記憶喪失だけど、元気いっぱいな母性のあるTS美少女が
記憶を取り戻して、めちゃくちゃ挫折して心が折れに折れた状態に『戻る』
そんな話。
今作は別で出してたけど行き詰まったので、息抜きに描きたいラスト近くのシーンだけ書いた番外編みたいなもんです。
つまり、メインからすると結末しか書いてないド・ド・ドのドネタバレ
クライマックス書くの楽し過ぎて草ぁ!
あっちはお気に入り三桁やしバレへんか……あとその為の匿名
。
+ + + + +
僕の名前はシロ、記憶はまだ戻っていない。
日記を書こうと思い至ったのはよかったが、内容に困って適当な書き出しから始めたのはいいものの手が止まってしまった。
いや、せっかくの1ページ目なんだし、軽く今までの出来事を書き並べてみよう。
僕がこの世界で目を覚ましたのは、今からおよそ半年ほど前のこと。
目を覚ましたら、知らない部屋で寝かされていて、そこで今の世界のことを聞き、それからあれよあれよという内にお嬢様の食事係に就職していた。
記憶が人を作ると言うけれど、ならば僕は生後三日ほどで職に就いたことになる。リーマンベイビーである。
嘘。盛った。
実は僕は完全な記憶喪失ではない。
目覚めた時点で僕には『男として生きた記憶』が少しだけあったのだ!
性別はもろちん男、年は大学生ほどで、実家に妹とほぼ2人で暮らしていた。趣味はエロゲーだ。ただし、名前も住所も、妹や家族の名前も覚えていなくって、まるで輪郭だけが残ったような有様だった。記憶喪失に違いはないのだ。
そう、僕は元男なのである!
そして、何故僕の記憶がないのか、性別が変わっているのか、その理由には見当もついていた。
記憶喪失の僕を拾ったのは『魔法少女』の名家である『風枝』という家のヒソラという魔法少女。すごく美人、ここ大事ね。
彼女はとある理由で『人と魔物の混血児を作る研究──魔人計画』を進めていた研究施設を襲撃しては壊滅させて回っていたらしい。魔人計画では誘拐殺人人体実験その他諸々を平然とやっていた。言うまでもなく、倫理道徳フル無視であった魔人計画は犯罪なので正義はヒソラにある、とは言っておく。
つまるところ、僕は誘拐されてその実験台にされていたらしい。最初に見つかったときは水槽の中で未知の溶液に浮かべられていたし。典型的な悪の研究所かよ。
記憶が無いのは薬の副採用、性転換は母胎に使おうとしていたのではないか……というのが専門家の見立てだ。
最悪過ぎる。
そんなこんながあった訳だが、今が辛いかと言うと……全くそんなことはない。むしろエンジョイしているくらいだ。
きっと、今の僕を見ても記憶喪失の哀れな美少女と思う奴は少ないだろう。
なんせ、毎日笑顔で元気いっぱいに過ごしているのだから!
この日記を書き始めたのは、もしも次また記憶喪失になってもこれが備忘録として、または記憶を呼び覚ますきっかけとなるのではないか、なんて思ったからだ。
僕には妹が居たはずだ。でも、未だに顔も名前も思い出せそうにないことが酷く心苦しい。二度とこんな気持ちにならない為にも、現在の親しい人たちを軽く書いておきたいと思う。
一人目、ミアカ。ごめん。君の名前の漢字忘れちゃった。後で聞いとく。
改めまして。
例の同僚である。多分、一緒に過ごした時間はニ番目に長い。というのも、職場が特殊なので対等な同僚らしい同僚が僕と彼女の2人しか居ないのだ。自然と距離は近くなる。
見た目は素朴だけど、見れば見るほどに『あれ、可愛くね?』となる感じ。学校で密かに派手な人気を持つタイプの娘だ。
魔法少女で、赤い髪と目が特徴的。
大人しい性格だけど、向上心と忠誠心に溢れたとても良い子である。
二人目、ヒソラ。風枝日空だ。
最高の名家とも呼ばれる『風枝家』の中でも2位3位……いや、4位5位くらいを争う偉い人で、現代では最強
真面目で硬派だけど、案外面白い性格で、可愛い物好き。あと、僕の中でロリコン疑惑がある。
それに何より、顔がいい。今まで見たことがないほどに美人で、おっぱいも大きくて、是非とも結婚したい相手である。叶わぬ願望である。
三人目、お嬢様。
風枝家の現当主であり、未来の最強の魔法少女であり、そして実は人と魔物の混血児である……という属性モリモリなお姫様である。
読んでてわかったかもだけど、お嬢様は僕と同じ魔人計画出身である。違うのは、僕は改造されたのに対し、お嬢様は最初から魔人として生まれたという点だ。
そのせいで、色々と人とは違う生態を持っている。僕が雇われたのは、その生態に僕の体質がガッシリと噛み合ったのに起因する。
具体的には、お嬢様は僕の血を飲まないと餓死しかける。最初の方に僕は『食事係』になったと書いたけど、食事(そのもの)係ということなのだ。あ、非常食じゃくて常用食なので毎日吸血されてるよ。
特に親しいのはこれくらいだろうか……嘘、僕の交友関係狭過ぎ……?
いや、一応他の人ともそれなりに会話はしてるし……うん。もっと友達を増やそう。目指せ友達100人!
ああ、そうだ。
杞憂であって欲しいが、未だに僕の体に施された人体実験の詳細は不明で、もしかしたら再び記憶が吹っ飛ぶ可能性もある。それが何処まで吹っ飛ぶかわからないけれど、少しでも混乱を少なくする為に世界についても述べておこう。
この世界には『魔法少女』『魔物』『魔法』というのが平然とある。
今から800年ほど前に起きた大災害からそれらは姿を現し始め、一度は文明レベルで崩壊した日本もここ数十年で漸く西暦21世紀の文明レベルに戻った……のだとか。
僕の記憶には魔法や魔物に関する物は一切なかったし、魔法少女と言われても冗談かと思ってしまった。だから、次があればきっと同じことを思うのだろう。
最初は『え、異世界転生?』とか思ったけど、安心して欲しい。今のところ僕にはチートも追放される勇者パーティも、世界を滅ぼす魔王もいないから。
なんなら、ここは日本だ。京都に行ったら寺社仏閣もあったし。ネットにえっちなゲームもアニメも漫画も大量にあった。間違いなく日本だよここは。
だからきっと、記憶喪失以前の僕は魔法と関わりの薄い地域に住んでいたのだろう。そう言う所を重点的に僕の軌跡を探してもらっているのだけど、残念なことに進捗は芳しくない。
妹と再会したい。しなくてはいけない。それは絶対だが、ヒントもなにもないのだから見つからないのはしょうがない。いつまでもめげててはいけないのだ!
もしも次、また記憶を失うようなことがあっても、遠慮なく人生を楽しむんだぞ! 僕!
+ + + + +
なんて書いてある日記を閉じると、それを机の奥に仕舞い込む。
最初のページを見ただけで十分だった。もう読む必要なんてないし、そもそも必要になることもないだろう。もしかしたら、これが日記を読む最後になるかもしれない。
日記を書き始めてから、5年……いや、4年と半年くらいか。それだけの時間が経っていた。
いつの間にかこの日記帳も端が擦り切れてボロボロだ。一冊目だし、しょうがないけど。今現在の五冊目は途中だけれど、多分もう書くことはない。そんな気分になんてなれやしない。
「……いや」
やっぱり少しだけ書いておこう、かな。最後に、記念として。
+ + + + +
僕の名前はシロ、記憶が戻った。
お嬢様と一緒に古い遺跡に行った時、そこで全てを思い出したのだ。
それと同時に、この世界についても何となくわかった。
初期の頃の僕の知識や常識がおかしいはずだ。
だって、僕は過去の世界の人物だったのだから。
ここは僕が生きた令和の日本の、およそ八百年後の日本だ。
大暗夜という災害によって世界中に魔物が溢れ出し、人類が絶滅の危機に瀕し、しかし数々の英雄がチカラを示し、何とか復興を果たした。
謂わば、もう戦いが終わった後の世界。エンディング後の世界だ。
だから、僕の探し求めていた妹はもういない。
あの子は天才だ。多分、一千年に一度とかそう言うレベルの。でも、八百年と言う時間は長過ぎる。
探していた実家だって朽ち果てているだろうし、過去の僕の最大の罪である幼馴染とはもう会えないのだろう。
妹は僕によく懐いていた。
だから、僕がやったことをマネするみたいに後から始めて、一時間もあれば僕より遥かに上達していた。最初は嫉妬してたけど、追い抜かれた回数が十や二十を超えた頃からは妬みすら追いつかないと理解した。天才に対し、凡夫はただ背中を見つめることしか能わないと心に刻まれたのだ。
あの子のことだ。きっと、災害だって何とか切り抜けて幸せに過ごしただろう。
実家は……妹やその友人との思い出が大切だけど、それだけだ。
父や母は殆ど帰ってこなかったし、彼らとの思い出なんて数えるほども……あれ、記憶戻りきってないのかな。まあいいや。
強いてあげれば、僕が撮った妹の成長記録が残るアルバムは惜しいな。僕は自分の写真が一枚もなくってちょっと悲しい思いをしたから、小学生の頃から頑張って妹の分は撮っていたのだ。一目見たい気持ちはあるけど、でもまあ、妹さえ幸せなら別にどうだっていいか。
幼馴染は……謝っても謝りきれない。
小学生の頃に遊ぶ約束をして、僕が約束に遅れちゃって、そのせいで車に轢かれて、後遺症で記憶障害が起きてしまった幼馴染。
謝りたくっても、彼女は僕を完全に忘れていたし、彼女の母親は僕を憎悪していたから近づくこともできず、自業自得だけど、自己満足だけど、一度くらいは謝りたかったな。
なんか、あれだな。思ったより筆が進んで驚いた。
四年半も日記を書き続けたんだし、確かに自然と進むようになるのも道理かもしれない。
とは言え、過去の世界に思い残しがあるのかと言えばそうでもないのだけど。
僕の存在価値と言えば、天才である妹を支えることにしかなかった。その妹がもう居ないのだ。ならば、もう何も要らないのもこれまた道理。
もう二度と忘れることなんてないだろうけど、念の為。
覚えておけよ、シロ。
覚えておけよ、────。
お前は凡夫だ。無能だ。馬鹿だ。大人しく身の丈にあった生き方をしろ。
例えば、お嬢様の為だけに生きろ。
最強の魔法少女の食糧なんてこれ以上ない光栄だろう。何の役にも立てないお前が、間接的に日本を救っているんだから。それで満足しろ。
もう二度と、誰かと守れない約束なんてするな。
もう二度と、自分が何者かに成ろうなんてするな。
追記:書いていた本名は消しておいた。もうあの男を知ってる人はいないし、あの男の姿も何処にもない。それは死んだも同然だから。今の僕はただのシロだ。
+ + + + +
日記を机の奥底へ、隠すように仕舞い込む。
我ながら思ったよりも書き込んでしまった。黒歴史になりそうだった。
ちょうどその時、部屋の扉を誰かが叩く音がした。聞き覚えのある音で、多分誰よりもあの扉を叩いた回数が多いだろうスコアホルダー。
外を確認することもなく、扉を開けた。
「……やっぱりミアカか」
赤い髪に赤い瞳の素朴だけど可愛らしい少女。いや、最近はもう女に成りつつあった。何処となく垢抜け、色気を放つようになったのは、お転婆な昔を知る僕からすると感慨深いものがあった。
数少ない僕の同僚で、この世界では唯一と言って良い対等な友達。勿論、僕なんかよりすごい人なのは間違いないけれど、お嬢様という主人の下では平等ということで。
彼女は遠慮なく僕の自室へ足を踏み入れながら、少し不満げに口を尖らせた。
「何ですかその薄い反応。私じゃガッカリですか?」
「そんなことないって。ただ、ミアカの扉を叩く音は覚えちゃってさ。やっぱりか、って」
「ふーん」
「嬉しいよ。ミアカと会えて」
「そ、そうですか……」
彼女は僕のベッドに腰を降ろすと、そのまま視線を僕とは反対の窓へと向けてしまった。
その隙に、改めて自分の部屋の全体を見回して特によろしくない物が置いていないことを確認しておく。趣味の物は押入れか、またはデータとしてパソコンに入っている。いきなり漁られたりしない限りは問題ないだろう。
「それで、何の用? 今日はお嬢様もヒソラさんもお仕事で離れてるし、僕たちも休みだったはずだけど、何か頼まれた?」
ミアカは普段来ている大正ロマンっぽい和装ではなく、ゆったりした寝巻きを着ていた。見るからに私用と言うのはわかるけれど、緊急という可能性も無きにしも非ず。念の為だったけど、杞憂らしい。彼女は首を横に振った。
「シロさん、最近なんか調子悪くないですか?」
「いや、特に悪い所はないけど。定期検査でも悪い所は見つかってないし」
「じゃあ、心の病気でしょうか」
「えぇ……変わってないと思うだけどなぁ」
「いいえ。具体的には、高木の遺跡に入った直後からちょっと顔が暗いです」
うっわ鋭いなこいつ。
余りにもドストレートに正解をぶち抜かれて驚いてしまう。
自分でも記憶の復活の前後で調子が変わっている自覚はあるが、他人からも見抜かれるとは。流石はミアカと言ったところか。僕なんかと違って、観察眼に優れているらしい。
「シロさん、あなたは自分がどれだけ大事な存在か理解してますか?」
「まあ、お嬢様の食事係として、唯一無二な自覚はあるよ。ちょっと前にお嬢様もついに英雄の仲間入りしたし。確かに僕も自己防衛能力には乏しい自覚あるから……いっそ、監禁する? 抵抗はしないよ」
「…………」
「……?」
不満そうな顔を、今度は悲しそうな顔に変えてしまったミアカ。
ああ、やっぱり僕は駄目だ。彼女がどうしてあんな顔をしているのか見当もつかない。
「……前のシロさんなら、『じゃあ皆が大事な僕を守ってよね』くらいは言ってくれましたよ」
「あはは、『言ってくれました』じゃなくて、『言ってくれやがった』でしょ? 大丈夫。手間かけさせるくらいなら大人しく引きこもってるよ」
「…………」
あ、あれ。なんかミスった? 雰囲気が良くなるどころかもっと悪く……ドロッとしたような気がする。
「お嬢様に家族はいません。ですけど、ずっと愛してくれたシロさんをお母さんとして、お父さんとして、あるいは姉として。とてもとても慕っています。もしかしたら、異性として特別な感情も抱いているかもしれません」
「……きゅ、急に何? お嬢様ってまだ10歳にもなってないんだし、色恋なんてまだでしょ」
「いいえ。魔人計画で魔人として生まれたお嬢様の心身の発達は早くて、もうとっくの昔に思春期に突入しています。ちょっと前にえっちな本のこと聞かれて困りました」
「う、うん……おつかれ?」
ミアカが余りにも変なことを唐突に言ってくるものだから、飲み込めずに困惑する他なかった。
お嬢様と僕の距離感は非常に近い。
食事として毎日吸血をする為に抱き合っているし、お嬢様が寂しがるから一週間の殆どは一緒のベッドで寝ているし、望まれたら胸を吸わせたりもしている。一緒にお風呂に入ることもあった。
でも、それは兄心、あるいは親心だ。
家族の居ない彼女と、妹を失くした僕は、それぞれの代替としてそれぞれを求め合っていたのだろう。
あと、僕が初めて見た彼女は、餓死寸前の痩せ細った童女だった。まるで地獄の餓鬼を想起させたあの日を忘れたことはない。だからこそ、彼女が大きくなる日々が、太っていく体が、感情を育み笑顔を浮かべるその姿が、とても愛おしかった。
そこに色恋とか挟んだことないし、考えたこともなかった。
「ヒソラ様はずっと孤独を感じておられました。私という友人は居ましたが、あくまでも私は部下。対等な存在なんておらず、風枝家の次期代行当主筆頭として厳しく、強く、孤高に育ちました」
「あ、え、うん。話の切り替え急過ぎない? ホントに何さ」
「だからこそ、馬鹿で真っ直ぐで考えなしでちょっとえっちなシロさんに、ヒソラ様は初めて心の底から友情というのを抱かれたのだと……私はそう感じています」
もはや何を言えば良いのかわからず、気づけばただ聞くに徹していた。
「普通なら学校などで経験する……友達とゲームするとか、買い物に行くとか、くだらないことで笑ったり、旅館で夜更かししたり、猥談で気まずい雰囲気になるとか。そう言ったことの全てを、ヒソラ様はシロさんを通じて初めて経験なされました」
「……いや、それはおかしい。ヒソラさんはミアカが人生で初めての友達って言ってたよ。だから、それはミアカのお陰でしょ」
「いいえ。私は友達に成れただけで終わった半端者です。友達だからこそ話せる悩み、弱音、そう言ったことを……私は、シロさんが来るまで何一つ相談して貰えなかった……っ」
酷く辛そうな顔で彼女は膝の上の拳を握り込む。
「……何も言わないんですね」
「……え?」
「シロさんなら『やっぱ僕ってすごいよね』とか『これじゃあヒソラさんは僕のお嫁さん秒読みかなぁ』とか……馬鹿みたいに調子乗ったこと、言ってくれましたよ」
まただ。また『言ってくれました』だ。
何だ。何なんだ。ミアカは何が言いたいんだ?
さっきから、まるで僕が馬鹿で調子乗ったことを言って欲しいみたいな態度じゃないか。
そんなこと、できるはずがない。
僕みたいな存在が、凄い彼女たちの足を引っ張るなどあってはならないことだ。
「……私の胸、揉みたいですか?」
…………?
理解ができなくて、一体どれほど唖然としていただろうか。
「……揉みたくないと言えば嘘になるけど、急に何? その瞬間を撮影して脅したりする気?」
「……前のシロさんなら、土下座してでもお願いしてくれましたよ」
「いや……それは悪口じゃない?」
「真面目な話ですよ」
悪口ではあるよね……?
「シロさん」
ぐいっ、と。
唐突に、ミアカに腕を引かれてベッドに押し倒される。
僕が下、彼女が上。
彼女は僕に馬乗りになると片手で僕の片手を抑え込み、もう片手を僕の頭の横に押し付けることで強い圧を掛けてくる。これでは抵抗しようにもどうしようもない。
ミアカの可愛らしい顔が眼前に迫り、炎みたいに赤い瞳が僕を貫くように見つめ、甘い吐息が鼻先に届いた。
その動きによって、彼女の赤くて長い髪が垂れて、カーテンのように彼女以外の全てを視界から遮った。逆に、ミアカからはもう僕しか見えていないだろう。
その瞳が綺麗で、惹かれて……だからこそ、その大きな揺らぎに気がついた。
「……泣いてる?」
「……泣いてません!」
「でも、目が潤んでるよ」
「っ泣いてません!」
誤魔化す叫びと同時に、僕の腕を掴むミアカの手の力が強まった。
万力みたいに絞められて「
「あ、す、すいません」
「あ、あはは、いいよ別に。でも気をつけてね?」
「はい……」
ミアカは魔法少女として凄まじい身体能力を有している。とても細い腕だけど、まるでビクともしない。僕が男の体だとしても抜け出せなかっただろうが、それよりもさらにひ弱な今の少女の体ではよりどうしようもなかった。
そう言えば、魔法少女って軽自動車くらいなら持ち上げられるんだっけ。
お嬢様なんて大型トラックくらい重い物も簡単に殴り飛ばしてるし……いや、お嬢様は最強だから例外かも。
「何ですか、その目は」
「いや、ミアカって……殺そうと思えば、指先一つで僕を殺せるんだなって思って」
「し、しませんよ」
「わかってる」
「でも……」
一瞬だけ、握る手が強まる。
「私は、もう弱くなんてありません。お嬢様よりはずぅっと弱いし、ヒソラ様よりは馬鹿だし……でも、シロさんよりは強いです」
「……うん」
「……相談、してくださいよ。何か、辛いことがあるんじゃないですか?」
まただ。まだ、辛そうな顔が見える。
「ここには幼いお嬢様はいません。ここには独りで抱え込みがちなヒソラ様もいません。シロさん……いや、私とシロだけです。対等な、友達……しか、居ないんです。そうでしょう?」
「……そうだね」
小さく頷くと、ミアカの顔がもっと近づいた。
「……どうして、何も抵抗しないんですか? 押し倒されてるんですよ。勝手にキスされそうなんですよ。もしかしたら、殺されそうなんですよ……?」
「ミアカが相手なら嬉しいから。殺されるのは……嫌だけど、しないでしょ?」
「っ……!」
ミアカの顔が真っ赤に染まると同時にがばっと顔が離された。
赤いカーテンが消え去り、濃密な彼女の香りの代わりに新鮮な空気が体を満たしていくのがわかった。
「そ、そうじゃなくて……話してくださいよ。何かあったんでしょう!?」
ミアカから向けられる痛切な声。
話すべき、なのだろう。だが、何をどう話せばいいのだ。
僕の記憶が戻っている、ということはもう伝えてある。
だから、話すべきことはもう話したあとだ。
これ以上、一体何を語れというのか。
まさかとは思うが、僕の人生でも語ればいいのか?
約束を守れず幼馴染を事故に巻き込んだ最低なクズの話を?
記憶を失うまでのおよそ二十年間、悉く妹に負け続けた負け犬のことを?
初めて夢見た目標を、たった一度の敗北で諦めた諦念者のことを?
「…………」
「……そうですか」
僕の沈黙を、どう受け取ったのだろうか。
「……また今度、聞きにきます」
ミアカは立ち上がると、暗い顔で扉へと向かった。
「……うん。ごめんね」
「っ何が……ぅ」
部屋を出る直前、ミアカは振り返って僕を見た。
「っあ、あの、その、ですね……」
その顔は『今まさに考えています』と言った物で、何かを思いついて衝動的に始めたは良いものの、突発的なせいで自分でもどうすればいいのかわからず困っている様、そのものだった。
思わず頬が緩む。
「落ち着いて。僕は待ってるから」
「……こほん」
少しして、整ったらしい彼女は一息吐いて場を整えた。
「……ら、来年! 来年までには話を整理して、わたっ、私じゃなくてもいいですけどっ、絶対に誰かには相談してくださいね!」
「……え、っと?」
「シロさんみたいな変態が隠し事しようなんて百年早いんです! すごく凄い私という者が居るんですから絶対に頼ってくださいよね! では!」
ミアカは吐き捨てるように叫ぶとビューっと風のように、逃げるように、何処かへ走り去ってしまった。
ふと、身に覚えのあるような感覚がして……思いついた。
「……今の話し方、僕の真似?」
ミアカはどちらかと言えば卑屈な性格だ。
それは最強の魔法少女と名高いお嬢様の側近であり、お嬢様登場前の魔法少女の中では最強格の一人でありながら風枝という名家の次期代行当主筆頭たるヒソラの唯一の直属侍女として長年生活してきたことに起因する。
つまり、身近に国内でもトップクラスに優秀な存在が二人もいたせいで、別に本人は弱くも馬鹿でもないのに相対的に悪いと思い込んでしまっているのだ。
最近は少しずつマシになって来たとは思うけど、自分のことを堂々と凄いなんて言い張れるとは思えなくって……お嬢様もヒソラもそういう性格じゃないし……と、なれば、多分だけど僕しか居なかった。
ミアカが去ったベッドを見て、扉を見て、想いを馳せる。
どうか、僕みたいにはならないで欲しい。
ミアカのことは信じている。とても良い子だ
だけど、純粋な子だから。僕みたいなクズの悪影響を受けていないか心配で。
「いや」
独りごちる。
「いいや」
きっと、何とかなるだろう。
だってミアカは凄い子だ。僕と違って、強いし賢いし可愛いし、努力だってできる。
お嬢様も、ヒソラも、強くて可愛くて努力家で。
ミアカも二人が凄いことは知っているし、真似するべきはそっちだともすぐに気づくことができるはずだ。
一息ついて、改めて考える。
『話してくださいよ。何かあったんでしょう?』
何を話すのか。
いや、やっぱり話すことなんて何もないのだ。
だって、何も起きていない。何も困っていない。何も迷惑だって掛けていない。
むしろ、今までの僕がおかしかったのだ。
あんな元気で、無敵で、明るい性格の僕はとっくの昔に死んだ。八百年以上、その前に。
己の身の丈を理解せず、遥か高みにある果実をいつか掴み取れると信じて無様に飛び跳ね続けた少年は、とっくに転んで立ち上がることを諦めたのだ。
だから、戻っただけ。
戻っただけなのだ。
これが普通で、当たり前で、『僕』なのだ。
「本来の僕に、戻っただけ」
独りごち、ベッドに転がった。
。
あと3話くらい他からの視点書いて終わります。短編だし
。