一同は、取りあえず、近所の家屋へと移った。場を貸してくれた『陛下』は町外れの顔役の一人で、
冷静沈着、かつ公正な性格と評判を取っていて、マギーも一目も二目も置いている。
実際のところ『陛下』に対して、マギーは若干の恐れとともに警戒している部分もあった。或いは『陛下』の方でも、マギーに対して同じ想いを抱いてるかも知れない。例え、親交があって信頼できる人物でも、その力や在り方をして油断できない相手というのはいるものだ。それに、仮に『陛下』やマギーが善良で生涯友情を裏切らない人物だとしても、同じだけの知恵や力を持って邪悪に生きる者とて世には潜んでいるに違いない。さておき『陛下』の徒党はクロスボウや火縄銃など武装を有し、人格においても、実力においても、場に立ち会ってもらうには絶好の人物であり、場所を移しての話し合いもひとまずは穏便に進んでいた。
「……巨大蟻ねぇ」比較的に親しく、信頼できる隣人に取り成しを受け、ひとまず矛を収めたマギーは、唸ってる椅子に座っていた。
「村の近くの洞窟に巣を作っていたらしく、討伐隊は逃げ帰った時に蟻も引き寄せて……」血の滲んだ包帯を巻いている若い男女の話に、マギーは顎を撫でた。
「……その話、本当か?」下を見て尋ねる。
「お、おれの知る限りは……お、お前らが出掛けたその日の昼にだよぉ。本当だよ」
冷や汗を搔きながら、 言い訳をする椅子……ニール親父であった。
巨大蟻の巣別れに伴う小規模な集団の拡散が原因であれば、事はセフだけでは済まず、十数年に渡って地方全体が騒がしくなるだろう、そう思案しつつ、マギーは頷いた。
「なるほど……それで、お前は未亡人にいい顔する為に、他人様の留守の家を勝手に気前よく貸してやった訳だ」
「あの……すぐに出ていきます」言い出した未亡人を、マギーは手ぶりで黙らせた。
確かに色っぽい年増であり、ニール親父のような中年男が血迷うのも無理ないと思える。
「ただで借りてた土地だろぉ。本当にもっといい土地を宛がうつもりだったんだぁ……」情けなく泣き言をいうもう一人の顔役、ニール親父。
実際のところ、マギーたちの借地料はほぼ無料で、ニール親父も色々と家に手を入れてるとは知らなかったようだ。最近、羽振りがよさそうなマギーたちなら宿屋に泊まる余裕はあるだろう。金銭は後で色付けて俺が補償してやるわ。ニール親父はそんな算段を付けていたようで、確かに拠り合いの議事録にもそう残されていた。
悪気はなかったし、乗っ取りでも無さそうだ。マギーは頷いた。それはそれとして被害者として権利は主張しておくが。
「未亡人と子供に罪はない」マギーの言にニナは深々と頷いた。基本的には二人とも善良なのだ。
「……おお!」椅子になってるニール親父は、顔を輝かせた。
「でも、お前は死刑な」マギーの言にニナは深々と頷いた。でも、当然に怒ってもいるのだ。
「……おぅ」椅子は、露骨な絶望に顔を曇らせた。
「……待ってくれ。ニールは」口を挟もうとした偽保安官だが、瞬間、マギーの拳が彼の腹部に叩き込まれた。崩れ落ち、咳き込む偽保安官。室内には緊張が走ったが、『陛下』と手下たちが睨みを利かせており、誰一人として割って入ろうとしない。
「お前、黙ってろ」マギーは冷たい声音で言い放った。
「……口を挟むな。偽保安官。本当に殺されても仕方なかったんだぞ」
マギーは、ジャケットを開いた。
上着のシャツに隠してある星型バッジには、Poleshaと文字が刻印が打ってあった。偽保安官が息を呑んだ。
「……保安官助手だ。馬泥棒とか、ゾンビとか、荒事の際だけだけどな」マギーが言い聞かせるように言葉を続けた。
「でかい居留地の保安官は、小さな村のなんちゃって保安官とは訳が違う。詐称は言い間違えでは済まない。己がかなり危うい立場に置かれてる事を認識しろ」
偽保安官は、沈黙したまま頷いた。
「まだ、お前に関しては判断を保留してる。情報を整理するまで話しかけるな。
場を分かりやすくする為、登場人物を減らしてもいいんだ」
「……よく理解した、済まない……保安官助手」
ふん、と鼻を鳴らしてマギーは席に戻った。今度は普通の椅子に座り、足のつま先でニール親父のお腹をなぶる。
「この腹で美人の未亡人狙うとか、少しへっこませろよ」
足で腹を踏み躙った。ひぃいと、悲鳴を上げるニール親父。木賃宿を営む強面の顔役が台無しだが、居留地に来たばかりの頃とは力関係が完全に逆転している。
「……で」とマギーに続きを促され、ニール親父は事情の説明を続けた。
「ええ、と。突然に避難してきたんだ」
「それで?」
うぅ、と口籠ったニール親父。後ろめたさはあるのだろうが、同時に、何とでもなると高を括っていた節があった。一年前なら、マギーたちは泣く泣く出て行った筈なのだ。まあ、他の有力者もいる所で、きっちり保証はすると公言してたので、情状酌量の余地は残されていたが。
「人の留守をいいことに」ぐりぐりと腹を抉るマギー。
「仕方なかったんだよぉ。見捨てる訳にはいかないだろぉ。人として」ニール親父が喚いた。
「なにが人としてだ。豚めが!お前の魂胆はお見通しなんだよ」
「お見通しだぞ!」ニナも叫んだ。ニール親父は、美人の女客だと値引きしたり、金のない若い娘に露骨に言い寄る男だ。だが、同時に、強引に手籠めにという話も聞かない。
「その。未亡人。旦那さんは亡くなったばかりで、子供たちが疲れてて。他に空いてて安全な家なんてなかったし」弁解するように言い訳を続けるニール親父。
「お前のホテルに泊めてやれよ。えぇ」マギーの投げかけた声に、必死で訴えた。
「もう一杯だよぉ。町外れだけでも百人くらいいて。食糧だって備蓄も半分に……」
確かにニール親父は身銭を切っている。マギーがどうしても完全に断罪する気になれないのも、この点だった。数十人もの世話と面倒を見て、身銭や薪、食料を負担しているのだ。善良な気質や男気も、確かにニール親父に備わった美点であった。
「……お前、殺されても仕方ないことやらかした自覚あるの?」
だから、マギーも殺す気はない。とは言え、容赦はしない。
頭を踏んだ。弩Sマギーちゃんだ。ああああ、ニールは絶叫した。
卵型の肉付きがいい頭蓋骨がミシミシ音を立てていた。親父は恐怖のあまり屁をこいた。
「何時まで強気なの?今のわたしは保安官助手で、居留地に物資も収めてる。……かなり真っ黒なお前を多分、どうにでもできるんだよ?自分の置かれた状況、理解してる?」
「す、すみませぇんでしたぁぁぁあ。女王様ぁ」
酔っ払いマギーは、明らかにゾクゾクとした喜悦を感じてた。
「……俺はなんのプレイを見せられてる?」と『陛下』が苦笑した。
ヤバい女だな、と眺めている『陛下』の手下たちの眼が物語っていた。
ニール親父を追い込み過ぎて、『陛下』の信頼を損ねてしまったのではないかとニナは危惧したが、どうにもマギーは気づいてない。後の祭りだ。ニナは天を仰いだ。
「最初からそう言えよ。出会い頭に己の要求と意見を主張しやがって、古代米国人《エンシェント・ヤンキー》かよ?」マギーの言に、偽保安官がなにか言いたげにしていたが、然し賢明にも黙っていた。
「今日のところは、リリーの家に泊めてもらう。今すぐ出て行けって言っても場所はないんだろ?」マギーの質問にニール親父が啼きながら頭を下げた。
「……ないですぅ。ホントにマギーさんにはお世話になってますぅ」
汗だくのニール親父の崩壊した尊厳と引き換えに、兎も角もマギーと難民たちは和解した。
※※
一時間後、酔いの醒めたマギーちゃんは正気に戻った。
「……やっちまったぁ」リリィーの家。空き地に粗末な段ボールを引いただけの空間で、頭を抱えて呻いている。なんで人前で成人男性を椅子にしてるんだ。完全に危ない性癖の持ち主ではないですか。
「……酔いが醒めてらぁ」ニナが水を差しだしながら、呟いた。
「ほんで、これからどうするんねん」自宅と称する段ボールの塊に身を埋めたリリーちゃんが尋ねてきた。宿賃に貰ったコインを弄びながら、泊める事には異議はない様子だが、元からマギーの家に良く泊まったり食事を貰ってた。気心は知れてるし、リリーの懐具合もマギーに把握されてる。
「まあ、それに今回の事故も悪いことばかりではない。よく考えれば、侮る奴はもういない。唯々諾々と追い出されるよりは、マシかな」水を呷ってから、マギーはため息を吐いた。
なにしろ、文明崩壊の世だ。ポレシャでさえ、他愛のない見栄を張る者は、珍しくないし、世渡りしていれば、他人を見下してきたり、猿のようなマウントの取り合いも経験してしまう。
特に根拠もなく、住人が自分を偉いと思い込み、よそ者を蔑視する土地はどこにでもある。それが、閉鎖的な土地や小さな村に限るわけではない。統計上、多少そういう傾向があるかもしれないが、善良で親切な小さな村や、よそ者に寛容な閉鎖的な土地だって普通に存在している。それどころか、街道筋ではよそ者を食い物にするような連中がグルになっていることもあるし、交易市がよそ者嫌いという場合もある。ただの偏見から生まれる排他的な態度もあれば、何かしらの正当な理由が根深く存在している場合もあるのだ。
マギーたちは、世の隅で草のように大人しく生きる者ではない。出世しようと足掻いている人種であった。無論、幸せとなる道として為の出世であり、手段を問わずでもなければ、他者を踏み躙ってまでもとは思わない。とは言え、やはり惨めさは味わいたくないのだ。生き方を貫く限りは、時に他人とぶつかり合うし、それでも衝突を恐れはしない。生きると言うことは戦う事だ。
「ニール親父は、これからちょっと侮られそうだよね」ニナの言葉にマギーは静かにうなずいた。
「ええ気味やで。自業自得や」リリーなど小気味よさそうにケケ、と笑っている。
「うち反対した時、黙っとれって脅されたからな」
「家に関しては……幾つか手段は考えてるけど……」マギーは欠伸を噛み殺しながら、呟いていた。おりしも、季節は晩春から初夏へと差し掛かろうとしている。
野天の下、毛布に包まって眠ろうとも夜を過ごせる暖かな空気が肌を心地よく包んでいる。朝方には少し肌寒さを感じるものの、それでも昼間は陽光が強く、屋根と壁を持たぬ者たちも過ごしやすい季節だった。
「なら、任せる」と、ニナは少し考えてから、いつも通りに一任した。マギーはあれで頭も悪くない。少なくとも
「うん……それから」マギーは続けようとしている。
「それから?」ニナが聞くも、マギーは毛布の上に崩れ落ちる。
「取りあえず、寝る……おやすみ」
寝ちゃった、とマギーを見つめてから、ニナはリリーに向き直った。
「リリーにはお世話になります」
「ええんやで」リリーも頷いたが、寝る前にじっとマギーを見つめた。マギーが寝る前に、荒れそう、と小さく囁いたような気がしていた。
幾つかの小さな揉め事は起きたものの、実際は特に大きな波乱が起きる事もなく、またマギーたちは敢えて界隈の新顔と距離を保ちつつも、普段通りに日雇い仕事に従事したり、友人たちと遊んで過ごした。外からはハーモニカやギター、歌を楽しんで、新顔と交流している者たちもいたようだが、意外と陰の者であるマギーは電灯や蝋燭の光の下、同類とこそこそ空き倉庫などに集まってはサイコロとノート、ペンを手にしながら、キャラクターシートや僕の、私の考えた格好いい怪物だの騎士だのを空想の世界に冒険させて休日の夜を過ごした。
隊商時代、暇な時間にはボードゲームやTRPGを嗜んでいたマギーだが、ニナもその手の遊びに最初から興味を示した。廃墟生活で、空想にふけることが多く、冒険や戦略を考え、物語を紡ぐことが楽しみだった。荒れ果てた世界で、他にすることもなく、時には脳裏で壮大なストーリーを作り上げ、仲間たちとその物語の一員になりきることもあった。
少なくとも今の二人にとって、人生は楽しく、順調で、先行きも明るいものだった。
六月の中旬にも、もう一度、行商の旅に出る。その際に見聞きした出来事を報告し、気を付けるべきことや気になったことを空想力豊かな友人たちと質疑応答で洗い出しすることもあった。或いは、二人が死んでも次の行商は上手くやってくれるでしょう。ブレインストーミングしながら、マギーはそんな事を思ったが、口には出さずに一人で思い出し笑いした。