「結局、私にできるのは、ただ、剣になることか。」
帝国暦一八一九年三月十七日。ミルダネスは迷いを帯びた筆跡で、日記にこう書き残した。
***
一八一九年三月十七日の一斉蜂起は〈評議員たちの蜂起〉と呼ばれた。
憲法制定国民議会選挙の実施を公約した帝国議会決議以来、帝国各地で、私擬憲法を考案する研究会が次々と結成されていた。
制憲議会選挙によって政治意識が高まりを見せる中で、制憲議会の結論を待つことなく、民衆みずから憲法草案を積極的に起草しようというのである。
これらの私擬憲法研究会は各地区ごとに合議体を組織するようになり、この合議体は〈評議会〉と呼ばれるようになった。
彼らは、私的な研究会や勉強会ではなく、公的性格を持った団体であると自己規定したのである。
帝国政府はこの〈評議会〉を等閑視するか、微温的に観察するにとどめた。
制憲議会選挙が無事施行される見通しである以上、これら〈評議会〉の熱はいずれ制憲議会に吸収される。〈評議会〉は各地に分立していることから、多元的な世論を形成する勢力にはなりえても、全国的な勢力にはなりえない。これが内務省の結論であった。
しかし、実際の〈評議会〉は、時と共に、水面下で革命派に掌握されていった。
革命派には薬物密売で獲得した豊富な資金があり、その資金を裏付けとして、評議員の買収・脅迫を繰り返した。
評議員こそ既存の各党派や無党派層の在野有志であったが、〈評議会〉の事務局は革命派の代理人で占められた。
評議員やその家族を薬漬けにして判断能力を奪い、革命派の傀儡にする手口までもが横行した。
また、革命派は〈評議会〉の拠点を、当初の都市中心部から、郊外の新興住宅地へと移した。
表向きは「喧騒を離れ、熟議を実践するため」という口上を掲げたが、実際には、中枢を離れることで当局の警戒を軽減するとともに、雑多な旧市街を離れ整然とした郊外へ移ることで、〈評議会〉への官憲のスパイの浸透を防ぐことを狙ったものだった。
実際、これは功を奏した。
工業化の進展に伴って成立した郊外の新興住宅地は、旧市街の下町よりも地域的紐帯が弱い。
それは隣人への無関心を呼び、あるいは個人の孤立を呼ぶ。したがって革命派が多少動き回ろうと誰も警戒することはなく、しかも革命派にとっては新規勧誘先の宝庫でもあった。
さながら宣教師の如く、革命派は次々と新規の人材を獲得していった。
こうして〈評議会〉の多くが革命派の隠れ蓑となり、その傘下にあった私擬憲法研究会や勉強会の類にも革命派は浸透していった。
〈評議会〉の事務所が、評議員の経営する倉庫が、新たに加入した郊外住民の庭先が、武器弾薬や薬物の集積地となった。〈無断除隊〉者たちが郊外の空き家や集合住宅をねぐらとして集まってきた。
内務省の秘密警察のうち、少数の者のみがこれに対して警鐘を鳴らしたが、制憲議会選挙と制憲議会の招集に忙殺され、混乱の渦中にあった内務省はこれを軽視した。
薬物汚染の波は、内務省から複雑な判断能力を奪い去っていた。
一八一九年三月十七日に一斉蜂起したのは、まさにこの〈評議会〉を媒介とした革命派の諸勢力であり、彼らは都市郊外から都市中心部を包囲した。
郊外から物流を遮断して都市を兵糧攻めにする。
食糧不足の折である。どの都市も長くは抗戦できない。
今や帝国のどこへ行っても、食料の備蓄には限りがあった。
郊外に張った網で外部へ逃れようとする者を捉える。
雪崩を打って逃亡を図る要人を抑えてしまえば、権力掌握はより容易になる。
軽率な者は早々に捕縛され、〈評議会〉で人民裁判を受けることとなった。
三月十七日という日程は、制憲議会の空転を予期してのものである。
既存の政治勢力がその責任を放擲するのであれば、人民の期待は必然、制憲議会をボイコットした革命派に集まる。
また、制憲議会招集に伴う人流・物流の増大と混乱は、革命派の準備行動の隠れ蓑として最適である。
しかもこの日に合わせて、革命派は闇市での薬物流通量を意図的に増大させた。
革命派傘下の売人は、相手が〈上得意〉の帝国官吏と見るや、採算度外視で在庫処分とばかりに薬物を叩き売った。
直前までは売り惜しみを徹底した上で、時が来れば、従来よりも高品質の薬物を、より低価格で叩き売る。
まさに蜂起のその日に、薬物汚染が頂点に達し、中央官庁が機能不全となるように。
時間は革命派の味方とはならない。なにしろ、事は国内だけの問題ではない。
革命派は、中央政界の空転と混乱は遠からず打開されると読んだ。
制憲議会が空転し続ければ、いずれ戦勝国たる連合国側が介入してくる。連合国の介入は当初は仲介、忠告と進んで、最後は〈命令〉となるだろう。
そうなれば、もはや革命派の力で事態を動かすことはできなくなる。
蜂起に手間取っても同じことであった。
蜂起と内戦が長引けば、連合国は必ずや武力介入してくる。
帝国軍には革命派のシンパが存在するが、旧敵国である連合国軍にはそれがない。
むしろ、異端過激派である革命派を、徹底的に叩き潰そうとするだろう。帝国の国土とともに。
機会は一度。それも、短い。
革命派は、一八一九年三月十七日の一斉蜂起を、乾坤一擲の大攻勢と位置づけた。
中央政界が空転し、混乱と政治不信が極致にある今この時を措いて、蜂起の好機はありえなかった。
打てる手は全て打つ。持てる物資は全て使う。倉庫も金庫も空になって良い。もはや後はないのだから——。
***
深夜の一斉蜂起の後、一八一九年三月十七日午前一時三十分。
帝都バーレンハイム郊外の〈評議会〉——彼らは〈中央評議会〉と自称した——は、独自に構築した海賊ラジオ局から、次の声明を発した。
〈中央評議会声明〉
今や皇帝なき帝国となった、我が祖国の市民諸君に告げる。
シルヴァニス=マルクヴォー反動政府は、その犯罪的無能を示すことによって、もはや自壊した!
革命的共和主義労働者・兵士の代表である中央評議会によって、堕落した偽物の臨時政府は、ここに打倒されたと宣言する。
我ら中央評議会は、暫定的に、真なる政府の崇高な責務、国家統治の遂行を引き受けることを決意した!
——「バーレンハイムの秩序が、帝国を治めている」と思う者がいる。反動の走狗ども!
彼らの〈秩序〉は砂の上に築かれているに過ぎない!
彼らを郊外から包囲せよ!
もはや、我らは逃げも隠れもしない。
今や、我らは武器を鳴らして立ち上がり、太鼓を打ち鳴らしながら、こう叫ぶ。
——我ら、ここにあり!
中央評議会 書記局筆頭書記
祖国革命指導者
ローゼティエン・ブルガネス
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中央評議会声明を発したローゼティエン・ブルガネスなる人物は、戦前は急進共和派に属し、戦中に共和派から分派して革命派の地下組織を構築した、革命運動の女傑である。
生来温厚な気質の者が多いとされる穴居族でありながら、非常に闘争的な性格であった彼女は、職人・職工出身者が主流派を占めた共和派にあって、理論家・職業革命家として異彩を放っていた。
右派論壇に皇太女博士宮ヴィクタリースが君臨していたとすれば、左派論壇に君臨していたのがブルガネスである。
しかし、高等学校を卒業した後、そのまま急進共和派の政治運動に身を投じた彼女は、職業的出自を持たないだけに、共和派内で必然的に孤立した。
そのことが更にブルガネスの思想を先鋭化させ、彼女を中心とした急進共和派が共和派を離れて革命派に転化する要因ともなった。
ブルガネスは、皇帝退位の原因となった一八一八年十一月十一日の帝都暴動の首謀者と目され、秘密警察の追跡を受けていたが、帝都郊外に潜伏して革命派の地下組織を指揮し、革命派一斉蜂起の種を撒き続けていた。
薬物汚染により機能不全に陥っていた秘密警察は、ついにブルガネスの所在をつかむことができなかった。一時は、ブルガネスが暴動のどさくさで頓死し、革命派は集団指導体制に移行したという死亡説まで流れたほどであった。
そのブルガネスが久方ぶりに公の場に消息を現した。——どこにあるとも知れない海賊ラジオ局から、姿なく、声だけで。
***
一八一九年三月十七日、深夜の帝都バーレンハイム。帝国織物業会館、共和派事務局。
共和派の領袖にして憲法制定国民議会共和派議員団会長、セラルフリック・ボアライトは、革命派蜂起の一報が入るや否や、概して痩身の長耳族には珍しい——〈鍛冶族的〉と評される——恰幅の良い髭面の巨体を揺らして、砲弾の如く精力的に動いた。
一八一九年三月十七日、午前〇時三十分。革命派の一斉蜂起直後。驚くべきことに、先に挙げた〈中央評議会〉のラジオ演説の一時間前。
同じく帝国織物業会館に入居している、共和派シンパ運営のローカルラジオ局で、ボアライトは次のように演説した。
〈憲法制定国民議会共和派議員団会長演説〉
同志諸君。確かに我々は彼らと同様、ある夢を見る。
しかし、しかし! それは同胞の血を流すことによってではない! 偉大な祖国を傷つけることによってでもない!
進歩と調和、それによってのみ、我々は真の自由を得る!
諸君、諸君! 我々は道を違えた暴徒たちに屈しはしない! 屈しはしない!
——自由を、我らに。
憲法制定国民議会共和派議員団 会長
バーレンハイムの馬具職人
セラルフリック・ボアライト
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決して巧みな演説ではない。
もとよりカリスマではなく、むしろ実直さによって評価されてきたボアライトである。演説も決して得意ではない。
声はマイクの集音限界を超えて音割れし、調子外れになっている。
しかしそれだけに、却って、決然とした熱がこもっていた。
そしてボアライトは、革命派が通信網を寸断する前に、帝国全土の都市に散らばった同志たちへ檄を飛ばした。
その大要は、〈徹底抗戦〉の一言に尽きる。
ボアライトは、当局と協力しての〈城内平和〉の徹底と、市街戦に備えた防衛拠点の構築を、全土の都市で急ピッチで進めさせた。
ボアライト自身も帝都市民の動揺を抑えるため、労働者向けの鳥打ち帽を被って陣頭に立ち、バリケード構築の指揮を執った。
方針は示した。檄を飛ばした。後は決戦のみ——。ボアライトは、そのように考えた。
この一連の動きにより、当局に燻っていた共和派懐疑論——つまり帝政廃止という点で同じ穴の狢である共和派と革命派とが連動し、一挙に主要都市を掌握するのではないかという疑念——は完全に払拭された。
実際、一斉蜂起の一報が飛び込んできた直後、共和派のうち革命派に同情的な勢力は、降って湧いた武装蜂起に動揺し、合流を決意する寸前であった。
この時示されたボアライトの指導力がなければ、当局と共和派の間に、深刻な亀裂が走っていたことは疑いのないところである。
***
さて、共和派による帝都主要街路でのバリケード構築がひと段落した、未明頃。
「ボアライト会長! 学士院会館から、会長へ使者です!」
バリケードの上に立って共和派の幹部らに指示を飛ばしていたボアライトのもとに、皇太女博士宮ヴィクタリースの使者がやって来た。
方々を飛び回っているボアライトを見つけるのに時間がかかったらしく、使者の息は荒い。
バリケードを降りてよく見れば、途中で革命派に追われでもしたのか、皇太女侍従の純白の制服が、薄ら煤けていた。
「ボアライト殿、博士宮殿下の親書への回答は、即答にて願います。
——申し訳ございませんが、事は急を要します。」
「ああ、それは問題ないよ、侍従殿。
我々庶民は、現場主義だ。共和派の主だった面々は、おおよそここに出揃っているからね。」
ボアライトが封筒を開くと、確かにヴィクタリースの筆跡と印章がそこにあった。
略式だが、本物の親書である。
「同志ボアライト、学士院会館からは何と?」
共和派幹部の、常人族の男が訊ねる。
「事ここに至って、臨時政府と各会派の代表者による頂上会議を開こう、ということらしい。」
「だがな、同志ボアライト。これは謀略かも知れんぞ。」
幹部が耳打ちする。
なるほど、帝都は陰謀の坩堝である。
すでに帝国政府当局は、共和派への疑いを解いている。
しかし、共和派がその事実を知る術はなかったし、これまでの行掛かりからいっても、共和派が帝国政府を全面的に信用できるはずもない。
しかし、生来朴訥なボアライトは、そのような陰謀に頓着しなかった。
「諸君! 私は、ヴィクタリース博士からの呼びかけに応じようと思う!」
ボアライトは、敢えて声を張り上げて叫んだ。
「帝政派が信頼できるというのか!」
「同志ボアライト! ——君を呼び出して、暗殺する気では?」
共和派の幹部たちが驚き、口々にボアライトに異論を投げかける。
「いや、同志。それはない。彼女は信用できる! 信用できるとも!」
ボアライトは、幹部たちの異論を笑い飛ばした。
意外に思われるかもしれないが、ボアライトにとって、帝室とは尊敬に値する存在である。
ただしそれは、平均的な帝国臣民の帝室崇敬の念とは異なる。
ボアライトにとって帝室とは、代々〈帝国の統治〉を家職とする家系であり、帝国一の〈老舗〉である。
ボアライトは、代々パン屋を営む一家に対するのと同様の敬意を、この〈老舗一家〉に対して抱いていた。
まことに真剣に、真摯に、心の底から。
パン職人の家系に生まれたからといって、腕の良し悪しと関わりなくパン職人になって良いわけがない。
皇帝の家系に生まれたからといって、腕の良し悪しと関わりなく皇帝になって良いわけがない。
だからこそボアライトは共和主義者となったが、かといって、帝室が一〇〇〇年に渡って帝国を統治してきた事実は変わらない。多少腕が悪くとも、コネでその地位に就いたとしても、職人は職人であり、それを長年に渡って続けるのは容易なことではない。
だからこそ、そうした事実に対する敬意はあって然るべきであると、ボアライトは考えていた。
「侍従殿、聞いての通りだ。私はヴィクタリース博士を信じる。
あなたがたにも、この期待に応えてもらいたいものだね。」
ボアライトは、使者の肩についた煤を払いながら、鳥打ち帽を被り直した。