死者に祈りを、生者に花を 作:TSっていいよね
唐突だが、今の俺は猛烈な後悔に襲われている。
何故か。
「いやぁ、この子は本当に賢くてね。俺の言っていることを本当に理解してるように接してくれて──いや、ように、じゃなくて理解してるんだよ。ほら、今だって耳がぴくぴくと動いてるでしょ? 俺がこうして褒めてるのを聞いてるわけ」
中央教会へ向かう旅の途中。馬に乗れない俺を運ぶために一緒に乗っている
「あの、アデルさん。気持ち悪いので静かにしてください」
「え、酷いな。流石に酷いよ」
「いえ。アデルさんではなく、体力が」
まぁ確かに早口で喋るアデルも若干の気持ち悪さはあるけれど。実際──後ろから支えてもらっているとは言え──疲れているのだ、許してほしい。こう見えても──体は──か弱い少女なのだから。
「隊長。慣れない乗馬に隊長の馬語りはキツいですって」
俺の様子を見た騎士の一人──黒髪の男だ──が声をかけてくる。どうやら隊員の中ではアデルの馬好きは周知の事実のようで、他の騎士からもどことなく同情的な視線を向けられているように感じる。
「え、そんなに?」
「はい」
「普段からそんな風に思ってたの?」
「はい」
即答されたアデルは少しばかり沈んだ様子でため息を吐いた。……もしかして教会騎士団ってコント集団なのだろうか。
「そんなことよりも中央について教えてほしいのですが」
「え? ああ、そうだね。これから行く場所だし」
「政治闘争の坩堝とは聞いてますけど」
「そんな怖いところじゃないさ。少しばかり人外がいるだけで」
「十分怖いんですが」
まぁ言葉通りの意味ではないのだろうけど。……流石に違うよな?
そんな風に俺が考え込んでいると、その様子を見かねたらしい騎士が言葉を挟んでくる。
「そんなこと言うから怯えちゃってるじゃないですか」
「そうでもないさ」
「……いえ、とっても怖いです。アデルさんは酷い人ですね」
「え」
俺の言葉を聞き「ほら!」とアデルを責め立てる騎士たちの声を背に物思いに耽る。
中央教会。聖女。政治。何度考えても厄介だ。ただの人間一人でどうこうできる問題じゃない。
せめて味方がいれば変わるのだろうけど、と背後へちらりと視線を向け、すぐに無意味だと前へ向き直した。
アデルは確かにいい人だろう。気さくで、話が通じて、清廉潔白。いい人
笑いながら相手を刺せるタイプだろう。実際刺されたようなものだし。
対する俺はと言えば自分でもよくわからない聖女の奇跡とやらに、何の役に立つかもわからない前世の記憶だけ。それ以外は何もない。ただの田舎の少女である。カモがネギを背負っているようなものだ。
……うん、やっぱり知る必要がある。知らなければ何もできない。知ったところで何ができるかもわからないけど。
「それで、結局どういうところなんですか」
「どう、って聞かれてもね。極めて主観に寄った話になっちゃうし、変な先入観は与えない方がいいと思うんだけど」
「既に先入観は入っているので問題ないです」
「……まぁ、確かに何も知らないよりはマシか」
そんなことを呟いてから聞かされた話は、概ね想像の範疇を出ないものだった。
極めて中央集権的な実態をしており、各地の教会を束ねる大本山であるということ。
教皇がトップとされているが、今代の教皇は若く実質的に数人の枢機卿が権力を分け合っているということ。
そして俺にとって最も重要な情報として、奇跡を扱える人間は俺以外にも複数人存在しているということ。
まぁ、最後に関してはわざわざ
「私が言うのもなんですが、思ったより答えてくれましたね」
話した内容の中には教会に詳しくない俺でも「それはどうなんだ?」と思うような言動がいくつか見受けられた。しかし、アデルはともかくとして帯同する騎士たちも誰一人として止める様子はない。
ちら、とアデルへ目線を向けて問いかけると、アデルは薄く笑いながら口を開いた。
「どうしてだと思う?」
「わからないから聞いてるんですが」
いちいちもったいぶらないでほしい。この程度の腹芸もできないようでは生きていけないとでも言いたいのだろうか。そうなんだろうな。……気が更に重くなる。
はあ、と深いため息をつき、未だにやにやと笑っているアデルに声を返す。
「ひとつ。既に何らかの方法で指示を受けていて、話しても問題がないから。ふたつ。この程度の情報は教会では公然の事実だから。みっつ。
「ふむ」
俺の答えを聞いたアデルは少し考えるように声をこぼす。どれも適当にありえそうな可能性を羅列しただけで、考えも何もあったもんじゃない。……ああ、可能性と言えば。
「もう一つを忘れてました」
「なにかな」
「よっつ。アデルさんは話していいことと悪いことの区別がつかない」
「は! これは一本取られましたね」
横で話を聞いていた黒髪の騎士が笑いながら言った。自分で言っておいてなんだけど、それでいいのか教会騎士。斬られても文句は言えないが。
「あっはっは! そうそう、俺ってば言っていいことと悪いことの区別がつかないのよ」
「そういうことにしておく、と」
「ルーシェちゃんが言ったんだろ?」
どうでもいい。アデルの思惑がどうにせよ、俺は与えられた情報で戦うしかないのだから。
アデルとの会話を打ち切り、視線を横へずらす。遠くに見える緩やかな山々と、澄み切った青空。俺の心とは正反対だ。
と、遠くをぼうっと眺めていた俺の視界に一人の騎士が割り込んで、そのまま口を開いた。
「隊長と腹芸しようとしたって無駄だよ。というか、そんな感じで話せてるのに驚きだけど。あ、俺のことはジャックって呼んでくれな」
「はぁ」
短く切り揃えられた黒髪を揺らしながら、馬で並走をしてくるジャック。一応隊長の前でもあるんだけど、いいんだろうか。
「それにしても、ルーシェちゃんって一体何者? ただの孤児院の少女には見えないけど」
「どこにでもいるただの子どもですよ」
「無理があるでしょ」
だろうな。
「アデルさんもそうですけど、教会騎士ってもっとお堅いものだと思ってました」
「あ~……、まぁ、ほら。うちは隊長があんなだし。締めるところは締めるけど」
部下に「あんな」呼ばわりされてるのか。
「それに俺たちの任務を考えるとこっちの方が──」
「ジャック」
「あ、マズ」
続けてジャックが何かを言おうとした瞬間、それまで黙って手綱を握っていたアデルが口を挟む。
「
「あー、了解」
ただ一言だけ。その一言を聞いたジャックは先ほどまでの会話を切り上げ「んじゃ、休憩時間にでも話そうよ」と言って隊列へ戻っていった。
……いや。
「露骨過ぎません?」
「何か問題でも?」
「もう少し隠す素振りを見せてくれるとこちらとしても楽なんですが」
あんなあからさまに「裏の任務がありますよ」なんて言われて聞かないわけにいかないだろうに。答えてくれるわけもないけど。
……ここまでの話を纏めると、中央はいくつかの派閥に分かれていて、派閥毎に聖女──あるいは聖人──を担ぎあげて神輿にしてる。で、若い教皇が握りきれていない権力を老獪な枢機卿たちが奪い合っている。
そして俺は
「いや怪しすぎるでしょ」
「何か言った?」
「いいえ、なにも」
露骨に怪しい。隠すつもりがあるんだろうか。ないんだろうな。そうなってくると何の意図があって匂わせているのかが気になるところだけど……。
「ま、悪いようにはしないからあんまり心配しないでよ」
「誰にとって、なんですかね」
「誰にとっても、さ」
「……本当にそうなればいいんですけどね」
本当に、心から。
そう思う。
◇
さて、そんな会話をしてから十日ほど。いくつかの村々を経由しようやく馬にも少しばかり慣れてきて、そろそろ着くんじゃないのかな、なんて思っていた頃。
そんな俺の考えを見透かすかのように、背後で手綱を握るアデルが「もうそろそろだよ」と囁いた。前へ目をやれば、どこか遠くに真っ白な門と城壁が見える。
「やっとですか。思ったよりもかかりましたね」
「まあ俺たちだけならともかく、乗馬に慣れてないルーシェちゃんもいたし」
「お気遣いどうも」
やけにゆっくりだな、とは思っていたがやはり気を使われていたらしい。まぁ無理に急ぐ必要もなかったのだろうけど。
「それで、私はどうなるんですか?」
「まずは謁見かな。それから洗礼。で、教会内の色々を学んでもらう。もちろん教師役の誰かがつくだろうから心配しないでいい。あ、でも俺たちとは多分お別れだね」
「そうですか、寂しいですね」
「見事な棒読み……」
謁見、洗礼、教育。七面倒なことが目白押しだが、これから待ち受けていることに比べたら幾分マシなのだろう。そう思うしかない。
そう気落ちした心を無理やり納得させているうちに遠くへ見えていた門がみるみるうちに近く、大きくなっていく。染み一つない白亜の門はキラキラと日の光を反射して輝いており、あまりのまぶしさに目が眩みそうだった。
「無駄に綺麗だな」
思わずつぶやく。清貧を是とするはずの教会が、絢爛な白亜の門を構えている。いったいどれだけの権力と陰謀が渦巻いているのか、その白さからは想像もできない。
「中ではそのようなことは絶対に言わないでくださいね」
いつの間にか隣で並走をしていたリラが釘を刺すように言った。どうやら聞こえていたようだ。
「言いませんよ。そんな無駄に敵を作ること」
「その方が賢明です」
それだけ言うと、リラはさっさと前列へと移動してしまう。本当に警告するためだけに来てくれたのだろうか。冷たそうに見えてお人よしだな。孤児の子どもが死のうが関係ないだろうに。
なんてことを考えていると。
「あ、そうそう」
「はひゃっ!」
不意に背後から感じる気配が近くなり、耳元で囁き声。驚いて視線をずらせば、すぐ近くに少し呆れた目をしたアデルの顔があった。
「……急になに?」
「こっちのセリフですが……!」
今まで普通に話してたのに何でいきなり耳元に口を寄せて話してくるんだ。びっくりして変な声が出ちゃっただろ。
「いや、内緒話だからさ。……わかってると思うけど、君は普通じゃない。多分、いろんな意味で。そして、それは
「……ええ、まさに今嫌というほど実感してますよ」
というか……久しぶりに聞いたな、自分のあんな声。リズとあったばかりの頃を思い出す。あの頃は周りの気を引こうといたずらばかり──じゃなくて。
「随分と心配してくれるんですね」
「言ったでしょ? 悪いようにはしないよ」
それだけ言うと、アデルは会話を終わらせて馬を駆る。不規則な揺れとともに門が近づき、やがて目の前となり──。
「第九巡回小隊隊長、アデルバルト・ローデンベルグだ! 門を開け!」
ついに、その扉が開かれた。