全知?いいえ、全恥です   作:炊き込みご飯くん

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天才な妹に脳を焼かれてる姉とかいいよな……なんて思いながら書き始めた小説です!見切り発車なのでごちゃったらやだな!!


プロローグ

 ミレニアムサイエンススクール、第一区画。

 

 そこから少し離れた場所に建つ、高層ビル群の中央。

 

 ガラス張りの外壁に、青白く輝く企業ロゴ。

 

 ARKLIGHT(アークライト) MILLENIA(ミレニア)

 

 キヴォトスでも屈指の技術企業であり、ミレニアムサイエンススクールと包括提携を結ぶ共同開発企業。その最上階にある大会議室では、一枚の電子資料を挟んで二人の少女が向かい合っていた。

 

「――以上が、次期契約更新に伴う研究設備提供計画です」

 

 淡々と資料を閉じる少女。

 

 調月リオ。

 

 ミレニアムの生徒会『セミナー』会長。

 

 感情を表に出さないその表情のまま、正面へ視線を向ける。

 

「第七研究棟への量子演算ユニットの納入時期に変更はありませんか」

 

 対する少女は、にこりと笑った。

 

「うん。予定通り来月中旬かな。あ、でも冷却システムだけ一新したから、消費電力が十八パーセントくらい下がると思うよ」

 

「……その報告は受けていません」

 

「あれ?」

 

 首を傾げる。

 

「言ってなかったっけ?」

 

「正式な報告書にはありません」

 

「あー……じゃあ今言ったってことで!」

 

「後ほど書類を提出してください」

 

「はいはーい」

 

 あまりにも軽い返事。

 

 しかしリオは眉一つ動かさない。

 

 彼女は知っている。

 

 目の前の少女が「大丈夫」と言った案件で、本当に問題が起きたことは一度もない。

 

 むしろ、報告される頃には改善まで終わっていることの方が多い。

 

「続いて、共同開発部門について」

 

「うん」

 

「エンジニア部との新型外骨格フレームですが」

 

「ああ、あれなら耐久性を三割上げたよ。あと量産性も改善したからコストは二割くらい下がる」

 

「……試作品はまだ完成していないはずですが」

 

「完成してないよ?」

 

「では、なぜその数字が」

 

「シミュレーション」

 

 さらりと言う。

 

「材料変えて、応力分散を組み直したら普通にそうなった」

 

「……」

 

「リオちゃん?」

 

「いえ」

 

 リオは静かにメモを書き加える。

 

「予定通り、共同開発を継続します」

 

「了解!」

 

 その後も会議は滞りなく進んでいった。

 

 研究設備。

 

 部品供給。

 

 共同開発。

 

 物流網。

 

 予算配分。

 

 技術者交流。

 

 議題は企業と学園の提携に関わるものばかり。

 

 学生同士とは思えない会話が一時間以上続き――。

 

「以上で、本日の議題は終了です」

 

 電子資料が閉じられる。

 

 静かな会議室に、わずかな沈黙が流れた。

 

 リオは正面の少女を見る。

 

 明星シオン。

 

 ミレニアムサイエンススクール所属。

 

 ……そして、アークライト・ミレニア代表取締役社長。

 

 本来であれば既に卒業している年齢だが、起業と会社経営に時間を割き続けた結果、必要単位が足りず留年。

 

 今もなおミレニアムに在籍している、少しだけ変わった生徒だった。

 

「明星シオン」

 

「ん?」

 

「一つ、伝えておきたいことがあります」

 

「おっ、何?」

 

 シオンは笑顔で身を乗り出す。

 

 リオは真っ直ぐに言った。

 

「あなたは非常に優秀です」

 

「……へ?」

 

「企業経営、人材育成、資金運用、危機管理、技術開発。その全てにおいて、あなたは第一級の能力を有しています」

 

「いやいや」

 

 シオンは手をぶんぶん振った。

 

「それは買い被りすぎ!」

 

「事実です」

 

「違う違う」

 

「アークライト・ミレニアが存在しなければ、ミレニアムの研究速度は確実に低下します。あなたが供給する部材には代替が利かない」

 

「いやぁ」

 

「そして、あなた自身にも代替は利きません」

 

 リオは断言する。

 

「私個人としても、あなたへの評価は極めて高い」

 

 一拍置いて。

 

「尊敬しています」

 

 その言葉に。

 

 シオンは数秒だけきょとんとした後――。

 

 腹を抱えて笑い出した。

 

「あははははっ!」

 

「……」

 

「リオちゃん、それ本気で言ってる?」

 

「もちろんです」

 

「いやいやいや!」

 

 シオンは笑いながら首を振る。

 

「私なんて全然だって!」

 

「全然?」

 

「だってさ!」

 

 満面の笑みで、胸を張る。

 

「うちの妹見たことあるでしょ?」

 

「明星ヒマリですね」

 

「そう!」

 

 シオンは親指で自分を指差した。

 

「ヒマリと比べたら私なんてカスよカス!全知ならぬ全恥ってね!!あれこれちょっと上手くないッ!?」

 

 会議室に、明るい笑い声が響く。

 

 リオは静かにため息をついた。

 

「……また始まりましたか」

 

「だって本当だもん」

 

「明星先輩」

 

「リオちゃん、私はもう先輩じゃないよ」

 

「関係ありません、明星先輩」

 

 リオは眼鏡の位置を整える。

 

「私はヒマリも、高く評価しています」

 

「でしょ!」

 

「ですが」

 

 一拍置いて。

 

「あなたと比較するものではありません」

 

「えぇ?」

 

「ヒマリは理論構築、情報解析、演算能力においてキヴォトス最高峰の人物です」

 

「うんうん」

 

「一方で、明星先輩は組織運営、経営判断、人材管理、危機管理において最高峰です」

 

「いやいやいや!」

 

 シオンは大きく手を振る。

 

「経営なんてヒマリならすぐできるって!」

 

「できません」

 

 リオは即答した。

 

「…うん?」

 

「ヒマリ本人も、以前そのように言っていました」

 

「そうだったっけ?」

 

「『姉さんに会社経営は任せます。私には向いていません』と」

 

「えぇー!」

 

 シオンは本気で驚いた顔をする。

 

「謙遜だよ、それ!」

 

「違います」

 

「違わない違わない」

 

「違います」

 

 二人の押し問答は、もはや恒例行事だった。

 

 その時だった。

 

 テーブルの上に置かれたシオンの携帯端末が、小さな電子音を鳴らす。

 

「あ、ヒマリだ」

 

 画面に映るのは、小柄な銀髪の少女。

 

『姉さん』

 

「おー、ヒマリ!」

 

 先程まで以上に表情を綻ばせるシオン。

 

『先ほど送った設計案ですが』

 

「あー、見た見た」

 

『第七案は破棄しました』

 

「ありゃりゃ、やっぱ第五条件?」

 

『いえ、第六です』

 

「んー、そっちかぁ」

 

 リオは静かに聞いていた。

 

『ただし第三項を書き換えれば成立します』

 

「了解。製造ラインを二系統に分ければ吸収できる」

 

『ええ』

 

「物流は私の方で調整すんねぇ」

 

『お願いします』

 

「あ、あと例の素材だけど」

 

『二十五番は不可です』

 

「うぶぶ……じゃあ三十一」

 

『最適解です』

 

「了解」

 

『それでは』

 

 通信が切れる。

 

 十数秒。

 

 それだけだった。

 

 シオンは端末を机に置き、

 

「ごめんごめん」

 

 と笑う。

 

「続きやろっか」

 

 リオは数秒、無言だった。

 

「……明星先輩」

 

「ん?」

 

「今の会話を説明してください。」

 

「え?」

 

 シオンは首を傾げる。

 

「普通の打ち合わせだけど?」

 

「どの案件の話ですか」

 

「共同開発中の次世代通信基盤かな」

 

「資料は」

 

「え?まだ作ってないよ?」

 

「…………」

 

 リオはこめかみを押さえた。

 

「つまり」

 

「うん?」

 

「設計変更から、生産体制、物流計画までを」

 

「うん」

 

「十数秒で終えた、と」

 

「えっと……そうだけど?」

 

「…………。」

 

 再び沈黙。

 

 リオは静かに息を吐いた。

 

「やはり、二人の会話にはついていけません」

 

「えぇ?」

 

 シオンは苦笑する。

 

「私だってヒマリについていくので精一杯だよ」

 

「そうは思えません」

 

「いやいや」

 

 シオンは肩をすくめた。

 

「ヒマリが百歩先を歩いてるから、私は必死について走ってるだけ」

 

「……」

 

 リオは思う。

 

(その『ついていける』という時点で、既に異常なのだけど)

 

 しかし、その言葉は飲み込んだ。

 

 言ったところで、この人は笑って否定するだけだと知っているからだ。

 

 会議はそのまま終了した。

 

 シオンは資料を抱え、軽い足取りで会議室を後にする。

 

 廊下に出ると、社員たちが一斉に頭を下げた。

 

「社長、お疲れ様です」

 

「はい、お疲れ~」

 

「午後の役員会ですが──」

 

「あ、それ三十分後に変更しといて! 先に開発部寄るから!」

 

「承知しました」

 

 歩きながら次々と指示を飛ばし、それらは淀みなく処理されていく。

 

 その姿は、誰が見ても有能な経営者だった。

 

 ……本人だけを除けば。

 

 誰もいなくなった廊下で、シオンは小さく伸びをした。

 

「ふぅ」

 

 窓の外には、ミレニアムの校舎群が見える。

 

 その一角には、ヴェリタスの部室もある。

 

「今日もヒマリはすごいなぁ」

 

 自然と笑みが零れる。

 

 私の名前は、明星シオン。

 

 ミレニアムサイエンススクールに所属する、ちょっと変わった留年生。

 

 そして、アークライト・ミレニアの社長。

 

 世間じゃ「天才」なんて呼ばれることもあるけれど。

 

 それは違う。

 

 本当の天才を、私は知っている。

 

 明星ヒマリ。

 

 私の、世界一自慢の妹。

 

 あの子は全知。

 

 私は全恥。

 

 それでちょうどいい。

 

「……さて」

 

 次の仕事へ向かおうとした、その時だった。

 

「社長」

 

 秘書が小走りで近付いてくる。

 

「連邦生徒会より通達です」

 

「ん?」

 

「近く、キヴォトスの外部より、一名の教師を招聘することが正式決定したそうです」

 

「へぇ」

 

 シオンは少しだけ目を丸くした。

 

「キヴォトスの外から先生?」

 

「はい」

 

「珍しいこともあるんだねぇ」

 

未知の変数が増えるのは、ちょっと気怠いな。

 

シオンは口をへの字に曲げながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェリタス部室。

 

 電子機器の駆動音だけが静かに響く部屋で、私は車椅子にもたれながらモニターを眺めていた。

 

 先ほど姉さんと話した共同開発案件も、既に処理は終わっている。

 

 残る作業は、姉さんの会社が組み立て、生産し、世に送り出すだけ。

 

 私にはできない仕事だ。

 

 その時、部室の扉が開いた。

 

「失礼するわ」

 

 入ってきたのは、調月リオ。

 

「珍しいですね、リオ」

 

「少し話があるの」

 

「どうぞ。超天才清楚系病弱美少女ハッカーは、常に寛大ですから」

 

「そう」

 

 流された。

 

 まあ、いつものことだ。

 

 私ほどの人材にもなれば、この程度の自己紹介は日常茶飯事である。

 

「それで、ご用件は何でしょう」

 

「姉君のことよ」

 

 姉さん。

 

 その一言だけで、自然と口元が緩んだ。

 

「姉さんが何か?」

 

「少し謙遜が過ぎると思うわ」

 

 リオは小さくため息をつく。

 

「どうにかしてちょうだい」

 

「と言われましても」

 

 私は肩をすくめる。

 

「あの性格は今に始まったことではありませんから」

 

「昔からなの?」

 

「ええ」

 

 物心ついた頃には、既にああでした。

 

 私が何か一つ成功するたびに。

 

『ヒマリすごーい!』

 

『やっぱり天才だね!』

 

『私の自慢の妹!』

 

 そう言って、誰よりも嬉しそうに笑っていたのは姉さんだ。

 

 そして。

 

 私が成長するほど、姉さんは自分を低く評価するようになっていった。

 

「私とて、姉さんのあの自虐には不満があります」

 

「でしょうね」

 

「月光に煌めく水面すら霞ませる、超天才清楚系病弱美少女であるこの私と比較し、多少ネガティブになってしまうのは仕方ありません」

 

「ですが」

 

「姉さんのは度が過ぎます」

 

 リオは、数秒だけ黙っていた。

 

「……貴方も貴方で大概ね」

 

「事実を述べただけですが?」

 

 再び、小さなため息。

 

「はぁ……とことん姉妹ってことかしら」

 

 私は少しだけ考える。

 

 姉さんは、自分を過小評価している。

 

 それは疑いようのない事実だ。

 

「姉さんは、私より劣っているわけではありません」

 

 リオが顔を上げる。

 

「分野が違うだけです」

 

「私は理論を組み立てることはできます」

 

「ですが、人を動かすことはできません」

 

 会社経営。

 

 資金繰り。

 

 組織運営。

 

 営業。

 

 人材育成。

 

 危機管理。

 

 どれも私には不得手な分野だ。

 

「私がアークライト・ミレニアを経営できるかと問われれば」

 

「答えは明確です」

 

「できません」

 

 私は断言する。

 

「ですが姉さんは、それを当然のようにやってのけています」

 

 それだけではない。

 

 私が理論だけを提示すれば。

 

 姉さんは量産方法を考える。

 

 物流を整え。

 

 販売計画を立て。

 

 採算まで計算する。

 

 私には到底真似できない。

 

「姉さんは、私にはない才能を持っています」

 

「だからこそ」

 

「もう少し自分を評価していただきたいのですが……」

 

 そこだけは、どうにもならない。

 

 リオも同じ結論だったらしい。

 

「本人に言っても、笑って流されるだけなのよね」

 

「ええ」

 

「以前、自己評価を改めるようそれとなく褒めてみたのですが、『ヒマリなら会社くらい簡単に作れるって!』と言われました」

 

「そうでしょうね」

 

 姉さんは、本気でそう思っている。

 

 困った人だ。

 

 本当に。

 

 少しだけ笑みを浮かべながら、私は窓の外へ目を向けた。

 

 あの人は。

 

 私にとって、世界でたった一人の姉だ。

 

 そして。

 

 私が、誰よりも尊敬している人でもある。

 

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