「天幕の灯り。」
——ラトル・シックルベール著『塹壕からの素描』より。
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帝国暦一八一八年十二月二十三日夕刻、共和国東部国境地帯の都市、エスドナ。帝国軍の占領下にあって兵站の中心地となっていたこの地は、混乱の極致にあった。
一方では、丘の上の城館に陣取った共和国軍休戦査察団が冬至祭の祝祭を営み、音楽を奏でている。冬至祭はこの大陸において最も重要な祝祭であり、世界大戦初期には、前線で自然発生的な冬至祭休戦が生じたことさえある。それも世界大戦の長期化により霧消したが、今や世界大戦の勝者となった共和国では、久方ぶりの平和な冬至祭が、各地で盛大に祝われた。
他方では、丘の下の物資集積所に、多数の群衆が詰めかけている。どこの所属とも知れぬ兵士や、近隣で軍属として補給業務に就いていた民間人、そしてエスドナの近隣住民が、鉄条網の封鎖線に殺到していた。
「パンを寄越せ!」
「酒を寄越せ!」
「今日は冬至だ、祝祭だ!」
口々に叫ぶのは、補給物資を群衆に開放せよという要求である。ここエスドナが帝国軍前線部隊の兵站の中心地である以上、物資集積所に多数の食料や嗜好品が蓄積されているのは自明である。それ自体は、子供にもわかる理屈であった。
しかし、この物資を開放するわけにはいかなかった。
封鎖線のやや後ろ、戦車砲塔の上に、ひとりの士官が立っている。
「准尉、準備は整ったか。」
現地に展開する帝国陸軍第一三二師団の作戦参謀、ペルペトゥ・エリカール・ヴェル・ピアルムス大尉は、見取り図を片手に時計を気にしながら、下で待機している部下へ問うた。
「整いました、大尉殿。いつでも始められます。」
対する准尉は、工兵である。ピアルムス大尉の指示に従って、つい先程まで〈配線作業〉に従事していた。
「よろしい、准尉。部下を退避させたまえ。
——封鎖線の距離は充分だな?」
「はい、大尉殿。先任の砲術士官にも確認いたしましたが、あの量なら問題ないそうです。」
「大変結構だ。
——拡声器のスイッチを入れてくれるか。」
准尉が拡声器のスイッチを入れマイクを手渡すと、ピアルムス大尉は、群衆へ向かって語り出した。
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ピアルムス家は、古帝国時代の元老院議員を祖先に持つ、名門貴族である。同様の出自を持つミルダネス家がそうであったように、ピアルムス家もまた大公を称し、ボレアニス家と並び立った歴史を持つ。
しかしながら、ミルダネス家とピアルムス家とでは、決定的に異なる点があった。ピアルムス家は、貴族称号こそ持つが、爵位を持たない。世襲領地も持っていない。——ピアルムス家は、ボレアニス朝に恭順しなかった、滅び去った名門貴族のひとつである。
中世期にボレアニス家が台頭したとき、ピアルムス家はむしろこれに頑強に抵抗した。
現代のピアルムス家は各地に地所を持つが、それは領地ではない。古帝国時代、いやそれ以前に、古帝国が皇帝を戴かぬ貴族共和政であった時代から続く名門の意地と記憶が、ピアルムス家をして、ボレアニス家の軍門に下ることを潔しとさせなかった。
史書には、恭順を求めるボレアニス家の使者に、当時のピアルムス大公がこう告げたとある。曰く「ボレアニス家がまだ洞窟に起居していた頃、我らは元老院で地図に道を引いていたのだ」と。
このような次第であったから、ボレアニス朝の帝国皇帝は、中世期を通じて、決してピアルムス家を許すことがなかった。早々に恭順したミルダネス家が筆頭貴族として公爵を号し、細分化されたが豊かな領地を得たのとは対照的に、ピアルムス家はその痕跡を徹底的に破却され、追放された。
しかし、僅かな財産を持って亡命するにあたっても、最後のピアルムス大公は気丈であった。
家伝にはこう伝わる。曰く「我らは、貴族たることを誰かに許されるのではない。千年の時が、我らに貴族たれと命じるのだ」と。
その後、ピアルムス家は各地に散って、それぞれに才覚を発揮した。最後のピアルムス大公とその一門は、東部国境地帯の〈死の領域〉と荒野を越えて、遠く〈神聖王国〉へと流れ着くと、そこで国王に仕え、ついにはある一領の総督職すら拝命した。
ピアルムス家は、度重なる動乱と政変のさなかにあっても、血脈と財産を保持した。時にその地位を手放してでも、決して血脈を絶やさず、家門を守り続けた。
そして近世に至ると、ピアルムス家は帝国へと帰還した。かつてのミルダネス大公領の首府、今や帝国皇帝の直轄地となったレギスヘーエンに拠点を置き、家業として貿易と殖産に精を出しつつ、当主の多くは軍人として立身した。
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ペルペトゥ・エリカール・ヴェル・ピアルムスは、帝国東部国境地帯の中心都市、レギスヘーエンに生を受けた。父は帝国陸軍で准将にまで進級した高級軍人であり、母は不在がちな夫に代わって貿易会社を差配する女主人であった。
レギスヘーエンで母に慈しまれて幼少期を送ったピアルムスは、小学校に進む頃になると、今度は父に連れられて帝国各地を転々とした。父は前線指揮官というより軍官僚であり、各地の軍管区司令部や要塞司令部を転々として、国防体制を整備する任にあたっていた。
母は公的生活において敏腕経営者である一方で、私生活では情深く、ピアルムスの情操教育を怠ることもなかった。父は軍人貴族らしい厳格さを持つ一方で、度々ピアルムスを休暇や旅行に連れて行き、そこで一日中遊戯に興じて、転居生活が続き友人の少ないピアルムスに愛情を注いだ。
こうしてピアルムスは、交友関係こそ狭いながらも、見聞を広め、また深めていった。
ピアルムスが長じて士官学校へ入学すると、彼の出自による特徴は、より一層顕著となった。
一方では、非常に鋭い洞察力と観察力を発揮して、歴戦の教官たちを唸らせた。ピアルムスの答案上の回答は常に正確であり、むしろ問題の欠点さえ指摘して、それで減点される有様であった。
他方では、協調性と積極性の欠如が、教官たちを悩ませた。ピアルムスは試験前になっても普段通りに過ごし、決して努力の姿勢を見せようとしなかった。講義中でも思索に耽り、意に染まぬ課題ではあからさまに手を抜き、休暇中は盤上遊戯に熱中して一日中部屋から出てこない。周囲の候補生と打ち解けず、誰とも「君」と呼び合うことがなかった。当時の考課表には「周囲の候補生に悪影響を与えるところ、大である」とある。
こうした素行不良によって士官学校を追われなかったのは、ピアルムスが優秀な候補生だったからという以上に、彼の出自が影響していた。
ピアルムス家は没落したとはいえ、帝室に並び立つ歴史を持った、名門貴族である。爵位を持たないことがむしろ、ピアルムス家の名門たる証であった。このことは、祖国統一戦争の後、時の皇帝たる〈大帝〉が帝国議会に認めさせた一時償金——ボレアニス朝勃興時に追放された名門貴族の末裔に与えられた一時金によって、制度上も明らかにされていた。
また、多くの軍人にとって、ピアルムス家は無視できない存在であった。その家門は近世以降、多数の高級軍人を輩出し、軍人貴族の間に隠然たる影響力を有している。ピアルムスの父こそ准将でしかないが、それは彼が植民地戦争に従軍しない軍官僚であったがゆえのことである。
そして、これが最も大きな〈配慮〉を生んだ。
ピアルムスの母の姉、彼女の夫——つまりピアルムスの伯父が、高級軍人であった。帝国軍最高位にある軍人にして、英雄。〈常勝元帥〉ミルダネス、その人である。
ミルダネスは、必ずしも身内を贔屓する気質ではない。ミルダネスは、自分の息子の進級に手を回すことさえしない男である。
そのミルダネスが、ピアルムス家の秀才の手助けをすることは、決してなかった。むしろ士官学校でのピアルムスは、ミルダネスの手により徹底的な英才教育を受けたと言ってよい。
しかしながら、士官学校の他の教官はそうではない。他の高級軍人も、そうではない。
そうであればこそ——一方でミルダネスの息子は戦時下にあっても陸軍中尉でその進級を止め、他方でピアルムスは前線で作戦参謀をしていた。
一方は周囲の遠慮と配慮を満喫し、他方は周囲の遠慮と配慮を梃子にして、それぞれの軍歴を歩んでいた。
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ピアルムス大尉には、ひとつの渾名があった。〈抗命参謀〉である。
帝国暦一八一八年二月末、帝国軍西部戦線。
ピアルムス大尉が参謀として列席した作戦会議に、時の皇帝セラレス四世と、その長子である皇子中将宮ヴァイネスが途中参加したことがあった。
議題は、西部戦線における、ある防御陣地の取り扱いについてである。この防御陣地は、先の攻勢で帝国軍が共和国軍から奪取したものであるが、過剰に突出し、補給線が伸びきってしまっていた。
ヴァイネスはこの防御陣地の死守を提案し、戦果拡張を願うセラレスもこれに追従したが——意見を求められたピアルムス大尉はそれに構わず、淡々と「保持不能、撤退不可避」を具申したのである。
当然、作戦会議は紛糾した。客観的事実として、補給線が伸びきっている以上、この防御陣地を長期間保持することは不可能である。その一方で、攻勢で手にした貴重な防御陣地を易々と放棄することはできない。
ヴァイネスとセラレスがこの防御陣地にこだわったのにも、相応の理由があった。この防御陣地のあった場所は、祖国統一戦争において帝国に対する対抗皇帝を自称した君侯を帝国軍が包囲し、敵軍を全面降伏へと追い込んだ古戦場であった。
この場所は、軍事的要所である以上に、政治的象徴である。
そこでピアルムス大尉ら撤退派が提案したのが、この防御陣地そのものを餌として共和国軍を誘引する、攻勢防御である。
潰走を装って敵砲兵の射程外へと整然と撤退する。敵がそれに食いついて戦列が乱れたところで、機動力のある任務部隊を敵の兵站・通信の結節点へ突進させ、敵の補給と指揮系統を混乱させる。その上で、潰走を装っていた部隊が航空支援と共に反転し、敵野戦軍を殲滅する——これが、ピアルムス大尉の作戦であった。
古戦場を無為に失わず、むしろそれを活用して敵野戦軍を殲滅するという一挙両得の攻勢防御案は、最終的に列席者多数の賛意を得て実施された。
帝国暦一八一八年三月の帝国軍春季大攻勢。その第一撃を、ピアルムス大尉発案の攻勢防御が担うこととされた。ピアルムス大尉はこの攻勢防御の実施主体である帝国軍第一三二師団の作戦参謀とされた。これは、面目を潰された皇子中将宮ヴァイネスの意趣返しでもあったが——ピアルムス大尉は指揮所から前線へ直接出向くことも辞さずに、役割を全うした。
果たして春季大攻勢は、帝国軍の大勝利に終わった。ピアルムス大尉の第一三二師団も当初の作戦目的を達成し、攻勢防御作戦は大成功を収めた。ピアルムス大尉の世界大戦における軍歴は、頂点に達したと言ってよい。
しかし、帝国暦一八一八年十一月。〈バーレンハイム蜂起〉によって皇帝セラレス四世が退位すると、帝国は連合国に対して休戦を申し入れ、戦争は帝国の敗北に終わった。
帝国暦一八一八年三月の帝国軍春季大攻勢は、明らかに兵站上の無理を重ねたものであった。国力に見合わぬ大攻勢は、後方へ人員と物資の損耗を強要した。
前線の作戦参謀であるピアルムス大尉には預かり知らぬことではある。しかし、それが彼の限界であった。
春季大攻勢において帝国軍が達成すべきだったのは、戦術的勝利〈など〉ではない。
帝国軍は、勝ち切らなければならなかった。
帝国軍が達成すべきだったのは、敵野戦軍の殲滅ではない。
帝国軍が達成すべきだったのは、連合国軍の継戦能力の粉砕であり、連合国民の厭戦感情の爆発であり、それはおそらく、共和国首都への進軍によってさえ、叶えることはできなかった。
帝国は戦場で勝って、戦争に敗れた。
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帝国暦一八一八年十二月二十三日夕刻、共和国東部国境地帯の都市、エスドナ。物資集積所、封鎖線。
「我が帝国軍将兵および軍属、ならびに共和国市民諸君。
私は帝国軍第一三二師団作戦参謀、ペルペトゥ・エリカール・ヴェル・ピアルムス大尉である。」
ピアルムス大尉の、中性的だが落ち着きのある声が、拡声器を通じて響く。
先程まで喧騒に包まれていた一帯が、突然のことに一挙に静寂に包まれた。
「本日は実に良き日だ。我らが冬至祭!
この戦争が始まった頃、誰もが冬至祭までに平和が来ると信じた、あの冬至祭!
戦争は終わった。今は、冬至祭を分かち合う時だ!」
ピアルムス大尉の言葉に、群衆から「そうだ、そうだ」と賛同の声が上がる。
「平和が来た! 次はパン!」
群衆の中に、そう叫ぶ者がある。他の者も追従して、叫びはひとつになって行く。
「平和! パン! そして酒を! 祝祭に酒を!」
群衆の声はますます勢いを増し、熱は否応なく高まる。
「だが諸君、誠に残念な知らせをせねばならない。
——この物資を、渡すことはできない!」
ピアルムス大尉が、群衆の声を遮るようにこう叫ぶと、群衆は互いに視線を交わし、戸惑いと怒りが場を支配した。
「諸君、ここに集積されていたのは、酒ではない! 無論、パンでもない!」
「嘘をつくな!」
「俺は見たぞ、箱には酒と書いてあった!」
「そうだ、酒があると聞いて来たんだ!」
ピアルムス大尉の言葉を、群衆が口々に否定する。
「そう、箱には酒と書いてある。だが、中身は酒ではない!」
「嘘だ、騙されるな! あれは確かに瓶の重さだった!」
作業服を着た軍属が叫ぶ。
「軍属諸君! 諸君が運ばされていたのは——これだ!」
ピアルムス大尉が、准尉から瓶を受け取って、群衆へ示す。
「何だあれは!」
「白いぞ」
「粉じゃないのか? 小麦か?」
「小麦でもなんでもいい、食えるものを!」
群衆が見て取ったのは、白い粉が詰め込まれた、異様な瓶だった。
そして、ピアルムス大尉は、瓶を戦車に叩きつける。粉が、周囲に舞った。
「諸君、この粉は冬至祭に相応しいか! 輝しい冬至祭に!
——たとえこの粉が、諸君を堕落させ、狂わせるとしてもか!」
ピアルムス大尉が叩きつけた瓶。白い粉が詰め込まれた、異様な瓶。そのラベルには、〈戦力増強剤〉の字があった。
「我らは、長く苦しい戦いを戦い抜くために、こんな薬の力さえ必要とした。
だが、今や我らは、これを必要としない!
だから我らは、この地に汚れた薬を残さぬために——こうするのだ!」
その言葉を合図に、地鳴りが轟々と響いた。
封鎖線の後方にあった物資集積所から、煙が舞う。火花が散る。
群衆は、直感的に理解した。そこには本当に、渡さない方が良いものがあったのだと。
しかし、それに続いて、別の音がする。
「花火だ!」
群衆の中に混じっていた子供が声を上げる。
物資集積所の爆破に続いて、周囲から一斉に花火が上がった。
時刻は、夕刻から夜へと移ろいつつある。
日没であった。