎は咄嗟に声を出すことができなかった。
居心地の悪さを抱えたまま、隣に視線をやると、同じく文庫本を手にした葛城が中腰のまま、所在なさげにしていた。
両者は今一度、本棚を一望する。
実用書や自己啓発本の類はほとんど見当たらない。
やはり、これらはすべて――
「彼女に……椎名氏に近づきたくて読み漁ったものですよ」
金田は備え付けのローテーブルを広げつつ、二人に声をかけた。
その視線は、彼らへ向けられていなかった。
「もっとも、今となっては徒労に過ぎませんけどね。……まったく、とんだ一人相撲でしたよ」
力なく鼻を鳴らす金田に、石崎は向き直る。
「金田は……後悔してんのか?」
特別試験の後、彼はあえて綾小路と椎名を二人きりにさせた。
自分は身を引くと、そう明示するかのような行動に、石崎と葛城は彼の心中を推し量りかねている。
「していない……と言えば嘘になりますよ」
金田は本棚を見やった。
座り込んだ三人が見上げるそれは、十分に首を動かさなければ全体を視野に収めることはできないほどだ。
そして、一度目を閉じると、机の上に平積みにされた本に視線を移す。
一番上は『ノルウェイの森』のようだ。
確か内容は、と葛城が記憶を辿ろうとした瞬間、金田がパンクしたタイヤから緩く空気が漏れるような笑いを漏らす。
「ですが、これで良かったんです。どのみち、私に勝機など無かった。最後のあれだって、せめてもの見栄を張りたかっただけにすぎません。あなたの言った『男気』など私にはありませんでしたよ」
そうして、金田は再度自嘲した。
口元はへらへらと緩み、肩は大仰に竦められている。
あまりに金田らしくない。
「あなた方には感謝……いえ、謝罪をしなくてはと思っていました。葛城氏が与えてくれた機会も、石崎氏の気遣いも、全部ふいにしてしまいましたから。……いやあ、面目ない」
そう言ったきり、頭を掻く素振りを見せつつ、項垂れてしまう。
金田は、このクラスの中でどちらかというと浮いている方だ。
龍園に実力を買われており、存在感はあったが、決して輪の中心にいるわけではなく、どこか線を引いているような立ち位置。
石崎も、彼と仲が良いとは決して言えない間柄だった。
それでも、石崎は衝動のまま口を開く。
「そんなこと言うなって。俺たちはよ、今まで二年間一緒に頑張ってきたじゃねぇか! ……それによ、あの二人を取り持とうとしていた俺は、お前にとっちゃ、あんま気分いいもんじゃなかっただろうしな」
「気にしていませんよ、と格好良く言いたいんですけどね、八つ当たりをしたい気持ちやら何やらで、どう返していいか……私にもわかりません」
「いいってことよ。――俺たちは、仲間だろ」
がさつにコップを掴み、目線の高さまで上げて、金田へと突き出す。
唖然とした金田は、今度は口角を上げて笑う。
あまりに力のないその表情はただの虚勢。それでも、彼は笑う。
何かを、堪えるように。
「俺も同じ思いだ、金田。俺たちではお前の気持ちには近づけないが、お前さえ良ければ、話を聞かせてくれないか」
いつもの厳めしい雰囲気を崩し、できる限りの柔和さを出そうとする葛城に、金田は今度こそ吹き出してしまう。
しかし、零れたのは、笑みだけではなかった。
「ふっ、ふふふふ……。……本当に、綾小路氏はズルいですよ。誰があんなのに勝てるっていうんですか」
「ああ、そうだな」
「本当に、本当に……なんで、彼だったんでしょうね」
「……ああ、そうだな」
笑った表情のまま、唇を噛みしめ、声を絞り出す金田。
石崎と葛城は、何も言わずに肩に手を乗せる。
金田の震えが二人に伝わってきた。
「――ちくしょう……。なんだって……」
震えが大きくなる。
声が覚束なくなる。
嗚咽が漏れる。
「……そうだな。――ゆっくり聞くよ」
落ちた一粒は、見ないことにした。
それが、男ってものだから。
夜半の星空にはベガとアルタイルが、カーテン越しに燦然と輝いていた。
そんな一等星たちにはきっと見えない、ささやかな一幕。
こうして、野郎たちの夜は更けていく──
学力 D+(38)
身体能力 B-(62)
機転思考力 C(50)
社会貢献性 C(50)
総合 C(50)
龍園の自称右腕兼クラスのムードメイカー。
彼の指示ならダーティーな手段にも手を染めるが、身内に対しては裏表のない良いヤツ。素行不良のチンピラにしては機転思考力と社会貢献性が高い──一之瀬クラスの渡辺に近い──ことからもその社交性が伺える。もう少し勉強ができたらBクラス配属もあり得たかもしれない……?
なお、一話でのノンデリムーブは原作通り。さすがにお互いの好意を理解した上での発言とは思われるが……。
龍園がいなくなり一時は落ち込んでいたものの、必ずAクラスで卒業しろという彼の発破を受け、今は苦手な勉強にも向き合おうなど、少しずつ変わろうと努力している。約束を果たし、再会した彼に認めてもらうことがモチベーションの一つ。
自分の移籍話を受けてくれたことから、綾小路への好感度は原作以上に高く、損得勘定を抜きに彼を手助けしようとする。クラスに馴染めるよう立ち回ったり、勉強会では自分から頭を下げに行ったりと、まさしく影の功労者とも言えるだろう。
原作では学年末特別試験が終わってから件の勧誘に臨んでいたが、本作では特別試験前に変更された。原作の描写を見るに、石崎が場を設けてひよりがごり押せば案外移籍いけるのでは、と思ったのが本作のきっかけの一つ。貴重な綾小路クラスの盛り上げ役として、今後も活躍予定。