全知?いいえ、全恥です   作:炊き込みご飯くん

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割とこう、原作準拠で行きたいでござる。


アビドス編
出会い


「社長、おはようございます!」

 

「おはよー!」

 

 朝。

 

 アークライト・ミレニア本社は、今日も慌ただしく動き始めていた。

 

 社員たちが忙しなく廊下を行き交い、各部署からは次々と報告が飛んでくる。

 

「第三区画工場、稼働率九十七パーセントです」

 

「開発部より試作品完成の連絡です」

 

「ミレニアムより追加発注が入りました」

 

「はいはーい、順番順番!」

 

 シオンは歩きながら資料へ目を通し、次々と指示を出していく。

 

「追加発注は第二工場へ回して。試作品は私も後で見るから会議室に運んでおいて」

 

「了解です!」

 

「あと、第三区画は今日中に設備点検ね。九十七パーセントはちょっと働かせすぎ」

 

「えっ、ですが納期が……」

 

「壊れた方が困るでしょ?」

 

「……承知しました」

 

 社員は一礼し、走っていく。

 

「社長」

 

 今度は営業部の社員だった。

 

「カイザーコーポレーションより追加受注です」

 

「また?」

 

 シオンは思わず資料を受け取る。

 

 内容を見る。

 

「…………」

 

 数秒。

 

 黙ってページをめくる。

 

「……変だなぁ」

 

「やはり、そう思われますか」

 

「うん」

 

 シオンは資料を閉じた。

 

「先月も同じ部品を大量発注してたよね?」

 

「はい」

 

「その前も」

 

「はい」

 

「在庫が余ると思うんだけど」

 

 営業担当も困ったように頷く。

 

「こちらでも確認しましたが、用途は開示できない、の一点張りで」

 

「契約上は問題ないんだよね?」

 

「ありません」

 

 そこが厄介だった。

 

 発注内容も。支払いも。契約も……何一つ違反はない。

 

 それでも。

 

「……気持ち悪いなぁ」

 

 数字が合わない。

 

 会社を経営していると、時折そういう感覚がある。

 

 帳簿は正しい。

 

 契約も正しい。

 

 なのに、全体を見ると何かがおかしい。

 

 その違和感が、どうにも拭えなかった。

 

「社長?」

 

「んー……」

 

 シオンは少し考え込み。

 

 にこっと笑った。

 

「とりま、行ってくる!」

 

「……はい?」

 

「現地!」

 

「現地、ですか?」

 

「うん!」

 

 営業担当は一瞬固まった。

 

「えっと……どちらへ?」

 

「カイザーコーポレーション」

 

「えぇっ!?」

 

 思わず大きな声が出る。

 

「しゃ、社長自らですか!?」

 

「その方が早いでしょ?」

 

「いえ、視察でしたら私どもが」

 

「大丈夫大丈夫」

 

 シオンは笑って手を振る。

 

「ちょっと見てくるだけだから」

 

「しかし……!」

 

「留守、お願いね!」

 

 そう言い残し、シオンは踵を返す。

 

 営業担当は慌てて追いかけようとしたが。

 

「社長!」

 

 もうエレベーターの扉は閉まっていた。

 

「……まただ」

 

 その場に居合わせた社員が苦笑する。

 

「社長、気になったらすぐ行くからなぁ」

 

「フットワークが軽すぎるんですよ……」

 

「まあ、そのおかげで助かってることも多いけど」

 

 誰も止められない。

 

 それが、明星シオンという社長だった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 数時間後。

 

 車窓の向こうには、一面の砂漠が広がっていた。

 

「久しぶりだなぁ、アビドス」

 

 運転席でハンドルを握りながら、シオンは小さく呟く。

 

 今回の目的地は、カイザーコーポレーションのアビドス方面施設。

 

 もっとも。

 

「その前に、ちょっと学校も見てみようかな」

 

 最近、アビドス自治区でカイザーの活動が活発化しているという話は耳にしていた。

 

 もし何か関係があるなら、現地を見ておく価値はある。

 

「ん?」

 

 前方に、人影が見えた。

 

 スーツ姿の大人が一人。

 

 周囲を見回しながら、何やら困っている様子だ。

 

「うーん?こんなところでぇ?」

 

 シオンは車を路肩へ寄せた。

 

 窓を開ける。

 

「すみませーん!」

 

 大人がこちらを向く。

 

「は、はい……どうかしましたか?」

 

「いやその、もしかしてですけど、道に迷ってます?」

 

 スーツ姿の大人は、どこか申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

「実は……少し道に迷ってしまって」

 

「やっぱり!」

 

 シオンは思わず笑う。

 

「この辺、初めて?」

 

「うん。アビドス高等学校へ向かっているんだけど……」

 

「ふーん……もしかしてなんだけど、貴方って先生?」

 

「え?」

 

「違ったらごめんだけど……なんとなく、キヴォトスの外から来た先生なんじゃないかなって」

 

 先生は少し驚いたように目を瞬かせた。

 

「知ってるの?」

 

「連邦生徒会から通達が回ってたからねぇ」

 

 シオンは車から降りる。

 

「私は明星シオン。ミレニアムの生徒だよ」

 

「私はシャーレの先生」

 

「よろしくね、先生!」

 

 そう言って差し出された手を、先生は握り返す。

 

 柔らかい笑顔だった。

 

 どこか頼りなく見えるのに、不思議と安心できる笑顔。

 

「アビドスまで案内しようか?」

 

「いいの?」

 

「もちろん!」

 

 シオンはにかっと笑う。

 

「困ってる人を放っておくほど薄情じゃないよ」

 

 先生は軽く頭を下げた。

 

「本当にありがとう、シオン。この恩は忘れない」

 

「ふふ、どういたしまして!」

 

 二人は車へ乗り込む。

 

 エンジンが静かに動き出した。

 

 砂漠の一本道を、車はゆっくりと走り始める。

 

「先生って、キヴォトスの外から来たんだよね?」

 

「そうだよ」

 

「へぇ……」

 

 シオンは興味深そうに頷いた。

 

「外ってどんな感じ?」

 

「そうだなぁ……」

 

 先生は少し考えながら答える。

 

 街並み。

 

 文化。

 

 食べ物。

 

 何気ない雑談。

 

 仕事の話でも、学園の話でもない。

 

 初対面同士らしい、とりとめのない会話だった。

 

「じゃあ、キヴォトスの企業は全然知らない?」

 

「まだほとんど」

 

「そっか」

 

 シオンは笑う。

 

「じゃあ、カイザーコーポレーションって会社も知らないか」

 

「名前だけは」

 

「最近ちょっと気になる会社でさ」

 

 先生は視線を向ける。

 

「気になる?」

 

「うん」

 

 シオンはハンドルを握ったまま続ける。

 

「うちと取引があるんだけど、ちょっと発注内容が変なんだよね」

 

「うちと取引って……シオンは会社を経営してるの?」

 

「うん、まぁね。学生起業ってやつ」

 

「す、凄いな……なんだかシオンが眩しく見えてきたよ、私」

 

「アハハ、何それウケる」

 

「それで、変、っていうのは?」

 

「うんとねぇ……説明できるほど根拠はないんだけど」

 

「数字が綺麗すぎるというか」

 

「綺麗すぎる?」

 

「うん」

 

 シオンは少し笑う。

 

「会社ってね、普通は少しくらい無駄があるものなの」

 

「余剰在庫とか、発注ミスとか、部署間の認識違いとか」

 

「そういう『人間っぽい揺らぎ』があるんだ」

 

「でもカイザーは違う」

 

「全部綺麗……綺麗すぎる」

 

 先生は静かに耳を傾ける。

 

「だから逆に怖いんだよ、何かを隠そうとしてるみたいでさ」

 

 シオンは肩をすくめた。

 

「まあ、私の考えすぎならいいんだけどね」

 

 そこで話は終わった。

 

 それ以上、会社の話を続けることはなかった。

 

 しばらく走ると、砂漠の向こうに校舎が見えてくる。

 

「あれがアビドス高等学校」

 

「思ったより……」

 

「うん」

 

 先生の言葉を待たずに、シオンは苦笑した。

 

「寂しいよね」

 

 校舎は広い。

 

 けれど、まるで廃校のように、ボロボロだ。

 

 校庭も静かだった。

 

「生徒数が少ないって聞いてたけど」

 

「ここまでとは思わなかった」

 

 先生は静かに校舎を見つめる。

 

 その横顔を見て、シオンは少しだけ笑った。

 

「先生って」

 

「ん?」

 

「生徒のこと、ちゃんと見てる人なんだね」

 

「え?」

 

「いやだってさ、普通なら最初に校舎を見るよ。私もそうだったもん」

 

「でも先生は、生徒がいないことを先に気にしたよね」

 

 先生は少し照れくさそうに笑った。

 

「なんだか照れるな」

 

「ふふっ」

 

 シオンは嬉しそうに頷く。

 

「いい先生なんだね」

 

 車は校門前で静かに止まった。

 

「着いたよ」

 

「ありがとう」

 

 先生が降りようとした、その時。

 

 シオンの視界の端で、一台の大型車両が砂煙を巻き上げながら走り去っていく。

 

 黄色と黒の企業ロゴ。

 

 見覚えのあるマーク。

 

「……カイザー?」

 

 その車両は、アビドス自治区の奥へと消えていった。

 

 シオンの表情から、笑みがすっと消える。

 

「シオン?どうしたの?」

 

「え?あー、」

 

 車のキーを握り直しながら、シオンは小さく笑った。

 

「あはは、なんでもないなんでもない……なんだかちょっと、寄り道したくなっただけ」

 

先生は、少しだけ戸惑う素振りを見せながら、

 

「シオン……もしかして何か、危ないことをしようとしてない?」

 

「え?」

 

「いやいやまさか、突然何を言い出すのよ先生ったら」

 

シオンは取り繕うように小さく笑う。

 

「なんにもないよ。それじゃあ先生、またね」

 

「……うん、またね」

 

 シオンは大きく手を振る。

 

 先生も軽く手を振り返し、そのままアビドス高等学校の校門へと歩いていく。

 

 その背中が校舎へ消えるまで見送ってから、シオンはふっと笑った。

 

「なんだか不思議な人だったなぁ」

 

 初対面なのに話しやすい。

 

 肩書きも、立場も関係なく接してくる。

 

 ああいう大人は、キヴォトスでは少し珍しいので、新鮮だ。

 

「さて」

 

 車へ乗り込み、エンジンをかける。

 

「私も仕事仕事」

 

 目的は変わらない。

 

 カイザーコーポレーション。

 

 あの違和感の正体を探ることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 アビドス自治区。

 

 カイザーコーポレーション アビドス支社。

 

 ガラス張りの近代的なビルは、砂漠の景色の中ではひどく浮いて見えた。

 

「こんにちはー」

 

 受付へ顔を出す。

 

「アークライト・ミレニアの明星シオンです」

 

 社員証を提示すると、受付係の表情が一瞬だけ変わる。

 

「しょ、少々お待ちください」

 

 その反応だけで十分だった。

 

 アークライト・ミレニアは、まだ新興企業だ。

 

 それでも、ここ数年で急速に勢力を拡大し、カイザーとも何度も取引を重ねてきた。

 

 競合であり、取引先でもある。

 

 そんな相手の社長が突然訪ねてきたのだ。

 

 警戒するのも無理はない。

 

 数分後。

 

 応接室へ案内される。

 

「本日はどのようなご用件で?」

 

「いやいや、そんな大したことじゃないよ」

 

 シオンは営業用の笑みを浮かべる。

 

「最近発注内容が少し変わったから、現場の様子でも見られたらなぁって」

 

「現場、ですか」

 

「うん。共同開発の可能性も考えてるし」

 

 もちろん嘘ではない。

 

 だが、本当の目的でもない。

 

 担当者は一瞬だけ視線を泳がせた。

 

「申し訳ありません。本日の施設見学は難しく……」

 

「そっかぁ」

 

 シオンはあっさり引き下がる。

 

「忙しいもんね」

 

「ええ、現在は非常に立て込んでおりまして」

 

 その言葉を聞きながら、シオンは机の上へ置かれた資料へ何気なく目を向ける。

 

 配送計画。

 

 荷受予定。

 

 社員証。

 

 応接室へ来るまでに見えた搬入口の位置。

 

 警備員の配置。

 

 トラックの台数。

 

 全てを、頭の中へ入れていく。

 

 そして最後に。

 

「今日はありがとう」

 

 笑顔で握手を交わし、ビルを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 車へ戻ると同時に、シオンは小さく息を吐く。

 

「……やっぱり、おかしい」

 

 具体的な証拠はない。

 

 けれど。

 

 企業というものは、隠し事をすると空気が変わる。

 

 受付の対応。

 

 担当者の視線。

 

 警備の厳重さ。

 

 そして施設見学を頑なに断ったこと。

 

 どれも単体では不自然ではない。

 

 だが、全部並べると。

 

「黒に近い灰色、かな」

 

 端末を開き、簡単なメモを残していく。

 

 発注品目。

 

 施設規模。

 

 搬入車両。

 

 警備体制。

 

 今後確認すべき項目。

 

 社長としてではなく、一人の調査者として、冷静に情報を整理する。

 

「このままもう少し追ってみよう」

 

 窓の外では、砂埃を巻き上げながら一台のカイザーの輸送車が支社を後にしていく。

 

 シオンは静かにエンジンをかけた。

 

「さて……どこへ向かうのかな」

 

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